氷の王女と影の騎士 ――誓いの逆転婚姻

しおしお

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第1章 婚約破棄と追放

1-4 新たな始まり

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1-4 新たな始まり

焚き火の炎が、ぱちぱちと音を立てていた。
雪原の夜は凍えるほど寒いのに、その光だけが小さな命のように暖かかった。

ルナリエは借りた外套を肩にかけ、オルヴィンの隣で火を見つめていた。
あの吹雪のあと、彼に案内されて辿り着いたのは、山麓にある小さな村――辺境警備隊の駐屯地の一角だった。
木の壁は古びていて、床はぎしぎしと鳴る。
けれど、王宮の大理石の部屋よりも、不思議と落ち着く空間だった。

「王女がこんな場所に身を置くなど、前代未聞だな」
オルヴィンが苦笑交じりに呟く。
火の明かりに照らされた横顔は、昼間の険しさを少し和らげていた。

「もう、王女ではありませんわ。追放された身ですもの」
「……そうか。なら、どう呼べばいい?」
「ルナリエで結構ですわ」

「ルナリエ」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が不意に熱くなった。
ただ名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなに心がざわめくのだろう。

「あなたはどうなさるの? こんな辺境に閉じこもっていて」
「俺か? この地を守る。……それが俺の仕事だ」
「誰の命令で?」
「もう命令では動かない。――俺自身の意志で、だ」

その言葉が、胸の奥に刺さった。
命令では動かない。
わたくしが最も縛られていた言葉だった。

「……素敵ですわね。その生き方」

オルヴィンはちらりとこちらを見た。
「お前も、そうすればいい」

「え?」

「命令ではなく、義務でもなく。……自分の意志で生きるんだ」

焚き火の光が彼の瞳に映る。
まるで雪解けを告げる炎のように、強く、真っ直ぐだった。

「わたくしが……自分の意志で」

呟いた瞬間、胸の奥の氷が少しだけひび割れる音がした気がした。

これまでの人生は、決められた役割の中で過ごしてきた。
誰かに褒められるための微笑み。
国のための婚約。
民のための献身。

けれど、あの夜、王宮を去ったとき――確かに心のどこかで思ったのだ。
「もう、他人の物語の中で生きるのはやめよう」と。

「……わたくしも、あなたのように生きてみたいですわ」

「それでいい」
オルヴィンはわずかに頷き、薪を火にくべた。
「生き方を決めるのは、お前だ。王女でも、追放者でもなく――一人の人間として」

「……はい」

外では雪がやんでいた。
夜空には、幾つもの星が瞬いている。
冷たい空気を吸い込みながら、ルナリエはその光を見上げた。

「……星って、こんなに綺麗でしたのね」
「王宮では見えなかったのか?」
「ええ。明かりが強すぎて。……わたくし、ずっと見逃していたみたい」

オルヴィンは少しだけ微笑んだ。
「なら、今から見ればいい。いくらでも、ここから見える」

――見逃していたものを、ひとつずつ取り戻していく。
それが、これからのわたくしの生き方。

焚き火のそばで、ルナリエは目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、王宮での孤独でも、断罪の夜でもない。
ただ、穏やかな炎の揺らめきと、隣にいる男の温もり。

「……オルヴィン」
「なんだ」
「この村で、少しの間……過ごしても、よろしいですか?」
「構わない。……好きにすればいい」

「好きに……」
その言葉を繰り返す。
今まで一度も許されなかった言葉。
でも今、それがどれほど自由で、どれほど尊い響きかを知った。

「……ありがとう」

その夜、ルナリエ・エルヴィアは初めて、自分のために眠った。
命じられてでも、演じるためでもなく――ただ“自分”として生きるために。

焚き火の炎が、彼女の横顔をやさしく照らしていた。
そして、氷の姫の心に初めて“春”が訪れた。


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