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第136話 レックスとディノ

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「どうしてディノはその事に気づいちゃったんだろう?」
「皆がディノに互いの悪口を言ってきたんだって。最初は些細な事だった。でもそれがどんどんエスカレートしていった。互いに憎しみ合って皆がディノを仲間にしようとした。妖精王と同じディノの力が欲しくて仕方なかった」
「利用されそうだって事に気づいちゃったのか」
「うん。それがある日とうとう戦争に繋がったんだ。人間とドラゴン、その他の生き物たちがごちゃまぜになって2つに別れてしまった。ディノは凄く悲しかった。当時の妖精王はそれを次の妖精王に引き継がなかったんだね。本当はこの星の生命は一度皆、終わりを迎えてるんだ」
「……終わり?」
「そう。ヴァニタスがその引き金を引いた。この星に居た生物全てを滅ぼしたんだよ。ディノ以外のね」
「……それは……辛かっただろうね」

 ノエルは以前言った事を思い出して涙を浮かべた。

 てっきりディノは頭が良すぎてこの世界に勝手に見切りをつけたんだと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。ディノは一度、その目で世界の終わりを見てしまったのだ。

「原因はディノが新しく生まれてきた生物に与えた言語と知恵だった。それを知ったディノは落胆する妖精王を慰めるてもう一度1から星を創る事を提案した。そしてもう二度と同じ過ちは侵さないように自分は星の中に隠れたんだ」
「ディノ……」

 悲しげに視線を伏せたノエルにレックスが言う。

「ディノは誰にもそんな顔はしてほしくないと思う。これはもうずっとずっと昔の話で、ディノはマントルで幸せに暮らしてた。沢山の友人に囲まれて」
「そうなの?」
「うん。さっき妖精王が言ってた妖精王だけが持つことを許される本の事を詳しく知ってる?」

 レックスの言葉にノエルはゆっくり首を振った。それを見てレックスは一度頷いてまた話し出す。

「妖精王は全ての生物の魂の真名を知ってる。全ての魂には予め用意されたシナリオがあって、死んだ後にまたその魂に次のシナリオを与える事が出来るんだ。でもそれは全ての魂にって訳じゃない。どうしたっていくつかは取りこぼされて、次のシナリオを貰えない魂が存在する」
「シナリオの無い魂はどうなるの? 消えちゃうのかな?」
「消えないよ。ヴァニタスに吸収されるだけ。そうして色んな星に散らばって虚無や虚栄をばら撒くんだ。ディノはそれが耐えられなかった。そういう魂を持って生まれてしまった人たちをマントルで保護してそこに住まわせた。死んだ魂を凍結して、いつかまたちゃんとシナリオが追加される事を願って」
「それじゃあ今もマントルには沢山の魂が置いてあるの?」
「うん。凍結された魂の部屋がある。そこには僕の母さんも父さんも眠ってる」
「レックスの……お父さんとお母さん」
「そう。僕は最後のマントルで生まれた子供だった。その頃にはもうディノは大分弱っていて、地下に新しい人達を招き入れる事ができなくなっていたんだ」
「どうして? ディノは自ら眠りについた訳じゃないって事?」
「違う。ディノが眠ったのは自分で動くことが出来なくなってしまったからなんだ。ずっと昔、まだディノが元気だった頃、ディノはありとあらゆる場所にマントルに繋がる不思議な金で出来た通路を作ったんだ。それはディノが世界のあちこちに居る妖精王の加護を持たない人たちの為に作った通路だったんだけど、いつの間にかシュタに作った通路にどこから聞きつけたのか金を採る為に鉱夫達が現れた。それを命じたのが当時のメイリング王で、鉱夫達は王に命じられて通路の金を採ってたんだ。その金はディノが創った金だった。ディノの血で出来た金だ。それを知らずにメイリングの鉱夫たちはそこからどんどん金を採っていたんだ。しばらくしてメイリング王はふと思った。シュタはまだどこの国の物でもない。もしかしたらいずれはレヴィウスの物になってしまう可能性があるって。だから内戦と称してシュタの通路の入り口を塞いで無理やりメイリングに繋ごうと考えていたんだ。それに気づいたディノは鉱夫の中で一番若かった少年に自分の眼を与えて、ディノが生まれた地にその眼を祀り、毎朝祈るよう言った。そしてその日はやってきた。鉱夫達がまだ中に居るのに、メイリング王は通路の入り口を爆破して塞いだんだ」
「そんな……なんてこと……」
「きっと口封じをする為だったんだと思う。不思議な金の通路の事を外で話されたら困ると思ったんじゃないかな」
「どうしてディノは金で通路なんて創ったの?」
「マントルと違って地殻は柔らかい。だから金でコーティングをしたんだよ。でもそれがいけなかった。ディノはどの通路にも魔法をかけていたんだ。通路が壊れてしまわないように、金が無くなったらすぐにまた金が出てくるように」
「……つまり、ディノは貧血になったと、そういう事なのかな?」
「そうだね。ただの貧血だったら良かったんだけど、気づいた時にはディノはあまりにも血を失いすぎていた。歩くことも出来なくなるほど血を失ってしまったんだ」
「そんな……そんなになるまでどうして止めなかったの!」
「ディノは優しい。メイリングが貧しくて戦争をしていた事も知っていたし、他の鉱山から金が採れなくなって困っていた事も知ってたんだ。だから魔法をいつまで経っても解除しなかったんだと僕は思ってる」

 ディノはその時の事を「すっかり忘れていたんだ」なんて言っていたが、本当は違うとレックスは思っている。

「それで鉱夫達はどうなったの? 皆犠牲になったの?」
「いいや。シュタの通路を利用されていると知ったディノはメイリング王がそういう事をするだろうって事も分かってた。だから新しくシュタ同士を繋ぐ通路を急いで作ってそこに大きな転移装置を置いて鉱夫達が働いていた通路からその通路に飛ぶように設定したんだ。ディノは作った全ての通路にマントルに入る為の転移装置を置いていたから。でも沢山の人を一度に運ぶにはその転移装置に負担がかかりすぎる。だからディノはシュタのおへそに自分の眼を祀らせたんだ。誰かの祈りに反応して眼が転移装置に力を授けるようにしていた」
「……凄いね。それじゃあ全員助かったの? それで、レックスはその人達の子孫ということ?」
「うん。鉱夫達は全員無事だったよ。でも僕はその人達の子孫じゃない。僕はディノが眠ってしまう少し前に生まれ、そしてすぐに死んだ」
「え⁉」
「母さんの命を奪い、僕も死んだんだ。でも、ディノが僕の亡骸を引き取って誰にも内緒で魂をここに留めてくれたんだよ」

 そう言ってレックスは自分の胸を指差す。そんなレックスの顔をじっと見てノエルが静かに頷く。

「それがディノの最後の力だった。僕を創ってしばらくしてディノはとうとう長い眠りについた」
「それは回復する為に?」
「うん。でも目覚められなくなってしまったんだ。大切な鍵を盗まれて眼を取り出せなくなってしまった」
「盗まれた?」
「そう。僕の兄にディノの眼が置いてある部屋の鍵が盗まれた。その時僕はディノの代わりに地上に出てディノの眼をしていたんだ。だから気づかなかった」
「……2つ目のディノの眼……でもどうしてお兄さんがそんな事……」
「それは分からない。会ったことはないけれど、兄はもしかしたら僕がディノによって生かされていた事を知ってしまって僕を恨んでいたのかもしれない。僕が母さんの命を奪ったも同然なんだから」

 ポツリとレックスが言うと、ノエルは小さく首をかしげて何か考え込んでいる。

「ノエル?」
「それは……違うと思うな。レックスのお兄さんはレックスの事を恨んでなんて無かったと思うよ」
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