氷の王女と影の騎士 ――誓いの逆転婚姻

しおしお

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第3章「裏切りの王都」

3-4 決別

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3-4 決別

夜が明けきらぬ王都。
空は曇天に包まれ、瓦礫の煙が薄い靄となって街を覆っていた。
かつて黄金に輝いていた王城は、今や黒く焦げ、悲鳴と怒号がこだまする。

ルナリエとオルヴィンは、崩れかけた城の裏門を抜け、廃墟の回廊を進んでいた。
氷のような空気が漂う。
だが、その静けさは――嵐の前触れのように張りつめている。

「……ここまで来れば、ひとまず安全だ」
オルヴィンが剣をおさめ、周囲を確認する。
彼の鎧は傷だらけで、血が滲んでいた。
それでも、彼は一歩も引かない。

「あなたこそ……休んでください」
ルナリエが袖を裂いて包帯代わりに彼の腕を巻く。
「……姫に包帯されるとはな」
「文句を言うなら、もう少し早く倒れてくださいませ」
「それは困る」
微笑み合う二人の間に、束の間の静けさが戻った――その時だった。

「……ルナリエ」

廃墟の奥から、掠れた声が響く。
振り向くと、血にまみれた衣をまとった男――王太子セドリックが立っていた。
その背後には、崩れ落ちた王妃の寝室の残骸。
まるで、過去の象徴のように。

「……まだ、生きていたのね」
ルナリエの声は冷たい。

セドリックはよろめきながら近づいてくる。
「……私は、愚かだった。
 エリザの言葉を信じ、愛だと思い込んで……気づけば国も、民も、君も……失った」

彼の手には、折れた指輪――二人が幼少期に交わした“永遠の契り”の象徴が握られていた。

「これを……君に返そうと思って」

ルナリエは静かにその手を見つめた。
しかし、受け取らなかった。

「もう、それはいりませんわ」

「なぜ……?」
「あなたの愛は、“見せかけ”だったから。
 わたくしを愛していたのではなく、“王女という立場”を愛していただけです。
 そして今は、“失った自分”を憐れんでいるだけ」

セドリックの目が揺れた。
「……そんなつもりじゃ」
「違うのですか?
 なら、どうしてあの晩餐で、わたくしを毒殺しようとした者を――あなたは咎めなかったのです?」

沈黙。
彼は言葉を失う。
罪の意識が、彼の肩を押しつぶしていくようだった。

ルナリエはゆっくりと背を向ける。
「わたくしは、あなたを憎んでいません。
 でも――もう、信じることもできません」

「待ってくれ、ルナリエ! 私は……!」
手を伸ばす王太子。
しかし、その手は虚しく空を切った。

その瞬間、オルヴィンが一歩前に出る。
黒い外套を翻し、鋭い眼光でセドリックを見据える。

「これ以上、彼女に触れるな。
 王太子としてのあなたはもう死んだ」

「お前は……」
「十年前、暗殺者からこの方を救った“影の騎士”だ」

オルヴィンの声には怒りではなく、静かな決意が宿っていた。
「俺は彼女の影として、これからも共に歩く。
 ――だから、あなたが差し伸べる手は、もう届かない」

セドリックの膝が崩れた。
地面に落ちた指輪が、乾いた音を立てて転がる。

「……そうか。
 君は本当に……氷の姫だな。
 誰の手も届かない……」

ルナリエは振り返らなかった。
ただ、冷たい風の中で小さく呟く。

「いいえ、氷は……陽の光を知りましたの。
 ――それが、あなたではなかっただけです」

オルヴィンが手を差し出す。
ルナリエはその手を取る。
彼の掌の温かさが、氷の心をゆっくりと溶かしていく。

「行こう、ルナリエ」
「ええ。過去はここに置いていきます」

二人は王都を離れた。
背後で崩れ落ちる王城。
鐘が鳴る――まるで、ひとつの時代の終わりを告げるように。

遠く、夜明けの光が差し込む。
その光の中で、ルナリエは微笑む。

「さあ、新しい国を……新しい自分を、築きましょう」

オルヴィンは頷く。
「その隣に、俺がいる」

氷の姫はついに、“影の騎士”と共に自由を手に入れた。
そしてその瞬間――
王国の運命もまた、静かに塗り替えられていった。


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