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第3章「裏切りの王都」
3-1 王都帰還
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3-1 王都帰還
王都の門は、思っていたよりも重かった。
その扉をくぐった瞬間――ルナリエの胸の奥で、何かが軋む音を立てた。
(この空気……)
かつては祝宴と音楽で満たされていた王都の街並み。
けれど今は、笑顔もなく、露店の棚は空。
道端で物乞いの子供たちが、冷たい手を差し出していた。
「……民が、こんなにやつれて」
馬車の窓から見える景色に、ルナリエは息を呑む。
オルヴィンが隣で、短く答えた。
「王太子が“聖女エリザ”の祈りに頼りすぎたせいだ。
彼女の儀式には莫大な寄進が必要だと、貴族たちが民から税を巻き上げた」
「祈りのために……民の生活を奪うなんて」
「祈りは口実だ。真に支配しているのは、ヴァルデマー伯爵だ」
オルヴィンの言葉に、ルナリエの眉がわずかに動く。
その名は、王家の裏で密かに力を握る老貴族――陰謀家として知られていた。
王都は変わってしまった。
光り輝く王城さえ、どこか病んで見える。
そして、その中心に――“彼女”がいた。
***
王宮に足を踏み入れた瞬間、ルナリエの耳に、甘い声が響いた。
「まあ、ルナリエ様! 本当にお戻りになったのね!」
金糸の髪に、天使のような笑み。
かつての婚約破棄の原因となった伯爵令嬢――エリザ。
彼女は、まるで旧友を迎えるような笑顔で歩み寄ってくる。
「あなたがいなくなってから、王太子殿下は本当にお寂しそうで……。
けれど、こうして戻られたのなら、もう安心ですわね」
(……この女)
声も仕草も完璧な淑女。
けれど、その瞳の奥には薄い嘲りが浮かんでいた。
「ご機嫌よう、エリザ殿。お元気そうで何よりですわ」
ルナリエは微笑みを返す。
冷たい雪の結晶のように、完璧な笑顔を。
「ええ。陛下も王太子殿下も、あなたに会いたがっておられましたの。
ぜひ、晩餐会にご出席を。皆が待っていますわ」
「……光栄ですわ」
背後で、オルヴィンが小さく息を呑む。
(罠だ)
その沈黙が伝わってくる。だが、ルナリエは動じなかった。
「承知いたしました」
“氷の姫”の仮面を再びかぶり、王妃の間へと足を踏み入れる。
***
王妃の間。
壁一面を覆う豪奢なタペストリー。
その中央に座すのは、かつて彼女を“娘”と呼んだ王妃だった。
しかし今、その目には愛情の欠片もない。
代わりに、乾いた笑みが貼りついている。
「ルナリエ。よく戻ったわね」
「はい。王妃陛下のお召しにより、光栄に存じます」
「ええ……。あなたがいなくなってから、殿下はすっかり荒れてね。
新たな聖女エリザ殿の力を借りねば、王国の均衡すら危ういのよ」
(均衡? それは、民の犠牲の上に築かれたものでは?)
喉まで出かかった言葉を、ルナリエは飲み込む。
ここで感情を出すわけにはいかない。
「……王妃陛下。わたくしの務めは何でございましょう?」
「今宵の晩餐会で、王太子殿下と並び、国の安定を“象徴”していただきたいの」
“象徴”――その言葉に、ルナリエの胸が痛んだ。
再び、飾りに戻れというのだ。
しかし、彼女は微笑みを崩さなかった。
「承知いたしました。……そのお役、務めさせていただきます」
王妃の目が一瞬だけ細められる。
(この娘……以前とは違う)
ルナリエは、深く一礼し、部屋を後にした。
***
「危険だ」
廊下を出た瞬間、オルヴィンが低く言う。
「晩餐会の席は“処刑台”になる可能性が高い。
あの女(エリザ)が仕掛ける。お前を“偽りの姫”として晒し者にするつもりだ」
「ええ、わかっています」
ルナリエは淡く笑った。
「わたくしはもう、逃げる側ではありません」
「……本気か」
「はい。彼らの“真実の愛”がどれほど美しいものか、確かめる時ですわ」
その微笑みは、かつての氷ではなく――
炎を秘めた氷。
「オルヴィン。あなたには一つ、お願いがあります」
「なんだ」
「たとえ何が起ころうと、最後まで……わたくしを信じてください」
一瞬、彼の瞳に驚きが宿り、すぐに強い光に変わる。
「……言われるまでもない」
「ありがとう」
二人の影が廊下に並ぶ。
まるで、光と影がひとつに溶けていくように――。
――そして、夜が来る。
王宮最大の晩餐会。
毒と偽りと裏切りの宴が、静かに幕を開けようとしていた。
王都の門は、思っていたよりも重かった。
その扉をくぐった瞬間――ルナリエの胸の奥で、何かが軋む音を立てた。
(この空気……)
かつては祝宴と音楽で満たされていた王都の街並み。
けれど今は、笑顔もなく、露店の棚は空。
道端で物乞いの子供たちが、冷たい手を差し出していた。
「……民が、こんなにやつれて」
馬車の窓から見える景色に、ルナリエは息を呑む。
オルヴィンが隣で、短く答えた。
「王太子が“聖女エリザ”の祈りに頼りすぎたせいだ。
彼女の儀式には莫大な寄進が必要だと、貴族たちが民から税を巻き上げた」
「祈りのために……民の生活を奪うなんて」
「祈りは口実だ。真に支配しているのは、ヴァルデマー伯爵だ」
オルヴィンの言葉に、ルナリエの眉がわずかに動く。
その名は、王家の裏で密かに力を握る老貴族――陰謀家として知られていた。
王都は変わってしまった。
光り輝く王城さえ、どこか病んで見える。
そして、その中心に――“彼女”がいた。
***
王宮に足を踏み入れた瞬間、ルナリエの耳に、甘い声が響いた。
「まあ、ルナリエ様! 本当にお戻りになったのね!」
金糸の髪に、天使のような笑み。
かつての婚約破棄の原因となった伯爵令嬢――エリザ。
彼女は、まるで旧友を迎えるような笑顔で歩み寄ってくる。
「あなたがいなくなってから、王太子殿下は本当にお寂しそうで……。
けれど、こうして戻られたのなら、もう安心ですわね」
(……この女)
声も仕草も完璧な淑女。
けれど、その瞳の奥には薄い嘲りが浮かんでいた。
「ご機嫌よう、エリザ殿。お元気そうで何よりですわ」
ルナリエは微笑みを返す。
冷たい雪の結晶のように、完璧な笑顔を。
「ええ。陛下も王太子殿下も、あなたに会いたがっておられましたの。
ぜひ、晩餐会にご出席を。皆が待っていますわ」
「……光栄ですわ」
背後で、オルヴィンが小さく息を呑む。
(罠だ)
その沈黙が伝わってくる。だが、ルナリエは動じなかった。
「承知いたしました」
“氷の姫”の仮面を再びかぶり、王妃の間へと足を踏み入れる。
***
王妃の間。
壁一面を覆う豪奢なタペストリー。
その中央に座すのは、かつて彼女を“娘”と呼んだ王妃だった。
しかし今、その目には愛情の欠片もない。
代わりに、乾いた笑みが貼りついている。
「ルナリエ。よく戻ったわね」
「はい。王妃陛下のお召しにより、光栄に存じます」
「ええ……。あなたがいなくなってから、殿下はすっかり荒れてね。
新たな聖女エリザ殿の力を借りねば、王国の均衡すら危ういのよ」
(均衡? それは、民の犠牲の上に築かれたものでは?)
喉まで出かかった言葉を、ルナリエは飲み込む。
ここで感情を出すわけにはいかない。
「……王妃陛下。わたくしの務めは何でございましょう?」
「今宵の晩餐会で、王太子殿下と並び、国の安定を“象徴”していただきたいの」
“象徴”――その言葉に、ルナリエの胸が痛んだ。
再び、飾りに戻れというのだ。
しかし、彼女は微笑みを崩さなかった。
「承知いたしました。……そのお役、務めさせていただきます」
王妃の目が一瞬だけ細められる。
(この娘……以前とは違う)
ルナリエは、深く一礼し、部屋を後にした。
***
「危険だ」
廊下を出た瞬間、オルヴィンが低く言う。
「晩餐会の席は“処刑台”になる可能性が高い。
あの女(エリザ)が仕掛ける。お前を“偽りの姫”として晒し者にするつもりだ」
「ええ、わかっています」
ルナリエは淡く笑った。
「わたくしはもう、逃げる側ではありません」
「……本気か」
「はい。彼らの“真実の愛”がどれほど美しいものか、確かめる時ですわ」
その微笑みは、かつての氷ではなく――
炎を秘めた氷。
「オルヴィン。あなたには一つ、お願いがあります」
「なんだ」
「たとえ何が起ころうと、最後まで……わたくしを信じてください」
一瞬、彼の瞳に驚きが宿り、すぐに強い光に変わる。
「……言われるまでもない」
「ありがとう」
二人の影が廊下に並ぶ。
まるで、光と影がひとつに溶けていくように――。
――そして、夜が来る。
王宮最大の晩餐会。
毒と偽りと裏切りの宴が、静かに幕を開けようとしていた。
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