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魔法学院〜入学編〜

第24話 ジャッジメントバトル

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「始める前に、お前に伝えておきたい事がある」

 レミーラの眉がピクリと動く。

「俺はお前が水魔法と風魔法が得意な事を知っている。訓練ではなく、すでに実戦経験も経ていると聞いた」

 意図が分からないのか、レミーラの表情に訝しむ様子が見て取れた。見物人達の方でもざわめきが起こる。

「俺は公平にお前と戦いたい。だから俺が開始と同時に使う魔法と、得意な戦闘方法を伝えておく」
「「「…………はぁ?」」」

 レミーラを始め、皆が同じ言葉を口にした。

「まず始めに俺が必ず使う強化魔法バフがある。身体強化タフネス跳躍の翼フライ探究の眼サーチビジョン、この三つだ」

 その説明にレミーラの目付きが険しくなる。

「戦闘スタイルは物理近接型だ。剣技や武術を用いて戦う」

 そこまで口にするとレミーラの口元に笑みが浮かんだ。しかし、その目は今も笑っていない。

「随分と詳細に話して下さるのね。ハンデとして黙って下さっていても良かったのに。それとも、負けた時の言い訳になさりたいのかしら?」
「そんな意図は無かったが……あえて言うなら逆だな。俺が勝った時の言い訳にされたくない」

 その発言に、レミーラの顔から笑みが消える。

「わたくしに、勝てる気でいらっしゃるの?」
「負けるつもりでやる気はないな」
「……あれだけ忠告して差し上げましたのに、全然足りなかったようですわね」

 するとそこに不快な声で、外野から野次が飛んできた。

「レミーラ様、そいつにも身の程ってやつを分からして下さいよ!」

 聞いてるだけで怒りを覚えるその声の主、見なくても分かる、あの男だ。
 
「……調子に乗ってるわけじゃないが、一つ忠告しておく。、あまり己を過信しすぎるなよ」

 レミーラだけじゃない。その他大勢に向けた俺の言葉は奢り高ぶる奴らの神経を逆撫でするのには十分だった。

「……完膚なきまでに、叩きのめしてやりますわ」
「ああ、遠慮なく来い」

 その後に言葉は無く、殺伐とした緊張感が張り詰める。そんな中、片手を上げたエミリアが一歩、前へと躍り出た。


「只今より判定決闘ジャッジメントバトルを開始します。両者ともに正々堂々と……始め!!」


 エミリアの手が振り下ろされると同時、レミーラは弓を構えると矢を置かずに弦を引いた。そこに緑の光が集まり、無かったはずの矢が現れる。限界まで引き絞られた弦が放されると、空気をつんざき、矢が一直線に飛んできた。

 俺は瞬時に自身へ強化魔法を施し、探究の眼サーチビジョンを掛けた目で矢の軌道を見極め、それを難なく回避する。

 レミーラは一瞬眉を顰め、間髪入れずに二発三発と撃ち込んできた。
 矢を避けつつ、木刀で叩き落としながら距離を詰めようと試みるが、同時に放つ矢を二本へ増やされ、連続で放ち続けるレミーラとの距離は逆に開いていった。

 ――弓を射る技術も魔力操作も素晴らしいな。よく鍛錬されてる

 弓使いはブレない軸と弦を引くための筋力が必要だ。女性の中でも華奢な部類に入るであろうレミーラだが、相当しっかりとした体幹を持っているのだろう。

 ――狙いが眉間と心臓ばかりと言うのも流石と言うべきか

 先程からしつこいくらいに二点集中で狙われている。脅しなのか挑発なのか……どちらにしても苦笑いだ。

 そんなレミーラが矢を放ちながら何やら呪文を唱え始める。すると彼女の背後に無数の水玉が出現した。

「“水酸雨粒アシッドレイン”」

 発せられると同時、水玉がまるで弾丸のように発射された。
 風の魔法で作られた矢はブレる事なく俺を狙い、水玉は避けた先の俺を狙って撃ち込まれる。
 僅かに掠った服の端がジュッと嫌な音を立てた。

 ――酸化した水か……レミーラらしい

 隙の無い連携の取れた攻撃に、跳躍の翼フライを掛けた足で回避速度を上げ対応する。
 それを見たレミーラが不愉快そうに口を開いた。

「そう……バフを掛ける時間を与えないようにしたつもりでしたのに、すでに掛け終わっていましたの」

 呟くように発せられたその言葉は、辛うじて俺の耳にも届く。

「開始と同時に使うと言ったはずだが?」
「ええ、正直に、少し驚いてますわ。遊ぶつもりはありませんので、小手調べは終わりです」

 次の瞬間、レミーラの雰囲気が変わった。
 長い金髪が重力に逆らってなびき、上げた片手にキラキラと輝く濃い緑の光が集まってゆく。

風の大精霊シルフィード様……わたくしに、お力を」

 そしてレミーラは光り輝く手で弓を引くと、凄まじいエネルギーがそこに凝縮された。

「動かなければ一撃で終わりますわ。……穿うがて、“風霊の矢エアリアルアロー”‼」

 “ドウッ”と空気をつんざき放たれた矢は、先程までのモノとは比べ物にならない。
 大気が震えるほどの音を伴い、豪速で迫りくる矢を寸でで躱すが、風の刃を纏ったそれは避けるだけでは意味がなかった。

「くっ――」

 かまいたちの様な風の刃が俺を襲う。
 的が破壊されないよう胸元で腕を交差させ、風圧に飛ばされないよう力を込める。
 身体強化タフネスで強化した体に、赤い線が次々と付いていった。

 ――大精霊の守護の力……やはり凄まじいな。バフが掛かってなきゃ切り刻まれてたかもしれない

「あら、避けましたの。自ら苦しむ事を選択するなんて、難儀な嗜好をお持ちのようね」

 楽し気に口元を歪め、まるで面白い玩具を見つけたかのような表情で、レミーラが弓を横向きに変える。

「射られるのと裂かれるの、好きな方を選ぶといいですわ」

 レミーラが弦を引き絞ると、そこに三本の風霊の矢が現れた。

 ――あれの複数連射をする気か! 面倒くさいな……

「矢が増えれば風刃が舞う範囲も広がる……避けきるのは無理だな。木刀じゃ太刀打ちも出来ないし……やるしかないか」

 俺は観察するのを止め、反撃に出る準備に入る。

「……“狂戦士化バーサク”」

 全身体能力を向上させ、大地を踏みしめた時、レミーラの手から三本の矢が放たれた。
 強化した眼で軌道を見極め、纏う風の刃は感覚で察し、全開に速度を上げて回避していく。
 矢を射続けるレミーラとの距離が徐々に縮まり、彼女は「チッ」と舌打ちをすると再び水酸雨粒アシッドレインを撃ち込んできた。
 やはり回避だけでレミーラに近付く事は出来そうにない。

「使わずに済めばと思ったんだがな……用心しといて正解だった」

 そう呟き、俺は木刀を握り締め魔法を発動させた。

「侵蝕し、創造しろ……“暗黒物質創造ダーククリエイト”」

 木刀を漆黒の触手が覆い、闇の剣ダークソードが創られる。
 レミーラは目を見開き、その顔に初めて驚愕の色を浮かべた。

 自然の木だけで作られている木刀は魔力を流しやすく、物質を変化させやすい。
 武器庫には模造刀や剣も色々あったが、所詮は訓練用。レミーラの攻撃次第ではどんな武器も当てにならないと踏んで、いざという時に魔法を掛けやすい木刀を選んだのである。
 ちなみにダークマターの派生であるダーククリエイトは刀への使用なので、これも対人じゃないからセーフという判断だ。

 眉間に皺を寄せたレミーラが連射速度を上げて矢を放つ。
 その矢をダークソードで弾いて軌道をズラし、巻き起こる風の刃は叩き切って無効化する。
 大地を蹴り抜き、レミーラの懐へ一気に潜り込むと、目と鼻の先まで迫った俺に今度ははっきっりと驚愕の表情を見せた。

「動かなければ一撃で終わる」

 そして必殺必中の構えをとる。

「二の戟――雷閃牙……」
「“水風竜巻ウィンドスプラッシュ”っ‼」

 渦巻き状に発生した水と風の複合魔法は、レミーラの体を勢いよく上空へと巻き上げた。その勢いに動きを強制的に止められる。

「チッ、やっぱまだまだだな……」

 カノンが得意とする一撃必殺のこの奥義。
 俺も形は出来ているはずなのだが、やはりカノン程の完成度には遠く及んでいないらしい。繰り出すスピード、何をも貫くその威力、そのどちらも足りていない。他人に使ってより欠点が鮮明になった。

 ――撃てると思ったんだけどな……まぁ収穫があっただけ良しとするか

 そんな事よりもレミーラだ。技が未完成だったとはいえ、よくあの間合いから回避行動を取れたものだと感心する。
 しかし遠距離攻撃を得意とする者が逃げ場のない上空へと逃げたのは致命的だ。
 レミーラは上空で体勢を整え、真下にいる俺へ今正に矢を撃とうと弓を引いている。

 だが残念、そこはまだ俺の範囲テリトリー内だ。

 足に力を込めて垂直に飛び上がり、その勢いのまま剣を下から上へ一閃させる。
 弓を弾き飛ばし、そして振り上げた剣を彼女の的に向かって勢いよく振り下ろした。

 レミーラは苦虫を噛み潰したような顔で片膝を胸元まで持ってくると、俺の一撃をギリギリそこで受け止める。ミシッと骨が軋む嫌な音がして、勢いよく地面に向かって落ちていった。

 弓を弾かれた勢いで腕は上がり、後ろに仰け反るような体勢になってなお、身を挺して抵抗をしたレミーラに俺は彼女の強い意地を感じていた。最後は地面に叩きつけるような手荒な事になってしまい、何とも言えない後味の悪さが残る。

 そんな申し訳なさを抱いたその時――

「マジか……」

 彼女が落ちたであろう場所から大量の水が噴き出し、辺りが飛沫で真っ白に染まった。そこから少し離れた場所に着地し、すぐさま剣を握り直して気を引き締める。

「どうして、楯突くのかしら……庶民は貴族に……大人しく守られているべきなのに……」

 うわ言のように呟きながら、ボロボロになったレミーラが霧の中に立っていた。
 水をクッションにしたのだろう。全身が水に濡れ、服はもとより綺麗な金髪や顔にも泥が付いている。怪我を負った片足は立ちながら小刻みに震えていた。

 その痛々しい姿に、罪悪感が込み上げてくる。
 どうしてそこまで必死になるのか? そう思考すると、彼女にも譲れない想いがあるように思えて、俺はその気持ちを払拭した。

 ――こんな気持ちはレミーラに失礼だ。お前がまだ諦めないなら……俺も、最後まで戦い抜いてやる

 そう心に決め、彼女にしっかりと視線を向けた。

「これで最後だ。全力で来い」
「…………庶民風情が……」

 地を這うような声で、レミーラが叫んだ。

「誰に向かって、指図してるんだぁぁ‼」

 叫ぶと同時、レミーラの背後で噴き出し続ける水から弾丸のように無数の水弾が撃ち出された。四方八方、無作為に、それは彼女の怒りを表すかのように降り注ぐ。
 それを避けつつ剣で弾き、走り出す。
 レミーラが守護を宿した手を突き出し、俺に向けて突風を放つ。
 荒れ狂う風の刃が襲い来るが、直進的な攻撃は避ける事など造作もない。
 怒りに飲まれたレミーラの攻撃を躱しきり、再び彼女の懐へ潜り込むと――

 凶悪な笑みを浮かべるレミーラと、目が合った。

「“水牢アクアリウム”……発動」

 嗤う様に魔法が発せられ、足元に一つの魔法陣が出現した。
 大地から噴き出していた水が止まり、代わりにその魔法陣から何本もの水柱が立ち上ぼる。それは蛇のように動いて俺の体に絡み付き、次々と折り重なると、あっと言う間に特大の水球となって中に捕らわれる形となっていた。

 水の中でもがいてみるが、全く身動きが取れない。
 見た目はただの水の塊、だがその中身は水蛇が蠢く凶悪な牢獄だった。

 ――マズいな……

 油断していた訳ではないのだが、追い詰められた彼女にこんな奥の手があるとは思わなかった。
 これが対人戦の難しさだろう。
 遠距離攻撃に特化した相手だと思い込んだ俺のミスである。

 そんな反省をしつつ打開策を巡らせる俺の元へ、レミーラがゆっくりと歩を進める。

「知らぬ者には教え諭し……分からぬ者には忠告を……聞かぬ者には罰を与え……破る者には鉄槌を……」

 ほとんど魔力を使い果たしたのだろう。言葉にも覇気がなく、足を引きずりながらフラフラとこうべを垂れて歩いてくる。
 そして水牢の前まで辿り着くと、レミーラはゆっくりと顔を上げた。

「貴方は破る者……破る者には……鉄槌を」

 そう呟いたレミーラの口元に、嘲笑するかのような嗤いが浮かぶ。しかし、その瞳は悲痛な哀しみを宿し、今にも泣き出しそうに揺らいでいた。

 なぜそんな歪な表情をしているのか、今の俺には分からなかった。

「恨むなら、どうぞわたくしを……“水内加圧ハイプレッシャー”」

 “ブォン”と水が一瞬ブレ、深海の様な深い青色へと変わった。

 人が生きるのは不可能なその水の中。
 強い圧力に空気は無くなり、真空状態となった水球は真っ青に染まる。
 そして中にある全ての物体は水圧に押し潰され圧死する――はずだった。

「どうして……」

 “ブシャァ”と盛大な音と共に大量の水が弾け飛び、水球はその形を崩した。
 バケツをひっくり返したような水が降り注ぐと、その水が地面に広がり、白い蒸気が辺りに立ち上る。
 その中から姿を現した俺を見て、レミーラは信じられないと言ったような表情を見せた。

「貴方……いったい、何を……」
「質問はまた後で、終わってからな」

 もはや立っているのもままならないレミーラを、疾風ウィンドでふわりと浮かび上がらせる。そして的に向かって片手を突き出した。

「……“魔水砲アクアキャノン”」

 手の平に先程弾けた水が集まってくる。
 レミーラの力の残滓を残した水が、水色の閃光となって放たれた。
 しっかりと威力が調節されたそれは、彼女を傷付ける事なく的だけを破壊する。

 落ちてくるレミーラをしっかりと抱きとめ、リファの時と同様に抱き抱えると、朦朧とする彼女へ視線を落とした。

「俺の勝ち、だな」

 ニッと笑い掛けた俺を見て、不愉快そうに返事が返される。

「ほんと……癪に、触ります……わね」
「最後までそれか……でも――」

 そして俺はずっと言えなかった謝罪を口にした。

「お前を勘違いしてたよ。嘘吐き呼ばわりした事も……悪かった」
「……ふん。今更……すぎます……わ……ね……」

 そう言って、レミーラは意識を失った。
 魔力を使い切って疲れただけだろう。スゥスゥ寝息を立てている。
 だが怪我をしているため、早く保健室へ連れて行こうと歩き出したその時、ある事に気が付いた。

 ――終わりで……いいんだよな?

 違反も無く、俺の勝ちでいいと思うのだが……如何せん、審判から声が掛からない。不審に思い、恐る恐る外野の方へ目を向けると―――
 そこには仁王立ちで佇むガルムと、なぜかべラドナに羽交い絞めにされているエミリア、そしてその後ろには見学をしている生徒達が、皆呆然と固まっていた。

 ――もうやっちまったとか思わなくなってる自分がいるな……

「はぁ……」と一つ溜息をつき、呆れながらエミリアへと声を掛ける。

「で、エミリア先生。俺の勝ちって事で、レミーラを保健室へ運びに行ってもいいですかね」
「はっ⁉ え、ええ、そうね。勝者、クロス=リーリウムっ!」

 情けない格好で今更に高らかと宣言され、そんなエミリアを俺は半眼で見詰めた。

「どうも。それじゃ、失礼します」
「え、ちょ、ちょっとぉ⁉」

 珍しく動転しているエミリアを無視し、レミーラを抱いて保健室へと急いだのであった。

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