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第212話 地上に出たオピウムポピー

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「確率?」
「そう。例えば赤ちゃんが無事に生まれるようにって春の庭で祈ると、大抵赤ちゃんは無事に生まれる。怪我をした人たちが早く良くなるようにって夏の庭で祈ると怪我の治りが早くなる。そんな感じ」
「す、凄い庭。ディノの加護がないとその作用が強くあらわれるって事?」
「そういう事。それぐらい強い魔法をかけないと、ここにある植物の時間を止める事が出来なかった。本来の目的は種の保存だったんだ。それがいつの間にか人々にも作用する事が分かった。だからその恩恵を受けてたってだけ」

 レックスの言葉に皆は感心したように頷いた。

 元々ディノも妖精王と同じ様に自然に生まれて進化し淘汰されるのは仕方の無い事だと分かっていたが、いつかまた世界が終わった時の為の種の保存をしていた庭がディノの庭なのだ。

「なるほどな。種の保存か。そうか、そういうのをしておけば悲しい想いをしなくて済んだのだな」

 いくつもの種が滅んだのをその目で見てきた妖精王がポツリと言うと、オズワルド以外が全員悲しそうに視線を伏せる。

「種が滅びるのはそんなに悲しいのか?」
「悲しい。もう二度と会えなくなるのだぞ。進化したのなら名残は残るが、絶滅はその名残すら残さない。完全な無だ。それは……二度と会えないと言うことだ」

 今の妖精王はまだ若い。それを仕方ないと片付けられるほど達観もしていない。

 けれどこのディノの庭を見て思った。星と共に生きるということは、こういう事ではなかったのだろうか、と。

 本来であればこれは妖精王の仕事だ。自分も含めて今までの妖精王はそれを怠ったのだ。そりゃディノも怒って地下に身を隠す。

 妖精王は俯いたまま春の庭から香ってくる花の匂いを嗅ぎながら呟いた。

「ディノ、すまなかったな……これは我の仕事だった。全てお前に任せてしまって……すまなかった」

 そう呟いた途端に春の庭の花が一斉に揺れた。それはまるで妖精王の謝罪を受け入れてくれたようだった。

「ねぇねぇ兄さま、ちょっと目を瞑ってみて?」

 ベソベソしている妖精王を他所にアミナスはノエルの手を引いて春の庭に入ると、じっとノエルを見上げた。

「ん? 目を瞑るの? こう?」
「うん。ねぇ、あの花の匂いしない? 母さまと父さまが絶対に触っちゃ駄目って言ってた、あのオピリアって花!」
「えー? ……あ……本当だ……よく気づいたね! レックス、もしかしてここにオピリアがある?」
「オピリア? どれだろう、ちょっと分からない。聞いた事無い名前だけど」

 言いながらレックスは春の庭を見渡した。元々今日ここにやってきたのは、昨日アミナスが危ない花の匂いがすると言ったからだ。ノエルにもその匂いがすると言うのなら、やはりここにはその毒花があるのだろう。

「おい二人共、それはどんな花なんだ? というよりも何故そんな危ない花の匂いを知っているんだ?」

 不思議そうに尋ねてきたライアンにノエルはバセット家の家訓を丁寧に説明してやった。

「そ、そうか。流石バセット家だな。で、それがここにあるのか? どんな匂いなんだ?」
「えっとね、酸っぱいような不思議な匂いだよ。でも変だな。あれは確か種を傷つけないと臭わないはずなんだ。花はポピーによく似てて――」
「ポピー? それならこっちにある」

 ノエルの言葉を聞いてレックスは庭の中を歩き出した。そんなレックスの後を皆がついてくる。

 やがてレックスは足を止めて綺麗に整頓された花壇を指さした。

「あれ。あれがオピウムポピー」
「あれって……それにオピウムポピーって、あの稲の部屋にあったやつ?」
「うん。あそこでは勝手に自生してるけど。ああ、坊主が出来てる」
「坊主?」
「うん、これの事。本当は秋に出来るんだけど、もしかしたら時間が流れ出してるのかもしれない。ディノを早く起こさなきゃ」

 レックスがそう言ってオピウムポピーの果実に触ろうとすると、それをアミナスがしがみついて止めた。

「触っちゃ駄目! 兄さま!」
「うん。どこだろう?」

 レックスはアミナスに任せてノエルはオピウムポピーの果実を鼻と口を塞いであちこちから見回した。

「あった! レオ、カイ」
「はい」

 ノエルに呼ばれたレオとカイは持っていた手袋をつけてノエルの元まで行くと、徐にオピウムポピーの果実を掘り返し始めた。

「駄目だよ、ディノの庭でそんな事したら――」
「これがオピリアなんだよ! この果実から出るこの汁が危ないんだ! ディノに伝えて、レックス!」
「わ、分かった」

 珍しいノエルの剣幕に驚いたレックスはすぐさまディノに思念を送った。するとすぐさまディノから抜いていいというイメージが伝わってくる。

「抜いていいって。どうやって処理するの?」
「何かに入れて燃やす。煙とかも吸い込まない方がいいと思う」
「じゃあ核に放り込むよ。他のも抜いた方がいい?」

 レックスが問うと、ノエルは悲しそうに微笑んで隣のオピウムポピーの花を撫でた。

「ううん、この子はたまたま果実に傷がついちゃっただけだから。他の子達はそんな事ないし、そもそも精製しなきゃ大丈夫。でも念には念を入れてこの子だけは抜いておくよ。あの稲の部屋のもちゃんと見てくれば良かった……」
「あの部屋はもう完全に閉じてきたから表に出てくる事はない。でも秋の庭も見ておいた方がいいかな」
「秋の庭には果実が沢山あるの?」
「うん。実りの庭だから。もしかしたら傷ついた果実が他にもあるかもしれない」
「そっか。じゃあ後で見に行こう。でも……どうして絶滅したはずのオピウムポピーが地上にあったんだろう……?」

 問題はここのポピーではない。何故それらが地上に出ていたのかと言うことだ。ダイアウルフはまだ分かる。自分で動くことが出来るのだからうっかり地上に出る事もあるだろう。

 けれど植物はそうはいかないはずだ。誰かがここから持ち出さない限りは。

「おい、お前たち大丈夫なのか? 俺たちも近寄って大丈夫か?」

 離れた場所からライアンが声をかけるとノエルが頷いた。ノエルとアミナスが駆け出した時に一緒に駆け寄ろうとしたらレオとカイに肘鉄を食らって止められたのだ。

 思い切り肘鉄を食らったライアンはお腹を押さえながらノエル達の元に向かおうとしてふとオズワルドの異変に気づいた。

「どうかしたのか? オズワルド」
「……あっちに何か居る」
「え?」

 それを聞いたライアンは急いでルークとリーゼロッテの手を引っ張ってオズワルドの後ろに隠れて後ろから顔だけをそっと出してオズワルドの視線の先を辿った。

 よく見るとバラの花が巻き付いた美しい東屋に何かが蠢いている。

「な、何なんだ?」
「分からない。ここに居ろ。見てくる」

 オズワルドがそう言って歩き出そうとしたその時、東屋の天井から何かがドサリと落ちてきた。

「ひいっ! ひ、人……人!」

 遠目でその光景を見ていたライアンが叫ぶと、隣に居たルークもブルブル震えていた。そんな光景をオズワルドは怖い顔をして睨みつけている。

「見てくる」

 冷たい声で言ったオズワルドは足早に東屋に近づいて、今しがた落ちてきた女を覗き込んだ。呼吸はしているが意識は完全に無いようだ。そのまま天井を見上げると、そこにはぽっかり穴が開いている。

「オズ?」

 急に怖い顔をして歩き去ったオズワルドの後をライアンが止めるのも聞かずにリーゼロッテは追いかけたが、近寄ろうとした所でオズワルドに止められてしまった。

「リゼ下がって。この東屋は外に繋がってる。おい妖精王、こいつらを退けろ。東屋に結界を張る」
「退けろ? 一体何が――何だこれは!? あ、赤子じゃないか!」
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