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第280話 とやかく言わずに子供時代を思い出せ!

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 けれどアリスならきっとそうする。彼女はそこらへんに生えている雑草すらこの星の住人だと言うに違いないのだから。

「そ、それはそうだけれど……」

 珍しくライラに怒鳴り返されたキャロラインは少しだけびっくりしてしまった。キャロラインにこんな風に言い返してくるのはいつだってアリスだけだと思っていたからだ。

「アーバン君は賢い子です。話し終えた時、彼はもしもスルガさんがやってきて無理やり連れ去ろうとするのなら行かない。けれどもしも何か事情があって自分を連れに来たのなら、僕は行く。そう言い切りました。そして案の定スルガさんはやってきた。この手紙を持って」

 そう言ってライラは握りしめていた手紙をキャロラインに差し出した。

「これを、スルガが持ってきたの?」
「はい。アーバン君に宛てた物ですが、実際はアーバン君を通して私達に宛てた物だと思います」
「読んでも?」
「もちろんです!」

 ライラはそう言ってまだしょげかえっているミアの肩を撫でた。

「ミア、ごめんなさい。そんな事情があったなんて知らなくて頭ごなしに……」
「いえ! 連れて行かれたということは事実なので……皆さんになんて報告すればいいのか……」

 特にキリには何て言えばいいのだ。あれほどミアを信頼してくれているのに、その信頼を裏切ってしまった。

「反省は後にしましょう。とりあえずこれを読むわ」

 キャロラインはそう言ってミアの背中を撫でて手紙を開いた。

『君の力を貸してほしい。君の仲間たちはとても尊敬出来る人たちだ。だからこそ君に頼みたい。どうか私と一緒に来てほしい。そこで私の右腕になって欲しいんだ。決して君の嫌がるような仕事は押し付けないと約束する。『アリス・バセットの受難』を熟読している君なら、私の意図がきっと分かるはずだ』
「これは……どういう事かしら?」
「わかりません。ですが、スルガさんがアーバン君を連れて行ったのは、何か理由があるようです。それからこの手紙は私達にも向けられています」
「どういう事?」

 キャロラインが首を傾げると、ミアが身を乗り出して手紙の縁を飾るバラの蔦を指さした。

「ここです、お嬢様。この蔦に沢山の数字が隠れているんです」
「ここに?」

 ミアに言われてキャロラインは手紙を凝視した。すると、蔦の始まりから確かに数字が隠されている。

「これは……」
「ミアさんと二人で解読してたんですが、どうやらこれは右回りに読むようで、全部拾って組み立てると『二人をお願い 私はいく ヴァニタスと彼らを連れて』……と」

 ライラはそう言って視線を伏せた。スルガもユアンのように既に腹をくくっているようで、全てが終わったあとのアーバンとメリーアンの事を案じているようだ。

「……何て事……これを読んでアーバンはスルガについて行ったのね?」
「……はい」
「そう……彼はアーロになるんだって言ってたものね」

 無邪気にアーロの役割を与えられたのだと息巻いていたアーバンを思い出してキャロラインは視線を伏せた。どうしてあんな小さな子供がこんな目に遭うのだ。

 思わずそんな事を考えたキャロラインに、ライラが真剣な顔をして言った。

「彼は15才です。私達があのループに翻弄されていた時と同じ年齢なんですよ、キャロライン様」
「!」
「だから私は信じています。彼を。スルガさんを」

 真剣なライラの顔を見てキャロラインはようやく息をついて頷いた。何も特別なのは英雄たちだけではない。どんな人にも役割があるのだ。

「そうね。大人になって親になってすっかり忘れてしまっていたわ。私達も相当無茶をしたものね」
「そうですよ! 何ならもっと酷いことを沢山してました!」

 特にアリスが! そう言って胸を張ったライラを見てキャロラインとミアが吹き出す。

 ひとしきり笑ってキャロラインは涙を拭いながら言った。

「そうね。ではこう考えるべきね。私達の味方があちら側にスパイに入っている、と」
「そうです! とても優秀なスパイです!」
「ではそのスパイが動きやすいよう、私達も体制を整えましょう。ティナを待たせているの。行くわよ、二人とも。反撃を開始するわ!」

 キッと視線を上げたキャロラインを見てライラとミアが手を叩いて喜んだ。何だかだんだん二人がアリスの反応に似てくるのは気のせいだろうか。

 そんな事を考えながらキャロラインは妖精手帳を取り出して、『オーグ家』と書付けた。



「と、父さま!? 母さまも!」
「ノエル~~~!! ハグッ!」

 アリス達が秋の庭を出て春の庭を目指していると、丁度その時、曲がり角を曲がってノエルがやってきた。ノエルはアリスとノアを見つけるなり驚いて駆け寄ってきたが、すぐさまアリスに捕まり抱きしめられる。

「むぎゅう……か、母さま、く、くるし……」
「ノエル! あれ? 一人なの? アリス、ちょっと加減してやって」
「おお! ごめんごめん、嬉しくてつい!」

 ノアに言われてノエルを離したアリスがついでにノエルの乱れた髪を整えてやると、ノエルは恥ずかしそうな嬉しそうな顔で笑って次の瞬間には視線を伏せた。

「うん……それが、リゼの体調が悪いみたいで……妖精王も戻らないし、せめて何か栄養のある果物を取って来ようって話しになって」
「リゼちゃんの体調が悪い? 大丈夫なの? クスリは?」

 カインが問うと、ノエルはやっぱり視線を伏せたまま答える。

「それが、全然起きないんです。熱もあるし、まるでドレスを着た次の日のアミナスみたいになってて」

 ノエルの言葉にアリスとノアは顔を見合わせてゴクリと息を呑んだ。

「重症じゃない! すぐに地上に連れてって医者に見せなきゃ!」
「うん、僕もそう思うんだけど、でもそうしたらオズワルドが地下から居なくなっちゃうでしょ?」
「ああ、そうか。困ったね。皆で行く?」
「それも危ないかなって。影母さまを置いて行くってオズワルドは言ってくれてるんだけど……」

 そう言って視線を伏せたノエルを誰かが抱き上げた。

「ノエル、案内してくれ。俺が診よう」
「え!? アーロさん!?」
「ああ。俺は一応医師の資格を持っているんだ」

 何てこと無いように言ったアーロの言葉に仲間たちはギョッとしてアーロを見た。

「え、あんた、そんなの持ってんの? なんで? 家別に医者じゃないよね?」

 医者になる家柄というのは大体決まっていて、家業を継ぐのがほとんどだ。とても過酷な仕事なのであまり望んで自らその職業を目指したりする人は居ない。

「家業は医者ではないが、家を出てすぐに医師の免許を取ったんだ」
「何故またそんなニッチな資格を……」

 この世界では医者はさほど高給取りな仕事ではない。家業でもない限り目指す者も少ない。それなのに何故? 進んで医者を目指すような人は大抵変わり者だ。呆れたシャルにアーロはやっぱり無表情で言う。

「何故と言われても、絶縁したリサと何か接点を持つ職業は何かと考えた時に医者だと思ったからだが?」
「……いやいや! 接点持つにしても特殊すぎるだろ!」
「カイン様の言う通りだ。そもそも何故病気になることが前提なんだ……」
「怖いよねぇ……何十年待つつもりで居たんだよぉ~気持ち悪ぅい」
「そんなにおかしな事か?」
「おかしな事っていうか、あんたの優秀さを再認識したっすよ。医者なんて相当難しいっしょ。それこそずっと勉強しないと取れない資格っすよ」
「言っただろう? 俺は一度読んで聞いた事は忘れないんだ、と」
「……いや、記憶力でどうにかなる問題じゃないと思うんだけど……まぁいいや。とりあえずノエル、リゼちゃんの所に案内して」

 どこまでもエリザベス一筋だったアーロに苦笑いを浮かべたノアはアーロからノエルを受け取ると言った。

「う、うん。あっち」

 何が何だか分からないが、医者の方からこちらに出向いてくれたのはありがたい。ノエルは廊下の先を指さした。
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