14 / 27
第4章「反撃の誓い」
4-1 亡命の地
しおりを挟む
4-1 亡命の地
雪山を越える風は、まるで氷刃のように頬を打った。
馬の吐息が白く散り、地平線の向こうには、王国とは違う色の空が広がっている。
「あと少しで国境です」
オルヴィンが振り返る。
彼の肩には旅の荷と、戦火をくぐり抜けた疲労の影。
それでも、その背中はまっすぐで、力強かった。
「ええ……でも、王都の光が見えなくなるのは、少し寂しいですわね」
ルナリエが振り返る。
遠く、煙に包まれた王都が小さく見える。
あの場所にあった記憶――愛、誇り、裏切り、涙。
全てが一つの点に溶けていくようだった。
「……姫」
「“姫”と呼ぶのは、もうやめてください」
ルナリエは微笑む。
「今の私はただの旅人、ルナリエという名を持つ、ひとりの女です」
「……了解した。じゃあ、ルナ」
「はい、“オルヴィン”」
名前を呼び合うだけで、胸の奥に温かなものが宿る。
かつて王国に仕える者と仕えられる者だった二人が、
今はただ、共に歩く仲間として並んでいた。
***
山を越えると、そこには広大な草原と渓谷が広がっていた。
風が吹き抜け、雪の粒が舞いながらも、どこか柔らかい。
その中心に、木造の砦と村が見えた。
「ここが……?」
「ああ。独立自治領《ヴァリス》――王国に背を向け、自由を選んだ者たちの地だ」
オルヴィンの言葉に、ルナリエは目を細める。
門を守る兵たちは粗野だが、どこか誇り高い表情をしていた。
一人の壮年の男が近づいてきて、警戒の視線を向ける。
「王国の人間か? 逃げてきたのか?」
オルヴィンが一歩前に出る。
「亡命だ。追われる身だが、剣は捨ててきた。
我々は戦を望まない。ただ、ここで生きたい」
男は無言で二人を見つめたあと、頷いた。
「……いいだろう。だがここでは身分も称号も通用しない。自分の力で居場所を作れ」
「それで十分です」
ルナリエが答える。
その声は、かつての高貴な響きではなく、確かな“生の音”を帯びていた。
***
砦の中は思いのほか活気に満ちていた。
職人が鉄を打ち、子供たちが笑い、女たちが薬草を干している。
“生きるために動く”人々の姿。
それは王宮の煌びやかさよりも、遥かに美しかった。
「王宮にいた頃、こんな匂いを嗅いだことはありませんわ」
ルナリエが笑う。
「煙と鉄と……焼きたてのパンの香り」
「生きてる証拠だ」
オルヴィンがそう言い、薪を積む手を止めて彼女を見る。
「ここなら、少しは安らげるだろう」
「ええ。でも……安らぐだけでは終わりません」
ルナリエの瞳に、氷のような輝きが戻る。
「王国を救うために、ここで力を蓄えます。
あの地に再び春を呼ぶために」
オルヴィンは黙って頷く。
彼はルナリエの横顔を見つめながら、かすかに微笑んだ。
「……昔の“氷の姫”とは違うな」
「ふふ。昔の私は、人の温もりを知らなかったのです。
でも今は――あなたがいますから」
一瞬、空気が止まった。
ルナリエの頬がうっすらと赤く染まり、オルヴィンは視線をそらす。
「……やれやれ、戦場より手強いな」
「なにか言いました?」
「いえ、何も」
二人の間に、微かな笑いが生まれた。
それは長い闇の中でようやく灯った、小さな希望の炎。
***
夜。
ヴァリスの空には無数の星が瞬いていた。
焚き火の光に照らされる二人の影が、寄り添うように揺れる。
「オルヴィン」
「なんだ」
「あなたは、もし……また王都に戻ることになったら、どうしますか?」
「お前が行くというなら、どこへでも行く。
この剣はもう国のためじゃない。お前のために振るう」
ルナリエは火を見つめながら、静かに微笑む。
「それでは、わたくしもあなたのために――氷の魔力を使います」
「そんな危険なもの、もう使うな」
「いいえ。これは危険なものではなく、希望です。
誰かを凍らせるためでなく、守るために使うのですから」
焚き火がぱちりと弾けた。
その光が二人の顔を柔らかく照らす。
「……ルナ、お前は変わったな」
「あなたが変えてくれたのです」
彼女はそっと目を閉じ、星明かりの下で呟く。
> 「もう一度、自分を信じろ――あの日の言葉が、今も胸にあります」
風が吹き抜ける。
夜空に流れ星が落ちる。
ルナリエの旅は、終わりではなく始まり。
そして、反撃の夜明けは静かに近づいていた。
---
雪山を越える風は、まるで氷刃のように頬を打った。
馬の吐息が白く散り、地平線の向こうには、王国とは違う色の空が広がっている。
「あと少しで国境です」
オルヴィンが振り返る。
彼の肩には旅の荷と、戦火をくぐり抜けた疲労の影。
それでも、その背中はまっすぐで、力強かった。
「ええ……でも、王都の光が見えなくなるのは、少し寂しいですわね」
ルナリエが振り返る。
遠く、煙に包まれた王都が小さく見える。
あの場所にあった記憶――愛、誇り、裏切り、涙。
全てが一つの点に溶けていくようだった。
「……姫」
「“姫”と呼ぶのは、もうやめてください」
ルナリエは微笑む。
「今の私はただの旅人、ルナリエという名を持つ、ひとりの女です」
「……了解した。じゃあ、ルナ」
「はい、“オルヴィン”」
名前を呼び合うだけで、胸の奥に温かなものが宿る。
かつて王国に仕える者と仕えられる者だった二人が、
今はただ、共に歩く仲間として並んでいた。
***
山を越えると、そこには広大な草原と渓谷が広がっていた。
風が吹き抜け、雪の粒が舞いながらも、どこか柔らかい。
その中心に、木造の砦と村が見えた。
「ここが……?」
「ああ。独立自治領《ヴァリス》――王国に背を向け、自由を選んだ者たちの地だ」
オルヴィンの言葉に、ルナリエは目を細める。
門を守る兵たちは粗野だが、どこか誇り高い表情をしていた。
一人の壮年の男が近づいてきて、警戒の視線を向ける。
「王国の人間か? 逃げてきたのか?」
オルヴィンが一歩前に出る。
「亡命だ。追われる身だが、剣は捨ててきた。
我々は戦を望まない。ただ、ここで生きたい」
男は無言で二人を見つめたあと、頷いた。
「……いいだろう。だがここでは身分も称号も通用しない。自分の力で居場所を作れ」
「それで十分です」
ルナリエが答える。
その声は、かつての高貴な響きではなく、確かな“生の音”を帯びていた。
***
砦の中は思いのほか活気に満ちていた。
職人が鉄を打ち、子供たちが笑い、女たちが薬草を干している。
“生きるために動く”人々の姿。
それは王宮の煌びやかさよりも、遥かに美しかった。
「王宮にいた頃、こんな匂いを嗅いだことはありませんわ」
ルナリエが笑う。
「煙と鉄と……焼きたてのパンの香り」
「生きてる証拠だ」
オルヴィンがそう言い、薪を積む手を止めて彼女を見る。
「ここなら、少しは安らげるだろう」
「ええ。でも……安らぐだけでは終わりません」
ルナリエの瞳に、氷のような輝きが戻る。
「王国を救うために、ここで力を蓄えます。
あの地に再び春を呼ぶために」
オルヴィンは黙って頷く。
彼はルナリエの横顔を見つめながら、かすかに微笑んだ。
「……昔の“氷の姫”とは違うな」
「ふふ。昔の私は、人の温もりを知らなかったのです。
でも今は――あなたがいますから」
一瞬、空気が止まった。
ルナリエの頬がうっすらと赤く染まり、オルヴィンは視線をそらす。
「……やれやれ、戦場より手強いな」
「なにか言いました?」
「いえ、何も」
二人の間に、微かな笑いが生まれた。
それは長い闇の中でようやく灯った、小さな希望の炎。
***
夜。
ヴァリスの空には無数の星が瞬いていた。
焚き火の光に照らされる二人の影が、寄り添うように揺れる。
「オルヴィン」
「なんだ」
「あなたは、もし……また王都に戻ることになったら、どうしますか?」
「お前が行くというなら、どこへでも行く。
この剣はもう国のためじゃない。お前のために振るう」
ルナリエは火を見つめながら、静かに微笑む。
「それでは、わたくしもあなたのために――氷の魔力を使います」
「そんな危険なもの、もう使うな」
「いいえ。これは危険なものではなく、希望です。
誰かを凍らせるためでなく、守るために使うのですから」
焚き火がぱちりと弾けた。
その光が二人の顔を柔らかく照らす。
「……ルナ、お前は変わったな」
「あなたが変えてくれたのです」
彼女はそっと目を閉じ、星明かりの下で呟く。
> 「もう一度、自分を信じろ――あの日の言葉が、今も胸にあります」
風が吹き抜ける。
夜空に流れ星が落ちる。
ルナリエの旅は、終わりではなく始まり。
そして、反撃の夜明けは静かに近づいていた。
---
0
あなたにおすすめの小説
借りてきたカレ
しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて……
あらすじ
システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。
人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。
人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。
しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。
基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
ぽっちゃり侯爵と大食い令嬢の甘い婚約生活
piyo
恋愛
女性秘書官として働きながら、“大食い令嬢”の異名を持つダニエラ。そんな彼女に、上司のガリウスがひとつの縁談を持ってくる。
相手は名門オウネル侯爵家の当主、キーレン・オウネル。
大変ふくよかな体形の彼は、自分と同じように食を楽しんでくれる相手を探していた。
一方のダニエラも、自分と同じくらいの食欲のある伴侶を求めていたため、お茶会を通じて二人は晴れて婚約者となる。
ゆっくりと距離を縮め、穏やかに愛を育んでいく二人だが、
結婚式の半年前、キーレンが交易交渉のため国外へ赴くことになり――
※なろうにも掲載しています
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる