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第1章 婚約破棄と追放
1-3 雪原の再会
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1-3 雪原の再会
吹きつける雪が、頬を刺すように痛かった。
視界は真っ白で、道も、空も、地も、すべてがひとつの白に溶けている。
ルナリエは、凍える手でマントの裾を押さえ、吹雪の中を歩き続けていた。
風が叫ぶ。
氷の針のような雪が頬を打ち、息を吸うたびに肺が痛む。
――どこまで歩けばいいのだろう。
王宮から追い出され、馬車も雪崩で立ち往生。
頼れる者は誰ひとりいない。
だが、立ち止まれば死ぬ。
そのことだけは分かっていた。
(せめて、最後くらい……綺麗に倒れたいですわね)
そんな諦めが、ふと脳裏をよぎったときだった。
――ザクッ。
雪の上に、誰かの足音が重なった。
「……危険だ、止まれ!」
低く、よく通る声。
次の瞬間、視界の端に黒い影が走った。
その男は躊躇なく雪を蹴り上げ、ルナリエの腕を掴む。
「な――」
言葉を発する間もなく、強い力で抱きかかえられ、体が宙に浮いた。
そのまま、雪を避けるように斜面の影へと飛び込む。
冷たい空気の中、彼の体温だけがやけに鮮明だった。
「……なぜ、助けたのですか」
「助ける理由が必要か?」
短い言葉。
だが、その声の奥に、確かな熱を感じる。
雪が一段落した頃、ルナリエはようやく彼の顔を見た。
――黒い髪。鋭い灰色の瞳。
全身を黒いマントで包み、剣を背負った男。
彼は王国でも名高い、王太子直属騎士団の元団長――オルヴィン・アルドレイ。
「……あなたは、殿下の側近の……」
「元、だ」
短く切り捨てるような口調。
けれどその声は、どこか懐かしかった。
「辺境駐屯の任を受け、今はこの地を巡回している」
「そんな遠いところで……王都の私など、関係ないでしょうに」
「雪の中で立ち尽くす女を見過ごせるほど、俺は冷たくない」
ルナリエは目を伏せた。
冷たくない――その言葉が胸に沁みた。
「……ふふ、皮肉ですわね。氷の姫を助けるのが、氷よりも冷たいと噂された騎士だなんて」
オルヴィンは一瞬だけ眉を動かした。
「噂など、風のようなものだ。だが……氷姫、という呼び名は気に入らないな」
「なぜです?」
「氷は、光を反射する。冷たく見えても、誰よりも純粋だ。――そういう存在を“冷たい”と言うのは、少し違う」
ルナリエの心臓が、ドクンと鳴った。
こんな言葉を、誰かからかけられたのは初めてだった。
沈黙。
雪が静かに降り積もる。
「……あなた、名前を覚えていませんの?」
「どういう意味だ?」
「昔、わたくし、雪の庭で迷っていたとき……黒髪の少年が助けてくれましたの。手を握って、“もう一度、自分を信じろ”と……」
オルヴィンの瞳がわずかに揺れた。
風が止み、時間が凍る。
「……あれは……お前だったのか」
「まさか、本当に……」
彼はゆっくりと近づき、ルナリエの肩に手を置いた。
「俺の名を、呼んでいた。小さな声で。……“オル”と」
「えっ……!」
頬が熱くなる。
幼い日の記憶が、一気に溶け出す。
泣きながら手を握った自分。
その手が、今と同じように温かかったこと。
「……あの時の、少年……」
「そして、あの時の少女が――今、俺の前に立っている」
静かな声が、雪原に溶けていく。
ルナリエは唇を噛みしめ、ふと笑った。
「また、助けられてしまいましたわね」
「昔も今も、俺のすることは変わらない。お前を守ることだ」
「……どうして、そこまで?」
オルヴィンは少しだけ目を伏せた。
「理由は――いつか話す。その代わり、今夜はここを離れるな」
「……命令ですの?」
「忠告だ。……殿下の命令で、お前の命を狙う者がいる」
その言葉に、ルナリエの瞳が見開かれた。
「わたくしを……?」
「そうだ。だから、ここで凍えるのはまだ早い」
オルヴィンがマントを脱ぎ、彼女の肩にそっと掛ける。
暖かさがじわりと広がる。
「……あなたの手は、変わりませんのね」
「何がだ?」
「昔も今も――不器用に、優しいところが」
オルヴィンは一瞬、息を止め、少しだけ顔を背けた。
「……覚えているのか。余計なことを」
ルナリエは、そんな彼の横顔を見て、思わず微笑んだ。
氷のようだった心が、ほんの少しだけ溶けていく。
――吹雪の夜、再び交わるふたりの運命。
その火種は、まだ小さいけれど確かに灯っていた。
---
吹きつける雪が、頬を刺すように痛かった。
視界は真っ白で、道も、空も、地も、すべてがひとつの白に溶けている。
ルナリエは、凍える手でマントの裾を押さえ、吹雪の中を歩き続けていた。
風が叫ぶ。
氷の針のような雪が頬を打ち、息を吸うたびに肺が痛む。
――どこまで歩けばいいのだろう。
王宮から追い出され、馬車も雪崩で立ち往生。
頼れる者は誰ひとりいない。
だが、立ち止まれば死ぬ。
そのことだけは分かっていた。
(せめて、最後くらい……綺麗に倒れたいですわね)
そんな諦めが、ふと脳裏をよぎったときだった。
――ザクッ。
雪の上に、誰かの足音が重なった。
「……危険だ、止まれ!」
低く、よく通る声。
次の瞬間、視界の端に黒い影が走った。
その男は躊躇なく雪を蹴り上げ、ルナリエの腕を掴む。
「な――」
言葉を発する間もなく、強い力で抱きかかえられ、体が宙に浮いた。
そのまま、雪を避けるように斜面の影へと飛び込む。
冷たい空気の中、彼の体温だけがやけに鮮明だった。
「……なぜ、助けたのですか」
「助ける理由が必要か?」
短い言葉。
だが、その声の奥に、確かな熱を感じる。
雪が一段落した頃、ルナリエはようやく彼の顔を見た。
――黒い髪。鋭い灰色の瞳。
全身を黒いマントで包み、剣を背負った男。
彼は王国でも名高い、王太子直属騎士団の元団長――オルヴィン・アルドレイ。
「……あなたは、殿下の側近の……」
「元、だ」
短く切り捨てるような口調。
けれどその声は、どこか懐かしかった。
「辺境駐屯の任を受け、今はこの地を巡回している」
「そんな遠いところで……王都の私など、関係ないでしょうに」
「雪の中で立ち尽くす女を見過ごせるほど、俺は冷たくない」
ルナリエは目を伏せた。
冷たくない――その言葉が胸に沁みた。
「……ふふ、皮肉ですわね。氷の姫を助けるのが、氷よりも冷たいと噂された騎士だなんて」
オルヴィンは一瞬だけ眉を動かした。
「噂など、風のようなものだ。だが……氷姫、という呼び名は気に入らないな」
「なぜです?」
「氷は、光を反射する。冷たく見えても、誰よりも純粋だ。――そういう存在を“冷たい”と言うのは、少し違う」
ルナリエの心臓が、ドクンと鳴った。
こんな言葉を、誰かからかけられたのは初めてだった。
沈黙。
雪が静かに降り積もる。
「……あなた、名前を覚えていませんの?」
「どういう意味だ?」
「昔、わたくし、雪の庭で迷っていたとき……黒髪の少年が助けてくれましたの。手を握って、“もう一度、自分を信じろ”と……」
オルヴィンの瞳がわずかに揺れた。
風が止み、時間が凍る。
「……あれは……お前だったのか」
「まさか、本当に……」
彼はゆっくりと近づき、ルナリエの肩に手を置いた。
「俺の名を、呼んでいた。小さな声で。……“オル”と」
「えっ……!」
頬が熱くなる。
幼い日の記憶が、一気に溶け出す。
泣きながら手を握った自分。
その手が、今と同じように温かかったこと。
「……あの時の、少年……」
「そして、あの時の少女が――今、俺の前に立っている」
静かな声が、雪原に溶けていく。
ルナリエは唇を噛みしめ、ふと笑った。
「また、助けられてしまいましたわね」
「昔も今も、俺のすることは変わらない。お前を守ることだ」
「……どうして、そこまで?」
オルヴィンは少しだけ目を伏せた。
「理由は――いつか話す。その代わり、今夜はここを離れるな」
「……命令ですの?」
「忠告だ。……殿下の命令で、お前の命を狙う者がいる」
その言葉に、ルナリエの瞳が見開かれた。
「わたくしを……?」
「そうだ。だから、ここで凍えるのはまだ早い」
オルヴィンがマントを脱ぎ、彼女の肩にそっと掛ける。
暖かさがじわりと広がる。
「……あなたの手は、変わりませんのね」
「何がだ?」
「昔も今も――不器用に、優しいところが」
オルヴィンは一瞬、息を止め、少しだけ顔を背けた。
「……覚えているのか。余計なことを」
ルナリエは、そんな彼の横顔を見て、思わず微笑んだ。
氷のようだった心が、ほんの少しだけ溶けていく。
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その火種は、まだ小さいけれど確かに灯っていた。
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