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第245話 あの人がこの人で、この人があの人で??

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 仲間外れにされたなどと微塵も感じていないが、どうやら二人にとっては大事だったようだ。必死の形相でそんな事を言って来るものだから思わずキリは苦笑いを浮かべてしまった。

「つまり、こういう表だったんだよ」

 そう言ってノアは持っていた手帳に簡単な言語表を書いて縦軸と横軸に数字を割り振ってキリに見せた。それを見てキリは首を傾げる。

「これはこちらの言葉ではありませんよね?」
「うん、違う。でもあちらの誰かが書いたのなら、多分この文字で来ると思うんだけど」
「確かにそうですね。で、それを使って暗号を作っていると? 誰が何のために? ここは敵のアジトだとして、誰に向けての暗号なのでしょう?」
「……そうなんだよね」

 キリの言う通りなのだ。味方ばかりの場所で暗号を用いる必要などないはずだ。

「他にも何か無いか探してみようよ!」
「そうですね。暗号かどうかも分からないのに立ち止まっても仕方ありません」
「だね。アリス、一応ちゃんと武器は構えておいてね」
「うん!」

 アリスはスカートの中からダガーを取り出してぶんぶん振ってみた。流石にアリスの長剣はここでは振り回せない。

 通路はそれからもずっと一本道だった。その所々に絵が描いてある。

「見て! 今度は赤ちゃんの絵だよ!」
「ほんとだね。赤ちゃんの絵と蜘蛛か……」

 思い出すのは大量に地下で発見された赤ん坊だ。

 絵には沢山の赤ん坊がそれぞれベッドで眠っているが、そのベッドから大きな蜘蛛が一匹、糸で繋がった状態で描かれている。

「その向かい側には子供の絵ですね。でも皆、目が死んでます。お嬢様の絵ぐらい絵心が無いですね」

 ここまでの絵は驚くほど緻密だったのに、この絵だけは生気が感じられない。子供達の目は虚ろで、みんな口を真一文字に引き結んでいる。

「この絵、怖いよ」
「ドアには数字があったけど、ここの絵には数字ないね」
「写真は撮りましたか? 先に進みましょう」

 何だか気味が悪い場所だ。キリがそんな事を考えながら言うと、アリスもノアも頷いて黙ってついてきた。

 しばらく歩いているとまた絵が現れた。

「これは……何の絵だろう?」
「分かんない。でもこのおじさん、アンソニー王に似てるね!」

 絵の中にはまるでアランの研究室のような所でモノクルをかけた男が何かをしている絵だった。

 アリスが笑いながら絵に近づくと、何やら男の服の一部が剥げている。

「あーあ、ここ剥げちゃってる。どれ、ちょっと絵具を伸ばして直してあげよう!」

 そう言ってアリスは水筒を取り出して水を指先に付けて絵を軽く擦った。すると、途端に絵の具は滲んで周りの絵と混じりあってしまう。

「お嬢様! どうしてあなたはそんなにも全てにおいて雑いのですか!?」

 そもそもこの絵は何かのヒントかもしれないというのに、破壊してどうするのだ! 
 キリは急いでポケットからハンカチを取り出してアリスがグチャグチャにした所の絵具を拭き取ったのだが――。

「ノア様、この絵、下に何か違う絵が描かれています」
「え? ……ほんとだ。アリス、水ちょうだい」
「う、うん」

 流石にヤバかったと思いつつノアに言われた通り水筒を渡すと、何を思ったかノアは水をその絵にぶちまけた。

「ひぇぇぇぇ! 兄さま!?」
「アリス、濡れた所拭いて。キリもだよ」
「はい」
「わ、分かった」

 どうせ拭くなら最初から濡らさなきゃいいのに、と思いつつ絵を拭いていると、男の服がどんどん剥げて、キリの言う通り下から違う絵が現れた。

「これは……どう見ても教会の服、だね」
「……ええ」
「ど、どういう事? だってこれアンソニー王だよね⁉」

 モノクルといい神経質そうな顔といい、どこからどう見てもアンソニーに見えるのだが?

「この服を着るのを許されるのは教会の人間だけ。つまりこれはカールだね」
「カールゥ!? え、待って。じゃあアンソニー王ってどの人!?」
「分からない。でも一つだけ分かったのは、僕達はっていうか皆完全にあいつらに騙されてるって事だよ。あと、ここはあいつらの重要な場所なんかじゃない。誰かが僕達に宛てて作った秘密の通路だね」
「誰かって誰?」
「恐らく……アーバンの本当の両親、かな」
「なんで? その二人はまだ捕まってるんだよね?」
「捕まってるって考えてたのがそもそも間違いなのかもしれない。監禁されてる訳じゃなく、脅されてるか自らあちらに従ってるかどっちかだよ」
「でも自ら進んであっちを手伝ってるんだったらこんな場所作らないと思う」
「そうなんだ。だから脅されてるって可能性の方が高いかなって。だとしたらアーバンを人質に取られてる可能性があるね」

 考え込んだノアにそれまで黙っていたキリが口を開いた。

「そもそもあなた達はどうしてこの小屋を見つけたんですか?」
「え? どうしてって、アーバン迎えに行ったら変な人が家の中覗いててね、それおっかけてきたんだよ」
「変な人、ですか?」
「そう。リー君とモブが見に行ってくれたんだけど、煙幕使って逃げられたの。だから男が逃げた方角に向かってひたすら走ってきたらここ見つけたんだよ」
「……なるほど。ではその男がここに誘導したとも考えられますね」
「そうだね。僕達はまんまとそれに引っかかった訳だけど、むしろそれで良かったのかもしれない。まぁここ自体が罠かもしれないんだけど、罠だとしたらこんな手の込んだ事はしないよね」

 ということは、これはこちらに向けてのメッセージなのだろう。役どころとしてはアーロに近いのかもしれない。

「そうと分かったら他に何か無いか探そう」
「うん!」
「そうですね」

 三人はまた通路を歩き出したけれど、その先はすぐに行き止まりで何も無かった。一番奥の行き止まりに大きな枯れたバラの絵が描いてあるだけだ。

「バラ、枯れちゃってるね」
「ええ。これもまた何か意味深ですね。一応写真を撮っておきます」
「ありがと、キリ。これで終わりか。一本道だったね」

 ノアが振り返って言うと、アリスはまだ行き止まりの壁をじっと見ている。

「何かあるんですか? お嬢様」
「ううん、何にも無い。何にもないけど、不思議だなって思って。誰がここ掘ったんだろう?」
「それはアーバンの両親なのでは?」
「う~ん、二人で? これを掘るの? 何年かかるの?」
「……確かにそうですね。では誰が?」
「分かんない。元々あったのか、それとも誰かが後から掘ったのか……兄さま、どう思う?」
「元々あった説が有力かなと思うけど、少なくともこれは人間の仕業ではないと思うよ」

 人の手で掘ったにしては綺麗すぎる。それこそ地下の通路のように整然と土が掘られて固められている。

「じゃあディノ?」
「元々あったならディノかもだけど……どうだろうね。ってここで考えてても仕方ない。リー君達も待ってるし早く戻ろう」

 謎ばかりが増えて一向に進んでいる気がしないが、とりあえずアンソニーが実はカールかもしれないということだけは分かった。

 ノアの言葉に頷いてアリスはクルリと踵を返して元来た道を戻りだす。その後をノアとキリがゆっくりとついてきた。


 シュタの村の役所には、事情を知った村人たちが仕事も放りだして全員集まって来ていた。

 リアンが掲げたルイスからの勅令を見て戸惑いを隠せないようだ。

「おい、どういう事だ?」
「よく分からんが、とりあえずここから逃げた方がいいって事だろ? まさかここが戦場になるかもしれないのか!?」
「そんな! どうしよう……もしそんな事になったら私達どうすればいいの!?」

 口々に騒ぎ立てる村人を見て、リアンが大きく息を吸い込んだ。
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