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第61話 迂闊なリーゼロッテ
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「ありがとう、キリ!」
「お礼はこの方に言ってください。それからオズワルドにお伝えください。あまりお痛をしてはいけませんよ、と。よく世界の事を学んでください、二人で」
その言葉を聞いて息を呑んだのはルイスとカインとルークだ。一方リーゼロッテは素直に頷いて満面の笑みを浮かべている。
「分かった! 今日聞いたことも話す!」
「ええ。全ての生き物は繋がっている。それは、人間もです」
「うん」
「ではまたどこかで。オズワルドによろしく」
「うん! じゃあね! ありがとう!」
そう言って走り去ったリーゼロッテの後ろ姿をしばらく見ていたキリが、くるりと振り返った。
「案外近くに居ましたね。どうします? 追いますか?」
「いや! いやいやいや! お、お前、いつ気付いたんだ⁉」
「てか、もうちょっと動じない?」
「このぐらいではもう驚きもしません。で、どうします? 追いますか? 俺は止めておいた方がいいと思います」
相変わらず淡々というキリにルイスもカインも頷く。ルークもいるし、万が一あの影をけしかけられたらこの面子では勝てない。ここは戻ってノア達と合流する一択である。
「――と、いう訳です」
「なるほどね。キリの鎌にリーゼロッテはまんまと引っかかった訳だ。おまけに自分からキリの名前呼んじゃうなんて、迂闊だね」
「はい」
「ちょっと待ってくれ! いつキリは鎌なんてかけたんだ!」
ノアの言葉を聞いてルイスが問うと、ノアは丁寧に説明してくれた。
「キリが、連れは何を好きなんだって聞いた時だよ」
「それのどこが鎌? 別にあのぐらいの子はそりゃ家族といるでしょ?」
「大抵の子はね。でもリーゼロッテは自分からその前に家族は居ない事を告げてるでしょ? 父親ではない人を父親と呼んでもいいのか? って。その状況で考えられるのは母親の再婚で新しく出来た父親か、もしくは父親ではないけれど父親っぽい人と過ごしている、のどちらかになるよね? おまけにキリは家族は何が好き? とは聞かなかった。それにリーゼロッテは違和感を持つこと無く答えた。という事は、全くの他人と過ごしてるって事だよ」
「確かにそうだね。その後そんな年じゃないって怒られる、とも言ってた。てことはまだ若い男と一緒って事か。しかも兄って訳じゃない。極めつけはキリを名前で呼んだ、とそういう事?」
「はい。俺は名乗っていませんし、誰からも名前は呼ばれていません。何故俺の名前を知っていたのか。理由は2つです。あの戦争の宝珠を見ていたか、最近どこかで俺の顔と名前を知ったか。けれど彼女はルイス様とカイン様の事は知らないようでした。という事は、最近知ったということになります」
「あの少女がオズワルドと共に居るリーゼロッテなら、オズワルドが操る影のおかげでキリの事は知っていた。でも影を盗られていないルイスとカインの事は知らない。てことは、あの戦争の事を知らないって事だよ。それはリーゼロッテが外の世界の人だったからって事になるよね?」
ノアの言葉にルイスが何かに気付いたように顔を上げた。
「そうか! あの時戦争を写した宝珠は外の世界には配られなかった! そういう事か!」
「うん。ね、シャルこれで繋がったよ。やっぱりクルスさんが見た奴隷はリーゼロッテだね」
「みたいですね。では何故オズワルドはわざわざ奴隷を買ったのでしょう。そこだけが謎ですね」
二人の会話を聞いてまたルイスとカインが目を丸くする。
「ちょ、どういう事だ? リーゼロッテが奴隷?」
「初耳なんだけど?」
「うん、さっきクルスさんが教えてくれた情報だからね。半年ほど前にメイリングでオズワルドとリーゼロッテと思われる人物を見たらしいんだ。リーゼロッテの肩にはバラのような痣があったって。チビアリスにもあるやつだよ。あれは奴隷の烙印。あれがある限り彼女たちは一生その痣に苦しむ事になる」
視線を伏せたノアに一同は黙り込んだ。
どれだけアランが手を尽くしても、あの痣は今でも消えないと言う。奴隷がいくら解放されても世間は温かい人達ばかりではない。結局奴隷でいるよりは少しはマシ程度の扱いを受けていたそうだ。
もちろんこんな話をアリスが聞いて黙っている訳もなく、そういう人たちは今やほとんどの人達がアリスの作った職業斡旋所に登録している。
「チビアリスは自分が奴隷だったって事、公表したもんな……」
「ああ。あれには俺も驚いた。だが、あれを聞いて奴隷の痣があったとしても普通の生活を送る権利があるのだと思った人たちも多いようだ。まぁ、その後も色々あったがな」
アランとチビアリスの結婚が決まった時、チビアリスは自分が元奴隷であることを世間に公表したのだ。
その事について最初はクラーク家はまた慈善事業でわざわざ元奴隷の娘とアランを結婚させたのだなどと揶揄されていたが、時がたつにつれてアランがチビアリスを溺愛している事を知ってその態度は軟化した。そもそもその噂を流していたのがアランとの縁談を断られた家だったのだから、大半はただのやっかみである。
「世間ってのは本当に都合が良くて、自分に害がなきゃ面白そうなゴシップにすぐ飛びつくんだよ。でも、自分に恩恵があるとその手のひらをすぐに返す。チビアリスとアランはそれを逆手にとったって事だよ。上手くやったなって思う」
「その言い方はちょっとって思うけど、まぁそうだね。公表した後のチビアリスの功績は凄いからね。電球だって彼女の協力が無かったら出来なかった。そういう意味ではシャルの魔力を彼女が継いでて本当に良かったよ」
「ああいう所は流石、ヒロインだなと思いますよ。どのアリスも自分の幸せに繋がる事にはとても貪欲で、決して手を抜きません」
だからこそ違和感なくヒロインに設定する事が出来たのだ。
オリジナルアリスやシエラ、そしてアリスとチビアリス。どのアリスも基本は皆同じだ。幸せになりたい。皆が笑えればそれが一番いい。間違った事が大嫌いで少しだけ短気で。そんな彼女たちは今でもそれぞれ幸せに暮らしている。
「まぁ、我らがアリスだけは少し異色だけどな」
「あれはもう貪欲とかそういう次元じゃないと思う……」
「アリスはね、集大成なんだよ。オリジナルアリスが行き着いた先。それが今のアリスなんだ。まぁ……体力とか力の部分を弄られてああなっちゃっただけで……」
まだシャルルへの恨みは忘れていないノアである。ただ、今のアリスだったからこそ世界は今日も正しく回っている。そこが否定出来ないのが辛い所だ。
「で、話を戻しましょう。つまり、今正にここにオズワルドとリーゼロッテが居るという事ですね?」
「ああ、そうだ。だが聞いていた印象とは随分違ったな。オズワルドの方は分からんが、少なくともリーゼロッテは普通の少女だ。素直でキリの事を面白いと言った少し変わった感性を持った普通の少女だったぞ」
「失礼な。至極真っ当な感性です」
すかさず否定するキリにノアが苦笑いを浮かべる。
「キリの事を面白いって言ったの? それは中々ぶっ飛んだ感性だね。でもこれで分かったね。リーゼロッテは奴隷で居た期間が結構長くて世間の事を何も知らない。オズワルドはオズワルドで自然界の事は分かっていても、恐らく人間の生活の事についてはよく分かっていないって事が。だから一緒に居るのかな」
「かもな。元とは言え妖精王だ。妖精王であればこの世界をより良い方に向かわせようとするのは本能のようなものなのかもしれないよな」
「それに現妖精王が言っていたのでしょう? 自分は全ての人間の動向を追えるが、オズワルドにはもうそれが出来ない、と」
「お礼はこの方に言ってください。それからオズワルドにお伝えください。あまりお痛をしてはいけませんよ、と。よく世界の事を学んでください、二人で」
その言葉を聞いて息を呑んだのはルイスとカインとルークだ。一方リーゼロッテは素直に頷いて満面の笑みを浮かべている。
「分かった! 今日聞いたことも話す!」
「ええ。全ての生き物は繋がっている。それは、人間もです」
「うん」
「ではまたどこかで。オズワルドによろしく」
「うん! じゃあね! ありがとう!」
そう言って走り去ったリーゼロッテの後ろ姿をしばらく見ていたキリが、くるりと振り返った。
「案外近くに居ましたね。どうします? 追いますか?」
「いや! いやいやいや! お、お前、いつ気付いたんだ⁉」
「てか、もうちょっと動じない?」
「このぐらいではもう驚きもしません。で、どうします? 追いますか? 俺は止めておいた方がいいと思います」
相変わらず淡々というキリにルイスもカインも頷く。ルークもいるし、万が一あの影をけしかけられたらこの面子では勝てない。ここは戻ってノア達と合流する一択である。
「――と、いう訳です」
「なるほどね。キリの鎌にリーゼロッテはまんまと引っかかった訳だ。おまけに自分からキリの名前呼んじゃうなんて、迂闊だね」
「はい」
「ちょっと待ってくれ! いつキリは鎌なんてかけたんだ!」
ノアの言葉を聞いてルイスが問うと、ノアは丁寧に説明してくれた。
「キリが、連れは何を好きなんだって聞いた時だよ」
「それのどこが鎌? 別にあのぐらいの子はそりゃ家族といるでしょ?」
「大抵の子はね。でもリーゼロッテは自分からその前に家族は居ない事を告げてるでしょ? 父親ではない人を父親と呼んでもいいのか? って。その状況で考えられるのは母親の再婚で新しく出来た父親か、もしくは父親ではないけれど父親っぽい人と過ごしている、のどちらかになるよね? おまけにキリは家族は何が好き? とは聞かなかった。それにリーゼロッテは違和感を持つこと無く答えた。という事は、全くの他人と過ごしてるって事だよ」
「確かにそうだね。その後そんな年じゃないって怒られる、とも言ってた。てことはまだ若い男と一緒って事か。しかも兄って訳じゃない。極めつけはキリを名前で呼んだ、とそういう事?」
「はい。俺は名乗っていませんし、誰からも名前は呼ばれていません。何故俺の名前を知っていたのか。理由は2つです。あの戦争の宝珠を見ていたか、最近どこかで俺の顔と名前を知ったか。けれど彼女はルイス様とカイン様の事は知らないようでした。という事は、最近知ったということになります」
「あの少女がオズワルドと共に居るリーゼロッテなら、オズワルドが操る影のおかげでキリの事は知っていた。でも影を盗られていないルイスとカインの事は知らない。てことは、あの戦争の事を知らないって事だよ。それはリーゼロッテが外の世界の人だったからって事になるよね?」
ノアの言葉にルイスが何かに気付いたように顔を上げた。
「そうか! あの時戦争を写した宝珠は外の世界には配られなかった! そういう事か!」
「うん。ね、シャルこれで繋がったよ。やっぱりクルスさんが見た奴隷はリーゼロッテだね」
「みたいですね。では何故オズワルドはわざわざ奴隷を買ったのでしょう。そこだけが謎ですね」
二人の会話を聞いてまたルイスとカインが目を丸くする。
「ちょ、どういう事だ? リーゼロッテが奴隷?」
「初耳なんだけど?」
「うん、さっきクルスさんが教えてくれた情報だからね。半年ほど前にメイリングでオズワルドとリーゼロッテと思われる人物を見たらしいんだ。リーゼロッテの肩にはバラのような痣があったって。チビアリスにもあるやつだよ。あれは奴隷の烙印。あれがある限り彼女たちは一生その痣に苦しむ事になる」
視線を伏せたノアに一同は黙り込んだ。
どれだけアランが手を尽くしても、あの痣は今でも消えないと言う。奴隷がいくら解放されても世間は温かい人達ばかりではない。結局奴隷でいるよりは少しはマシ程度の扱いを受けていたそうだ。
もちろんこんな話をアリスが聞いて黙っている訳もなく、そういう人たちは今やほとんどの人達がアリスの作った職業斡旋所に登録している。
「チビアリスは自分が奴隷だったって事、公表したもんな……」
「ああ。あれには俺も驚いた。だが、あれを聞いて奴隷の痣があったとしても普通の生活を送る権利があるのだと思った人たちも多いようだ。まぁ、その後も色々あったがな」
アランとチビアリスの結婚が決まった時、チビアリスは自分が元奴隷であることを世間に公表したのだ。
その事について最初はクラーク家はまた慈善事業でわざわざ元奴隷の娘とアランを結婚させたのだなどと揶揄されていたが、時がたつにつれてアランがチビアリスを溺愛している事を知ってその態度は軟化した。そもそもその噂を流していたのがアランとの縁談を断られた家だったのだから、大半はただのやっかみである。
「世間ってのは本当に都合が良くて、自分に害がなきゃ面白そうなゴシップにすぐ飛びつくんだよ。でも、自分に恩恵があるとその手のひらをすぐに返す。チビアリスとアランはそれを逆手にとったって事だよ。上手くやったなって思う」
「その言い方はちょっとって思うけど、まぁそうだね。公表した後のチビアリスの功績は凄いからね。電球だって彼女の協力が無かったら出来なかった。そういう意味ではシャルの魔力を彼女が継いでて本当に良かったよ」
「ああいう所は流石、ヒロインだなと思いますよ。どのアリスも自分の幸せに繋がる事にはとても貪欲で、決して手を抜きません」
だからこそ違和感なくヒロインに設定する事が出来たのだ。
オリジナルアリスやシエラ、そしてアリスとチビアリス。どのアリスも基本は皆同じだ。幸せになりたい。皆が笑えればそれが一番いい。間違った事が大嫌いで少しだけ短気で。そんな彼女たちは今でもそれぞれ幸せに暮らしている。
「まぁ、我らがアリスだけは少し異色だけどな」
「あれはもう貪欲とかそういう次元じゃないと思う……」
「アリスはね、集大成なんだよ。オリジナルアリスが行き着いた先。それが今のアリスなんだ。まぁ……体力とか力の部分を弄られてああなっちゃっただけで……」
まだシャルルへの恨みは忘れていないノアである。ただ、今のアリスだったからこそ世界は今日も正しく回っている。そこが否定出来ないのが辛い所だ。
「で、話を戻しましょう。つまり、今正にここにオズワルドとリーゼロッテが居るという事ですね?」
「ああ、そうだ。だが聞いていた印象とは随分違ったな。オズワルドの方は分からんが、少なくともリーゼロッテは普通の少女だ。素直でキリの事を面白いと言った少し変わった感性を持った普通の少女だったぞ」
「失礼な。至極真っ当な感性です」
すかさず否定するキリにノアが苦笑いを浮かべる。
「キリの事を面白いって言ったの? それは中々ぶっ飛んだ感性だね。でもこれで分かったね。リーゼロッテは奴隷で居た期間が結構長くて世間の事を何も知らない。オズワルドはオズワルドで自然界の事は分かっていても、恐らく人間の生活の事についてはよく分かっていないって事が。だから一緒に居るのかな」
「かもな。元とは言え妖精王だ。妖精王であればこの世界をより良い方に向かわせようとするのは本能のようなものなのかもしれないよな」
「それに現妖精王が言っていたのでしょう? 自分は全ての人間の動向を追えるが、オズワルドにはもうそれが出来ない、と」
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