氷の王女と影の騎士 ――誓いの逆転婚姻

しおしお

文字の大きさ
11 / 27
第3章「裏切りの王都」

3-2 毒杯の晩餐

しおりを挟む
3-2 毒杯の晩餐

煌びやかな光が、王宮の大広間を包んでいた。
天井から吊るされた巨大なシャンデリア。
銀の燭台に灯る炎は美しく揺らめき――それとは対照的に、
その場の空気はひどく冷たい。

「本日をもって、我が王国は真の“愛”と“調和”を取り戻す」

王妃の声が響き、賓客たちが一斉に拍手する。
その隣に立つのは王太子セドリック。
黄金の髪を整え、まるで絵画から抜け出たような笑みを浮かべていた。

だが、その笑みはどこか空虚だった。
ルナリエには、それがわかる。
(……この瞳。誰も、映していない)

彼の隣には、まばゆい純白のドレスを着た女――聖女エリザ。
彼女は慈愛に満ちた表情で手を組み、民へ微笑みを向けている。
しかし、近づけばわかる。
その微笑は、計算で作られた“聖女の仮面”だ。

「本日は特別に――旧婚約者ルナリエ・エルヴィア殿にもご出席いただいております」

王妃の言葉に、視線が一斉にルナリエへ注がれた。
ざわめき。
「あの氷の姫が戻ったのか」
「追放されたはずでは?」
「王太子殿下はどうなさるのだろう」

好奇と軽蔑の視線が突き刺さる中、
ルナリエはゆるやかに一礼した。

「ご紹介にあずかりました、ルナリエです。
 本日は、このような場にお招きいただき、光栄に存じますわ」

声は柔らかく、しかし一分の揺らぎもない。
完璧な“氷の姫”の微笑。
それが、かつて彼女を支配していた仮面だった。

だが――今日は違う。
心の奥には炎があった。
“誰のためでもない。自分の意志で、ここに立つ”という強い意志が。

***

晩餐が始まる。
豪奢なテーブルの上に並ぶのは、絹のようなソースを纏った肉料理、黄金色のスープ、
そして、深紅のワイン。

その香りは芳醇で、しかしどこか――重い。

「お飲みになってくださいませ、ルナリエ様」
聖女エリザが、にこやかに杯を差し出してくる。
「殿下のご厚意ですわ。仲直りの印に」

「まあ……嬉しいこと」
ルナリエは優雅に受け取る。
ただし、その指先はわずかに震えていた。

オルヴィンが、後方の護衛席からその動きを見ている。
視線が交わる。
――飲むな。
無言の警告が伝わってきた。

だが、ルナリエは杯を口に運ぶ。

(わかっています……けれど、ここで怯んでは終わりです)

唇が触れた瞬間、ほのかな甘みの奥に、鉄のような味が混じる。
――毒。

ほんの一瞬で理解した。
同時に、視界の端でオルヴィンが動く。

「ルナリエッ!!」

その叫びと共に、銀のトレイが弾かれ、杯が宙を舞った。
ワインが飛び散り、赤い滴が床に散る。
だが、その一部はすでにルナリエの唇をかすめていた。

「……オルヴィン、危ない……っ!」

次の瞬間、オルヴィンが彼女の前に立ち、代わりに杯を奪って飲み干した。
その動作は迷いもなかった。

「なっ――!」
会場がざわつく。

「何をなさって……!」
「毒を――殿下が!」

混乱する声の中、オルヴィンの体が膝をつく。
血の気が引き、息が荒い。

「なぜ……ここまでして……」
ルナリエが駆け寄る。
オルヴィンは苦しみながらも、彼女を見上げた。

「……お前が……倒れるのは、見たくない」

その言葉に、胸の奥が締めつけられる。

「愚か者……!」
ルナリエは抱きかかえ、震える手で額に触れる。
冷たい。
しかしその瞳は、穏やかだった。

「……覚えているか。十年前……雪の庭で泣いていたお前に誓った言葉」
「……“もう一度、自分を信じろ”」
「そうだ……。その約束、今も……変わらない」

彼の手が、ルナリエの頬に触れる。
その指先が、微かに震えている。

「お前が……この国を救う……“光”になる。だから、俺は影でいい」
「そんなの、嫌です……!」

ルナリエの声が震える。
涙が頬を伝い、彼の手を濡らした。

「あなたに死なれては、わたくしは……!」

「泣くな……氷の姫」
かすれた声で、オルヴィンが笑う。
「涙は……似合わない」

ルナリエは、唇を噛んだ。
胸の奥で、何かが弾ける。

「――いいえ。今のわたくしは“氷の姫”ではありません!」

掌をかざす。
青白い光が、指先に宿る。
凍てついた空気が一瞬で震え、オルヴィンの体を包んだ。

「……ルナリエ、それは……」
「あなたを救うための力です。わたくしが、誰かを守る番なのです!」

彼女の体から、眩い氷の粒が舞い上がる。
治癒と浄化を兼ねた、古の“氷の魔術”。
かつて王家が禁じた、血統の力。

その光がオルヴィンの胸に流れ込み、彼の呼吸が少しずつ整っていく。
周囲の貴族たちは息を呑み、王妃とエリザの顔色が変わった。

「まさか……まだその力を……!」

ルナリエは立ち上がり、静かに振り返る。
「ええ。
 あなたたちが“不要”と捨てた血が、いまこの瞬間、あなたたちを救ったのです」

沈黙。
その姿は、誰が見ても“真の王女”だった。

オルヴィンが、彼女の背で静かに息を整える。
その眼差しには、誓いにも似た光が宿っていた。

(この人を――二度と離すものか)

そして、毒の宴は幕を閉じた。
だが、これは始まりにすぎなかった。

偽りの聖女と、操られた王太子。
そして、裏で糸を引く黒幕――ヴァルデマー伯爵。

氷の王女は、ついに知る。
この国を蝕む“本当の毒”が、どこにあるのかを。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

ぽっちゃり侯爵と大食い令嬢の甘い婚約生活

piyo
恋愛
女性秘書官として働きながら、“大食い令嬢”の異名を持つダニエラ。そんな彼女に、上司のガリウスがひとつの縁談を持ってくる。 相手は名門オウネル侯爵家の当主、キーレン・オウネル。 大変ふくよかな体形の彼は、自分と同じように食を楽しんでくれる相手を探していた。 一方のダニエラも、自分と同じくらいの食欲のある伴侶を求めていたため、お茶会を通じて二人は晴れて婚約者となる。 ゆっくりと距離を縮め、穏やかに愛を育んでいく二人だが、 結婚式の半年前、キーレンが交易交渉のため国外へ赴くことになり―― ※なろうにも掲載しています

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

処理中です...