氷の王女と影の騎士 ――誓いの逆転婚姻

しおしお

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第1章 婚約破棄と追放

1-2 王宮追放

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1-2 王宮追放

翌朝。
王宮の回廊には、昨夜のざわめきがまだ残っていた。
けれど、その中心にいるわたくしだけが、妙に静かだった。

「……これが、最後の荷物です、殿下――いえ、ルナリエ様」

そう告げたのは、長年仕えてきた侍女のマリアだった。
彼女の手には、小さなトランクがひとつ。
王女の荷としては、あまりに質素だった。

「ありがとう、マリア。もう“殿下”ではありませんわ。……ただの、ルナリエです」

「そんな……っ、わたくしはまだ――!」

マリアの目に涙が滲む。
けれど、わたくしはそっと首を振った。

「王太子殿下の命令です。わたくしに仕える者は、全て解任されると」

「そんな理不尽……!」

「理不尽であっても、王命ですわ」
言いながら、心の奥が少しだけ軋んだ。
昨夜の婚約破棄から一晩――涙は出なかった。
ただ、心臓のあたりにひんやりとした氷の塊ができたようで。

マリアは唇を噛み、わたくしの手を握る。
「……どうか、ご無事で」
「ええ。あなたも幸せに」

それだけ言って、わたくしは振り返らずに歩き出した。

外には、粗末な荷馬車が一台。
王女を送るには、あまりにお粗末。
けれど、いまのわたくしには、むしろ似合っていた。

御者が無言で手綱を握る。
扉が閉まる音がやけに重く響く。

――カタコト、カタコト。

馬車が動き出す。
石畳を離れ、舗装のない土の道を進むたび、身体が小刻みに揺れた。
外の風が冷たい。
雪がちらちらと舞い落ち、窓に淡い模様を描く。

「……本当に、終わってしまいましたのね」

思わず口から漏れた言葉に、自分でも驚いた。
でも、その響きは、不思議と軽かった。

窓の外を見やると、遠くに王都の尖塔が見える。
光を反射する白い城。
あれほど息苦しかった場所が、今は遠ざかっていく。

(自由って……こんなに寒いものなのね)

身体を包むマントを引き寄せる。
昨夜、誰もかけてくれなかった肩掛け。
それでも、これが“自分で選んだぬくもり”だと思うと、少し誇らしかった。

――ゴトン。

急な衝撃で馬車が止まる。
御者が慌てたように叫ぶ。

「前方に……雪崩の跡が!」

「雪崩……?」

扉を開けて外へ出る。
冷気が肌を刺す。
馬車の前方、道は大きく崩れ、雪が積もり上がっていた。
通行は不可能。

御者が震える声で言う。
「申し訳ありません、ルナリエ様……ここから先は、徒歩で越えるしか……」

「わかりました。あなたはここで待っていてください」

「ですが――」

「構いませんわ。……心配しないで」

わたくしはマントの裾を握りしめ、雪の上を一歩踏み出す。
空は白く曇り、風が強い。
足跡がすぐに消えるほど、雪が降りしきる。

「こんな時に……思い出すのは、あの声ですのね」

――“もう一度、自分を信じろ”。

幼い日の夢の中で、黒髪の少年が言っていた。
雪の庭で迷子になったわたくしに、手を差し伸べてくれた少年。
その手の温かさだけが、今でも鮮明だった。

(もう一度……信じてみようかしら)

吐く息が白く消えていく。
その先、吹雪の向こうに、黒い影がひとつ見えた。

誰かが、こちらへ向かってくる。
堂々とした体躯。鋭い視線。
氷のような世界の中で、ただその瞳だけが燃えていた。

「……おい、何をしている。ここで凍えるつもりか?」

その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
懐かしい響き――夢で聞いた声。

(あなたは……?)

ルナリエは、ただ立ち尽くす。
吹雪の中、彼のマントがひるがえり、肩へとかけられる。

「早く行くぞ。ここは危険だ」

――その手の温かさに、もう一度、心が少しだけ溶けた。


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