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第273話 言葉、とは

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 どうして自分たちの代で全てが終わらなかったのだろうか。あれがただの前哨戦だったなどと今更言われても、納得など出来るわけがない。

「そうだな……すまない……」

 ポツリと言った妖精王の声は三人の子供自慢にかき消され、誰にも届かなかった。
 
 
 
 着替えてバセット家を出たアリス達は、まずは広場の湖に向かった。

「今まで気づきもしなかったね、兄さま」
「そうだねぇ。でも言われてみればここは誰も溺れたことが無い不思議な湖だよね」

 バセット領の命とも言える湖は、柵など何もなく誰でも気軽に入れるようになっている。

 夏は大人も子供もこの湖で泳ぐのだが、何故か今までただの一度もこの湖で溺れた人は居ない。

 大抵水辺では何かしらの事故が起こりそうなものなのに、今までに一度も、だ。

「今まで気にも止めていませんでしたが、言われてみればそうですね」
「そなの? こんな柵も何も無い状態で危ないじゃんってずっと思ってたんだけど水難事故無いんだ。凄いね」
「はい。何故か皆不思議な事を言いますね。突然波が出来て岸に打ち上げられたとか、何かに押し上げられるような感覚がした、とか」

 それを聞いてリアンがギョッとしたような顔をしてキリに突っ込む。

「いやそれホラーじゃん! なんで気にも止めないでいられんの!?」
「何故と言われても、うちはお嬢様の存在自体が最恐のホラーなので」
「……ああそっか。そだね。歩くホラーが居るんだもんね。ごめん、湖の怪異なんて全然大した事なかった」
「……リー君、最近飲み込みが前にも増して早くなってないっすか」
「こら! アリスはこれでも一応人間だよ! 全く、こんなに可愛いのに何で誰にも分からないんだろうな、不思議――」

 ブツブツ言いながらノアは湖の中を覗き込むが、特に何の変哲もないただの湖だ。
 その時、ちょうど向かい側を調査していたアリスとアーロが何かを見つけたのかこちらに向かって手を振ってきた。

「皆~! ここ、ここ! ここにちっちゃい石碑があるよ~!」
「石碑? 知ってるよ~!」

 何十年ここに住んでいると思っているのだ。ノアは言いながらアリスの元へ向かうと、アリスは寝そべって石碑をあらゆる角度から眺めている。

「アリス、この石碑はもうここに来た時からずっとあると思うんだけど?」
「そうなんだけど、何か怪しいって言ったらこれぐらいかなと思って。よし! 掘り返そう! ぎゃん!」
「どうしてあなたは何でもかんでもすぐに壊す方に思考が向かうのですか? 脳筋ですか?」
「まぁまぁキリ、それがアリスだから。でも掘り返した所で別に何も……」

 ノアは石碑を撫でながらそこまで言ってふと手を止めた。

「どうした? 何か気づいたか?」

 突然手を止めたノアにアーロが問いかけると、ノアは顔を上げてアーロをじっと見てくる。

「なんだ?」
「アーロさ、宝石って言ったら何を思い浮かべる?」
「宝石? ダイヤ、アメジスト、水晶、ルビー、トルマリン、トパーズ――」
「うん、もういいよ。それじゃあ鉱石って言ったら?」
「鉱石……そうだな、金、銀、鉄、鉛、マンガン――」
「ありがとう。そうだよね、石は基本的に何でも鉱石なんだよ」

 加工して初めて宝石になる。ノアはそれを思い出して石碑をじっと見つめる。

「アリス、この石、もしかしたらディノの地下への入り口かもしれない」
「へ?」
「どういう事ですか? ノア様」
「ディノの地下への入り口には鉱石が置いてあるって言ってたよね? それが宝石だけじゃないとしたら? 例えば金とか銀なら分かりやすいけど、それこそこの石碑みたいに一見何の変哲も無い鉱石もあったりしたら?」
「!」

 ノアの言葉に全員がハッとした顔をして石碑を凝視した。本当に何の変哲もない石だ。そこらへんで誰かが拾ってきてここに置いたと言っても疑わない程度には普通の石である。

「なるほど。だとしたら僕たちは色んな物を見逃している可能性がありますね」
「ええ。アランの言う通りです。私たちはもしかしたら既にいくつものディノの地下への入り口を見つけていた可能性があります」

 かと言ってそれが分かった所でどうする事もできない。何せ誰もディノの加護が無いのだから。

「とりあえずこれは保留だな。今は王の地下道を探そう。森ん中の湖なんだよな?」
「そっすね。ここでこれ以上考えてても時間の無駄っすね」

 仲間たちは立ち上がって森に向かって歩き出した。

 しばらく歩いていると、ふとリアンが言う。

「はぁ、歩いてるだけって暇だよね」
「どうしたリー君。もう疲れたか? おぶってやろうか?」
「子供じゃないんだからいいよ! てか、優しさもなんかズレてんだよね、あんた」

 真顔でリアンの前にしゃがみ込もうとしたアーロの背中を軽く叩いてリアンが言うと、やっぱりアーロは真顔で立ち上がる。

「そうか。では荷物を持ってやろう」
「……ありがと」

 何だかやっぱり子ども扱いされている気がするが、荷物を持ってくれるのはありがたいのでリアンはアーロに荷物を渡して大きく伸びをする。

「はぁ~楽ちん! ねぇ、まだなの?」
「リー君は本当に自由っすね! そういう所はアリスと似たり寄ったりっすよ」

 さっきから自由気ままなリアンに思わずオリバーが突っ込むと、リアンは鼻で笑う。

「あいつと一緒にしないで。で、変態、まだつかないの? こうしてる間にも赤ちゃんたちヤバい事になってんじゃないの?」
「まぁ確かにちんたら歩いてる場合ではないね。仕方ないな、アリス。皆を呼ぼうか」
「うん!」

 そう言ってアリスは大きく息を吸い込んだ。それを見て仲間たちはさっと耳を塞ぐ。

「おぉ~い! 皆たち~~~~~の~~せ~~て~~~!」

 アリスが叫んだ途端、あちこちの木からありとあらゆる鳥達が驚いて飛び立った。それと入れ違いに上空に大きな影が出来る。

「ドンちゃ~ん!」
「ギュ!」

 アリスに骨の髄まで調教されたドンはどこで何をしていようが、アリスの声が聞こえたらいつも一番にやってくる。そんなドンの後をスキピオが慌てたように追ってきた。

「グゥ」
「キュキュッキュ」
「ギュ」

 一体何の話をしているのか、上空で二人は頷き合ってスキピオはそのまま戻っていってしまう。

「一体何の話してたんだろぉ」

 上空で繰り広げられた不思議な光景にユーゴが言うと、アリスが振り返ってニカッと笑った。

「赤ちゃんドラゴンのお世話のお話だよ! 今日はドンちゃんの日だったんだって。それを代わってもらったみたいだよ! あとドンちゃんちょっと風邪気味みたい! そんなドンちゃんにはこれをあげよう。はい、お飲み~」

 アリスはそう言って下りてきたドンに水筒に入っていた蜂蜜レモンを飲ませてやった。本当は地下に行って疲れたら飲もうと思っていたが、ドンが風邪を引いていると聞いては飲ませない訳にはいかない。

 アリスが水筒をドンに手渡すと、ドンはそれを一瞬で飲み干してしまった。

「あーあー鼻水出して」
「ギュキュゥ……」
「体怠い? うんうん、風邪だよ。しっかり食べてちゃんと寝るんだよ。はい、チーンして」

 ついでにドンの鼻水もかんでやったアリスはベチャベチャになったタオルを乱暴に空になった水筒に突っ込む。

「ねぇ! ほんとにそんな事言ってんの!? ギュとキュしか言ってないけど!?」
「リー君ってば! 言葉なんて大体フィーリングだゾ!」
「いや、それ言葉として機能してなくない?」

 白い目でアリスを見つめるリアンにキリが真顔で言う。
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