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アリス、学園に降り立つ

67 兄の性格は極悪です

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 それからカーラが今日採ってきたブルーベリーを急いでジャムにした物をお土産に持ち、領民達はホクホクと家路についた。
 興奮してたおかげで皆乗り気だったが、一晩経って冷静になればどうなるかは分からない。もちろん領民全員が賛成という訳にはいかないだろうが、少しでも興味を持ってくれれば、きっとこのネージュは変わるだろう。
 領民達が帰ったあと、少し遅めの夕食を全員でとった。流石に椅子が足りなかったので、立食パーティのようになってしまったと、使用人達は笑っていた。
「兄さま、あれ食べた⁉ 後でレシピ聞いてこよっと!」
「アリス、落ち着いて。ほら、スコーンが出て来たよ。あれにジャム塗って食べるんでしょ?」
「うん!」
 アリスはスコーンにクリームチーズを塗って、そこにブルーベリージャムを乗せる。それを見ていたルイスがちゃっかり真似をして一口齧るなり、口元を綻ばせた。
「美味い! クリームチーズと合うな!」
「どれ、俺もやってみよ」
 それに続いて次から次へと真似する。それから皆、独自の食べ方を編み出しては、口々にこれはイケる! などと言い出した。それを見てアリスは確信する。美味しいものは、人をまとめる力があるのだ、と。そしてそれをダニエルとリアンがちゃっかりメモっているのも頼もしい限りである。
 明日にはもうアリス達は王都にむけて出発しなければならない。そう思うと寂しいが、リトがいつでも遊びにおいでと言ってくれたので、アリスは笑顔で頷いた。今度は絶対にキャロラインも連れて来ようと心に誓う。全員で採ってきたブルーベリーは結構な量があったにも関わらず、使用人達の手によって、朝には全てジャムになっていた。
 王都用と学園用を貰った一同は、来た時と同じようにまた馬車に乗り込む。
「それじゃあな、リアン。もうちょいしたら親父が来るみたいだから、書類とか色々学園の方に送る」
「分かった。ありがとう」
「ついでに俺はもうちょっとここで新事業の立ち上げ手伝うわ。ライラと仲良くな」
 そう言って口の端を上げてニヤリと笑ったダニエルの顔面を、リアンは容赦なく持っていた王都までの工程表で打った。
「う・る・さ・い! じゃあね! また年明けに戻るよ。それまで皆元気で」
「おう! お前もな。ついでに可愛い子いたら紹介してくれよ、ライラ」
「もう! ダニエルはまずその癖治さなきゃ駄目よ!」
 そんな風にライラがダニエルに怒るのは子供の時以来で、何だか懐かしくなったダニエルは嬉しそうに笑う。そんなダニエルを見て、リアンもライラも昔のように笑った。
 ようやく、あの楽しかった頃の幼馴染に戻れたような気がした――。
 アリスは相変わらずドンブリと共に御者台に上っていったが、もう誰も止めようとはしない。
「またあの地獄の歌が始まるのか」
 笑いながらそんな事を言うルイスに、カインも頷く。
「私、少し癖になってきました。不思議とそんな歌だったような気がしてくるというか……」
「気をしっかり持ってライラ!」
「はは。アリスの歌って妙に頭に残るんだよね、昔から」
 そして大抵夢に見る。そこまでがセットだ。
「ところで、どうやってリー君をダニエルと共同経営者に仕立て上げたの? ずっと聞きたかったんだ」
 カインの言葉にライラもリアンも頷いた。
 あの時のノアは、結構ダニエルに酷い事を言っていた。絶対にダニエルは内心ノアに怒っていたはずなのだ。それなのに、どうして突然手の平を返したのか。それがずっと分からないままだった。
「あんた、ダニエルにかなりキツイ事言ってたじゃん。散々皆の前で恥かかせた挙句、ダニエル君、悪いけど君、当主向いてないんじゃない? なんてさ」
「ねえ、今のもしかして僕の物真似?」
「ノア様、今蒸し返すのはそこではありません。ダニエル様にそんな事言ったんですか?」
「うん。だって、ほんとの事じゃない」
 シレっと言うノアにルイスとカインが青ざめる。長年の付き合いがあるからこそ、ノアのいう事にはちゃんとノアなりの筋道があって言うのだという事を理解しているが、ぽっと出のダニエルには相当堪えたのではないだろうか。
「でもね、その後この人が何かダニエルに言った途端、ダニエルが手の平返して、自分からライラの婚約破棄と共同経営の話を持ち出したんだ。ねえ、あの時ダニエルに何て言ったの?」
「あの時? あの時は『君ももうちょっと考えなよ。子爵家の財産が欲しいんなら、リアンにライラを押し付けて、リアンを共同経営者にしてしまえば全部丸く収まるんじゃない? ややこしい事はリアンに任せてさ、君はチャップマン商会の顔をやればいい。自ら広告塔になるんだ。ライラがリアンを好きだと宣言した今がチャンスだよ。皆が聞いてるこの場で、ライラと婚約破棄をしてリアンとの婚約を勧め、そしてリアンを経営に誘う事で君の心の広さと寛大さが演出できるよ』って」
「……」
「……予想以上にクズい発言してたんだね」
「……一度落としてから上げるってやり方がもう何て言うか……ノアだね」
「でもその後すぐに提案飲んだのはダニエルだから。僕は本当の事を言って、彼の背中を押しただけだよ。結果、全部うまくいったんだからいいじゃない」
「迷ってる所をそそのかし背中を押す。正に悪魔の所業ですね。流石ノア様です」
 そう言って感心したのはキリだけで、他は皆白い目をノアに向けるが、ノアは本当に背中を押しただけなのだ。ダニエル自身も、きっと自分の限界が分かっていただろうし、ライラと接している時にも思ったが、ノアと一緒に居るライラを見て怒ったダニエルの顔は、婚約者というよりも兄のような顔をしていた。その顔を見てピンときただけだ。ダニエルは結構真面目な青年なのだという事に。ただプライドが高いだけなのだ。だったら、そこを逆手にとってやればいいだけの事。彼のプライドを満足させつつ、丸く収めるのは容易い。
「一番心配だったのはリー君だよ。ライラちゃんが公開告白しちゃったもんだから、リー君来なかったらどうしようかと思っちゃった」
「ぼ、僕は! そ、そんなの、だって、見てられないし、その」
「ご、ご、ごめんなさい! 私が勝手な事したばっかりに!」
 そう言って頭を下げるライラに、リアンはそっぽを向いたまま早口で告げる。
「別にライラは悪くないから。謝んなくていいよ。この人が言ったみたいに、結果全部丸く収まったんだし、もういいでしょ」
「う……うん!」
 ポっと頬を染めたライラを見て、リアンも頬を染める。何だか初々しい二人に馬車の中が甘酸っぱくなった所に、いいタイミングでアリスの頓珍漢な歌が始まる。
「……夜鷹の鳴く夜に、か?」
「昼顔の頃、じゃないの?」
「違うよ。あれは波よ永遠に、だよ」
 全く違う歌のタイトルを述べる二人にノアが笑った。
「全然違う歌じゃないか!」
「もうテンポからして違うんだけど⁉」
「アリスはすぐにアレンジしようとするから」
「下手は下手なりに普通に歌えばいいのですが、あれでお嬢様は自分が相当な音痴だとは気づいていないので」
 そうなのだ。悲しいかな、アリスは自分の音痴っぷりに全く気付いていない。何なら、ちょっと上手いとさえ思っている。こんな所にもヒロイン補正がかかってるのかな? などと厚かましい事を考えているのだ。アリスがそこまで考えているとは思っていない一同は、揃って首を振った。これを延々聞かされるポールが可哀相でならない。
 しかしポールはポールで、何となくアリスの歌のパターンを掴んできたのか、たまに合の手を入れる程度には楽しんでいる。道中一人で黙々と馬を操るよりは、こうやって下手でも隣で歌を歌っていてくれる存在はありがたいのだ。
 ネージュから王都までは、大体丸一日はかかる。と言う訳で、工程表には一日宿で泊まる事になっていた。そしてまた宿でアリスのマジックショーが開催され、道中にちゃっかり小銭を稼ぐバセット家の逞しさに感心しながら、旅は盗賊などにも襲われる事なく翌日、無事に王都に到着したのだった。
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