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第248話 アリスの娘

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「あの!」

 シュタの外に止めてある馬車に向かって歩いていたアリス達を誰かが呼び止めた。振り返るとそこには息を切らしたマリアが居る。

「この切符、やっぱりお返しします!」

 マリアはそう言ってノアにセレアル行きの切符を差し出してきた。それを見てノアが首を傾げる。

「ここに残るの?」

 ノアが問うと、マリアは大きく首を振る。

「いいえ。アーバンの居る所に行こうかと……思いまして」
「アーバンの? なんでまた。アーバンはちゃんと保護するよ?」
「あ、はい。それは分かっているんですが、あの子結構無茶するんです。両親が心配なのは分かっているんですが、少しだけ心配で。かと言って私が一緒に居たら私はあの子の足を引っ張りそうだし、少し離れた所から様子を見て居ようと……その、思いまして……」

 アーバンを預かってからさほど時間は経っていない。それなのにアーバンはもう家族のような存在だった。あの時アーバンに言った言葉は嘘でも何でもないけれど、やっぱり寂しい気持ちは拭えない。避難している期間がどれぐらいになるのかは分からないが、離れている事で毎日心配するよりは、いっそ近くに居て見守っている方がいい。メリーアンが攫われてからずっと見守っていた時の様に。

 その事をノアに伝えると、ノアはにっこり笑って言った。

「そっか。それじゃあマリアさんにはこの切符を渡しとくよ。アーバンはクラーク家で保護してる。マリアさんはクラーク家のスマホ工場の寮で当分生活してくれる?」
「え!? い、いえ! そんな恐れ多い! 住むところと仕事ぐらい自分で探します!」
「いいんだよ。あそこはずっと人手不足で困ってたんだ。だからアーバンを見守るついでに手伝ってくれたら嬉しい」

 ノアはそう言ってマリアの手に無理やりクラーク領への切符を握らせた。それを受け取ったマリアはしばらく考えていたけれど、納得したように頷いて深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。ワガママを言って申し訳ありません」
「ワガママではないよ。だって、自分で行こうとしてたんでしょ? わざわざ切符返しに来てくれるなんて思ってなかった。アーバンの事、これからもよろしく」
「はい!」

 受け取った切符を大事そうに両手で握りしめてマリアはもう一度ノアに頭を下げて小走りで家に帰って行った。そんな後ろ姿を目を細めて見ていたノアに呆れたようにリアンが言う。

「嘘ばっか。スマホ工場は人手足りてるよ」
「うん。でもああいう本当に善良な人には幸せになってほしいよ」

 この後、マリアはノアの言った通りクラーク領に移住した。

 最初はアーバンを見守る事が生活の全てだった彼女だが、次第にクラーク領に馴染はじめ、ある日まだドロシーへの恋心を拗らせていたアレックスと運命的な出会いを果たす。 

 その後の二人がどうなったかは、二人だけの秘密だ。
 
 
 
 地下の子供達は意気揚々と長い廊下を全員で歩いていた。

「レックス! このお部屋は何?」
「ここも居住区。ていうか、さっきからずっと言ってるけどこの廊下は居住区しかない」

 もう何回目かの質問にレックスは丁寧に答えた。何度も何度も同じ質問をされているにも関わらず怒り出すどころか毎度同じ事を言うレックスに皆は感心していた。

「俺ならもう何発か既に殴ってますね」
「俺もです」
「殴りはしないけど、しつこいよって怒るかも」

 兄妹同然で育った身内はいつだってアミナスに辛辣である。その意見には流石のライアンとルークもそう思うようで、無言で頷いていた。

「子供などそんなものだ。何度も何度も同じことを聞いてくるのだ」
「お前にそんな事分かんの? 子ども生まれてもまともに面倒見てないだろ?」
「な、なにおぅ!? わ、我も忙しかったのだから仕方ないだろう⁉」

 子育てを皆に任せっきりにしてしまった自覚はあるだけに妖精王がムキになって言い返すと、オズワルドがそんな妖精王を鼻で笑う。

「そうだな。忙しかったもんな。ところでもうすぐ着くぞ。お前らは影アリスの後ろに居ろよ。リゼも」

 オズワルドがそう言ってポシェットの中から影アリスを引っ張りだすとライアンとルークに向かって放り投げる。

 すると途端にうすっぺらい影はアリスの形になって子供達を一人一人抱きしめて頬ずりをするが、いかんせん影でもアリスだ。力が強い! 

「い、痛い、痛いぞ影アリス!」
「ぐ、ぐるじい……」

 子供達は口々に苦情を言うが、影アリスはそんな言葉を無視して子供達を離して自分の後ろに庇う様に歩き出した。

「よし、行くぞ」

 オズワルドの号令に従って全員が固まって歩き出すと、すぐに食糧庫が見えてきた。

 食糧庫はディノの庭の比では無いほど広かった。入り口からでは全体を見渡す事さえ出来ない上に中は少しだけひんやりとしている。

「これは……凄いな!」
「国庫なんて目じゃないね。これだけあればどれぐらい持つんだろう」

 ライアンとルークは城の国庫と食糧庫を比べて息を飲んだ。

 食糧庫は通路以外の場所にガラスのケースが上の方まで積まれている。

 入り口付近のガラスケースには各種野菜が根菜と葉物に分かれてズラリと並んでいるが、その大半は既に腐っていた。その割に匂いが一切しないのはガラスケースにディノの魔法がかかっているからなのだろう。

「あの奥には何があるの?」
「あそこは肉類。あっちが魚介類」

 アミナスの質問に答えたレックスはしばらくガラスケースを見ていたが、ふと玉ねぎを見て言う。

「やっぱりだ。誰かが開けたんだ」
「どうして分かるの?」

 ノエルが不思議そうに首を傾げると、ノエルは玉ねぎを指さす。

「腐ってない。誰かがケースを開けて中のを取り出したんだと思う」
「ほんとだ。他にもあるかな?」
「分からない。でも全てを動かした訳じゃないみたいだ。ちょっと待ってて」

 レックスはそう言って壁伝いに食糧庫の途中までやってくると、壁に作りつけられた銀のレバーを確認した。レバーはやはり下りたままだ。そのレバーを上げようとすると、突然アミナスがレックスの腕にしがみついてきた。

「待って! それ上げたらどうなるの?」
「これを上げたらここのは全部新品になる」
「新品に……なる?」
「そう。ここの魔法と直結してる野菜畑とか農場とかから直接ここに送られて――」
「駄目だよ!」

 レックスが最後まで言い切る前にアミナスがレックスに飛びかかった。それに驚いたレックスが思わず後ろに倒れると、アミナスがそのまま一緒に倒れ込んでくる。

「アミナス?」
「食べないなら殺しちゃ駄目!」

 レックスが言う事が本当なら、このレバーを上げればすぐに食材は潤うだろうが、その代わりに畑や農場から食べきれないほどの野菜や牛や豚たちがここに送られてくると言う事だ。

 アリスの精神を脈々と受け継ぐアミナスにはそんな事絶対に耐えられない。

「お嬢様の言う通りです。何も無駄に殺生する事はありません。そもそもそんな事をして大丈夫なのですか? ディノは弱っているのでは?」
「そっか……うん、ごめん。あとディノは大丈夫。別にここの魔法はディノに直結してないから」
「そうなのですか。それなら安心です。ですがお嬢様の言う通り、今ここで全てが新品になってしまっても俺達だけでは食べきれません。戻すのは止めましょう」
「うん」

 しょんぼりと項垂れるレックスを慰めるかのようにライアンがレックスの肩を叩いて言った。

「しかしディノはやはり凄いな!」

 感動したようなライアンにルークも目を輝かせて頷く。そんな中ノエルは苦笑いを浮かべる。
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