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第196話 逃げ出した娘
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しかしその匂いがこの庭からするとはどういう事だ?
レックスは首を傾げてアミナスの手を引いた。
「とりあえず今日は戻ろう。明日、春の庭に出て確かめてみよう」
「うん! それじゃあね、ディノ! また遊びに来るね!」
そう言ってアミナスはレックスの手を取って意気揚々と歩き出した。そんなアミナスにレックスも苦笑いを浮かべた。
一方レヴィウス城に戻ったキャロライン達はラルフ達をもう一度呼び出して深夜の会議をしていた。
「――と、言うわけなんだ」
ルイスが地下で聞いた話を自分たちの事は伏せてラルフ達にすると、三人は深く頷いて黙り込んだ。そんな中、一番に口を開いたのはオルトだ。
「なるほど。この世界の秘密か。今の話を聞く限り、やはりメイリングの実験とやらにドラゴンの始祖や不思議な地下を巻き込もうとしているとしか思えないな」
「ああ、俺たちもそうだと思う。ただミアが気づいたようにオズワルドの今後も気になるんだが」
顔をしかめて言うルイスにカインが頷いた。
「ついでに言うとメイリングはその実験とやらに恐らく生きた人間を使ってる。しかも奴隷に手を出した奴らを」
「つまり、元々その実験に使うために奴隷に手を出させたということか?」
ラルフの言葉にカインは何かを思い出すかのように話しだした。
「この計画はそもそも何百年も前から始まっていたらしい。てことは、そう考えるのが筋かなって思うだけなんだけど。何故そんな事をしてるのかは……分からないんだ」
「ふむ……奴隷を買った事で何かが変わるのか? それとも体裁を保つためか?」
「私は思うの。ヴァニタスという概念について少し考えてみたのだけれど、ヴァニタスの正体は救われなかった魂なのでしょう? ではそのヴァニタスが成長するためには何が必要なのかしら? って」
「ん? 妖精の加護から外れた魂だろう?」
「そうなんだけれど、それだけなのかしら? 概念ということは姿や形は無いと言うことよね? そしてオズワルドは意識に引きずられたんじゃなかって話を聞いて、もしかしたらヴァニタスは負の感情そのものを糧にするのではないかしらって思ったのよ」
「一理ある。奴隷を買ったという背徳感情を利用している?」
セイがお茶を飲みながら言うと、オルトが続く。
「それだけじゃないぞ。悪魔のような所業を奴隷たちに行うことによって優越感や支配欲、そういうものも含まれているのかもしれない」
「集合意識を破滅に向かわせるって事か……これは一筋縄じゃいかないよなぁ」
そんなものをどうやってコントロールすればいいというのだ。一度染み付いた負の感情を振り払うのは容易くない。
「ここで考えていても埒があかないな! 俺たちが出来るのはアンソニー王達よりも先に逃げ出した貴族の娘とやらを保護する事だ!」
黙り込んでしまった仲間たちを見てルイスが拳を握りしめて立ち上がると、そんな様子を見てキャロラインとカインが苦笑いを浮かべた。
「頼もしいわ、ルイス」
「ルイス、何だかどんどんアリスちゃんに似てくんな」
「そ、それは褒め言葉ではないよな?」
「いや、今回は褒めてる。そうだな。とりあえず俺たちは目先の出来ることをコツコツ潰していくしかないもんな。少しでも先読んであっちよりも素早く行動するしかないんだから」
「そうね! 何百年前から練られた計画だとしても、たとえ敵が強大でも私たちは未来の為に諦める訳にはいかないんですものね!」
ルイスに感化されて立ち上がったキャロラインを見て、ルイスは目を輝かせたがそれ以外の人たちは皆呆れた顔をしている。
「王妃も十分アリスっぽい」
セイがポツリというと、ラルフも頷く。
「言えてるな」
「はぁ……お花畑がどんどん増殖していく……」
制御するべき立場のカインががっくりと項垂れると、慰めるかのようにオルトが無言で叩いてくれた。その手には「ドンマイ!」という意味合いが含まれているようでカインはさらに項垂れたのだった。
その頃ミアは自室でキリと深夜のビデオ電話をしていた。
「キリさん、そういう訳なので明日は私、ちょっと街まで下りて偵察してきます」
『それはミアさんがしないといけないのですか? いえ、分かっています。ミアさんの情報収集能力は今使うべきだと言うことは理解しています。ですが……』
「キリさん……」
キリは基本的にはミアのやりたいことに口出しをしたりはしないけれど、今回は事情が事情なだけに流石のキリも止めたいようだ。
しばらくそのまま無言だった二人だが、ようやくキリが大きなため息をついて言った。
『わかりました。ですが、決して一人では行かないでください。本当は絶対に嫌ですが、この際誰でもいいので腕っぷしの強い騎士団の何人かも連れて行ってください』
「そんな何人も連れて行ったら逆に怪しまれてしまいます。大丈夫です。明日はティナさんとエリスさんが付き合ってくれるので」
キリが絶対に渋ることは分かっていたので、あらかじめミアは地下に拉致される前にティナに頼んでおいたのだ。もちろんティナは快諾してくれたうえにその場でエリスにまで声をかけてくれた。
『師匠とティナさんが? そうですか。それは安心ですね。わかりました。では明日もいつものように定期報告お願いします。俺もするので』
「はい! あ、あとキリさんの好きなチョコレートの専門店にも行くのでお土産も買ってきますね!」
何気なくミアが言うと、キリはあからさまに目だけを輝かせた。顔は相変わらず無表情なので分かり辛いが、これは相当喜んでいる。
『それは楽しみにしています。お嬢様ではありませんが、やはりカカオの原産地によってチョコレートの味も変わるので。加工の仕方も店によって違いますし何よりも――』
「……」
うっかりチョコレートの話をキリに振ってしまったばっかりに、その後もミアは小一時間ほどキリのチョコレート談義を聞く羽目になってしまったのは言うまでもない。
翌朝ミアは古株メイドに呼び出され、突然の休暇をもらった。
というのも、昨日のうちにエリスが古株メイドに話をつけてくれていたようなのだ。どうやって今日の休みをもぎ取ろうかと思っていたミアには渡りに船だった。
ミアが急いで支度をしてキリとキャロラインにメッセージを送って城の前で待っていると、通りの向こうからしっかり変装したティナとエリスがこちらに向かって手を振っているのが見えた。
「ティナさん! エリスさん!」
二人に会うのは久しぶりでも何でもないが、そういう小芝居を打っておけと言われたミアは精一杯小芝居をする。
そんなミアを見て二人は颯爽と通りを渡ってあっという間にミアの前に辿り着き、挨拶もそこそこにそのまま街に向かって歩き出す。
「昨日ぶりだな、ミア。目の下に隈が出来ているが寝不足か?」
そう言ってティナがそっとミアの目の下をなぞると、ミアは恥ずかしそうにスマホを握りしめている。それを見てティナはニヤリと笑った。
「ああ、キリか。あいつはお前の前ではデレデレだものな」
「そ、そんな事……」
ない、とは言い切れない程度にはキリのミアに対する態度は他の人とは全然違う。そういう意味ではミアはよくある旦那の女性関係に全く悩んだ事はない。幸せな事である。最近のもっぱらの悩みと言えば少しだけ知恵がついてきたアニーのいたずらぐらいだ。
レックスは首を傾げてアミナスの手を引いた。
「とりあえず今日は戻ろう。明日、春の庭に出て確かめてみよう」
「うん! それじゃあね、ディノ! また遊びに来るね!」
そう言ってアミナスはレックスの手を取って意気揚々と歩き出した。そんなアミナスにレックスも苦笑いを浮かべた。
一方レヴィウス城に戻ったキャロライン達はラルフ達をもう一度呼び出して深夜の会議をしていた。
「――と、言うわけなんだ」
ルイスが地下で聞いた話を自分たちの事は伏せてラルフ達にすると、三人は深く頷いて黙り込んだ。そんな中、一番に口を開いたのはオルトだ。
「なるほど。この世界の秘密か。今の話を聞く限り、やはりメイリングの実験とやらにドラゴンの始祖や不思議な地下を巻き込もうとしているとしか思えないな」
「ああ、俺たちもそうだと思う。ただミアが気づいたようにオズワルドの今後も気になるんだが」
顔をしかめて言うルイスにカインが頷いた。
「ついでに言うとメイリングはその実験とやらに恐らく生きた人間を使ってる。しかも奴隷に手を出した奴らを」
「つまり、元々その実験に使うために奴隷に手を出させたということか?」
ラルフの言葉にカインは何かを思い出すかのように話しだした。
「この計画はそもそも何百年も前から始まっていたらしい。てことは、そう考えるのが筋かなって思うだけなんだけど。何故そんな事をしてるのかは……分からないんだ」
「ふむ……奴隷を買った事で何かが変わるのか? それとも体裁を保つためか?」
「私は思うの。ヴァニタスという概念について少し考えてみたのだけれど、ヴァニタスの正体は救われなかった魂なのでしょう? ではそのヴァニタスが成長するためには何が必要なのかしら? って」
「ん? 妖精の加護から外れた魂だろう?」
「そうなんだけれど、それだけなのかしら? 概念ということは姿や形は無いと言うことよね? そしてオズワルドは意識に引きずられたんじゃなかって話を聞いて、もしかしたらヴァニタスは負の感情そのものを糧にするのではないかしらって思ったのよ」
「一理ある。奴隷を買ったという背徳感情を利用している?」
セイがお茶を飲みながら言うと、オルトが続く。
「それだけじゃないぞ。悪魔のような所業を奴隷たちに行うことによって優越感や支配欲、そういうものも含まれているのかもしれない」
「集合意識を破滅に向かわせるって事か……これは一筋縄じゃいかないよなぁ」
そんなものをどうやってコントロールすればいいというのだ。一度染み付いた負の感情を振り払うのは容易くない。
「ここで考えていても埒があかないな! 俺たちが出来るのはアンソニー王達よりも先に逃げ出した貴族の娘とやらを保護する事だ!」
黙り込んでしまった仲間たちを見てルイスが拳を握りしめて立ち上がると、そんな様子を見てキャロラインとカインが苦笑いを浮かべた。
「頼もしいわ、ルイス」
「ルイス、何だかどんどんアリスちゃんに似てくんな」
「そ、それは褒め言葉ではないよな?」
「いや、今回は褒めてる。そうだな。とりあえず俺たちは目先の出来ることをコツコツ潰していくしかないもんな。少しでも先読んであっちよりも素早く行動するしかないんだから」
「そうね! 何百年前から練られた計画だとしても、たとえ敵が強大でも私たちは未来の為に諦める訳にはいかないんですものね!」
ルイスに感化されて立ち上がったキャロラインを見て、ルイスは目を輝かせたがそれ以外の人たちは皆呆れた顔をしている。
「王妃も十分アリスっぽい」
セイがポツリというと、ラルフも頷く。
「言えてるな」
「はぁ……お花畑がどんどん増殖していく……」
制御するべき立場のカインががっくりと項垂れると、慰めるかのようにオルトが無言で叩いてくれた。その手には「ドンマイ!」という意味合いが含まれているようでカインはさらに項垂れたのだった。
その頃ミアは自室でキリと深夜のビデオ電話をしていた。
「キリさん、そういう訳なので明日は私、ちょっと街まで下りて偵察してきます」
『それはミアさんがしないといけないのですか? いえ、分かっています。ミアさんの情報収集能力は今使うべきだと言うことは理解しています。ですが……』
「キリさん……」
キリは基本的にはミアのやりたいことに口出しをしたりはしないけれど、今回は事情が事情なだけに流石のキリも止めたいようだ。
しばらくそのまま無言だった二人だが、ようやくキリが大きなため息をついて言った。
『わかりました。ですが、決して一人では行かないでください。本当は絶対に嫌ですが、この際誰でもいいので腕っぷしの強い騎士団の何人かも連れて行ってください』
「そんな何人も連れて行ったら逆に怪しまれてしまいます。大丈夫です。明日はティナさんとエリスさんが付き合ってくれるので」
キリが絶対に渋ることは分かっていたので、あらかじめミアは地下に拉致される前にティナに頼んでおいたのだ。もちろんティナは快諾してくれたうえにその場でエリスにまで声をかけてくれた。
『師匠とティナさんが? そうですか。それは安心ですね。わかりました。では明日もいつものように定期報告お願いします。俺もするので』
「はい! あ、あとキリさんの好きなチョコレートの専門店にも行くのでお土産も買ってきますね!」
何気なくミアが言うと、キリはあからさまに目だけを輝かせた。顔は相変わらず無表情なので分かり辛いが、これは相当喜んでいる。
『それは楽しみにしています。お嬢様ではありませんが、やはりカカオの原産地によってチョコレートの味も変わるので。加工の仕方も店によって違いますし何よりも――』
「……」
うっかりチョコレートの話をキリに振ってしまったばっかりに、その後もミアは小一時間ほどキリのチョコレート談義を聞く羽目になってしまったのは言うまでもない。
翌朝ミアは古株メイドに呼び出され、突然の休暇をもらった。
というのも、昨日のうちにエリスが古株メイドに話をつけてくれていたようなのだ。どうやって今日の休みをもぎ取ろうかと思っていたミアには渡りに船だった。
ミアが急いで支度をしてキリとキャロラインにメッセージを送って城の前で待っていると、通りの向こうからしっかり変装したティナとエリスがこちらに向かって手を振っているのが見えた。
「ティナさん! エリスさん!」
二人に会うのは久しぶりでも何でもないが、そういう小芝居を打っておけと言われたミアは精一杯小芝居をする。
そんなミアを見て二人は颯爽と通りを渡ってあっという間にミアの前に辿り着き、挨拶もそこそこにそのまま街に向かって歩き出す。
「昨日ぶりだな、ミア。目の下に隈が出来ているが寝不足か?」
そう言ってティナがそっとミアの目の下をなぞると、ミアは恥ずかしそうにスマホを握りしめている。それを見てティナはニヤリと笑った。
「ああ、キリか。あいつはお前の前ではデレデレだものな」
「そ、そんな事……」
ない、とは言い切れない程度にはキリのミアに対する態度は他の人とは全然違う。そういう意味ではミアはよくある旦那の女性関係に全く悩んだ事はない。幸せな事である。最近のもっぱらの悩みと言えば少しだけ知恵がついてきたアニーのいたずらぐらいだ。
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