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アリス、学園に降り立つ
139 グランの事情
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皆がそんな事を考えていた頃、オリバー達はグランではすっかり評判の兄妹になっていた。
作戦を決行すると決めた翌朝、いつものようにオリバーとドロシー、そしてミランダが朝食をとっていた時の事である。
突然、オリバーの持っていたスマホが震えたのである。
昨夜、この作戦を決行するにあたってダニエルに、朝のこの時間にオリバーに連絡してもらえるよう頼んでおいたのだ。
「あ、すみません。ちょっと電話みたいです」
「電話? 何だい、そりゃ」
怪訝そうに首を傾げたミランダの目の前でスマホを取り出したオリバーを見て、ミランダはさらに困惑の表情を浮かべている。
「あ、ダニエルさんですか?」
スマホを操作して画面にダニエルを映すと、ダニエルは人好きのしそうな笑顔で片手を上げて挨拶してくる。さも初対面かのように。
『ようオリバー。こうやって顔を見て話すのは初めてだな』
「っす。こっちがドロシーっす」
そう言ってオリバーは画面をドロシーに向ける。小さく手を振るドロシーを見て、ダニエルはどこかホッとしたように笑った。
『ドロシーが居たとこだけど、まだお前らを探してるみたいだ。もうちょっと身を潜めていられそうか?』
ダニエルの言葉にオリバーはチラリとミランダを見ると、ミランダは訳が分からないとでも言いたげに、でもしっかりと頷いてくれる。
「大丈夫そうっす。それであのお話なんすけど……」
『ああ、仕事の話な。今すぐにでもお前らを雇いたいのは山々なんだが、俺達も今立て込んでてな。アランにも聞いてると思うが、いよいよ小麦を使った新しい商品が開発出来そうなんだ。このスマホの契約が済んだらすぐにでも取り掛かりたいと思ってる。それまで少しだけ待っていてくれるか?』
「もちろんっす。それに俺達もどっちみちまだこっから動けないみたいなんで、大人しくしてるっす。アラン様に感謝を伝えておいてもらえますか?」
『ああ。悪いな、すぐに迎えに行けなくて。また定期的に連絡するよ。アランが信用してる人物なら、問題もないしな。それじゃあまたな。ドロシーも、またな』
「はい。よろしくお願いします」
電話を切ろうとすると、横からドロシーが覗き込んできてダニエルに手を振った。それを見たダニエルは嬉しそうに笑って手を振り返すと、ようやく電話が切れたのだが。
「――で、それは何だい?」
もはや睨んでいると言ってもいいミランダにオリバーは仰け反ってスマホをミランダに渡した。ミランダはスマホを受け取って、しげしげとひっくり返したり叩いたりして確かめている。
「俺の勤めてた工場で作ってた物なんす。スマホって言って、離れた相手と今みたいに話したりメッセージを送ったり出来るんすよ。ここに逃げてくる前にアラン様に話したら、試作だけどって言って俺とドロシーの分を持たしてくれたんっす」
「ん? てことは何かい? ドロシーも持ってんのかい?」
コクリ。ドロシーは頷いてポケットに仕舞ってあったスマホを取り出して何やらしはじめた。
『私は話せないけど、これがあったら皆とお話できるんだよ!』
メッセージを打ち込んでミランダに見せると、ミランダは一瞬目を見開いて、次の瞬間には笑み崩れた。
「そうかい! 便利だねぇ。でもどうしてずっと隠してたんだい?」
「別に隠してた訳じゃないっす。そんなに珍しいんすかね?」
ノアは言った。ルーデリアではさも流行っているのだと思わせておいてくれ、と。普及はまだしていないが、そういう物が近々出来そうであると思わせたいらしい。
そんなオリバーの言葉にミランダは目を剥く。
「珍しいよ! 何だい、ルーデリアでは普通なのかい⁉」
「普通ではないかもしれませんが、近いうちに大々的に販売を始めるみたいっす。俺はこれを作る工場に居たんで」
「……ルーデリアはいつの間にか随分進んでるんだねぇ……そういや、さっき小麦の新しい商品とか言ってたね。あれは何なんだい?」
「ああ、あれは小麦をどうにか長期保存できないかって考えたキャロライン様が友人と始めた事業みたいっすよ。何でも二年は持つもので、スープがついててお湯を使うだけで食べられる魔法みたいな食べ物だって言ってたっす」
「! そ、それは本当かい⁉」
「そっす。それを全部取り扱ってるのが、俺がさっき電話してたチャップマン商会なんすよ。チャップマン商会は王家との契約を切られてから随分頑張ったみたいっす。先代の頃からコツコツと販路を広げて、今や大注目の商会っすよ」
嘘ではない。嘘ではないが言い過ぎではあるかもしれない。
しかし全てが上手くいけばそれこそチャップマン商会は、この土地にもその名を轟かせるだろう。
「で、オリバーは何でチャップマン商会と付き合いがあるんだい?」
「俺がって言うよりは、俺のお世話になってたクラーク家がチャップマン商会と懇意にしてるんすよ、このスマホの件で。それでアラン様がチャップマン商会で二人まとめて雇ってもらってはどうか? と提案してくれて俺に紹介してくれたんっす。今のチャップマン商会の社長のダニエル様とリアン様はなかなか遣り手で、生まれよりも実力主義な人達なんで、俺達でも気軽に面接してくれるんっす。そういう意味でも大注目なんっすよ」
「……そうなんだね。チャップマン商会が……」
チャップマン商会と言えば、王家の商品を一手に取り扱うかなり大手の商会だったはずだ。
けれど、ある時大ポカをして王家から契約を切られたという。それから一度だけこのグランにも小麦の契約を取り付けに来たらしいが、グランはそれを断った。王家に仇名した者達と契約を結ぶ訳にはいかない。その時のグランの当主はそう考えたに違いない。
しかし、今オリバーから聞いた話ではチャップマン商会は随分と変わったようだ。それに、ルーデリアでは有名な魔法一家のクラーク家と懇意にしているのであれば、これはきっとまた大きな商会になるに違いないだろう。
ミランダは腕を組んで考え込んだ。今目の前で見たスマホと、二年は持つという小麦の新しい調理方法は、このグランにも新しい風を吹かせるのではないか。
「ここだけの話なんだけどね、このグランは今ちょっとした危機に瀕してるんだよ」
これはあまりよそ者には話してはいけないという事になっているが、隠していてもいずれはバレる事である。
真剣なミランダを見てオリバーとドロシーは居住まいを正した。そんなオリバー達を見てミランダは大きなため息を落として話し出す。
「ここには小麦しか目ぼしい物がないだろう?」
ミランダの言葉にオリバーとドロシーは頷く。
「でもね、それだけじゃ厳しいんだよ。ここは豊かな土地だが、これと言った物もない。小麦農家も今年に入ってから既に何件も作るのを止めちまったんだ。何でか分かるかい?」
首を振った二人にミランダは深く頷いた。
「今年はルーデリアもフォルスもとても豊作でね、小麦が全く売れないんだよ」
全ての土地で豊作だった。作物も小麦も大量に採れた。だからこそグランは困っているのだ。
「どこかでまとめて買い取ってくれれば……そう漏らす農家も出始めたんだ。そしてそれをグラン様も知ってる」
そう言って視線を伏せたミランダ。
「……」
それを聞いてオリバーは黙り込んだ。
作戦を決行すると決めた翌朝、いつものようにオリバーとドロシー、そしてミランダが朝食をとっていた時の事である。
突然、オリバーの持っていたスマホが震えたのである。
昨夜、この作戦を決行するにあたってダニエルに、朝のこの時間にオリバーに連絡してもらえるよう頼んでおいたのだ。
「あ、すみません。ちょっと電話みたいです」
「電話? 何だい、そりゃ」
怪訝そうに首を傾げたミランダの目の前でスマホを取り出したオリバーを見て、ミランダはさらに困惑の表情を浮かべている。
「あ、ダニエルさんですか?」
スマホを操作して画面にダニエルを映すと、ダニエルは人好きのしそうな笑顔で片手を上げて挨拶してくる。さも初対面かのように。
『ようオリバー。こうやって顔を見て話すのは初めてだな』
「っす。こっちがドロシーっす」
そう言ってオリバーは画面をドロシーに向ける。小さく手を振るドロシーを見て、ダニエルはどこかホッとしたように笑った。
『ドロシーが居たとこだけど、まだお前らを探してるみたいだ。もうちょっと身を潜めていられそうか?』
ダニエルの言葉にオリバーはチラリとミランダを見ると、ミランダは訳が分からないとでも言いたげに、でもしっかりと頷いてくれる。
「大丈夫そうっす。それであのお話なんすけど……」
『ああ、仕事の話な。今すぐにでもお前らを雇いたいのは山々なんだが、俺達も今立て込んでてな。アランにも聞いてると思うが、いよいよ小麦を使った新しい商品が開発出来そうなんだ。このスマホの契約が済んだらすぐにでも取り掛かりたいと思ってる。それまで少しだけ待っていてくれるか?』
「もちろんっす。それに俺達もどっちみちまだこっから動けないみたいなんで、大人しくしてるっす。アラン様に感謝を伝えておいてもらえますか?」
『ああ。悪いな、すぐに迎えに行けなくて。また定期的に連絡するよ。アランが信用してる人物なら、問題もないしな。それじゃあまたな。ドロシーも、またな』
「はい。よろしくお願いします」
電話を切ろうとすると、横からドロシーが覗き込んできてダニエルに手を振った。それを見たダニエルは嬉しそうに笑って手を振り返すと、ようやく電話が切れたのだが。
「――で、それは何だい?」
もはや睨んでいると言ってもいいミランダにオリバーは仰け反ってスマホをミランダに渡した。ミランダはスマホを受け取って、しげしげとひっくり返したり叩いたりして確かめている。
「俺の勤めてた工場で作ってた物なんす。スマホって言って、離れた相手と今みたいに話したりメッセージを送ったり出来るんすよ。ここに逃げてくる前にアラン様に話したら、試作だけどって言って俺とドロシーの分を持たしてくれたんっす」
「ん? てことは何かい? ドロシーも持ってんのかい?」
コクリ。ドロシーは頷いてポケットに仕舞ってあったスマホを取り出して何やらしはじめた。
『私は話せないけど、これがあったら皆とお話できるんだよ!』
メッセージを打ち込んでミランダに見せると、ミランダは一瞬目を見開いて、次の瞬間には笑み崩れた。
「そうかい! 便利だねぇ。でもどうしてずっと隠してたんだい?」
「別に隠してた訳じゃないっす。そんなに珍しいんすかね?」
ノアは言った。ルーデリアではさも流行っているのだと思わせておいてくれ、と。普及はまだしていないが、そういう物が近々出来そうであると思わせたいらしい。
そんなオリバーの言葉にミランダは目を剥く。
「珍しいよ! 何だい、ルーデリアでは普通なのかい⁉」
「普通ではないかもしれませんが、近いうちに大々的に販売を始めるみたいっす。俺はこれを作る工場に居たんで」
「……ルーデリアはいつの間にか随分進んでるんだねぇ……そういや、さっき小麦の新しい商品とか言ってたね。あれは何なんだい?」
「ああ、あれは小麦をどうにか長期保存できないかって考えたキャロライン様が友人と始めた事業みたいっすよ。何でも二年は持つもので、スープがついててお湯を使うだけで食べられる魔法みたいな食べ物だって言ってたっす」
「! そ、それは本当かい⁉」
「そっす。それを全部取り扱ってるのが、俺がさっき電話してたチャップマン商会なんすよ。チャップマン商会は王家との契約を切られてから随分頑張ったみたいっす。先代の頃からコツコツと販路を広げて、今や大注目の商会っすよ」
嘘ではない。嘘ではないが言い過ぎではあるかもしれない。
しかし全てが上手くいけばそれこそチャップマン商会は、この土地にもその名を轟かせるだろう。
「で、オリバーは何でチャップマン商会と付き合いがあるんだい?」
「俺がって言うよりは、俺のお世話になってたクラーク家がチャップマン商会と懇意にしてるんすよ、このスマホの件で。それでアラン様がチャップマン商会で二人まとめて雇ってもらってはどうか? と提案してくれて俺に紹介してくれたんっす。今のチャップマン商会の社長のダニエル様とリアン様はなかなか遣り手で、生まれよりも実力主義な人達なんで、俺達でも気軽に面接してくれるんっす。そういう意味でも大注目なんっすよ」
「……そうなんだね。チャップマン商会が……」
チャップマン商会と言えば、王家の商品を一手に取り扱うかなり大手の商会だったはずだ。
けれど、ある時大ポカをして王家から契約を切られたという。それから一度だけこのグランにも小麦の契約を取り付けに来たらしいが、グランはそれを断った。王家に仇名した者達と契約を結ぶ訳にはいかない。その時のグランの当主はそう考えたに違いない。
しかし、今オリバーから聞いた話ではチャップマン商会は随分と変わったようだ。それに、ルーデリアでは有名な魔法一家のクラーク家と懇意にしているのであれば、これはきっとまた大きな商会になるに違いないだろう。
ミランダは腕を組んで考え込んだ。今目の前で見たスマホと、二年は持つという小麦の新しい調理方法は、このグランにも新しい風を吹かせるのではないか。
「ここだけの話なんだけどね、このグランは今ちょっとした危機に瀕してるんだよ」
これはあまりよそ者には話してはいけないという事になっているが、隠していてもいずれはバレる事である。
真剣なミランダを見てオリバーとドロシーは居住まいを正した。そんなオリバー達を見てミランダは大きなため息を落として話し出す。
「ここには小麦しか目ぼしい物がないだろう?」
ミランダの言葉にオリバーとドロシーは頷く。
「でもね、それだけじゃ厳しいんだよ。ここは豊かな土地だが、これと言った物もない。小麦農家も今年に入ってから既に何件も作るのを止めちまったんだ。何でか分かるかい?」
首を振った二人にミランダは深く頷いた。
「今年はルーデリアもフォルスもとても豊作でね、小麦が全く売れないんだよ」
全ての土地で豊作だった。作物も小麦も大量に採れた。だからこそグランは困っているのだ。
「どこかでまとめて買い取ってくれれば……そう漏らす農家も出始めたんだ。そしてそれをグラン様も知ってる」
そう言って視線を伏せたミランダ。
「……」
それを聞いてオリバーは黙り込んだ。
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