完璧すぎる侍女は追い出された――そう思っていたのは、私だけでした』あ

しおしお

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第11話 責任の所在

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第11話 責任の所在

 その日、後宮では珍しく、声を荒げる者がいた。

「――これは、誰の判断ですか!」

 謁見前の控えの間。
 積み上げられた書類の前で、年配の官吏が怒気を含んだ声を上げる。

「通達の順序が逆です。
 このままでは、使節への説明が食い違う!」

 女官たちが、一斉に視線を伏せた。

 誰かが間違えた。
 それは明らかだ。
 だが――誰か、となると話は別だった。

「……申し訳ありません」

 前に出た若い女官の声は、震えている。

「確認が、足りませんでした……」

「確認?
 それを統括する者がいるでしょう!」

 場の空気が、一段と重くなる。

 ニーヴァ・ラーダは、少し離れた場所からその様子を見ていた。
 表情は冷静。
 だが、胸の内は穏やかではない。

 ――以前なら。

 この程度の混乱は、表に出る前に消えていた。
 誰かが責任を被り、
 誰かが裏で修正し、
 誰かが説明を整えていた。

 今は違う。

 問題は、
 そのまま表に転がり出てくる。

「……落ち着きなさい」

 ニーヴァは、静かに声をかけた。

「今は責任の追及より、対応が先ですわ」

 その言葉に、官吏は一応頷いたが、
 苛立ちは消えていない。

「対応するにも、判断が必要です。
 誰が最終決定を下すのですか?」

 その問いは、
 鋭く、そして痛かった。

 ニーヴァは、一瞬だけ言葉を失う。

 決定権は、自分にある。
 建前では、そうだ。

 だが――
 実務を回す判断を、
 自分が逐一行ってきただろうか。

 思考の隙間に、
 一人の影が差し込む。

 静かに立ち、
 何も言わず、
 必要な書類だけを整えていた女。

 シェルビー・マスタング。

 ニーヴァは、ぎゅっと唇を結んだ。

「……私が判断します」

 ようやく、そう答える。

 官吏はそれ以上何も言わず、
 深く一礼して下がった。

 だが、残された空気は重い。

 判断は下した。
 だが、
 判断を裏付ける確信が、どこにもない。

 その日の夕刻。

 ニーヴァは自室で、一人、書類を睨み続けていた。

 判断は間違っていないはずだ。
 だが、手応えがない。

「……なぜ」

 かつては、
 決断に迷いなどなかった。

 誰かが、
 見えないところで支えていたからだ。

 それに気づいた瞬間、
 ニーヴァの胸に、はっきりとした恐怖が生まれた。

 ――責任は、常に私にあった。

 だが、
 処理は、私ではなかった。

 その夜。

 ドマニ侯爵邸では、
 いつも通り、静かに灯りがともっていた。

「本日の案件、すべて処理済みでございます」

 シェルビーの報告に、
 クラウザーは短く頷く。

「判断に迷った点は?」

「ございません。
 想定外の事象も、範囲内です」

 淡々とした答え。

 クラウザーは、ふと口を開いた。

「……お前は、判断を怖れないな」

 シェルビーは、一瞬だけ考え、答えた。

「怖れる時間があれば、
 選択肢を整理する方が早いかと」

 その言葉に、
 クラウザーは小さく笑った。

「なるほど」

 彼は、はっきりと理解していた。

 後宮で起きている混乱は、
 能力不足ではない。

 責任と処理が、同じ場所にないことによるものだ。

 そして――
 その二つを、同時に担える女は、
 今、自分の目の前にいる。

 責任の所在は、明確になりつつあった。

 それは、
 後宮にとっては痛みであり、
 ドマニ侯爵家にとっては、
 揺るぎない強みとなる。
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