氷の王女と影の騎士 ――誓いの逆転婚姻

しおしお

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第4章「反撃の誓い」

4-1 亡命の地

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4-1 亡命の地

 雪山を越える風は、まるで氷刃のように頬を打った。
 馬の吐息が白く散り、地平線の向こうには、王国とは違う色の空が広がっている。

「あと少しで国境です」
 オルヴィンが振り返る。
 彼の肩には旅の荷と、戦火をくぐり抜けた疲労の影。
 それでも、その背中はまっすぐで、力強かった。

「ええ……でも、王都の光が見えなくなるのは、少し寂しいですわね」
 ルナリエが振り返る。
 遠く、煙に包まれた王都が小さく見える。
 あの場所にあった記憶――愛、誇り、裏切り、涙。
 全てが一つの点に溶けていくようだった。

「……姫」
「“姫”と呼ぶのは、もうやめてください」
 ルナリエは微笑む。
「今の私はただの旅人、ルナリエという名を持つ、ひとりの女です」
「……了解した。じゃあ、ルナ」
「はい、“オルヴィン”」

 名前を呼び合うだけで、胸の奥に温かなものが宿る。
 かつて王国に仕える者と仕えられる者だった二人が、
 今はただ、共に歩く仲間として並んでいた。

 ***

 山を越えると、そこには広大な草原と渓谷が広がっていた。
 風が吹き抜け、雪の粒が舞いながらも、どこか柔らかい。
 その中心に、木造の砦と村が見えた。

「ここが……?」
「ああ。独立自治領《ヴァリス》――王国に背を向け、自由を選んだ者たちの地だ」
 オルヴィンの言葉に、ルナリエは目を細める。

 門を守る兵たちは粗野だが、どこか誇り高い表情をしていた。
 一人の壮年の男が近づいてきて、警戒の視線を向ける。

「王国の人間か? 逃げてきたのか?」
 オルヴィンが一歩前に出る。
「亡命だ。追われる身だが、剣は捨ててきた。
 我々は戦を望まない。ただ、ここで生きたい」

 男は無言で二人を見つめたあと、頷いた。
「……いいだろう。だがここでは身分も称号も通用しない。自分の力で居場所を作れ」

「それで十分です」
 ルナリエが答える。
 その声は、かつての高貴な響きではなく、確かな“生の音”を帯びていた。

 ***

 砦の中は思いのほか活気に満ちていた。
 職人が鉄を打ち、子供たちが笑い、女たちが薬草を干している。
 “生きるために動く”人々の姿。
 それは王宮の煌びやかさよりも、遥かに美しかった。

「王宮にいた頃、こんな匂いを嗅いだことはありませんわ」
 ルナリエが笑う。
「煙と鉄と……焼きたてのパンの香り」
「生きてる証拠だ」
 オルヴィンがそう言い、薪を積む手を止めて彼女を見る。

「ここなら、少しは安らげるだろう」
「ええ。でも……安らぐだけでは終わりません」

 ルナリエの瞳に、氷のような輝きが戻る。
「王国を救うために、ここで力を蓄えます。
 あの地に再び春を呼ぶために」

 オルヴィンは黙って頷く。
 彼はルナリエの横顔を見つめながら、かすかに微笑んだ。

「……昔の“氷の姫”とは違うな」
「ふふ。昔の私は、人の温もりを知らなかったのです。
 でも今は――あなたがいますから」

 一瞬、空気が止まった。
 ルナリエの頬がうっすらと赤く染まり、オルヴィンは視線をそらす。
「……やれやれ、戦場より手強いな」
「なにか言いました?」
「いえ、何も」

 二人の間に、微かな笑いが生まれた。
 それは長い闇の中でようやく灯った、小さな希望の炎。

 ***

 夜。
 ヴァリスの空には無数の星が瞬いていた。
 焚き火の光に照らされる二人の影が、寄り添うように揺れる。

「オルヴィン」
「なんだ」
「あなたは、もし……また王都に戻ることになったら、どうしますか?」
「お前が行くというなら、どこへでも行く。
 この剣はもう国のためじゃない。お前のために振るう」

 ルナリエは火を見つめながら、静かに微笑む。
「それでは、わたくしもあなたのために――氷の魔力を使います」
「そんな危険なもの、もう使うな」
「いいえ。これは危険なものではなく、希望です。
 誰かを凍らせるためでなく、守るために使うのですから」

 焚き火がぱちりと弾けた。
 その光が二人の顔を柔らかく照らす。

「……ルナ、お前は変わったな」
「あなたが変えてくれたのです」
 彼女はそっと目を閉じ、星明かりの下で呟く。

 > 「もう一度、自分を信じろ――あの日の言葉が、今も胸にあります」



 風が吹き抜ける。
 夜空に流れ星が落ちる。

 ルナリエの旅は、終わりではなく始まり。
 そして、反撃の夜明けは静かに近づいていた。


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