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第162話 実はドMなノア
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リアンの言葉にノアが振り返ると、確かに山の一部から白い煙が上がっている。何の煙かは分からないが、少なくとも火事の煙ではなさそうだ。
「火事……ではなさそうだね。あそこに何かあるのかな」
「分かんない。後で見に行く?」
「そうだね。今すぐ行きたいとこだけど、とりあえずこっちを完成させないと」
言いながらノアは簡易的なかまどを石で組み立てて行く。野生の動物避けは絶対に必須だから、最低限の火を熾す場所は確保しておかなければならない。
まぁ、大抵の場合アリスが居たら動物問題は解決するのだが、念には念を、である。
ようやくテントを張り終えた一同は二手に分かれて近辺を散策する事にした。
「確かこっちだったよね?」
「うん。あの木の辺りだよ」
ノアとリアンは二人で先程見えた煙の正体を確かめるべく山の中を歩いていた。山は思ったよりも険しく、何よりも背の高い草が多くて進むのに一苦労だ。
「もう! 鬱陶しいな! この草なんなの!?」
「山だからさ、それはしょうがないよね? リー君は本当にお座敷猫なんだから」
「どういう意味かよく分かんないけど、バカにしてる?」
「ううん、可愛いなって言ってる。はい、これで草薙ぎ払って」
ノアはそう言って腰に下げていた折りたたみ式の杖をリアンに渡した。それを受け取ったリアンは汚れるのも気にしないノアについていく。
「あんたはさ、こういうの全然気にしないんだね。汚ないの嫌いな癖に」
「まぁ慣れだよ。あと、前世ではこんな事出来なかったからね。ずっと部屋に閉じこもって仕事してたからさ、そういうのはもういいかなって」
「ふぅん。前世ではいくつで倒れたの?」
「前世? 確か27だったかな。それから何年かは僕の意識は完全にこっちに居たんだけどさ」
「……そうなんだ。大変だった? 向こうの世界って」
「楽な世界なんてどこにも無いけど、向こうはこことは違う大変さがあったかな。自由なようで全然自由じゃなかった。いっつも何かに縛られてる感じ」
「それは嫌だね。僕なんてすぐに嫌になりそう」
「ははは。うん、多分リー君には向いてないよ。アリスにも向いてないな、きっと。毎朝決められた時間に出社して上司の言いつけに従って、家に帰ったら寝るだけ。そんな毎日がずっと続いて何のために生きてるのかも分かんなくなって起業して。社長になったけどやってることは何も変わんなかったな」
起業をするまでの数年間はゲームを作りながら会社に勤めていたノアだったが、休日は隠れて夜の仕事もしていた。とにかく手っ取り早くお金を稼ぎたかったのだ。
「それ、生きてて楽しいの?」
「楽しくないよ。だから僕はこの世界にのめり込んだんだよ。まさか本当にここにやってこれるとは思ってもみなかったし、今でもたまに目覚めたら全部夢なんじゃないかって思うこともあるぐらいだよ」
「トラウマじゃん」
「ほんとにね。だからアリスに明け方ベッドから蹴り出されたら凄くホッとするよね」
「ドMじゃん」
どんだけだよ? とノアを見ると、それでもノアは楽しそうだ。
「僕、誤解されがちだけど結構ドMだよ。でなきゃアリスと結婚なんて出来ないって!」
「自分で言ってりゃ世話ないね。それにあんたの世界はもうここだよ。生まれ変わってもずーっと永遠にここ。だって、僕オズの本見ちゃったもん」
「そうなの?」
「うん。すっごい派手なあいつの名前の横にあんたの名前もキリの名前もちゃんと虹色であったよ。オズに聞いたら近くに名前がある人とは魂が近いから来世でも近い存在になる事が多いんだってさ。親子か兄弟か友人か夫婦かそれは分からないけど、同じページに僕たちの名前も全部あった。だからあんたはこれからもずっとこの世界の住人だし、あいつらはあんたと一番の仲良しで、勘弁してほしいけど僕たちも毎度近くに居ることになるんじゃない?」
別に慰めようと思って言った訳ではないが、それを聞いてノアは珍しく邪気のない笑顔を浮かべた。
「そっか。それ聞いて安心したよ。もう不安にならなくて済みそうだ」
「そだよ。あんたが不安になんなきゃなんないのはアリス工房の爆発しそうな発注の数とあいつとアミナスの今後だよ」
「言えてる。胃が痛いからどれも極力考えないようにしてるんだけどな」
「ちゃんと考えて。この騒動が終わったらまた忙しくなるんだから」
「はぁい。あ! あれじゃないかな。小屋がある」
話しながらも辺りに注視していたノアが突然その場にしゃがんだ。それを見てリアンも慌ててしゃがむと、ノアの肩越しに見える小屋を見る。
「ほんとだ。もう煙出てないね。でも誰か居そう……」
「だね。影が……見える範囲で2つ動いてる。ここに住んでるのかな」
草葉の陰から小屋をじっと見ていると、時折人の影が窓に映る。ノアは匍匐前進をして少しだけ小屋に近づき耳を澄ませた。中から男と思われる声が時々聞こえてくる。何か言い争っているのか、怒鳴り声も混じっていた。
「最低でも男二人かな。何か揉めてるみたいだよ」
リアンの所まで戻ったノアが言うと、リアンはコクリと頷いた。
「うん、聞こえたけど――」
何となく嫌な予感がしてノアを見上げると、ノアは無言で背中の剣に手をかけて次の瞬間リアンの頭を押さえつけて立ち上がり、何かに剣を突きつけた。
突然現れたノアに驚いたのか、相手は急いで飛び退り叫ぶ。
「だ、誰だ貴様! ここで何を――ノア様!?」
「あれ? 君は確か紅の騎士団の――」
「ドラセナです! ご無沙汰しております!」
「うん、ご無沙汰してます。あ、もしかしてあそこの小屋って騎士団の?」
「はい。最初は野営をしていたのですが、あまりにも地元の人たちに怪しまれるのであの小屋を買い取ったのであります! メイリングの鉱山はあまりにも多いゆえ、こうしてあちこちの鉱山に基地として小屋を買ったのであります!」
「なるほどね。で、君は伝令?」
「はい! あそこにはルーイ団長とユーゴが居るので!」
そう言ってドラセナは小屋を指差した。どうやら先程の怒鳴り声はルーイのものだったようだ。
「伝令なんてスマホで済ませればいいのに」
「リー君様もご無沙汰しています! それが、ここらへん一帯には何やら不思議な魔法がかかっているようで、スマホが使えないのです。その他の魔法も使えるものと使えないものがありまして」
「はいはい、ご無沙汰してます。そっか、ここもダメなんだね。変態、どうする?」
「僕たちが来てるって事二人には知らせておいた方がいいかもね。でないとどっかでかちあってアリスがうっかり攻撃したりしたら大変だし」
「そだね。じゃ、行こ」
リアンはそう言って小走りで小屋に向かう。その後をノアと伝令がついていくと、誰かが小屋から飛び出してきた。
「もうお前とはやってられん!」
「いいですよぉ~別にぃ~。そんな事言って料理の一つも出来なくてすぐに泣きついて来るんすからぁ~」
「そ、それは言うな!」
「……何やってんの、あんた達」
小屋から飛び出して来たのはフリルのついたエプロンを付けたルーイだ。その後からやっぱりフリルを付けたユーゴがお玉をくるくる回しながら出てきた。
リアンが呆れて声をかけると、二人はハッとしてこちらを見てゴクリと息を飲む。
「ど、どうしてお二人がここに……?」
「アメリア探しだよ。二人は……料理中?」
ノアが尋ねるとルーイは急いでエプロンを取り、ユーゴは慌ててお玉を背中に隠している。
「いや、もう見えたから。いまさら隠しても遅いから。ていうか、何か焦げてない?」
「しまった! シチューが!!」
「火事……ではなさそうだね。あそこに何かあるのかな」
「分かんない。後で見に行く?」
「そうだね。今すぐ行きたいとこだけど、とりあえずこっちを完成させないと」
言いながらノアは簡易的なかまどを石で組み立てて行く。野生の動物避けは絶対に必須だから、最低限の火を熾す場所は確保しておかなければならない。
まぁ、大抵の場合アリスが居たら動物問題は解決するのだが、念には念を、である。
ようやくテントを張り終えた一同は二手に分かれて近辺を散策する事にした。
「確かこっちだったよね?」
「うん。あの木の辺りだよ」
ノアとリアンは二人で先程見えた煙の正体を確かめるべく山の中を歩いていた。山は思ったよりも険しく、何よりも背の高い草が多くて進むのに一苦労だ。
「もう! 鬱陶しいな! この草なんなの!?」
「山だからさ、それはしょうがないよね? リー君は本当にお座敷猫なんだから」
「どういう意味かよく分かんないけど、バカにしてる?」
「ううん、可愛いなって言ってる。はい、これで草薙ぎ払って」
ノアはそう言って腰に下げていた折りたたみ式の杖をリアンに渡した。それを受け取ったリアンは汚れるのも気にしないノアについていく。
「あんたはさ、こういうの全然気にしないんだね。汚ないの嫌いな癖に」
「まぁ慣れだよ。あと、前世ではこんな事出来なかったからね。ずっと部屋に閉じこもって仕事してたからさ、そういうのはもういいかなって」
「ふぅん。前世ではいくつで倒れたの?」
「前世? 確か27だったかな。それから何年かは僕の意識は完全にこっちに居たんだけどさ」
「……そうなんだ。大変だった? 向こうの世界って」
「楽な世界なんてどこにも無いけど、向こうはこことは違う大変さがあったかな。自由なようで全然自由じゃなかった。いっつも何かに縛られてる感じ」
「それは嫌だね。僕なんてすぐに嫌になりそう」
「ははは。うん、多分リー君には向いてないよ。アリスにも向いてないな、きっと。毎朝決められた時間に出社して上司の言いつけに従って、家に帰ったら寝るだけ。そんな毎日がずっと続いて何のために生きてるのかも分かんなくなって起業して。社長になったけどやってることは何も変わんなかったな」
起業をするまでの数年間はゲームを作りながら会社に勤めていたノアだったが、休日は隠れて夜の仕事もしていた。とにかく手っ取り早くお金を稼ぎたかったのだ。
「それ、生きてて楽しいの?」
「楽しくないよ。だから僕はこの世界にのめり込んだんだよ。まさか本当にここにやってこれるとは思ってもみなかったし、今でもたまに目覚めたら全部夢なんじゃないかって思うこともあるぐらいだよ」
「トラウマじゃん」
「ほんとにね。だからアリスに明け方ベッドから蹴り出されたら凄くホッとするよね」
「ドMじゃん」
どんだけだよ? とノアを見ると、それでもノアは楽しそうだ。
「僕、誤解されがちだけど結構ドMだよ。でなきゃアリスと結婚なんて出来ないって!」
「自分で言ってりゃ世話ないね。それにあんたの世界はもうここだよ。生まれ変わってもずーっと永遠にここ。だって、僕オズの本見ちゃったもん」
「そうなの?」
「うん。すっごい派手なあいつの名前の横にあんたの名前もキリの名前もちゃんと虹色であったよ。オズに聞いたら近くに名前がある人とは魂が近いから来世でも近い存在になる事が多いんだってさ。親子か兄弟か友人か夫婦かそれは分からないけど、同じページに僕たちの名前も全部あった。だからあんたはこれからもずっとこの世界の住人だし、あいつらはあんたと一番の仲良しで、勘弁してほしいけど僕たちも毎度近くに居ることになるんじゃない?」
別に慰めようと思って言った訳ではないが、それを聞いてノアは珍しく邪気のない笑顔を浮かべた。
「そっか。それ聞いて安心したよ。もう不安にならなくて済みそうだ」
「そだよ。あんたが不安になんなきゃなんないのはアリス工房の爆発しそうな発注の数とあいつとアミナスの今後だよ」
「言えてる。胃が痛いからどれも極力考えないようにしてるんだけどな」
「ちゃんと考えて。この騒動が終わったらまた忙しくなるんだから」
「はぁい。あ! あれじゃないかな。小屋がある」
話しながらも辺りに注視していたノアが突然その場にしゃがんだ。それを見てリアンも慌ててしゃがむと、ノアの肩越しに見える小屋を見る。
「ほんとだ。もう煙出てないね。でも誰か居そう……」
「だね。影が……見える範囲で2つ動いてる。ここに住んでるのかな」
草葉の陰から小屋をじっと見ていると、時折人の影が窓に映る。ノアは匍匐前進をして少しだけ小屋に近づき耳を澄ませた。中から男と思われる声が時々聞こえてくる。何か言い争っているのか、怒鳴り声も混じっていた。
「最低でも男二人かな。何か揉めてるみたいだよ」
リアンの所まで戻ったノアが言うと、リアンはコクリと頷いた。
「うん、聞こえたけど――」
何となく嫌な予感がしてノアを見上げると、ノアは無言で背中の剣に手をかけて次の瞬間リアンの頭を押さえつけて立ち上がり、何かに剣を突きつけた。
突然現れたノアに驚いたのか、相手は急いで飛び退り叫ぶ。
「だ、誰だ貴様! ここで何を――ノア様!?」
「あれ? 君は確か紅の騎士団の――」
「ドラセナです! ご無沙汰しております!」
「うん、ご無沙汰してます。あ、もしかしてあそこの小屋って騎士団の?」
「はい。最初は野営をしていたのですが、あまりにも地元の人たちに怪しまれるのであの小屋を買い取ったのであります! メイリングの鉱山はあまりにも多いゆえ、こうしてあちこちの鉱山に基地として小屋を買ったのであります!」
「なるほどね。で、君は伝令?」
「はい! あそこにはルーイ団長とユーゴが居るので!」
そう言ってドラセナは小屋を指差した。どうやら先程の怒鳴り声はルーイのものだったようだ。
「伝令なんてスマホで済ませればいいのに」
「リー君様もご無沙汰しています! それが、ここらへん一帯には何やら不思議な魔法がかかっているようで、スマホが使えないのです。その他の魔法も使えるものと使えないものがありまして」
「はいはい、ご無沙汰してます。そっか、ここもダメなんだね。変態、どうする?」
「僕たちが来てるって事二人には知らせておいた方がいいかもね。でないとどっかでかちあってアリスがうっかり攻撃したりしたら大変だし」
「そだね。じゃ、行こ」
リアンはそう言って小走りで小屋に向かう。その後をノアと伝令がついていくと、誰かが小屋から飛び出してきた。
「もうお前とはやってられん!」
「いいですよぉ~別にぃ~。そんな事言って料理の一つも出来なくてすぐに泣きついて来るんすからぁ~」
「そ、それは言うな!」
「……何やってんの、あんた達」
小屋から飛び出して来たのはフリルのついたエプロンを付けたルーイだ。その後からやっぱりフリルを付けたユーゴがお玉をくるくる回しながら出てきた。
リアンが呆れて声をかけると、二人はハッとしてこちらを見てゴクリと息を飲む。
「ど、どうしてお二人がここに……?」
「アメリア探しだよ。二人は……料理中?」
ノアが尋ねるとルーイは急いでエプロンを取り、ユーゴは慌ててお玉を背中に隠している。
「いや、もう見えたから。いまさら隠しても遅いから。ていうか、何か焦げてない?」
「しまった! シチューが!!」
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