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第220話 支配される側と支配する側

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「それじゃあレックス、俺たちは左回りに部屋を巡回する。重点的にどこを調べればいい?」
「自由に入る事が出来るのは各庭と各部屋だけ。鉱石の部屋へはディノの審判を受けないと入れない。あとは食料庫とかは自由に入れる」
「分かった。ピンはあといくつ足りなかった?」
「8本かな」
「8本か。それじゃあ行ってくる。そっちに影アリスつけるから、何かあったらそいつを使え」
「うん、ありがとう。それじゃあ」

 レックスの言葉を聞いてオズワルド達は先に部屋を出ていった。

「それでは俺たちも行きましょう」
「ええ。レオ、一応武器の類は持っていきますか?」
「そうですね。ノエル様、お嬢様、一応装備しておいてください」
「分かった。それじゃあ僕たちも行こうか」

 そう言って寝室に使っていた部屋から武器を持ったノエルとアミナスを待って、子どもたちの地下でピンを探す冒険が始まったのだった。
 
 
 
 ノア達は今、すっかり静まり返ったモルガナ達の牢の前に居た。カインがアラン特製の護符を剥がして意地悪に微笑む。

「静かだねぇ」

 カインはそう言って牢に目をやると、積まれた石筒の中からは何の声も聞こえない。

 最初こそ叫んだり暴れたりしていたようだが、今はもうそんな声も聞こえて来なかった。シンとした冷たい石筒の中で一体モルガナ達が何を考えているかは謎である。

「ほんと。威勢が良かったのは最初だけだったね。案外簡単に壊れるもんなんだなぁ」

 のほほんとそんな事を言うノアをシャルとカインが揃って危ない人を見るような目で見てくるが、ノアはそんな二人を無視して牢の前に回り込んで筒の中を一つ一つ覗き込んだ。

「うん、まだ皆生きてる! 大丈夫そうだよ!」
「お前な、生きてりゃそれでいいって考え方はどうかと思うぞ?」
「いえ、カイン。ノアのこの性格はそれこそ乃亜の時からですから。あの頃も生きてりゃそれでいいって言って不摂生をしまくって身体を壊したのがこの男ですからね」
「でもそのおかげで今、僕はここに居る訳だから結果オーライだよ。で、すっかり変わり果てたモルガナおばさんは、と。ああ、いたいた」

 ノアは上の段の一番端の筒を覗き込んでニコッと微笑む。

 モルガナの目にはもう何の光も宿っては居なかった。あれほど毅然としていた態度も美しさも今は見る影もない。

 やせ細って落ち窪んだ目と、それに反して高い鼻筋が何だか絵本の魔女を彷彿とさせるが、これがモルガナの本来の姿だとノアは思っている。

「お久しぶり、モルガナおばさん」
「……」
「あー、ここじゃ話したくない? 仕方ないなぁ。カイン、ちょっと手伝って」

 ノアの声にモルガナは無反応だった。これはもう完全に壊れたか?

「え? 何だよ、出すのかよ?」
「少しだけね。たまには両手両足を伸ばしたいんじゃないかなって」

 僕って優しいから。そう言って笑うノアを見てカインとシャルは互いに顔を見合せた。どの口が、である。

 軽口を叩きつつカインに手伝ってもらってモルガナを石筒から引っ張り出すと、突然モルガナが暴れだした。

 どうやらだんまりを決め込んでいたのは次に出してもらえる機会をずっと伺っていたようだ。

 そんなモルガナにノアはニコッと笑う。

「逃げたい? 逃げたいよね? どうぞ? 逃げられるのならご自由に」

 そう言ってモルガナから手を離したノアを見てカインは一瞬ギョッとしたが、その途端モルガナはその場に崩れ落ちた。やせ細った足はガクガクと震え、這おうにも腕にも力が入らないらしい。

 地面に這いつくばって、それでも抵抗しようとするモルガナの前にしゃがみ込んだノアはうっすらと笑みを浮かべる。

「こんな狭い所にずっと寝かされててすぐに立って歩ける訳ないでしょ? 出してもらえるのをずーっと待ってたんだろうけど、犯罪者が考えそうな事なんて手にとるように分かるんだよ。だからそういうのも含めてこの牢にしたの。もう少し頭使おうね? それともあなたの価値はやっぱり外見だけだったのかな?」
「っ……」

 悔しそうにノアを見上げたモルガナはこちらを見下ろすノアを見て息を飲んだ。今までの誰よりも温度のない笑顔に背筋が凍りそうになる。とてもではないが、あのレヴィウスのおかしくなった第四王子と同一人物とは思えない。

「……せ、もの……め」
「ん?」
「にせ……もの。お前は……第四王子じゃ……ない」

 そうとしか思えない。そう思う程度にはモルガナが知っていたレヴィウスの第四王子とは違いすぎる。

 思わず枯れ果てた声を絞り出して言ったモルガナを見下ろしてノアが声を出して笑った。

「よく気づいたね。褒めてあげるよ。ご褒美に面白い種明かしをしてあげる。実はね、本物の第四王子ノア・レヴィウスは姉妹星からやってきた男に乗っ取られたんだよ」
「姉妹……星!?」
「そうだよ。あなたの旦那のカール・ダビッドソンの祖先、初代メイリング王と同じところから僕はやってきた。まぁ時代は全然違うんだけど。だからメイリング王が残した文字や絵は僕も読める。残念だけど、あなたたちの計画はもうほとんど破綻したも同然なんだ」
「……そんな……でも、まだあの人は……」
「カール? あの人は君を置いてさっさと一人だけ若返ったようだよ。ついでにアメリアもね。カールは子孫を残したかっただけだ。相手は誰でも良かった。じゃあ何故あなたを選んだのか。それは簡単だよね? あなたが総本山の教会の指導者の愛人だったからだ。あなたを寝取ればいずれ教会そのものが手に入る。そうして全ての教会を一つにまとめて娘を聖女に仕立て上げれば、庶民なんていくらでも洗脳出来る」

 オルトから入った情報ではモルガナは総本山の指導者の愛人だったという。それらを踏まえて考えれると、カールが何故モルガナに手を出したのかがすぐに分かった。

「あなたは上手い具合に利用されたんだよ。教会なんていう真綿みたいな所で甘い蜜をすすって世間知らずに生きてたからこんな目に遭うんだよ。今更どんな弁解をしても自己責任、の一言で終わり。後は本当に処刑されるのを待つばかりだね」

 ノアの言葉にモルガナは分かりやすく表情を歪めた。震える掠れた声でブツブツと呟く。

「嫌……死ぬのは嫌……」
「どうして? ようやくあなたの崇拝する神の元へ逝けるのに。それを拒否するなんてあなたの信仰心はやっぱり偽物だったのかな?」
「知らない、何も知らない! 私は何も知らされていない!」
「そうだろうね。ただの駒に重要な事を話したりなんてしない。ましてやその相手が引くほど馬鹿ならなおさらね。金と権力に縋り付くような奴はいつだって取捨選択を見誤る。まさにあなたがそう。本当の支配者はね、そんな物に興味すらないんだよ。純粋に全てを支配したいんだ。それこそ人間も動物も植物も気象でさえもね。あなたにはそんな事理解できないでしょ? だからいつまで経っても支配される側なんだよ」
「支配……される側……」

 自分は支配する側だったはずだ。カールもアメリアも教会でさえも自分が支配していた筈なのだ。ところがノアは違うという。いつからそうなってしまったのだろう? 誰が嘘をついていたのだろう? どこで間違えたのだろう? いくら考えても何も分からない。

 ただ言えるのは確かにノアの言う通り、自分は真綿のような教会の中で何不自由なく好き勝手に生きていたと言うことだ。

 もしかしたらあれこそが、誰かの支配だったのだろうか――?

 ポカンとするモルガナの耳元にそっとノアが顔を寄せてきた。
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