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第330話 人生を謳歌するアリス

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「あー……まぁ、じゃあ前のやつ磨くか。数は別に増やさなくてもいいんじゃないの」
「そうかなぁ? まぁいいよ。それで、ノア君達はクルスの所に行ったって?」
「うん。スルガに起こってる事話してくるってさ」
「そっか……まぁ、俺としては複雑だよね。鉱夫達からもう少し信頼されてると思ってたんだけどなぁ」

 苦笑いしながらそんな事を言うルードにカインはキョトンとした。

「なんで? めっちゃ信頼されてるじゃん。皆、兄貴に迷惑かけたくなかっただけだと思うけど」
「迷惑なんて! もっと早く教えてくれてたらもう少し何か出来たかもしれないのに!」
「それは無理じゃね? ノアも言ってたけどこの計画考えたの大半はユアンでしょ。兄貴とユアンは接点皆無だし、スルガさんは優しいしどのみち教えてなんかくんないって。それに本当はクルスさんも巻き込みたくなかったんじゃないかな」

 スルガとクルスは傍から見てもよく気が合うようだった。そんな友人をこんな事に巻き込みたいだなんて思っていなかっただろう。だから出来るだけ彼には何も伝えずにこんな回りくどいやり方をしたのではないだろうか。出来れば巻き込まないで済むように、と願掛けのつもりで。

「それはクルスは怒ると思うけどね、俺は」
「それは俺もそう思う。でもスルガの気持ちもよく分かる。兄貴だってそうでしょ?」

 何せ家族を巻き込みたくなくて自分の人生をフォルスに捧げるつもりだったルードだ。

 からかうように言ったカインを見てルードはバツが悪そうに顔をしかめる。

「まぁ……これは一生言われるよね、多分」
「多分ね。で、俺たちは一旦ここに戻ってきたけど、たまにはあっちを出し抜きたいと思うんだけど、兄貴どう思う?」

 ニヤリと笑ったカインを見てルードも口の端を上げて笑った。

「そりゃもちろん、やられっぱなしって言うのは性に合わないんだ。それに、そろそろ宰相一家の力を見せてやらないと。ね?」
「そうこなくちゃ。よし、そうと決まれば作戦会議だ」
「ああ」

 ライト家の自慢の息子たちは、それからしばらく二人して部屋から出てこなかった。二人して部屋に籠もって何をしていたのかを知る人は、この時点では誰も居なかった。
 
 
 
「クルスさ~ん! 久しぶり~!」
「クルスさん、お久しぶりです」
「アリスさん!? キリ君も! それに他の皆さんまでどうしたんですか!?」

 突然現れたアリス達を見てもうじき完成する予定のダムを見上げていたクルスは、持っていたそろばんを落としそうになって慌てた。これはスルガから預かった大事なそろばんだ。絶対に傷をつける訳にはいかない。

「ちょっとクルスさんにお願いとお話があってさ。今から少し時間とれる? それとも出直した方がいいかな?」

 ニコッと笑ったノアを見てクルスが苦笑いを浮かべた。

「そんな事言って、僕が今日は非番なのを知ってますよね? 妖精たちからさっき連絡が来ました。お前、何かしたのか!? って」
「ははは、そっか。ダム作りはどう? 楽しい?」
「楽しいですね。やり始める前はこんな気持になるなんて思ってもいませんでしたが、今は僕はこれを作るために生まれてきたんじゃないかと思えるほどですよ」
「そうなの? じゃあめっちゃ天職だったんだね! やっぱせっかく生まれてきたんだから自分が一番好きな事するのが一番だよ! うんうん」

 それを聞いてノアの後ろからしゃしゃり出たアリスがニカッと笑うと、すぐにキリから厳しい意見が飛んでくる。

「あなたは好きな事をし過ぎです。もう少し自重してください」
「なによぅ。自分の人生を謳歌するのは良い事でしょ~? ぎゃん!」
「良い事ですが、あなたは他人を巻き込みすぎです!」

 容赦なくアリスにゲンコツを落としたキリはクルスに向き直ると、ふとクルスの持っているそろばんに気付いた。随分使い込まれたそろばんだ。

「それは?」
「ん? ああ、これはスルガのだよ。病気で長期休暇を取るって連絡があったから鉱山に行ったら、鉱夫の一人にこれを渡されたんだ。スルガがから伝言で、無事に戻ってくるまで預かっててくれって」

 そこまで行ってクルスは視線を伏せた。その時も思った事だが、よくよく考えると病欠にしては何だか変な言い回しだ。もしかしたら何か大きな病気なのだろうか。にしては直前まで会っていたスルガは元気過ぎるほど元気だった。

 そんなクルスの疑問に気付いたのか、ノアがニコッと笑った。

「もしかして、何か変だな~って思ってる?」
「ど、どうして!?」
「そんな顔してたよ、クルスさん」
「そ、そうですか? うわーやっぱ顔に何でも出る癖抜けないなぁ。はい、ちょっと変だなって思ってます。スルガは……本当に病気ですか?」

 自分の中にあった疑問を何気なく声に出してみると、不思議なことに次から次へと疑問が湧いて出てくる。

「病気じゃなかったとしたら何だと思うの?」
「それが全く分からないんです。でもあなた達はきっとそれを知ってるんですよね? だから僕の所に来たのかなって」
「ん~……半分当たりで半分外れかな。もしかしたらスルガさんはクルスさんを巻き込みたくなかったかもしれないんだけど、ちょっともうそういう段階でも無くなってきたからスルガさんの本当の正体を君に話そうと思って来たんだ。ついでに協力もしてほしくて」

 ノアの言葉にクルスは曖昧に頷く。どうやら何かが変だとは思っているようだが、それを知るのは怖がっているように見える。

「何でも真実を知るのは怖いよね。それまでの価値観も信じてた物も覆されたりなんかしたらさ。でも、その先に光があるかもしれないのに、ずっと自分で目隠ししたままでいるなんて馬鹿らしいと思わない? どのみちもう昔には戻れないんだから。皆が耳をいくら塞いでも目を覆っても、時間は等しく過ぎていく。それならその時間を有効に使うべきだと、僕は思うな」
「それは……スルガの為になりますか? 彼は……戻ってきますか?」
「それは分からない。どうなるかは僕たちにも全く分からない。今ここでスルガさんの事をクルスさんに伝える事が正しい事ではないかもしれない。でも正しいかもしれない。それは誰にも分からない。だからクルスさんに話しにきたんだ。信じるも信じないも自由だし、それを聞いてどんな行動をとるかもあなた次第なんだよ」

 ノアの言葉を聞いてクルスは一瞬目を大きく見開いて苦笑いを浮かべた。

「何か、スルガが休みだす直前に言ってた話みたいだ」
「休みだす直前の話?」
「はい。珍しく二人とも非番の日があったんです。だから久しぶりに羽目外そうって言って昼間から家で二人で飲んだらすっごく楽しくておかしくて、二人でずっと笑い転げてたんだけど、ふとスルガが真顔で言ったんですよ。皆、こんな風に自由であるべきなんだ、って。生物は全て本来は自由でなければならないんだって。それを聞いた時ふとアリスさんの顔が過って、アリスさんみたいな事言うんだなって言ったらあいつめちゃくちゃ爆笑して」
「ちょ、なんでそこで爆笑なの!?」

 爆笑されたと聞いてアリスが頬を膨らませると、後ろからリアンがアリスの口を無理やり塞いできた。そんなリアンを見てキリがそっとリアンに向かって親指を立てている。

「いやいや、あいつは別にアリスさんの事を笑ったんじゃなかったんですよ。むしろアリスさんを尊敬するって。本当は皆、あんな風に生きるべきなんだって。全ての命は等しく同じで、人間だけがその中で飛び抜けているだなんて考えている間はどこからも抜け出すことなんか出来ないんだよ、って」
「……世界が皆アリスだったらそこは別の意味で地獄っすね」
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