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第84話 おだてておだてて褒め殺す

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「だいぶ使っていなのでちょっと開けるのに手間取ると思います。あと錆がつかないようお気をつけください」

 キャメルはそれだけ言って蔦を避けていると、ルイスとシャルルが自分たちの手が汚れるのにも構わず手伝ってくれる。

「年季ものだな」
「凄いですね」

 そんな事を言いながら蔦を剥がして錆を落としていると、ようやく扉の全容が見えてきた。錆びては居るが扉には緻密なドラゴンの柄が掘られていて、どれほどこのシュタとドラゴンの繋がりが深いのかを思い知らされる。

「やはりここはドラゴンの街なのだな」
「ええ、そのようですね。このレリーフも素晴らしいです」

 愛しそうに錆で汚れた扉を撫でるシャルルを見てルイスも頷いている。そんな二人を見て、キャメルは気付かぬ間に頭を下げていた。

「こちらです、どうぞ」

 キャメルが扉を開けてロウソクに火を付けると階段が下に向かって伸びている。先はどうなっているのか中は真っ暗だ。

「地下道ですか!」
「ええ。この地下道が出来た経緯もあの古文書に書いてあります。足元お気をつけください」

 そう言ってキャメルは階段の全体を照らすようにロウソクを掲げてゆっくりと歩き出した。
 
 
 
 エリスに呼び戻された子どもたちはキャメルの屋敷の前で待ちぼうけを食らっていたエリスとレックスを見つけて駆け寄った。

「たっだいま~! ルイスとシャルルは!?」

 膝に張り付いてそのままよじよじとエリスによじ登ってくるアミナスを抱き上げて、エリスは苦笑いを浮かべる。

「お前、アリスでさえ王の事は様つけてるぞ?」
「父さまはどっちにもつけないもん! それに二人共そう呼んでいいって言ったもん!」

 ノアが呼び捨てにするのでつられて仲間たち全員をそのまんまで呼んでしまっているが、今更そんな事を誰も咎めない。というよりも大抵のことはアリスの娘だからな、で済まされるお得なアミナスだ。

「王と大公は今大事なお話の真っ最中だ。さっきカサンドラが来てもう少しかかりそうだと言っていたから、俺達は街でも見学に行くか」
「やった~! お買い物してもいい!?」
「いいけど……お前、もう小遣い使い果たしただろ?」
「うん! でも兄さまがまだ全然使ってないもん!」
「……ノエルに集る気かよ」

 マジか、の視線をアミナスに送ると、アミナスはすかさずテヘペロをする。そんなアミナスを見てノエルは笑顔でアミナスに両腕を差し出した。

「いいよ。何が欲しいの、アミナス」
「やったぁ! 兄さま大好き!」
「僕も大好きだよ」

 ノエルに飛び移ってきたアミナスをキャッチしたノエルが言うと、すかさず隣から双子が言う。

「ノエル様、俺もノエル様大好きです」
「俺もです」
「う、うん。ありがとう、僕もだよ……で、二人は何が欲しいの?」

 真顔で双子にそんな事を言われたノエルが引きつって言うと、双子はピタリと声を揃えた。

「もちろん、チョコレートです」

 あまりにも双子の声はぴったりすぎて声が一つに聞こえたほどだ。それを聞いて今度はレックスまで口を開く。

「……ノエル、僕もノエル好きだな」
「レックスまで! 僕も好きだけど、何なのもう! 皆して僕のこと褒め殺そうとしてるの!?」

 珍しく照れて叫ぶノエルにエリスはとうとう笑ってしまった。アリス達のときとはまた違う兄妹の形に何だか嬉しくなる。

「ノエル、心配しなくても皆の分はノアから預かった分で賄うからお前のは置いておけ」
「うん、ありがとう師匠。もう! 皆調子いいんだから!」

 耳まで赤くしてそっぽを向くノエルは、何だかんだ言いながら嬉しかったようだ。微笑ましい子どもたちと手を繋いで歩き出したエリスを皆が振り返る。

「あら勇者様、随分沢山の子どもたちを連れて……今日は遠足か何か?」
「いや、この子達はちょっと今預かってるんだ」
「あらあらいいわね~。子ども達は見てるだけで元気になるわ~。はい、これ焼きたてよ。さっきそこで買ったんだけど、皆で仲良く食べなさいな」
「やった~! ありがと~!」

 アミナスが焼きたてのクッキーを受け取ってニカッと笑うと、おばさんはホクホクした顔をして去っていく。

 その後も色んな人に声を掛けられてその全てにアミナスが返事をしていると、気づけばアミナスの両手にはお菓子の山が出来ている。

「……お前は何があっても一生食いっぱぐれる事無さそうだな……」
「奥様の人懐っこさと旦那様の小狡さを併せ持つハイブリッドですから」
「確かに。アミナスはどこ行っても大抵こうやってお菓子もらったりご飯もらったりしてる気がする」
「年齢よりも子どもっぽく見えるのでは? 実際中身は4歳ぐらいかと」
「皆酷くない!? 私が可愛いからだよ! ついつい面倒見たくなるってライアンもルークも言うもん!」
「それは色々心配なんじゃ?」
「レックスまで! もうお菓子皆にあげない! ふん!」

 お菓子を抱えたままそっぽを向いたアミナスの耳に妖精王の小さな声が聞こえてくる。

「アミナス、あの通りの向こうから何やらおかしな気配がする」
「え? あっち? よし! 行ってみよ!」

 ヒソヒソと話したアミナスは顔を上げて大きな声で言う。

「あ~、何だかすっごくあっちに行きたい気がするなぁ! なんでだろぉ~?」
「何です、急に。棒読みすぎて一切の感情を感じないんですが」
「どうした? アミナス。あっちに何かあんのか?」
「う~ん、あると言えば……ある?」
「はぁ? 何だそりゃ! まぁいいか。じゃちょっと行ってみるか」

 エリスはそう言って子どもたちと手を繋いでアミナスの指差した通りに向かった。

 通りはシュタの端っこだったようで、その先はすぐに森が広がっている。

 その奥から何かが呻くような声が聞こえてきてハッとしたエリスは剣の柄に手をかけて早口で言った。

「お前ら、あっちの通りにすぐに戻れ! 絶対に出てくるんじゃないぞ!」
「分かった。行くよ、アミナス。ここは師匠に任せておこう」

 エリスの言葉を聞いてノエルがアミナスの手を掴むと、アミナスのポシェットから妖精王が飛び出してエリスの後を追って行ってしまった。

「あ! クロちゃん! 兄さま、クロちゃんが!」

 アミナスはノエルに引きずられながら森に消えた妖精王を指差したが、ノエルは止まってはくれない。

「クロは大丈夫だから、早くおいで!」
「で、でも! クロちゃん魔力ないのに!」
「僕たちが行っても邪魔になるだけだよ! それにもし僕たちに何かあったら、父さまと母さまが悲しむでしょ!?」

 何があっても家族は守る。ノエルはノアの同志だ。自分を危険に晒しても厄介事に首を突っ込んでいくアリスとアミナスを止めるのはいつだってノアとノエルである。

「そうです、お嬢様。何が起こっているのか分からない以上、我々はここに居るべきではありません。行きますよ」
「お嬢様、あまりワガママを言うようなら今スグここに父さんを召喚しますよ」
「キ、キリを……? わ、分かった。戻る」

 容赦なくアミナスをロープで縛り上げて豚小屋に吊るすキリを思い出してアミナスはぶるりと震えると、涙目で渋々頷いた。そんなアミナスを見てレックスがふと視線を森に向ける。

「僕が行ってこよう。クロを連れて戻るよ」
「レックス! 危ないよ!」
「大丈夫。少々の事じゃ壊れないから」

 それだけ言ってレックスはその場を離れてあっという間に森の奥に消えてしまった。そんなレックスを心配そうな顔をして見ていたのはアミナスだけだ。

 ノエルとレオとカイは互いに顔を見合わせて首を傾げる。
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