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第189話 対等、という事

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「これから話すのはディノがまだ地上に居た時の話だ。ディノは世界の終焉を見たせいで最低限の知識だけを生物達に与えて全ての動物から距離を取り、地下に穴を掘って暮らしていた。自分の存在が世界を滅亡させてしまったという事を、ディノは知っていたからだ。地下に潜ったディノが出会ったのは星そのものだった。その頃はまだディノも星も幼く、一度壊れてしまった世界に対してまだ夢や希望を持っていた。二人は沢山話してヴァニタスの正体が救われなかった魂の集合体だと言うことに気づくなり、妖精王の加護を持たない者たちを保護するための穴をあちこちに創った。彼らだけが起動することが出来る、転移魔法がかかった不思議な鉱石を出入り口に置いたんだ。ひたすらその作業を繰り返して地下の楽園が出来上がりそうになった頃、ある一人の男がここに迷い込んできた。彼は地下の世界を見て大層驚いた。何せ通路の壁は金で出来ていたし、その金に混じってあちこちに宝石が埋まっていたのだから。ディノは久しぶりに見る人間に少しだけ嬉しくなってしまった。男はある日、気づけばこの世界に居たと言う。いわゆる姉妹星からやってきた人だったんだ。妖精王の加護がない人間だからこそディノの道を見つける事が出来たんだと思う。男はいつも泣いていた。あちらの世界に帰りたい、と。あちらに置いてきてしまった家族に会いたいのだと。男はとても正直者で、良い人間だった。ディノはそれを聞いてどうにか男の願いを叶えようとした。彼にまとまった宝石を渡し、空いていた土地を開拓してやったんだ。それが今のメイリング。だからメイリングにはディノの世界に繋がる道が沢山あったんだ。ディノがこの星から出る方法を探す間、男が生活に困らないようにする為だった。けれど、いつまでもその方法は見つからなかった。どうにか星の外に声を届ける事には成功したけれど、肝心の星の外に出る方法が見つからなかったんだ。何年も経って男は少しずつ変わっていった。姉妹星に置いてきた家族の話をしなくなり、ディノの坑道から宝石を勝手に取るようになっていったんだ。星はディノを止めた。もうあの男に関わるのを止めろ、と。でもディノはそれを聞かなかった。信じたかったんだ、ディノは。それからもディノは男が姉妹星に帰る方法を探した。その間に男はいつの間にかメイリングに城を建て、メイリングの王になっていたんだ」

 一気にそこまで話したレックスは、もう一度お茶を飲んで一息ついた。ディノの悲しいという感情が流れ込んでくる。二度も裏切られたディノの悲しみは計り知れないが、それでもまだ生物を信じたいという思いも一緒に流れ込んでくる。

 そんな感情に引きずられて思わず俯こうとしたレックスの眼の前で、突然アリスが立ち上がった。

「ディノは……お花畑なのかな!?」
「へ?」

 突然のアリスの言葉に思わずレックスはアリスを見上げると、何故かアリスは怒っている。思わずマヌケな声を出したレックスだったが、数人を除いてレックスと同じような顔をしている。

「お、お主……今の話を聞いてよくそんな感想が出るな!?」

 思わず涙ぐみそうになった涙も引っ込んでしまったではないか! 妖精王が怒鳴ると、アリスはフンと鼻を鳴らす。

「だってそうでしょ? どんな生き物でも気は抜いちゃ駄目だよ! 悪気は無くても大惨事になりかねないんだからね!」
「……えっと……?」

 アリスが一体何を言おうとしているのか分からなくてレックスが首を傾げると、ノアが噴き出した。

「アリスはね、すっごく慣れた動物だって、たまには噛みついてくる事もあるよって言いたいんだよ」
「それはその通りですね。何が引き金になって相手の気に障るのかは分かりませんし、飼い犬に手を噛まれるという言葉もあるぐらいです。相手が人間だろうがドラゴンだろうが、気を抜いてはいけません。相手の事を思うのであれば余計に」
「ディノは優しいと思うよ。でもね、全部ディノがやってあげる必要なんて無かったんだよ。その人はある日突然姉妹星から飛ばされて戸惑っただろうし家族にも会いたかったと思うけど、その人にとってはディノは初めての友達だったのに、何でもかんでもやってあげたらそれは友達じゃないよ。ディノはしてあげるばっかりでその人とちゃんと話をしなかったんじゃないのかなぁ?」
「……」

 アリスの言葉にレックスは目を丸くしてディノは黙り込んだ。そんな二人に追い打ちをかけるようにノアがニコッと笑って言う。

「アリスの言う通りとんだ上から目線だよね? まぁ実際上なんだけど、そういう所はやっぱり妖精王とそっくりだよ。自分のせいで世界がどうにかなっただなんて奢りすぎじゃない? 世界を操るほどの力がある人達は少し僕たちを侮りすぎだよ。馬鹿にするのも大概にしてほしいよね。口ではなんとでも言える。友人になりたかった。助けてやりたかったってさ。でも蓋を開けたらディノがやった事はその男に施しを与えただけだよ。だからこんなややこしい事になったんだって自覚してほしいね。ディノは賢いんだろうと思う。でも疑うって事と寄り添うって事を知らなさすぎる。僕たちはディノの思い出話を聞きたい訳じゃないんだよ。その男についての話を聞きたいんだ」
「言うねぇ。レックスそんな顔するなよ。ノアは別にお前に言ったわけじゃない。それにそれは俺も言いたかった。ディノは優しすぎて使えない。世界を救いたいって本当に思うなら、今回の事が片付くまでもうちょっと悪知恵働かせな」
「まさかオズにフォローされるなんてね。レックス、ごめん。君に言ったわけじゃないんだよ。だからそんな顔しないで」
「うん……分かってる、けど」

 何となくディノの悪口を言われたみたいでしょんぼりしていたレックスの中に、ディノの驚きの感情が流れ込んでくる。

 それに気づいたレックスがハッとして顔を上げると、続いて何故かディノはスッキリしたとでも言いたげに喜んだのだ。

「ディノ……喜んでる……何故……」
「え、ディノってドMなの?」
「リー君! シッす!」

 ポツリと言ったレックスにリアンは思わずいつものように突っ込んでしまったが、それをオリバーが慌てて止めた。そんな二人を横目に静かにキリが言う。

「こんな風に言ってくれる人がディノの周りには居なかったのではないですか。皆、ディノの言うことを聞くばかりで誰も対等に話してくれる人など居なかった。だから喜んでいるのでは?」
「そういう……ものなのかな? 叱られたのに?」
「そういうものよ、レックス。私もアリスに出会うまでは親友と呼べるような人は居なかったの。だから無自覚に周りよりも自分は上だなんて思い込んでいたのよ」
「王妃が?」
「ええ。だって誰も私に意見しないんだもの。ただ公爵家に生まれただけなのに、いつの間にかそれを自分の力だと思ってしまっていたの。今思えば恥ずかしい話なんだけど」

 言いながら恥ずかしそうに困ったように眉を下げたキャロラインを見て、レックスは頷く。

「それは悪いこと?」
「そうね。アリスに出会ってそれはいけない事だと気づいたわ。何よりも大切なのは自分の考えや信念を持つこと。流されないこと。自分の価値は自分で高める事だと思うの。生まれや肩書なんかに惑わされずにね」
「まぁそれが理由で私たちは散々ループを繰り返した訳ですからね。あのまま進んでいたらと思うとゾッとしますよ」

 苦笑いを浮かべたアランに英雄たちは全員が頷いた。

「ノア様の言う通り、ディノの思い出話は今はいいです。それは全て片付いたらゆっくりと語っていただいて、今はとりあえず秘密箱とあの文字にまつわる話を聞かせてください」
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