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72 最強の敵

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あの変態が持っている懐中時計――そこについている石が、ひときわ輝かしい光を放つ。

魔法石だ。

思ったときには、上から何かがのしかかってきた。

「!」

違う!

何も、のしかかってはいない。自分の体重が、何倍にも重くなったようになっている。
動けなくなるほどに、上から圧力がかかっているような感じだ。

「なんだ、これ!? 重っ!」

サフィさんが魔法でシールドを張るが……無意味だった。

「ぬおおお!?」

「余が動けんだと!?」

アララドさんとスキアさんも同じである。
立っていられない。押しつぶされそうな力で地面に押さえつけられる。

「吾輩の名はヴェンヘル・イオニアス・フォン・シャルンホルスト。以後お見知りおきを」

空に浮いたままの変態は名乗り、うやうやしく頭を下げた。

「なっ、なんか偉そうな名前だ!」

「そう、吾輩は男爵だった。吾輩は吾輩の性癖のために、隣国である帝国の貴族家を追放されてしまった」

「元貴族!?」

「そして様々な国々をめぐり――この辺境伯領へたどり着いた」

「変態が最後にたどり着く居場所みたいになってる!」

俺が言うと、サフィさんは目からうろこが落ちたような顔で俺を見た。

「ロッドくんも追放されてこの辺境伯領へたどり着いた……」

「つまり俺は変態! じゃないですよ! 異次元のつじつま合わせやめて!」

変態はうなずいた。

「認めよう。君たちはなかなかやる。だが、吾輩ほどではない」

動けなくなっている俺たちを後目に、変態は空を飛びながらターゲットの家の方へ。

「てめえ、待ちやがれ!」

アララドさんが根性で進み、後を追う。

……が、重みがあるせいで非常に動きが遅い。

変態はターゲットの家へ降り立つと、堂々と下着をつかんで再び空をパンツで飛んで逃走した。



それから、動けるようになった俺たちは被害状況を確認して工房に帰ってきた。

俺は拳を握った。

「くそっ、何で変態があんなに強いんだ! おかしいだろ辺境伯領!」

「辺境伯領のせいにしないでくれる?」

こちらに来てから今まで、少しは強くなったり成長していたと思っていたが、全然思い上がりだった。

変態の一人にもなすすべがないなんて、俺はいったい今まで何をしていたんだ。

アララドさんは腕を組んで眉間にしわを寄せる。

「あれに勝てるか?」

「勝てなくはないかもしれないけど、フーリァンの真っ只中でぼくらが本気を出すわけにはいかないよ。被害が広がりすぎる」

「そもそも魔法が効かないんじゃどうしようもねえよな」

「そう、そこが問題……今まで現れた中で、間違いなく最強の敵だね」

サフィさんさえ匙を投げるならもう捕まえるの無理では?

いや、だめだ。心が負けてしまうと、もうどうやっても勝てなくなる。

勝負に負けても、心だけは負けてはならないのだ。

何より、変態なんかに負けたくはない。

「余は生理的にちょっとだめだ」

スキアさんは青ざめた表情で肩をすくめた。それはここにいる誰もが思っていることだろう。

「ちょっと見てみたかったです」

「あんなの見ても何も成長できないよ、メリア」

さすがにあれは彼女には見せられない。教育に悪いどころじゃない。クリムレット卿に怒られてしまう。

「……ロッド、どうにかならんか?」

アララドさんが俺を見た。

「ロッドくん」

「後輩!」

サフィさんも、スキアさんも、同じように俺を見る。

「……いや、俺が考えるの!?」

みんな俺に無茶振りしすぎでは?

「そ、そうですね、えーと……」

知恵を絞る前に、まず状況を整理しよう。

魔法は当たる前に曲げられてしまい当たらない。
重みで押さえつけられ、行動もままならない。
しかも変態自身は空を飛んでいる。

仕掛けは――銀の懐中時計についている魔法石だ。

それは間違いなさそうだが、どんな魔法かは見当がつかない。

わかるのは、あの魔法石が規格外に強力だということだ。

今まで遭った異邦のモンスターより確実に強い。魔法使いにとっても、剣士にとっても相性の悪い強敵だ。
タネや仕掛けがわかったところで、正面から対抗できるとは思えない。

勝てる見込みはあるか?

「……作戦がいりますね」

アララドさんの言葉と今日の出来事を鑑みるに――やれる手は、あるはずだ。

集中して考える。あの規格外の変態を捕まえる、何らかの方法。

「では、一つ、アイデアとして――」

と前置きをしながら、俺は打倒策を提案した。
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