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第322話 契約の抜け穴

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 カインは今回の事が起こってからフィルマメントがずっと塞ぎ込んでいたのを側で見てきた。カインやルークが頑張れば頑張るほど、申し訳無さそうな泣きそうな顔をして言うのだ。「パパがごめんね」と。

 けれどカインもルークも今回の事は妖精王が引き起こした訳ではない事を知っているし、責めてもいない。ただフィルマメントはきっとずっと思っているのだ。もっと早くにあちらの行動に気づいていれば、こんな事にはならなかったのではないか? と。

「フィルが毎日どんな想いで過ごしてきたか知ってんのかよ!? 毎日毎日俺たちにあんたの代わりに謝ってくるんだよ! ずっと自分を責めてんだよ! そんな中あんたが居なくなったら、それこそフィルの心が壊れるだろうが!」

 思わず怒鳴ったカインを見て妖精王はガタンと立ち上がった。

「分かっている。そんな事は我にも分かっている! だから作戦を立ててきたのだ! ここでは言えん! ソラが我らを常に監視しているからな! だが……我とて何の考えもなしに動いていた訳ではない。オズとの約束もある。お主達の未来を守るという誓いもな! それ以上に我は家族を愛している!」

 珍しい妖精王の剣幕にカインはグッと息を呑んだ。

「……ごめん、言い過ぎた。俺も、妖精王はもう家族なんだ。寂しい事言わせないでよ」
「我も……すまない。だが、こうやって誰かと心の底から言い合う事が出来るのは素直に感動しているぞ。婿の事も我はとうに家族だと思っている証拠だな」

 ははは、と笑った妖精王を見てカインはじわりと滲んだ涙を拳で拭って妖精王を抱きしめる。

「あんま心配させんなよ。連絡はちゃんと取れるようにしといて」
「ああ、分かった」

 妖精王にとってフィルマメントがカインに嫁ぐ前は、人間など他の生物と変わらない、いつか滅びゆく種族だった。

 けれど人間は破滅にも自ら向かうが、再生も自らの手で行う不思議な生物だと言うことを知った。そして今や家族だと思える事が何よりも驚きだ。

 妖精王を抱きかかえて離さないカインを見てキャロラインとルイスが鼻をすすりだした所でノアがパンと手を叩いた。

「はい、美しい家族愛劇場はそこで終わり! でね、妖精王。あっちの敵はどうも数億人いるっぽいんだよ。どうしたらいいと思う?」
「我は未だに不思議なのだが」
「うん?」
「どうしてこの面子の中にお前が居るのだろう?」

 いつだって情に流されないノアを見て妖精王が半眼になって言うと、リアンが突然吹き出した。

「そりゃ変態居ないと涙涙で先進まないからだよ! いつまでもしんみりしてたって何も進まないでしょ? あと、あっちと同じぐらい悪魔要素持ってんのコイツぐらいだから」
「リー君、お口縫うぞ! という訳で妖精王、ソラの規約とやらはどこまで細かいのか教えてくれない?」
「そ、それを知ってどうするのだ?」

 引きつりながら妖精王が問うと、ノアはニコッと笑って言った。

「あのね、契約書って大概どっかに抜けがあるんだよ。そこを突くから契約書見せて」
「い、いやソラの契約書に抜けなど……無い……と、思うが……」

 しかしノアにこの笑顔で迫られると妖精王は何も言えなくなる。何せ彼は前科持ちだ。はるか昔の妖精王を騙してこの世界に転生してきたような奴なのだ。

 妖精王は渋々ソラとの契約書をノアに渡すと、ノアはそれをじっと読み始めた。ノアの隣にはシャルが移動して、二人して時々一文を指さして何か話し合っている。

「お、おい妖精王、契約書はそんな簡単に見せてもいいのか?」
「別に構わん。これは言わばただの紙切れで写しだ。原本はソラの元にある」
「そ、そうか?」

 まぁ本人が良いと言うのなら別に構わないのだろう。

 ルイスがソワソワしながらお茶を飲みつつノアとシャルの行動を見守っていると、ふと二人が同時に顔を上げた。そして契約書を机の上に置いて同じ笑い方をする。

「ほら、やっぱりあるじゃない、抜けが」
「な、なに!? それは本当か!?」
「本当だよ。まずこの部分ね。さっきも妖精王が言ってたけど、いかなる場合であっても生物同士の争いに肩入れする事は許されない。こういうのが沢山書いてあるけど、最後にはこんな一文があるんだよ。ただし、星の守護に務める場合は上記の限りではない。これはつまり、星を守護する為という名目があれば何をしてもある程度のことは大丈夫ということだよ。つまり、億の兵士にこちら側が負ければ星の爆破は免れない。よって、その戦力に対抗する力を妖精王が使ったとしても、それは契約違反にはならないって事」
「なるほど?」
「その理屈で言ったら妖精王にアンソニー達の場所探してもらうのもいけるんじゃないの?」
「っすね。それどころかあの人達をさっさと拘束する事も出来るかもっす」
「いや、それは無理だよ。これもさっき言ってたけど、生物に直接危害を加える事は出来ないんだ。でも、生物同士がやりあうのであれば問題ない。だから僕は妖精王にお願いがあるんだ」
「な、なんだ?」

 ノアはわざとらしく声を張り上げて言った。

「実は妖精王も知らない地下がもう一つあるんだよ。その地下の場所を教えるからあの不思議な本に登録してほしいんだよね」

 ニコッと笑ったノアを見てしばらく固まっていた妖精王だったが、すぐに理解してポンと手を打った。

「……ああ、なるほど。分かった。構わんぞ。この星に我が知らない場所があるのは困るからな!」

 妖精王はそう言って本を取り出した。そこにノアに手を当てさせると、本が光り、ディノの地下とは違う地下が本に一瞬で反映される。

 それを見てノアは目を丸くした。

「行かなくてもいいんだ?」
「ああ。この本はその者の記憶も吸い取る。そこからこんな風に知らない場所を探索する事も出来るのだ」

 言いながら妖精王は本をパラパラとめくった。すると、そこにはしっかりとアンソニー、カール、ユアン、アメリアの名前が記載されている。それを見て妖精王は嬉しそうに顔を上げた。彼らの場所を教えるような事は言えないが、この顔を見れば分かるだろう。

「オッケ。それだけ分かれば十分だよ。ルイス、これをレスターに渡してきて」

 そう言ってノアが取り出したのは二通の手紙だ。ルイスはそれを受け取って訝しげにノアを見る。

「これは?」
「一通はレスター宛だよ。もう一通は観測者宛て」
「は? そんなもの観測者が読んでくれる訳ないだろう!?」

 思わずルイスが怒鳴ると、ノアは首を傾げた。

「なんで? 観測者は自分の容姿や場所を誰にも話すなとは言ったみたいだけど、コンタクトを取ってくるな、とは言ってないでしょ?」
「そ、それはそうだが。それは屁理屈だろう?」
「屁理屈だろうが何だろうが、嫌だったらもう二度と訪ねてくるなって言うよ。でもレスターはアンソニーの気持ちが分かったら教えてくれって頼まれたって言ってたんでしょ? それは別にもう来るなって言った訳じゃないって事だよ。観測者っていうのがとにかくこの星の全てを観測したいんだとしたら、全ての事を知りたいが為に絶対に手を貸してくれると思うよ」

 シレっと言ったノアにルイスとキャロラインは青ざめたが、そんな二人にアーロが静かに言った。

「ノアの性格をいい加減熟知しろ、二人とも。こいつは使えるものなら何でも使うぞ」
「そうですよ、二人とも。私はもう随分慣れましたよ」
「あんたはそりゃね」

 そう言ってシャルルがお茶をすするのを見てリアンが苦笑いを浮かべた。何せシャルルはノアにとことん利用された人物だ。何なら一番のノアの被害者である。
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