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ゲーム軸が始まった!

221 様子のおかしい人たち

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 部屋に戻るとそこには既にキリが三人分のお茶を用意して待っていた。アリスのお茶には、やはりお砂糖がちゃんと添えてある。

「さて、じゃあちょっと二人に聞きたいんだけど、お互いの事、今、どう思ってる?」

 ソファに腰かけたノアの突拍子もない質問に、アリスとキリは顔を見合わせて首を捻った。

「キリは私の大事な従者だよ?」
「お嬢様はお嬢様です」

 二人の答えにノアは無言で頷いた。

「なるほど。で、本音は?」
「本音なんてないよ! そりゃキリはちょっと口が悪いけど、大事な従者だよ」
「お嬢様は貴族の令嬢としては色々アウトですが、まぁ、それは俺の腕の見せどころかと」
「なるほど。ありがとう、二人とも。それで、僕達の目的って、何だっけ?」
「ループからの脱出だよ?」
「そうですね。いつまでもループの中に居ては未来がありませんので」
「ふ~ん。それは覚えてるんだ。でも、お互いの事には何かフィルターみたいなものが掛かってる状態って事か……」

 ブツブツと呟くノアにアリスとキリは同時に首を傾げた。

「ノア様、何か不自然な事でもありましたか?」

 キリの言葉にノアは顔を上げた。その目にはマジか、の視線が浮かんでいる。

「不自然だらけだよ。まずキリ、どうして昨日まではお砂糖の一つであんなにも揉めてたのに、今日から突然アリスにお砂糖を出したの?」

 ノアの答えにキリは少し考えて、何かに納得したように頷いた。

「何故でしょう? 毎朝毎朝言い合いするのが単純に面倒になったんでしょうか?」

 自分の事なのに、改めて言われるとよく分からない。キリは口元に手を当てて自分の行動を振り返ってみる。確かに、昨日まではアリスに砂糖なんて出さなかった。それは何故だった?

「次にアリス。どうして今朝、ルイスとカインの間に座ったのかな?」
「え? 空いてたから?」
「僕の隣も空いてたよ?」
「で、でもたまには……って、思って……」

 言われてみればそうだ。昨日まではアリスはノアの隣に自分から座っていたはずだ。なのに、何故? たまには? いや、それをしないように気をつけなければならなかったのでは?

「に、兄さま!」

 そこまで考えてアリスはハッとした。そうだった! 今朝からゲーム時間が始まっていたのだ! 頭の中でした、あのカチっという音! あれこそがスイッチだったのではないのか!

「アリスは気付いた? 何か、朝に変な事無かった? 気づいた事とか何でもいいよ」
「あ、あのね! 朝起きたら、頭の中でカチって音がしたの!」
「言われてみれば俺もしましたね。何かを押すような音でした」

 まだ半信半疑ではあるが、ノアに言われた事を反芻した結果、やはり自分の行動がおかしい。

 あれほどアリスの事は猿だゴリラだと言っていたのに、何故急にそんな態度を取ってしまったのか。それは、あの音を聞いてからだ。

「スイッチ音……まさにそれだろうね。どうにかしてそのスイッチをオフにしないと。どうすればいいんだろう……」

 その時、リアンから電話が入った。

「リー君、どうしたの?」
『た、大変! ライラが壊れた!』
「ええ?」

 顔を見合わせた三人は急いでリアンの部屋に向かった。

「どうしたの? 一体なにご……と……って、どうしたの?」

 扉を開けて中を覗き込むと、顔を真っ赤にしたリアンと、ソファにうつ伏せに倒れて耳まで真っ赤になったライラが居る。

 ノアはそんな状況を見てポツリと言う。

「リー君、女の子には優しくしなきゃダメだよ。無理やり襲っちゃ駄目だからね?」
「ち、違うってば! 何もしてない! ……事はないけど、あんたが思ってるような事はしてないよ!」
「ほんとにー? ライラちゃん、大丈夫?」

 ノアの言葉にライラの体がビクリと震えた。そーっと顔を覗き込もうとすると、ライラは急にガバっと顔を上げてアリスに抱き着いて呟く。

「キ、キスって……何だかフワフワなのね……」

 と。それを聞いてアリスはニマーっと笑った。それはまるで昨日までのアリスだ。

「へ~ほ~! リー君なかなかやりますなぁ~」
「う、うるさい! ライラ! 余計な事言わなくていいから!」
「だ、だって! ビックリしたんだもの! まだ胸がドキドキしてるわ……ルイス様とキャロライン様もいつもこんな感じなのかしら?」

 思わずルイスとキャロラインのキスシーンを想像したライラは、両手で顔を覆った。そんなライラを見てリアンが言う。

「ライラが戻った……」
「ね。なるほど、キスされると戻るのか……」
「いや! 違う! 多分違うから!」

 慌てたリアンにノアは笑った。

「冗談だよ。ねぇライラちゃん、何か音、しなかった?」
「音、ですか? そう言えばリー君にキスされた瞬間に何か押したような音がしたかも……リー君何か押した?」
「なんにも」
「そうなの? じゃああれは何だったのかしら?」

 首を傾げるライラにノアが続いて質問する。

「ライラちゃん、アリスの事どう思う?」
「アリスの事、ですか? アリスはこの星そのもののような存在だと思っています! 私達凡人には考え着かないような事をしたりするのも、それはアリス自身が自然を体現しているからで、そのうちアリスは拳一つでこの星すら割ってしまうのではないかとおも――」
「分かった! もう分かったから! ライラは完全に戻ってるみたいだよ」
「うん、凄くよく分かった。なるほど、キスか……アリス、僕とキスしてみる?」
「へぁ⁉」
「ノア様、流石にそれはちょっと……」
「キリでもいいんだけど、どう?」
「……変態、見境なさすぎない?」

 呆れたリアンにノアは肩を竦めて冗談だよ、と呟く。

「でも試してみる価値はあるかも。ルイスとキャロラインに頼んでしてみてもらおうか」
「どんな顔して誰が頼むの⁉ バカなんじゃないの⁉」

 そんな事を頼める猛者がいたら見てみたい! と思いつつアリスを見ると、目を輝かせて頷いているので、リアンはアリスの肩をポンと叩いた。

「化け物、あんたいっといでよ。無理やりくっつけるの得意じゃん」
「そ、そんな! 流石にそこまでは私にも出来ないって言うか、よし、行ってくる!」

 そう言って歩き出そうとしたアリスの首根っこをリアンがすかさず掴んだ。

「行くの⁉ 嘘だよ! そういうのは本人同士に任せときなって!」
「で、結局どうしたらいいんだろうね?」

 じゃれる二人を横目にノアが言うと、ライラも首を捻っている。

「キス、というよりも……衝撃、でしょうか? 驚いた拍子にカチって言った気がします」
「なるほど、衝撃か。アリス、出番だよ。手始めにキリを力いっぱい殴ってみて?」
「え、嫌です」

 どうして何でもかんでも力で解決しようとするのか、この兄妹は。キリは一歩後ずさってリアンを盾にして逃げた。

 結局、何の解決策も見いだせないまま、いつものように夜にルイスの部屋で会議をしたのだが、やはりメインキャラクター達の挙動がおかしい。

 しかし、それぞれの従者に聞く限り、おかしくなるのはそれぞれが顔を合わせた時に限られるようで、皆アリスやキリと同じで今までの事もこれからしなければいけない事もちゃんと理解しているようだった。
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