上 下
119 / 746

第118話 戻りたくないという強い意思

しおりを挟む
 言いながらちらりとアリスを見ると、アリスは必死になって自分の影にコブラツイストをかけている。影は影で逆にアリスに攻撃しようとしているので、どっちもどっちである。

「だーかーら! 早く戻りなさいってば! もう十分好きにしたでしょ⁉」

 嫌だ! 話せないはずなのにそんな強い意思がヒシヒシと伝わってくる。アリスの影は何が何でも戻る気はなさそうだ。やはり持ち主に似るのかもしれない。 

 そんなアリスと影アリスの戦いを横目にリアンはさっさと寝床の準備を始めた。

「ちょっとリー君! 手伝ってよ! こいつ戻すの!」
「あーむりむり。そいつ、あんたと一緒でめっちゃ強情だから」
「お嬢様は本体も影も面倒ですね。さて、影も戻った事ですし、上の道とやらの調査もあります。さっさと済ませて明日は外に戻らなければ」
「そだね。皆心配してるよ。何せスマホ通じないんだから。そうだ! オズ、ちょっとこのメッセージライラに送ってよ」
「どれ? これなに?」
「これはね、スマホって言って――」
「ちょっとぉぉぉ! 誰か手伝ってよぉぉぉぉ!!!」

 アリスの叫び声も虚しく、皆は就寝の準備を始めだしてしまっていた。
 


 アリス達が地下探索に出てから一夜明け、シャルルから報告を受けたルイスはそれを議会に持ち込んだ。集まっているのはそれぞれの役職につく貴族たちだ。

「では王、アメリアはまだ何かを企んでいる可能性があると?」

 魔法分野を未だに現役で管轄するアベル・クラーク(アランの父)が言うと、ルイスは鷹揚に頷いた。

「それだけじゃないぞ。アメリアの父、カール・ダビッドソンも生きている可能性がある。それらの大元はメイリングだ。誰か、アンソニー王について何でも良い。知っている者はいるか?」

 ルイスの問に手を上げたのはオーグ家当主のヘンリー(キャロラインの父)である。

「些細なことですが、一度だけアンソニー王に前王の時にお会いした事があります。あそこは絶えず戦争をしていてあまり良い印象は無かったのですが、アンソニー王は戦争などとても出来そうにないタイプでした。少し神経質そうでしたが、話してみると物腰も柔らかく温厚そうでどちらかというと研究職をしていそうな雰囲気と申しますか。いえ、これは偏見かもしれませんが」
「いや、ありがとう。そうか……あれだけ奴隷制度が横行していた事からして何となく厳ついイメージだったのだが、実際は違うということか」

 ルイスは腕を組んで考え込んだ。例えるならアランの所で今も薬草の研究をしているアレックスのような感じなのだろうか。そこに教会やキャスパーがつけ込んだのか?

「まぁ人の印象は人それぞれだからな。あのキャスパーだって人によっては、あいつは良いやつだったって言うぐらいだよ」
「宰相! 王にそんな口の利き方は――」

 いつだって厳格なヘンリーが窘めようとすると、それを手で遮ったのはアベルだ。

「いいんですよ、この子達はこれで。皆が代替わりをして古株は我々だけ。この議会もそろそろ形を変えていってもいいではありませんか。ほら、お菓子でも食べて」

 そう言ってヘンリーの前に差し出されたのはルイスがこの日の為に仕入れたキャシーのバターサンドだ。

「ぎ、議会で菓子など!」
「我々が食べないと他の誰も手を付ける事が出来ない。こんな馬鹿げた風習はもう止めにしましょう。ここにいる限り我々の立場は王を除いて同等であるべきですよ。ほら、つべこべ言わずにヘンリーも食べなさい。先輩命令です」
「こ、ここで先輩とか後輩という何十年も前の話を持ち出すのか⁉ くそ! 世の中の変化についていけん!」
「ははは! ですがあなたのような人も必要です。そうですよね? 王」
「そうだな。変わるべき所、変わってはならない所、そのどちらも必要だ。俺はこれからもヘンリーやアベルの力は必要だと考えている。父はどうだったか知らんが、俺には何の遠慮もいらない。菓子でも食べながら思いついた事を話してくれ。案外そういう話の中にヒントは転がっているものだ」
「そうそう。これキャシーの所の新商品なんだってさ。レーズンが入っててちょっと酒も入ってて美味いんだよなぁ」

 言いながらカインがパクリとお菓子を一つ食べた。それを見てルイスも食べる。するとそれまで縮こまって遠慮していた代替わりしたばかりの若い議員達も恐る恐る食べだして目を輝かせる。

「全く! 一体どこの世界に議会の最中に菓子など食う議会があるというのか! ――美味いな。ふむ、レーズンを酒でつけ込んでいるのか……」

 文句を言いながらもバターサンドを頬張るヘンリーに小さな笑い声が起こる。ここから議会の雰囲気が一変した。

「そう言えば学生時代に私の友人がおかしな事を言っていました。もう随分前なんですが、友人曰く絶滅したはずの生物や植物が今でもたまに見つかる事があるとか何とか」

 最近代替わりしたばかりの若手が言うと、カインも頷く。

「そう言えばダイアウルフもそうだよな。あれだって絶滅したってずっと言われてた」
「バセット領ではもう何が起こっても誰も驚かんが」
「そうなんだけどさ。でもそういう事が他でも見つかってるって所が問題なんだって。その友人とやらは他に何て言ってた?」
「他ですか? そもそも彼がそんな話を言い出したのは、見たこともない鳥を一度だけ見たからなんだそうです。それはずっと昔に絶滅したと言われているはずの鳥だった、と」
「見ただけなのか? 捕まえる事は出来なかったということか」
「はい。彼が一瞬目を離したすきに消えてしまったんだそうです。跡形もなく。最初は夢だったのではないかと思ったそうなんですが、その時彼と一緒に居た従兄も見ていたそうで、その従兄というのは今も絶滅した動物の研究をしていると言っていました」
「そういう話なら俺も一ついいですか?」

 次に手を上げたのはそこそこ中堅の議員だ。

「ああ、構わん」
「うちの乳母は元々シュタの隣の村出身なのですが、俺はそこに古くから伝わる昔話を聞くのが好きで、その内容というのが月に一度地底から蘇った人々が金と引き換えに火を買って帰る、というものなんです。その火を買って帰るというのが小さい頃凄く不思議でした。火なんて魔法を使えばすぐにつくのに、って」
「地底から蘇った人? 死者が蘇ったということですか?」
「そんな事ありえんだろう! 地下に死者が住んでいるとでも言うのか⁉ まぁ昔話だものな」
「いや、無いとも言い切れんぞ、ヘンリー。この間ライアンがダイアウルフは土から生えたのか? と聞いてきたんだ。というのも、彼の友人がダイアウルフの話をしていると、ダイアウルフは地上に出て繁殖してしまったのかと言ったそうなんだ。俺もその友人を知っているが、どう考えても嘘をつくようなタイプではないんだ。そしてその地下に今、アリス達が調査に行っている」
「ああ、それはキャロラインも言っていたな。連絡が無いのだろう?」

 ヘンリーは眉をしかめてルイスを見た。ここに来る前にキャロラインがあまりにも心配そうに呟いていたのだ。

「そうなんだ。昨夜遅くにリー君からライラにメッセージがあったのが最後だ。何かあったのか、何かを見つけたのかそれは分からんが、その後は一緒に行ったアリスもキリもリー君もオリバーすら連絡が取れない。もしも今日も連絡が取れないようであれば、蒼の騎士団を向かわせるつもりだ」

 キャロラインが心配しすぎて昨夜は一睡もしていない事にルイスは気づいている。ルイスの言葉にヘンリーは納得したように頷いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:29,124pt お気に入り:12,269

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:94

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:144

俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:2,023

お前のポーションは何味だ

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:13

魔法最弱の世界で魔法少女に転生する〜魔法少女はチート魔導士?〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:108

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,909pt お気に入り:3,056

処理中です...