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第323話 適材適所なバセット領

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「分かった、すぐに届ける」
「うん、よろしくね。さて、それじゃあ僕たちも色々準備しようか。満月までもう一週間も無い。それまでに戦える人を集めないと」
「だな。俺も一旦領地に帰るよ」

 そう言ってカインはチラリと妖精王を見ると、妖精王は首を横に振った。

「我はこれから妖精達に声をかける予定だ。もしもフィルが妖精界に行くと言ったら……その時は婿の判断に任せる」
「分かった。じゃ、その時は連絡するよ。皆も、都度連絡よろしく」
「それじゃあ皆、集め終わった人から連絡して。それからリー君とオリバー、アーロは僕たちとついてきて」
「え、嫌なんだけど」
「リー君、ノアのこの顔はもう決定事項っすよ」
「そうだぞ、リー君。諦めろ。ただノア、そろそろリサへの食事を届ける時間なんだが」
「あんたそれまだやってたの!? こんな時に!? てか地下に居た間リサさんのご飯どうしてたのさ!?」
「レトルトを大量に置いてきた。どの組み合わせがベストか教えてくれと言って」
「……なるほど。それが尽きたんだ?」
「ああ。リサはああ見えて研究熱心だからな。ノア、少し抜けてもかまわないか?」

 いつだって真剣なアーロを見てノアは苦笑いを浮かべて頷いた。

「いいよ。明日から動こう。今日は母さんとゆっくりしてきて」
「ああ、ありがとう」

 そうれだけ言ってアーロはさっさと消えた。そんな中アリスが何故かソワソワしている。

「どうしたの? アリス」
「兄さま、今母さんって……」
「ああ、うん、僕とキリにとってはね、リズさんも母親みたいなものだから。アリスは気にしなくていいんだよ。君が全てを知ってしまったからと言って母さんはどうこうしたいだなんて言わないよ」
「そうです。あの人は流石あなたの母親だけあって、色んな意味でおおらかな方ですから」

 ノアとキリの言葉にアリスはどこかホッとしたように頷いた。やはり心の奥では完全に理解できた訳ではないのだろう。

 ノアはアリスを抱きしめて頭頂部にキスをするとその頭を優しく撫でた。

「アリスはお得だね。お父さんもお母さんもいっぱい居て」

 ルークがオスカーとマーガレットの事も父さん、母さんと呼ぶように、アリスもいつかそんな風に思えたらいい。何も両親が二人でないといけないなどと言う決まりはどこにも無いのだから。

 ノアの言葉を聞いてアリスははにかんで笑った。

「うん! やっぱり可愛いからお得なのかな!?」
「それは違うのでは」
「キリ! メッ!」

 わざとおどけてそんな事を言うアリスと、何時ものようにアリスに接するキリにノアの胸がジンとする。

 あんな形でまさかアリスの出自がバレてしまうとは思ってもいなかったが、思ったよりもアリスはヘコんではいなさそうだ。心の奥底では本当はどう思っているかは分からないが――。

 ノアはそんな事を考えながら立ち上がり、アリスとキリの手を引いた。

「それじゃあ僕たちは行くよ。皆もあとはよろしく!」

 そう言ってノアは久しぶりに皆でバセット領に戻ったのだった。
 
 
 
「はい、これでオッケー!」

 アミナスはディノの大きな目玉全体に精製水が行き渡るようにじゃぶじゃぶとかけ、そっと瞼を下ろした。

「お疲れ様、アミナス」
「うん!」

 ノエルの言葉にアミナスは嬉しそうに頷いた。ベッドの下ではレックスが相変わらずヒヤヒヤした様子でこちらを見上げている。

 アミナスはベッドから飛び降りて皆がいる部屋の端まで行くと、すっかり巨大化したディノを見上げて感嘆の息を漏らす。

「おっきいね~」
「大きいね。見て、鱗一枚がもう僕たちよりもずっと大きいよ」

 ワクワクした様子でノエルが言うとライアンとルークもそれを見てはしゃいでいるが、テオだけはいつも通り冷静だ。

「そろそろベッドから尻尾がはみ出しそう。レックス、あの柵外してやれないの?」
「多分外せる。外した方がいい?」
「そりゃ寝てる時に窮屈なのは嫌じゃない?」
「分かった。それじゃあ外す。手伝ってほしい」

 レックスが言うと、テオはグイッとアミナスの腕を引っ張ってレックスの前に差し出してきた。

「はい、力仕事要員」
「……アミナスはこれでも一応女の子」
「だから? 出来る事は出来るやつに任せるのが一番皆の負担が少ないよ」
「なになにー?」
「ディノが寝苦しそうだからベッドの柵外すんだよ。そういうの得意でしょ?」
「うん得意! 行こ、レックス!」
「う、うん」

 戸惑うようなレックスにテオは真顔で言った。

「レックス、もし今後バセット領に行くなら覚えておいた方がいい。この領地では僕たちの常識や価値観は全部壊されるから。男女の差は考慮なんてされない。ここでは個人の力量が全てなんだ。だから皆がしたい事してる。洗濯が好きな少年はお手伝いと称して色んな家で洗濯してお小遣いを稼ぐし、針仕事が得意な青年はオリジナルのドレス専門店やってる。日曜大工が得意なおばさんは今や大工の親方だし、弓が得意なお姉さんは森で狩りしてる。もちろんその性別らしいと言われる仕事をしてる人も居るし、そうでない人もいる。アリスの影響でとにかくこの領地は人間ですら雄雌の区別しか無いんだ。ここはそういう所」
「……分かった。心しておく」
「そうしな。でも過ごしやすい所だよ。ここでは皆が同じ立場だからさ。レックスもきっと気に入る」

 テオはそれだけ言って笑って二人の背中を押した。

「よくよく考えると凄い領地だよな」

 二人の話を後ろからじっと聞いていたライアンが言うと、やっぱり同じように聞き耳を立てていたルークとローズとジャスミンも近寄ってくる。

「だね。でも楽しいよ」
「毎月のバーベキューは最高に楽しいわ!」
「私はちくわを焼いたのが好き~。ちくわ美味しい~」
「安上がりだな、ローズは。でも僕もかまぼこは結構好き」

 アリスは今もどんどん色んな場所で特産物を量産している。その場に行かないと食べられないものやお土産に持って帰る事が出来るものなど。

 そのたびに駆り出されるのがザカリーとスタンリーなのだが、二人もすっかり慣れたもので最近ではアリスよりもノリノリで色んな物を開発しているらしい。

「全てはバセット領から始まった。『アリス・バセットの受難』の冒頭は、全然嘘じゃないからな」

 そう言って何故かライアンが誇らしげに胸を張っていると、後ろからレオとカイが言う。

「どうしてあなたが胸を張るのです?」
「そうです。そもそも奥様を制御していた父さんと旦那様が素晴らしいという事を書いた本ですよ、あれは」
「まぁまぁ二人とも。英雄たちは今も皆の英雄なんだよ。だから誰も今回の事を心配してない。僕たちの両親は、きっとまたこの難関を乗り越える。僕はそう信じてる。そのためにも僕たちは僕たちの出来る事をしないと」

 今にも喧嘩が始まりそうだった子供たちの間に割って入ったノエルが言い終わると同時に、ベッドの柵を取り外していたアミナスの奇声が聞こえてきた。その声に振り返ると、アミナスが大きな柵を一人で持ち上げていて、隣でレックスが青ざめてそんなアミナスを見つめている。

「どっこいしょーーーー!」
「……一人で……」

 結局テオの言う通りアミナスはほぼ一人でディノのベッドの柵を取り外してしまった。多分男子全員が集まっても持ち上がらないかもしれないと思っていた柵が、アミナスが一人で持ち上げてしまった事に驚くが、アリスを思い出して何かに納得したレックスはポツリと言った。

「男女差は関係ない……得意な事を得意な人がやる……か」
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