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第4章「反撃の誓い」
4-3 裏切りの告白
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4-3 裏切りの告白
夜。
ヴァリスの砦は、風の唸りに包まれていた。
松明の灯が壁を揺らし、兵たちの影が長く伸びる。
訓練を終えた者たちが寝静まった後、ルナリエとオルヴィンは執務室で報告を待っていた。
机の上には王国の地図。
赤く塗られた線は王都から南方へ――まるで血管のように、腐敗が広がる証だった。
「……王都の内乱は続いている。だが、民の苦しみは増すばかりだ」
オルヴィンが報告書を置く。
「伯爵派が軍を動かしているらしい。王太子は表向きの“傀儡”に過ぎん」
「……伯爵派、ですか」
ルナリエの瞳に冷たい光が宿る。
「名前を出さない方がいい。耳にも呪いが残るような男だ」
その時、扉がノックされた。
「入れ」
現れたのは、全身に外套を纏った男――ひどくやつれた表情をしていた。
「失礼いたします……亡命者を名乗る者を、保護しました」
護衛の兵士が告げる。
「亡命者?」
ルナリエが眉をひそめると、男はふらりと膝をついた。
「王都から参りました……元情報将校、レオン・バルガです」
彼の手には血の滲む封書。
「お見せしたいものが、ございます……」
封を切ると、中には王国議会の印章と、見慣れた筆跡。
そこには、伯爵ヴァルデマーの署名とともに、恐るべき命令が記されていた。
> 『王家を排除し、聖女エリザを“神託の声”として立てること。
反逆者ルナリエを抹殺せよ。
王国再建の名の下、民を選別せよ』
「……なんということ」
ルナリエは思わず口元を押さえた。
書状の隅には、彼女の名前が“粛清対象第一号”として刻まれている。
「伯爵ヴァルデマー……やはり、あなたでしたのね」
彼女の声は震えていない。
けれど、その奥には怒りと悲しみが静かに燃えていた。
レオンは苦悶の表情で頭を垂れる。
「殿下……いえ、ルナ様。私は、彼の命で情報を偽造し、あなた様を陥れました。
晩餐会の毒も、命じられた通りに……」
オルヴィンが腰の剣に手をかけた。
だがルナリエは、手を伸ばしてそれを制した。
「やめてください。……彼は、罪を自覚して来たのです」
「……!」
オルヴィンの目が驚きに揺れる。
ルナリエは歩み寄り、レオンの肩に手を置いた。
「苦しかったでしょう。
罪を背負い、それでも真実を伝えようとしてくれた――
それはもう、贖罪の第一歩ですわ」
レオンの頬に涙が伝う。
「あなた様は……氷の姫ではなく、慈悲の女神のようだ……」
「いいえ。氷の姫で構いません。
氷は冷たくとも、腐敗を凍らせる力があります」
ルナリエは地図の上に手を置いた。
指先から微かな光が溢れ、王国全土が青白く染まる。
氷の魔力が、彼女の決意と共鳴していた。
「オルヴィン。伯爵は、王都を掌握しようとしています。
王家の名を利用し、民を“粛清”の名で支配している。
このままでは――」
「王国は滅ぶ」
「ええ。だから、止めなくては」
ルナリエはゆっくりと立ち上がる。
その背筋は、王女だった頃よりもずっと強く、美しかった。
「わたくしは、もう逃げません。
あの国を変えるのは、“氷の姫”の責務。
そして、わたくし自身の贖いです」
オルヴィンは彼女を見上げ、跪いた。
「……ならば俺は、お前の剣となる。
その決意に、この命を捧げよう」
「ありがとう、オルヴィン」
ルナリエは微笑み、彼の手を取る。
「氷はもう、孤独の象徴ではありません。
――民と、あなたと共に、炎を灯す力です」
焚き火の光が二人を包む。
外では雪が静かに舞い落ちていたが、
その中心には確かに、“新しい夜明けの熱”が生まれつつあった。
やがてルナリエは、レオンに向き直る。
「レオン・バルガ。あなたに頼みたいことがあります」
「なんなりと」
「伯爵の行動を監視し、次の動きを知らせてください。
――もう二度と、彼の好きにはさせません」
「はっ……必ず」
レオンは深く頭を下げた。
ルナリエは、夜空を見上げる。
星々が冷たい光を放つ中、その瞳だけは確かな炎を宿していた。
> 「この手で、凍てついた国を解かしてみせる。
民の涙も、わたくしの過去も――全部、春へと変えるために」
その決意の言葉が、ヴァリスの砦に新たな風を呼んだ。
氷の姫は、再び立ち上がった。
今度は、誰のためでもなく――自分の意志で。
---
夜。
ヴァリスの砦は、風の唸りに包まれていた。
松明の灯が壁を揺らし、兵たちの影が長く伸びる。
訓練を終えた者たちが寝静まった後、ルナリエとオルヴィンは執務室で報告を待っていた。
机の上には王国の地図。
赤く塗られた線は王都から南方へ――まるで血管のように、腐敗が広がる証だった。
「……王都の内乱は続いている。だが、民の苦しみは増すばかりだ」
オルヴィンが報告書を置く。
「伯爵派が軍を動かしているらしい。王太子は表向きの“傀儡”に過ぎん」
「……伯爵派、ですか」
ルナリエの瞳に冷たい光が宿る。
「名前を出さない方がいい。耳にも呪いが残るような男だ」
その時、扉がノックされた。
「入れ」
現れたのは、全身に外套を纏った男――ひどくやつれた表情をしていた。
「失礼いたします……亡命者を名乗る者を、保護しました」
護衛の兵士が告げる。
「亡命者?」
ルナリエが眉をひそめると、男はふらりと膝をついた。
「王都から参りました……元情報将校、レオン・バルガです」
彼の手には血の滲む封書。
「お見せしたいものが、ございます……」
封を切ると、中には王国議会の印章と、見慣れた筆跡。
そこには、伯爵ヴァルデマーの署名とともに、恐るべき命令が記されていた。
> 『王家を排除し、聖女エリザを“神託の声”として立てること。
反逆者ルナリエを抹殺せよ。
王国再建の名の下、民を選別せよ』
「……なんということ」
ルナリエは思わず口元を押さえた。
書状の隅には、彼女の名前が“粛清対象第一号”として刻まれている。
「伯爵ヴァルデマー……やはり、あなたでしたのね」
彼女の声は震えていない。
けれど、その奥には怒りと悲しみが静かに燃えていた。
レオンは苦悶の表情で頭を垂れる。
「殿下……いえ、ルナ様。私は、彼の命で情報を偽造し、あなた様を陥れました。
晩餐会の毒も、命じられた通りに……」
オルヴィンが腰の剣に手をかけた。
だがルナリエは、手を伸ばしてそれを制した。
「やめてください。……彼は、罪を自覚して来たのです」
「……!」
オルヴィンの目が驚きに揺れる。
ルナリエは歩み寄り、レオンの肩に手を置いた。
「苦しかったでしょう。
罪を背負い、それでも真実を伝えようとしてくれた――
それはもう、贖罪の第一歩ですわ」
レオンの頬に涙が伝う。
「あなた様は……氷の姫ではなく、慈悲の女神のようだ……」
「いいえ。氷の姫で構いません。
氷は冷たくとも、腐敗を凍らせる力があります」
ルナリエは地図の上に手を置いた。
指先から微かな光が溢れ、王国全土が青白く染まる。
氷の魔力が、彼女の決意と共鳴していた。
「オルヴィン。伯爵は、王都を掌握しようとしています。
王家の名を利用し、民を“粛清”の名で支配している。
このままでは――」
「王国は滅ぶ」
「ええ。だから、止めなくては」
ルナリエはゆっくりと立ち上がる。
その背筋は、王女だった頃よりもずっと強く、美しかった。
「わたくしは、もう逃げません。
あの国を変えるのは、“氷の姫”の責務。
そして、わたくし自身の贖いです」
オルヴィンは彼女を見上げ、跪いた。
「……ならば俺は、お前の剣となる。
その決意に、この命を捧げよう」
「ありがとう、オルヴィン」
ルナリエは微笑み、彼の手を取る。
「氷はもう、孤独の象徴ではありません。
――民と、あなたと共に、炎を灯す力です」
焚き火の光が二人を包む。
外では雪が静かに舞い落ちていたが、
その中心には確かに、“新しい夜明けの熱”が生まれつつあった。
やがてルナリエは、レオンに向き直る。
「レオン・バルガ。あなたに頼みたいことがあります」
「なんなりと」
「伯爵の行動を監視し、次の動きを知らせてください。
――もう二度と、彼の好きにはさせません」
「はっ……必ず」
レオンは深く頭を下げた。
ルナリエは、夜空を見上げる。
星々が冷たい光を放つ中、その瞳だけは確かな炎を宿していた。
> 「この手で、凍てついた国を解かしてみせる。
民の涙も、わたくしの過去も――全部、春へと変えるために」
その決意の言葉が、ヴァリスの砦に新たな風を呼んだ。
氷の姫は、再び立ち上がった。
今度は、誰のためでもなく――自分の意志で。
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