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第272話 何の憂いもない未来
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「すまぬ、オズ」
「いいよ。話がまとまったら連絡して。気づいたらこっちに戻してやるから」
「重ね重ねすまぬ。恩に着る! では子供たちの事は任せたぞ!」
「ああ。お前よりは手がかからないからね。それじゃ、おやすみ」
「あ、こら待て! まだ話が――」
オズワルドはまだ何か話そうとした妖精王を無視してパチンと指を鳴らした。その途端妖精王の姿が消える。
「ん……オズ? どうしたの……?」
何か話し声が聞こえると思ってリーゼロッテが目を擦りながら体を起こすと、オズワルドがリーゼロッテに気づいてすぐに頭を撫でてくる。
「デカい声で話すからリゼが起きた。あいつ、一回目は無視してやる」
「どうかした? 大丈夫?」
「何でも無い。妖精王が地上に戻っただけ。リゼ、顔色が悪いからもう少し寝て」
「うん。何だろう……何か力があんまり入らないんだ……」
必死にごまかしてはいたが、どうやらオズワルドにはお見通しだったようでリーゼロッテはもう一度転がった。
そんなリーゼロッテの頭をまだオズワルドは撫でてくれている。
「病気かな? それだったら俺にも治せない。医者呼ぶ?」
「ううん、大丈夫。ただ怠いだけだから。オズもちゃんと寝て」
「ああ。おやすみ」
「うん、おやすみ」
リーゼロッテは妙に安心するオズワルドの手のひらに額を擦り付けると、ゆっくり目を閉じた。そんなリーゼロッテを見てオズワルドは目を細める。
これが、リーゼロッテとオズワルドがまともに交わした最後の会話だった。
地上に戻った妖精王はとりあえずライアンが貸してくれたパジャマから着替えると、咳払いをしてキャロラインの部屋に向かった。
「我だ」
部屋の前までやってきて言うとドアが開いた。開けたのはキャロラインだ。
「妖精王、お休みの所失礼しました」
「構わん。我は妖精王だ。本来なら睡眠も不要だ」
偉そうに言ってみたが、お昼寝が大好きな妖精王である。必要かどうかと好きなのは別だと自分に言い聞かせて胸を張ると、キャロラインは頼もしそうに妖精王を見つめてきた。
「どうぞ、お茶とお菓子を用意してあります。少し知恵を貸していただきたいのです」
「うむ。なんだ、お前たちも居たのか」
キャロラインに案内されて部屋に入ると、そこにはルイスとシャルルが半眼でこちらを見ていた。
「なんだ、とはご挨拶ですね。世界の、いえ星の一大事だというのに」
あからさまに不機嫌なシャルに妖精王は少しだけたじろぐ。
「あー……その、なんだ。すまん。で、我に何をしろと? 何度も言うが我は個別に手助けは出来んぞ?」
「ええ、分かっています。だから知恵だけをお貸しください。あちらはとうとう動くようです」
「ああ、アミナスへのメッセージだろう? 次の満月の日から始まる」
「ええ。それに先駆けて我々が出来る事と言えば、避難と少しでもあちらの戦力を削ることしかもう手はありません」
「そうだな。今回の戦争はあちらの動きに気づかなかった我の怠慢でもある。それを口実にギリギリの所まで手を出すつもりだ」
真面目な顔をして妖精王が言うと、シャルルもルイスもキャロラインも驚いたような顔をして妖精王を見つめてくる。
「なんだ、その顔は」
「あ、いえ。あなたがそんな事を言うなんて思ってもいなくて」
真顔でそんな事を言うシャルルに妖精王は多少ムッとした顔をしたが、すぐに咳払いをして言った。
「我だって反省ぐらいする。それで、そちらの状況はどうなっている?」
「ディノの地下とは別の地下がある事が分かりました。やはりスルガとユアンが手引をしてこちらを誘導してくれているようです」
「……そうか。敵とも味方とも言えん二人だが、今はその情報をうまく使うしかないな。それで、避難とは?」
「地上はもうすぐ戦場になります。全ての民をどこかに避難させる事は可能でしょうか?」
「私からもお願いします、妖精王。もう誰も被害者を出したくないのです。いつだって戦争になればまっさきに被害を受けるのは民だなんて、もうそんなのは耐えられないのです」
「キャロの言う通りだ。ただでさえ既に被害者が多く出ているんだ。妖精王、どうにかならないだろうか?」
「うむ……」
妖精王は三人の顔をじっと見つめて頷いた。手なら一つだけある。あるが、それをしたら妖精王の名を確実に剥奪されるだろう。
妖精王はゆっくりと息を吸い込んで窓の外を眺めた。
「この星は今までも色んな妖精王の手に渡った。それはこの星があまりにも扱いにくく、ちょっとした事でへそを曲げてしまうからだ。けれど、我はこの星が好きだ。ここに住まう植物も動物も全て愛しい。……手放したくはない」
「……」
三人は妖精王の切実な言葉を聞いて黙り込んだ。妖精王も何か辛い決断を迫られているのだろう。
「避難をさせる事は出来る。出来るが、全て一からだ。お前たちにはその覚悟はあるのか? 家など無い、食べ物だって無い。己で生き抜いていく覚悟はあるか?」
「……」
そんな事を喜んでやってのけるのは恐らくアリスだけだ。三人は顔を見合わせて黙り込んだ。このままではどのみち国民達は無事では済まない。
「もう少し考えてみよう。この話は一度持ち帰ってもいいか?」
「もちろんです。ですが、あまり時間がありません」
「分かっている。我だけの力ではどうにも出来ない。ソラに判断を仰ぐ」
「ソラって妖精王の上司か?」
「ああ、そうだ。……だが、あまり期待しないでいてくれ」
ソラは時に慈悲深く、時に無慈悲だ。今回の事をソラがどう判断するかは妖精王にも分からない。
「一時的に妖精界に渡ることは出来ませんか?」
「それは出来るが、妖精界とて万能ではない。前回のように一部だけで戦争をするなら新しい空間を作ればいいが、今回はそうではないだろう? 妖精界と人間界を完全に切り離すことは我にも出来ない」
「そうですか……残るはディノの地下ぐらいですね」
「そのようだな……しかし、肝心のディノが目覚めないのではな」
「それに、そもそも星が破壊されたら結局無意味だわ」
「……」
キャロラインの言葉に皆黙り込んでうつむく。
そんな三人を妖精王はただ眺めていた。人間の王や仲間たちがこれほどにこの星を守りたいと願っているのに自分はまた見ているだけなのだろうか。名を剥奪された妖精王はその後はもうソラへ還るのみだ。その先は誰にも分からない。生まれてすぐに名を取り上げられたオズワルドとはきっと違う。
「そう言えば妖精王、地下では子供たちはどうです?」
あまりにも重苦しい雰囲気に耐えきれずシャルルが口を開くと、ルイスとキャロラインも心配そうに視線を妖精王に移した。
「子供たちか? 元気にやっているぞ」
妖精王の言葉にキャロラインが目を輝かせる。
「そうですか! 良かった……ライアンは少し気が小さい所があるから心配だったんです」
「ライアンは確かに気は小さいかもしれんが周りをよく見ているし、ルークといいコンビだ。この国は安泰だな!」
「そうか! まぁキャロの血が流れているんだ! 当然だな」
自慢気に胸を逸したルイスの口をキャロラインが恥ずかしそうに塞ごうとする。
「ではルーデリアはこれからも安泰ですね。あ、うちの子たちもしっかりしていますよ。年は離れていますが、未だに皆の事を話しては笑っています」
シャルルの所の双子は一足先にフォルス学園に入ってしまったが、それまではしょっちゅうバセット領で皆と遊んでいた。
「子供たちには何の憂いもない未来を贈りたかったですね」
小さなため息を落としたシャルルにルイスもキャロラインも頷いて鼻をすする。
「いいよ。話がまとまったら連絡して。気づいたらこっちに戻してやるから」
「重ね重ねすまぬ。恩に着る! では子供たちの事は任せたぞ!」
「ああ。お前よりは手がかからないからね。それじゃ、おやすみ」
「あ、こら待て! まだ話が――」
オズワルドはまだ何か話そうとした妖精王を無視してパチンと指を鳴らした。その途端妖精王の姿が消える。
「ん……オズ? どうしたの……?」
何か話し声が聞こえると思ってリーゼロッテが目を擦りながら体を起こすと、オズワルドがリーゼロッテに気づいてすぐに頭を撫でてくる。
「デカい声で話すからリゼが起きた。あいつ、一回目は無視してやる」
「どうかした? 大丈夫?」
「何でも無い。妖精王が地上に戻っただけ。リゼ、顔色が悪いからもう少し寝て」
「うん。何だろう……何か力があんまり入らないんだ……」
必死にごまかしてはいたが、どうやらオズワルドにはお見通しだったようでリーゼロッテはもう一度転がった。
そんなリーゼロッテの頭をまだオズワルドは撫でてくれている。
「病気かな? それだったら俺にも治せない。医者呼ぶ?」
「ううん、大丈夫。ただ怠いだけだから。オズもちゃんと寝て」
「ああ。おやすみ」
「うん、おやすみ」
リーゼロッテは妙に安心するオズワルドの手のひらに額を擦り付けると、ゆっくり目を閉じた。そんなリーゼロッテを見てオズワルドは目を細める。
これが、リーゼロッテとオズワルドがまともに交わした最後の会話だった。
地上に戻った妖精王はとりあえずライアンが貸してくれたパジャマから着替えると、咳払いをしてキャロラインの部屋に向かった。
「我だ」
部屋の前までやってきて言うとドアが開いた。開けたのはキャロラインだ。
「妖精王、お休みの所失礼しました」
「構わん。我は妖精王だ。本来なら睡眠も不要だ」
偉そうに言ってみたが、お昼寝が大好きな妖精王である。必要かどうかと好きなのは別だと自分に言い聞かせて胸を張ると、キャロラインは頼もしそうに妖精王を見つめてきた。
「どうぞ、お茶とお菓子を用意してあります。少し知恵を貸していただきたいのです」
「うむ。なんだ、お前たちも居たのか」
キャロラインに案内されて部屋に入ると、そこにはルイスとシャルルが半眼でこちらを見ていた。
「なんだ、とはご挨拶ですね。世界の、いえ星の一大事だというのに」
あからさまに不機嫌なシャルに妖精王は少しだけたじろぐ。
「あー……その、なんだ。すまん。で、我に何をしろと? 何度も言うが我は個別に手助けは出来んぞ?」
「ええ、分かっています。だから知恵だけをお貸しください。あちらはとうとう動くようです」
「ああ、アミナスへのメッセージだろう? 次の満月の日から始まる」
「ええ。それに先駆けて我々が出来る事と言えば、避難と少しでもあちらの戦力を削ることしかもう手はありません」
「そうだな。今回の戦争はあちらの動きに気づかなかった我の怠慢でもある。それを口実にギリギリの所まで手を出すつもりだ」
真面目な顔をして妖精王が言うと、シャルルもルイスもキャロラインも驚いたような顔をして妖精王を見つめてくる。
「なんだ、その顔は」
「あ、いえ。あなたがそんな事を言うなんて思ってもいなくて」
真顔でそんな事を言うシャルルに妖精王は多少ムッとした顔をしたが、すぐに咳払いをして言った。
「我だって反省ぐらいする。それで、そちらの状況はどうなっている?」
「ディノの地下とは別の地下がある事が分かりました。やはりスルガとユアンが手引をしてこちらを誘導してくれているようです」
「……そうか。敵とも味方とも言えん二人だが、今はその情報をうまく使うしかないな。それで、避難とは?」
「地上はもうすぐ戦場になります。全ての民をどこかに避難させる事は可能でしょうか?」
「私からもお願いします、妖精王。もう誰も被害者を出したくないのです。いつだって戦争になればまっさきに被害を受けるのは民だなんて、もうそんなのは耐えられないのです」
「キャロの言う通りだ。ただでさえ既に被害者が多く出ているんだ。妖精王、どうにかならないだろうか?」
「うむ……」
妖精王は三人の顔をじっと見つめて頷いた。手なら一つだけある。あるが、それをしたら妖精王の名を確実に剥奪されるだろう。
妖精王はゆっくりと息を吸い込んで窓の外を眺めた。
「この星は今までも色んな妖精王の手に渡った。それはこの星があまりにも扱いにくく、ちょっとした事でへそを曲げてしまうからだ。けれど、我はこの星が好きだ。ここに住まう植物も動物も全て愛しい。……手放したくはない」
「……」
三人は妖精王の切実な言葉を聞いて黙り込んだ。妖精王も何か辛い決断を迫られているのだろう。
「避難をさせる事は出来る。出来るが、全て一からだ。お前たちにはその覚悟はあるのか? 家など無い、食べ物だって無い。己で生き抜いていく覚悟はあるか?」
「……」
そんな事を喜んでやってのけるのは恐らくアリスだけだ。三人は顔を見合わせて黙り込んだ。このままではどのみち国民達は無事では済まない。
「もう少し考えてみよう。この話は一度持ち帰ってもいいか?」
「もちろんです。ですが、あまり時間がありません」
「分かっている。我だけの力ではどうにも出来ない。ソラに判断を仰ぐ」
「ソラって妖精王の上司か?」
「ああ、そうだ。……だが、あまり期待しないでいてくれ」
ソラは時に慈悲深く、時に無慈悲だ。今回の事をソラがどう判断するかは妖精王にも分からない。
「一時的に妖精界に渡ることは出来ませんか?」
「それは出来るが、妖精界とて万能ではない。前回のように一部だけで戦争をするなら新しい空間を作ればいいが、今回はそうではないだろう? 妖精界と人間界を完全に切り離すことは我にも出来ない」
「そうですか……残るはディノの地下ぐらいですね」
「そのようだな……しかし、肝心のディノが目覚めないのではな」
「それに、そもそも星が破壊されたら結局無意味だわ」
「……」
キャロラインの言葉に皆黙り込んでうつむく。
そんな三人を妖精王はただ眺めていた。人間の王や仲間たちがこれほどにこの星を守りたいと願っているのに自分はまた見ているだけなのだろうか。名を剥奪された妖精王はその後はもうソラへ還るのみだ。その先は誰にも分からない。生まれてすぐに名を取り上げられたオズワルドとはきっと違う。
「そう言えば妖精王、地下では子供たちはどうです?」
あまりにも重苦しい雰囲気に耐えきれずシャルルが口を開くと、ルイスとキャロラインも心配そうに視線を妖精王に移した。
「子供たちか? 元気にやっているぞ」
妖精王の言葉にキャロラインが目を輝かせる。
「そうですか! 良かった……ライアンは少し気が小さい所があるから心配だったんです」
「ライアンは確かに気は小さいかもしれんが周りをよく見ているし、ルークといいコンビだ。この国は安泰だな!」
「そうか! まぁキャロの血が流れているんだ! 当然だな」
自慢気に胸を逸したルイスの口をキャロラインが恥ずかしそうに塞ごうとする。
「ではルーデリアはこれからも安泰ですね。あ、うちの子たちもしっかりしていますよ。年は離れていますが、未だに皆の事を話しては笑っています」
シャルルの所の双子は一足先にフォルス学園に入ってしまったが、それまではしょっちゅうバセット領で皆と遊んでいた。
「子供たちには何の憂いもない未来を贈りたかったですね」
小さなため息を落としたシャルルにルイスもキャロラインも頷いて鼻をすする。
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