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アリス、学園に降り立つ

24 親友もどうやら悪役令嬢だったようです

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 翌日、アリスは授業が始まる前にこっそりキリと隣のクラスを覗いてチャップマンを探した。
「ライラ様の言っていた特徴からして、あの方ではないでしょうか?」
 朝一番にライラにチャップマンの話をすると、ライラは快く彼の特徴を教えてくれた。
 ノアに隣のクラスには突撃するなと言われたが、どんな人かを見るぐらいは許されるだろう、とキリと共に隣のクラスまでやってきたのだ。
 キリの指さした先には綺麗なプラチナブロンドの女の子が座っている。髪は肩の辺りでパツンと切り揃えられて、大きな猫のような吊り目が印象的な美少女だ。
「え? でも、チャップマンって男の子だよね? あれ女の子じゃない?」
 アリスがそう言った瞬間、チャップマンだと思われる少年がガタンと席を立った。
「誰? 今僕の事、女って言ったの!」
 眉を吊り上げたチャップマンに周りの席の子達が静かに避けた。その反応からするに、どうやらチャップマンはこのクラスでは浮いているようだ。いや、怯えられているのかもしれない。
 チャップマンは真っすぐアリスの方を睨んできた。
 けれどアリスは睨まれても怯まない。それどころかチャップマンの顔を見た途端、顔を輝かせた。
「ヤバ! めっちゃ可愛い!」
 神経を逆なでするとはこういうことである。キリは額を押さえてため息を落とすと、アリスを一歩下がらせて頭を下げた。
「失礼しました、チャップマンさま。私はアリス・バセットの従者でキリ・カーターと申します。お嬢様は友達を百人作るのが趣味で、こうして友達を物色しにきただけで、決して悪意がある訳ではなかったのです。気を悪くさせてしまい、本当に申し訳ありません」
 どことなく悪意のあるキリの言葉にアリスはむっとした顔をしたが、チャップマンに嫌われてしまっては元も子もない。
「そ、そうなんです。私、お友達が百人ほど欲しくて、おほほ」
 下手くそな芝居をしたアリスを見るチャップマンの目は、さらにキツくなった。
「あんた達、僕の事バカにしてんの? どうせ僕の事、女みたいだって誰かから聞いて見に来たんでしょ? そういうのもうほんと、うんざりなんだけど!」
「いや~、それは知らなかったっていうか。おかっぱの銀髪の子としか聞いてなかったっていうか」
 馬鹿正直に答えたアリスの足をキリが思い切り踏んづけた。それを見ていた生徒も従者もチャップマンでさえギョっとしている。
「お嬢様、今すぐお口を縫い付けましょうか?」
「!」
 キリの言葉にアリスはすぐに首を振って口を閉じた。そんな二人のやりとりを見てチャップマンは呆れたように席につく。
「バカじゃないの。もうほっといてくれる?」
 これ以上バカと話す気はないと言わんばかりのチャップマンにアリスはすごすごと教室に戻った。
 だがしかし! こんな事で諦めてなるものか。アリスは豚の背脂ぐらいしつこいのだ。
 それからチャップマンの地獄が始まった。授業が終わるたびにアリスが何も言わずじっとドアの隙間からこちらを見てくるのである。どこかに行こうとしても一定の距離を保ってついてくる。全速力で走ってもついてくる。上手く撒けたと思っても、どこかからこちらを見ている。たまに二人に増えているのがさらに恐怖だ。
 そんな事が一週間は続いて精神的にもそろそろ疲れてきた頃、チャップマンは思いついた。あのキリ・カーターという従者に言って止めさせようと。思い立ったが吉日だ。早速チャップマンは授業をサボって従者のクラスに行くと、キリを見つけて机に両手を叩きつけて真上から見下ろした。
「あんた、あの女の従者だって言ったよね? いい加減止めさせてくれない?」
「何がですか? お嬢様がまたご迷惑をおかけしていますか? もう二度とチャップマン様には近寄るなと言い渡してあるのですが」
 それを聞いてチャップマンはおでこに手を当てた。なるほど。確かに近寄ってきてはいない。
「確かに近寄ってはきてないよ。ちょっと離れた所からじーっと監視はしてくるけど」
「そうですか。それの何が問題ですか?」
 シレっとそんな事を言うキリにチャップマンはイラついた。
「いや、ずっとだよ⁉ 一日中休み時間の度に一定距離保ってずっと居るんだよ⁉」
「それはチャップマン様が無視すればすむ話です。お嬢様を咎める理由にはなりません」
「十分咎める理由だよ! 皆もそう思うでしょ⁉」
 勢いあまって周りの従者に聞いてみたが、皆うーんと首を捻っている。
「いや~アリス様だからな~」
「あの人はしつこいですよ」
「あの人に常識は通用しないですって!」
「気にするだけ無駄ですね。何ていうか、変わってらっしゃるので」
 よその家の従者にここまで言われるアリス・バセットって何なんだ。いよいよアリスの人となりが不安になってくるのだが、そこでキリが立ち上がった。
「チャップマン様、お嬢様の事は顔のついた空気だとでも思っておいてください。そのうち飽きたら止めますよ」
「空気に顔がついてたら怖いよ! もういい! 直接言う!」
 プンプン怒りながら乱暴に従者クラスのドアを閉めたチャップマンは、そのままの勢いで中庭に出て生えている雑草をぶちぶちと抜いた。この学園に入学した時からずっとこれだ。
 リアン・チャップマンはその容姿のせいで子供の頃からずっと周りからこんな扱いを受けてきた。従妹達は黒い髪に凛々しい顔だちをしているのに、どうして自分だけがこうなのか。それは母親が傾国の美女と言われたほどの踊り子だったからだ。
 けれど母親はリアンを産んで亡くなってしまった。打ちひしがれた父はリアンをまるで女の子のように育てて、今に至る。愛されていない訳ではない。
 けれど、どうしても自分は母の代わりではないのか? という疑問が頭から離れず、逃げるようにこの学園への入学を決めた。入学出来るだけの力が、リアンにはあったからだ。
 女の子扱いから逃げてきたこの学園に入学したら入学したで、ここでも女子扱いされる。もううんざりだ。一体いつまでこんな生活が続くのだ!
「あ! チャップマン君はっけ~ん!」
 突然の声にリアンはハッと顔を上げた。そこには今、正に文句を言いに行こうとしていたアリスの姿がある。
「こんな所まで追いかけてきて……本当に何がしたいの? そんなに僕の顔が珍しい⁉」
 すっかり自分の顔がコンプレックスになってしまっているリアンである。
「え? 顔?」
 リアンの言葉にアリスは首を傾げた。そんなアリスにリアンも首を傾げる。
「……違うの?」
「なんで顔?」
 最初は美少女! とは思ったが、それだけだ。
「女みたいな顔だから追いかけてきてるんじゃないの?」
「まあ、確かに美少女だけど……私のが可愛いでしょ?」
「は?」
「あんまり女子舐めないでよね! それぐらいの美少女なんて山ほどいるんだからね!」
「……」
 え? 何で僕が怒られるの? リアンはキョトンとしてアリスを見た。アリスは頬を膨らませてリアンを睨みつけてくる。とりあえずアリスがリアンを顔で判断するような人間ではない事は分かった。分かったが、何だか理不尽だ。
「いや、僕の方が可愛いでしょ、どう見ても」
 確かにアリスの顔だちは可愛い。けれど、リアンのタイプではない。こういう小動物系美少女は嫌いだ。そこまで考えてリアンは首を振った。自分も容姿で苦労したくせに、リアンはそんな勝手な事を考える自分を恥じた。
「な、なにをー! 本物の女子より可愛い男子とか認めない! 私のが可愛い!」
 しかしこんな事を言われるとカチンと来る短気なアリスである。売り言葉に買い言葉で思わず言い返す。
「いいや、僕だね!」
「私! 絶対、私!」
「僕だよ!」
 はっきり言って不毛な戦いである。実際どちらが可愛かろうがどうでもいい事である。そしてリアンもまた顔に似合わず大変短気である。猫の喧嘩のように顔を突き合わせて睨みあう二人の間に割って入ったのはライラだった。
「ア、アリス! リー君! 何してるの⁉」
「ライラ! コイツが、コイツがー!」
「コイツとか女の子が言うな! そういうとこが可愛くないの!」
「こんな事言うんだよ~~~!」
 感極まって泣きついてきたアリスを撫でたライラは、リアンを見てため息をついた。
「もう、どうしてリー君はそうやってすぐに喧嘩売るの」
「リー君って言うなってば!」
 ライラの言葉にアリスはライラの胸から顔を上げて二人の顔を交互に見た。
「あれ? 二人とも仲良いの?」
「仲が良いっていうか、その……」
 視線を伏せたライラに代わってリアンが面倒そうに口を開いた。
「ライラは僕の従妹の婚約者だよ」
「えっ⁉」
「じ、実はそうなの……ダニエル様って言うんだけど……」
「え、ええええぇ⁉」
(出たダニエル! 兄さま、出たよ! 婚約者がこんな所にいたよ!)
「ちょ、ちょっと待って。じゃ、じゃあリー君の従妹がダニエル? で、そのダニエルの婚約者がライラ?」
「リー君って言うなってば! そうだよ。それがどうかした?」
「ダ、ダニエルってさ、も、もしかして商人なんてやってたりする?」
 あのダニエルなのか違うダニエルなのか。アリスは必死になって記憶を手繰り寄せた。そして思い出す。ダニエルルートに出て来る地味なライバル令嬢を! その名もライラ・スコット!
「やってるけど? どうして君がそれ知ってるの?」
 不審気にアリスを睨むリアンとは裏腹にアリスは目を見開いた。
「ひあぁぁぁ……」
(ビンゴだ。まさか既に2のライバル令嬢と仲良くなっていたとは……)
 しかし全くライラの事など覚えていなかった。それもそのはずだ。
 ライラ・スコットは『花冠』の中でも一番印象の薄い令嬢だった。親の決めた婚約が嫌なのに、臆病で言いたい事を言えないでいつまでもグズグズ言うのだ。その癖ダニエルにヒロインがちょっかいをかけると怒る。
 あのライラが! ここに! でもこのライラはとてもいい子だ。確かに地味ではあるしおっとりしてはいるが、ゲームの中のライラのようにウジウジはしていない。
「ほらリー君、ちゃんと自己紹介しよ? アリスは確かにちょっと変わってるけど悪い子じゃないよ」
「ちょっとじゃないよね? 全然ちょっとじゃないよね?」
「それは、その……」
 リアンに詰め寄られたライラは困ったように微笑んだ。地味だけど優し気な目がライラの魅力を引き立てている。
「ラ、ライラはその、ほんとにダニエルと結婚するの?」
 一応聞いておかねばなるまい。この世界は琴子がやっていたゲームとは所々違う。ゲームの中のライラは親の決めた婚約者が嫌いだったが、この世界のライラはもしかしたら、ダニエルを好きだという可能性もある。
 アリスの突然の質問にライラは顔を歪めた。
「そう、ね。そうなる……と思うわ」
 どこか煮え切らないライラにリアンがキツイ口調で言った。
「そんな嫌ならはっきり言えばいいじゃん。昔っからスコット家は皆そうだ。いっつも言いたい事言わないんだから。だからダニエルなんかに良い様に使われるんだよ」
「良い様に使われる? どういう意味?」
 不穏なリアンの言葉にアリスが聞くと、ライラが涙目でリアンを睨んでさっさとその場を立ち去ってしまった。
「はぁ~すぐ逃げる。何にも変わらないんだから、ライラは」
「ねえ! どういう意味? もしかしてライラ、ダニエルに脅されたりしてるの⁉」
 そうだとしたらちょっと許しておけない。ライラはぼっちだったアリスに唯一声をかけてきてくれた大事な友達なのだ。
「脅されるとか人聞き悪いな! 違うよ。ダニエルん家は商家なんだけど、最近それが上手くいってないんだ。それで、ライラとダニエルにいわゆる政略結婚させようって訳。よくある話だよ。でもライラとダニエルは昔から気が合わないんだ」
 リアンはダニエルの顔を思い浮かべて苦虫を潰したような顔をする。
 ダニエル・チャップマンは男らしい精悍な顔をしていた。自分の顔立ちがいい事を鼻にかけたような性格で、やる事成す事おっとりしているライラとは気が合わない。
「出た! 政略結婚! 愛のない結婚なんて、幸せになれるはずもない!」
 思わず拳を振り上げたアリスを見てリアンはフンと鼻で笑った。
「貴族の結婚なんてほとんどがそうでしょ? 僕の父さんは踊り子に夢中になって結婚なんてしたばっかりに廃嫡されたんだ。辛うじて爵位は残ったけど、叔父さんが父さんの元婚約者と結婚した事で結局、叔父さんが家を継ぐ羽目になって、馬鹿だよ」
 目先の餌に目をくらませてその後の事を何も考えなかった父はバカだ。
「ふーん。じゃあリー君のお父さんは幸せじゃないの?」
「さあ? 母さんが死んで打ちひしがれてる所に僕まで家出ちゃったから分かんない。まあ、毎週鬱陶しいほど長い手紙は寄越してくるから元気なのは分かるけど」
 毎週飽きもせずに届く父からの長い手紙には主に領地の誰と誰が結婚した、だとか、どこそこの子が森で行方不明になって大変だったとか、風邪は引いていないか? とかそんな事ばかりが書き綴られている。心配をされているのは分かるのだが、何故かそれすらも鬱陶しい。
「あーいわゆる反抗期か! リー君は!」
 アリスが納得したように手を打つと、リアンは眉を吊り上げてアリスを睨みつけた。
「うるさいな! それよりも! なんであんたはずっと僕を追いかけてた訳⁉」
「ああ、そうだった。私が聞きたかったのはダニエルの事だったんだ。ダニエル・チャップマンについて知りたかったんだけど、分かったからもういいや。ありがとね~。早く反抗期治まるといいね~」
 それだけ言ってさっさと立ち去ったアリスの後ろ姿を見てリアンはポカンと口を開けたが、次の瞬間ふつふつと怒りが湧いてくる。あれだけ人を追い回して振り回しておいてもういい、だと?
「……はあ⁉」
 何がちょっと変わってる、だ。大分変ってる、の間違いじゃないのか。
 リアンはとりあえず部屋に戻って手紙を書く事にした。入学してから一度も返信した事がない、父への手紙だ。薄々自分でもそうかな? と思っていた事をアリスにズバリと言い当てられて反抗したかった、単純で天邪鬼なリアンであった。
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