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第254話 身近なあの人

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「あるよ! あったでしょ!? 高熱出したりしてたでしょ!? ドレス着た次の日とか!」
「熱は出してましたが大人しく寝ていたり食欲が無くなった事など今までに一度もありませんよね?」
「え!? 熱出ると食欲って無くなるの!?」

 真顔で言うキリにアリスはギョッとした顔をする。

「普通はそうですね」

 それを聞いてキリは、コイツマジか、の視線をアリスに向けた。

「マジか! それは無いわ!」
「そうでしょうね。つまりお嬢様はたとえ熱が出ようとも大怪我をしようとも常に通常の人間よりも元気だと言うことです。そんな人がいっちょ前に体調が悪くなった事があるかのように言うのは止めてもらっていいですか、おこがましい」
「そ、そこまで言う!? おこがましいまで言っちゃうの!? キリが酷いよ兄さま~!」
「はいはい、二人とも喧嘩はそこまでだよ。それでね、僕は思い出したんだよ。あの会議の時、カールは最後になんて言ってた?」

 キリに虐められて泣きついてきたアリスをニコニコしながら膝の上に抱えてノアが言うと、ルイスが手を挙げた。

「確か、我々の元から連れ出した同胞は近々返してもらいますよ、だったか?」
「そう。僕たちはあれはてっきりモルガナの事だって思いこんでた訳なんだけど、おそらくあれはアメリアとユアンの事だったんだろうね。つまり?」

 ノアの問に仲間たちはしばらく考え込んでいたが、ふとシャルが顔を上げた。

「城に内通者が居ますね」
「そういう事」
「何!? では今すぐ全員を調べよう! キャロ、すぐに城に戻るぞ!」
「ええ!」

 ノアの言葉を受けてすぐさまルイスとキャロラインは立ち上がろうとしたが、それをすぐに止められてしまう。

「待った。調べてもいいけど処罰はまだしないで。そのまま泳がせるから」
「どういう事? そんな悠長な事言ってられなくない? どんな手使ってくるかも分からないのに」

 泳がせている暇など果たしてあるのだろうか? リアンの言葉にアリスも力いっぱい頷いている。

「どんな手を使おうとしてるか分からないからこそだよ。分からない事だらけだからこそ今はまだ泳がせてたい。でもだからって何もしないでただ泳がせる訳ではなくて揺さぶりはかけるよ。それでどこかでボロ出してくれたら有難いよね」

 そう言ってニコッと笑うノアにシャルとカインは頷いたが、他の仲間達は怪訝な顔をしている。

「やっぱ、実質国動かしてんのこいつらなんじゃないの。ちょっと王子、しっかりしないとあんた本当に木偶の王になるよ」
「な、なに⁉ それは困る! 困る……が、俺はそれぐらいでいいのかもしれんな……俺は実行するかどうかのサインをするだけで丁度いいのかもしれん」
「ルイス? 何を突然……」
「いや、別にネガティブな意味で言っている訳ではないぞ、キャロ。王というのはそういう存在なのではないかと最近は思うんだ。沢山の意見を聞いて選び、その中から民の為にどれが最善になるかを考えてゴーサインを出す。それが俺には一番合っている」
「ルイス……」
「情けないと笑うか?」

 ルイスが問うと、キャロラインは涙を浮かべてすぐさま首を横に振った。

「いいえ、いいえ! 私もそう思うから。私達の存在はそれでいいのよ。そして誰かが何か間違いを犯した時には私達が全ての責任を持つ。それが私達の在り方だわ」

 ルイスはもうおが屑などではない。最近は木偶の坊だなどと揶揄されるが、木偶でもない。本当はとても愛情深くて思慮深い人なのだ。

 目に涙を溜めるキャロラインの手にそっとルイスが自分の手を重ねてくる。温かくて涙が零れそうになった時、

「いっつも言うけどさ、そういうの他所か家でやってくんない? あんた達の自語り聞いてる場合じゃないんだよ! あと目の前でイチャイチャしないで!」

 いくつになってもこういう場面が苦手なリアンは相変わらず耳まで赤くしてそっぽを向く。

「リー君はいくつになっても純粋でいいね。まぁでも一理あるよ。おっさんとおばさんがイチャついてるの見ても楽しくないから二人ともそろそろ自重しようか?」
「お、おっさん……」
「おば、おばさん!?」
「そうだぞ、二人とも。てかノア、お前もアリスちゃんそろそろ膝から下ろそうか?」
「僕達はいいの。だってイチャついてるように見えないでしょ?」
「……」

 そんなノアの一言に誰もが黙り込んだ。確かにノアの言う通りアリスとノアは悲しいかな、どう見ても飼い主とペットがいい所である。その証拠にアリスはさっきからずっとノアに餌付けされて喜んでいる。

「ノア様、見事な自虐ですね。流石です」
「キリ! シッす!」
「何なんでしょうね。やはりノアの想いが一方通行な感じだからでしょうか?」
「シャルも! 余計な事は言わなくていいんすよ! で、話戻して、とりあえず城には内通者がいるんすよね? そいつは確実にこれからユアンとアメリアを逃がそうと動くって事っすか? モルガナは?」
「モルガナはなー……あれは捨て駒だろうな、可哀相だけど。多分処刑されようがどうでもいいと思われてそうなんだよな」

 牢の中に居るモルガナはどんどん衰弱していく。もしも助け出すつもりであったのなら、もっと早くに何か仕掛けてきていただろうに、そんな素振りは一切無い。

 オルトから入ったモルガナが元々収容されていた教会の人間達の余罪は腐るほどあったが、そのどれもあちらには繋がりの無いものばかりだった。ただ一つ気になるのは、あの教会から一人のメイドが逃げ出し、今も見つかっていないと言う。

 カインがそれを告げると、それまでメモを取っていたミアがふと顔を上げた。

「そのメイドというのは、若い方ですか?」
「ああ、みたいだよ。どうして?」
「いえ、では違いますね……」

 そう言ってまたメモを取る作業に戻ろうとしたミアにキリが言った。

「ミアさん、何か気になる事でもありましたか?」
「あ、いえ。もしも老婆であれば、それはもしかしたらエミリーさんなのでは? と思ったんですが、若い方なら違いますね」
「……ミアさん、もしかして天才なの?」
「え?」

 メモから顔を上げると、何やらノアがキラキラした顔をしてこちらを見ている。ノアの隣では何故かキリも誇らしげだ。

「ミアさんは相変わらず素晴らしい情報処理能力を持っています。ノア様、多分、そういう事なのではないでしょうか」
「うん、だね。エミリーは若返っててずっとモルガナの世話をしていたんだ。そしてこちらの動きを察知して時々老婆に姿を変えていたと考えれば、筋が通る」

 ノアの言葉にカインがハッとした。

「アルファ・シークの魔法か!」
「そう。やっぱり彼こそがスパイだね。リー君、オリバー、二人が見た男はどんな人だった? 髪型は? 何か特徴とかあった?」
「うーん、僕達も見たって言ったってパッと見ただけだからなぁ」
「そっすね……あ、でも髪の色は赤茶でしたね。あと、瞳の色はヘーゼルです」
「アーバン君と同じ色、ですね」

 アランが言うと、ノアもカインも頷く。自由に姿を変える事が出来る彼が、わざわざその色彩を選んで自分達の前に姿を現したと言う事は、彼なりのヒントだったのではないだろうか。

「アルファさんが姿を自由に変えられるのならば、僕達はもしかしたら今までもアルファさんとどこかで会っているのかもしれない。おまけにそれはとても身近な人だよ」
「身近な……人?」

 ゴクリと息を飲んだリアンにノアはゆっくりと頷く。

「あんた、もしかして誰かもう分かってる?」
「どうして?」
「そんな顔してるから」
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