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第52羽
しおりを挟む時間は戻り、空が海弥の席に腰を下ろした時。
抑え込んでいた感情が溢れ出した真尋は堪らず立ち上がり、教室を飛び出した。
自分が嫌になるような、汚れた感情を振り払うように歩く真尋。 それでも浮かぶのは、愛里や海弥に救いを求める空を見て感じる、言いようもない醜い妬みや嫉妬。 そして、自分だけが頼ってもらえない寂しさに狂いそうになる。
本当なら喪失感にもがく大切な彼を親身に思ってあげなければいけない。 だというのに、自分の気持ちを優先している自分が情けなくて、恥ずかしくて、とてもあの場で見ていられなかった。
そんな自分を助けて欲しくて、真尋はなりふり構わず救いを求めた。
辿り着いた先で呼び出したのは、真尋の知る限り空の一番の理解者、勇だった。
勇は真尋の顔を見ると、何も言われなくても事情を察したのか、
「向こうで話すか」
真尋を連れて場所を変え、人のいない自販機の並ぶ一角で止まった。
同じ身長な筈の二人だが、下を向いて落ち込む真尋は随分と小さく見える。
「大丈夫……じゃないみたいだな、あいつ」
今の真尋を見れば、勇にはその状況がわかって当然だろう。
「 今日が “その日” 、なのはわかったけど……私には、なにも出来ないよ……」
まるで地面に話し掛けるように話す真尋。
勇はただそれを佇んで聞いている。
「だから、逃げてきた……」
―――― “逃げた” 。
そうする事しか出来なかった。
隠しても仕方がない、どうせ勇にはとうにそう思われている。
「――でもッ!! どうすればいいの?! 私には……なんにもない……!」
顔を上げず、弱音を吐き出す真尋。
「だって……加藤さんの味は懐かしいって、別府さんの笑顔が見たいって……! ……私は、なにも言われないし、頼られない………」
萎んでいく言葉と共に項垂れる真尋。
伸ばした両腕の先は強く握られ、身体は打ち震えている。 それをただ見つめ、聞いていた勇が口を開く。
「面影を追うのは、今日だけだ」
「……それでも――」
「結局、それじゃ救えない」
特別な日なのは理解している、それが今日だけなのも。 だからといって、それを他の誰かに託したくはない。
そう嘆く真尋の言い分もわかるが、本質はそうじゃない。
勇は言葉を遮り言い切る。
そして―――
「本当に “今日” を、最後まで傍に居たいなら、覚えておけ」
意味深な勇の言葉に、気力を無くした顔を僅かに上げる真尋。
勇は、今日の空と似た瞳をしていた。
そして告げられたのは――――
「今日は空が、亡くした母親に会いに行く日だ」
◆
HRが終わった後、真尋は勇から告げられた言葉を思い出していた。
―――― “最後まで傍に” 。
それはつまり、空が母に会わせられる相手。
到底今の自分だとは思わない。 かといって、他の誰でもない気がする。
愛里でも、海弥でも、保健医でもない。
そもそも “恋人” でもない自分達が――――いや、考え方の根本が間違っている。
友達だっていい、空にとってそういう存在なら。
今真尋が知り得る中でその存在は、当然空の父親と、この事を自分に告げた勇だけだろう。
それでも、いつかは――――
「………空……くん……?」
強く意志を持って真尋が隣を見ると、いつの間にか空の姿は消えていた。
胸騒ぎ、それを言えば今日一日、胸中が穏やかな時があっただろうか。 それに、鞄は置いてある。
きっと戻ってくる。
そう思い、真尋は待った。
会えて、自分になにが出来るとも思えないが、このまま先には帰りたくない。
いつか最後まで傍に居たいなら、出来る限り今日を経験する必要がある。 それが辛くても、逃げたら遠ざかるのは理解出来たから。
◆
「今日は、どうしたの?」
目の前に立つ男子生徒を見つめ、朋世は座ったまま声を掛ける。
「診察、お願い出来ますか」
ふざけている様子にも見えない、それに、朋世には彼に診察が必要な心当たりがあった。
「座って」
そう促し、生徒を自分の前のパイプ椅子に座らせる。
「それで、どんな症状なの? 灰垣くん」
朋世が訊くと、
「先生は僕が好きだと言ってくれたから、わかるんじゃないかと思って」
「――っ……」
狼狽えながらも朋世は確信した。
心当たりは、どうやら “当たり” 。 今の空は正常な時の彼じゃないと。 今度は何を言われるのか、気持ちの怯んだ朋世は、
「澄田先生は、そんな事は言いません」
ここは学校。
“朋世さん” ではない今、この後言われる “症状” を恐れた朋世は逃げ口上を述べる。
しかし、空はその台詞を気にも留めずに我を通してしまう。
「僕が突然居なくなったら、 “朋世さん” はどうやって乗り越えますか?」
空はルールを破り、 “学校” を抜け出す。
彼に母親がいない事はわかっていた。 そして、当然今日がどんな日なのかも。 心当たりが強かったのは、朋世は空が母を恋しがる “寝言” を聞いていたからだろう。
普段の彼なら、こんな事は言わない。
自分を救ってくれた、止まった針を動かしてくれた彼なら。
―――今度は、自分が彼を救う番だ。
そう思った朋世は、甘やかしてあげたい気持ちを堪えて、大好きな彼に戻そうと言葉を放つ。
「私の好きな “空くん” は、そんな事は言わない」
今の空を見ても、今が弱っていても、信じている。
揺れない瞳に見つめられ、受け止め切れない空は、
「失望させるかも知れないけど、僕はそんなに出来た人間じゃない」
初めて目の当たりにする弱気な顔と発言に、寧ろ朋世は憤慨した表情で応える。
「その歳で完成しようなんておこがましい。 十歳も年下の男の子に泣き縋った大人もいるのよ」
まだ成長途上のあなたが言う台詞じゃない。 言いたくない年の差も、彼が励ませるのならと身を切る朋世。
それから、朋世は和らげた瞳で言葉を紡ぐ。
「あなたが私を変えてくれたように、あなたも変わっていく。 それを支えてくれる人が、優しい君の傍に居ない筈がないでしょ?」
自分のように、空に救われた人が他にもいる筈、だからあなたを想う人が集まり、きっと助けになってくれる。
それは、空の優しさの積み重ねであり、彼にはその資質があると朋世は確信している。
その一番傍で支えたい、朋世はそう既に告白しているのだから。
その処方箋は、空を少なからず正気に戻したのか、目を見開き、数度の瞬きをして俯くと、
「……ごめんなさい」
その後、暫く沈黙が続いた。
やがて、諭した筈の朋世が震えた声で話し出す。
「……少しは、良くしないと……これでも、保健医だから……」
見た目には無感情に見られがちな朋世は、相変わらず臆病で怖がりのようだが、大切な人を助ける為の “勇気” は、きっと動き出した新しい自分が見つけたもの。
朋世は愛おしく空を見つめ、両手で柔らかな彼の頬を包むと、
「診断結果は…… “朋世さん” は、変わらず “空くん” が好きです」
居なくなって欲しい筈がない。
だからといって、 “永遠” だってない。
朋世の言った言葉は、昔親友に言われた言葉と似ていた。 そして空は、その優しい手に包まれて、
「毎年、成長した自分じゃないとがっかりさせるよね」
そう言った後――――
「今日は、母さんに会う日だから」
潤んだ瞳を細めて笑う空。
朋世は、その言葉に息が止まり、瞬きを忘れる。
「ありがとう、先生」
男子生徒は彼女の手を離れ、保健室を出て行った。
まだ、茫然と去って行ったドアを見つめる朋世。
自分の知らない今日の悲しみは、想像を絶するものだったに違いない。
―――『ありがとう』。 そう彼は言ってくれたが、どこまで自分は力になれたのだろうか。
誰もいない保健室で、朋世は思いに耽る。
自らの手の中で、眩しく輝いた笑顔の残像を見ながら………。
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