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第352話 モルガナの出自

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 妖精手帳に行き先を書き込もうとしたアリスの腕を掴んでノアがにっこり笑って言うと、アリスはその笑顔を見て引きつって頷く。

「わ、分かった。ちゃんとホウレンソウする」
「うん、そうして。皆、行くよ」

 ノアが声をかけると今度は全員がついてくる。出口が分散していると聞いて、今度は2つのグループで対応する事になったのだ。

 
「そして僕たちはまたあいつのイルカショーを見るんだね」

 リアンがポツリと海を眺めながら言うと、オリバーは無言で頷いた。

 もうノアはこちらにキリを寄越してもくれなくなった。オリバーとリアンとアリスのコンビは、もしかしたら見捨てられたのかもしれないと思う今日この頃だ。

「さっき着替えたとこなのにね。着替えまだあんのかな?」

 びしょ濡れになっても気にもせずに率先してイルカに捕まり指示を出すアリスを見てリアンが言うと、オリバーは何かを思い出したように言う。

「最低でも四着は必ず持ち歩いてるってキリが言ってたっすよ。ノアとキリのリュックに詰まってるらしいっす」
「四着も!? そんな赤ちゃんじゃないんだからさ! 何で成人なのに一日にそんな着替えが必要になる訳!?」

 そう言ってリアンは海に落ちても生き生きしているアリスを見て項垂れる。

 アリスは流れてきた二人の男の首根っこを掴んでイルカに足の裏を押してもらってこちらに物凄いスピードでやってくる。

「ああいう事やってりゃ必要っすよ」
「そだね。さて、僕たちは僕たちの仕事しようか」

 リアンはそう言ってアリスや人魚たちが運んでくる男たちを端から脱がして縛り上げていく。途中までは男たちを気遣って脱がしていたリアンも、流石に面倒になってきたのかどんどん雑くなっていった。

「リー君、流石にそれは……」
「え、なに? 何か文句あるの?」
「や、ないっす。好きにやっちゃってください」

 半裸どころかもうアリスのように男たちの服を全部脱がしだしたリアンを見てオリバーが言うと、振り向いたリアンの目は完全に据わっている。

「濡れてるから! 脱がしにくいんだよっ! もう全部ひん剥いた方が早い!」

 言いながらリアンは意識の無い男の服を一気にベロンと剥がして、さらにお腹を踏みつけてズボンと下着も一緒に脱がせる。手早く縛り上げて一丁出来上がりである。

 完全に作業と化しているリアンを見てそれでもオリバーは丁寧に脱がしてやった。どうせこの後全裸にさせられるのだろうが……。

 
 一方ノアとキリとアーロは決してイルカに跨ったりなどせず、粛々と運ばれてきた男たちを縛り上げていた。そこにカインから連絡が入る。

「どうしたの?」
『こっちの進捗状況伝えとくわ。ルカ様があちこちで暴れ倒してスルガが書き残さなかった地下はほぼ壊滅状態だよ。そっから結構な人数の子供たちが見つかった。皆、クラーク領で保護してる』
「ありがとう。ルカ様は今が一番生き生きしてるんじゃないの」
『はは、親父も言ってた。でな、モルガナについても新情報だ。モルガナはメイリング南の孤児院出身らしい』
「孤児院なの?」
『みたいだな。もしかしたらその頃からモルガナは愛人だった指導者に目つけられてたのかもな』
「それはあり得るね。ありがとう。スルガさんのヒントにメイリングのダムもあったんだ。それがもしかしたら大本命かも」
『ああ。あとあの地図に無い山ってのも怪しいしな。ルカ様がまだ居るから良かったら合流してくれ』
「分かった。ありがとう。あ! アーバンとメリー・アンさんの本物は無事に保護してうちの領地に送ったよ。皆にも伝えておいて」
『マジか! 分かった。じゃな』
「うん、それじゃあまた」

 それだけ言ってスマホを切ったノアはまた作業に戻った。

 しばらく同じことをずっと繰り返していい加減疲れてきたノアは伸びをして大きなため息を落とす。

「何も出てこないね」
「ですね。ここの人達は武器さえ持ってません。完全に下っ端のようですが、この人数と流れてきた物を見る限り、もしかしたらこの地下道は居住区か何かだったのでしょうか?」

 丁寧だがやっぱり全ての衣服を剥ぎ取るノアを見て、アーロとキリもそれに倣う。

「かもな。完全に油断していた所に水が流れ込んできたという所か。一緒にカードなんかも流れて来ているようだ」

 アーロはイルカ達がせっせと運んでくる物を見て鼻を鳴らす。賭け事でもしていたのか、カードや酒瓶、グラスや日用品なども一緒に流れてきていた。そんな物の中に時折ドレスなどが流れ着いてきているのを見てアーロは顔をしかめるが、その隣でノアが口元に手を当てて流れ着いてきた物をじっと見下ろしている。

「案外こいつらが率先して捕らえた人達に暴行を働いていたんじゃないか?」

 何やら考え込んでいるノアにアーロが問うと、ノアはハッとした様子で慌てて頷いた。

「そうだと思うよ。少なくともアンソニーとカールはそもそもこういう事に興味すらなかったんじゃないかな。ユアンは……まぁ色んな意味で興味ないだろうしさ」
「だとしたらもしかしたらリリーさんを襲ったのも違う人物かもしれませんね」
「だね。まぁもうこの際誰でもいい。こいつらは等しく重罪だよ」

 ノアは縛り上げられた男たちをゴミでも見るような目で見下ろすと、海に目を向けた。

 すると奥の方から人魚が何かを大事そうに抱きかかえて泳いでくるのが見えた。

「大変大変! 早くお医者様!」

 人魚は浜辺までやってくると、途中で拾った毛布で包んだ少女をノアに手渡してきた。手渡された少女を覗き込んだノアはヒュッと息を飲む。

「リリー!? キリ! すぐにリリーをティナさんの所へ!」
「はい!」

 キリはノアからリリーを受け取り毛布の隙間に『ティナ』と書いた妖精手帳を押し込んだ。すると途端にリリーの身体はその場から消える。

「お嬢さん、ありがとう。リリーはどんな状態で流れてきたの?」

 浜辺からノアがリリーを運んできた人魚に言うと、人魚は少しだけ頬を染めて言った。

「ボートに乗ってたわ。だから外傷はどこにも無いと思うけど、意識が無かったから」
「そうなんだ。そのボートには他に何かあった?」
「何にも。この子が乗ってただけよ。あ、それからこれ渡しておくわ。可愛くないから取っちゃった」

 そう言って人魚はリリーが被っていた何やらブヨッとした物体をノアに渡した。それを見てノアは驚いたように目を丸くする。

「ノア様、どうしました? こ、これは……お嬢様の防災スライムではないですか……何故こんな所に……」
「これ、リリーさんが被ってたって。彼女はどうやらスルガかユアンがボートに乗せてこれを被せて流したみたいだよ」
「……なるほど。ではどちらかがそれを地上で購入したと言うことですか?」
「だろうね。しかもこれ、一番初期のやつだよ。ほら、リボンの色が今のと違う」
「本当ですね。初期の防災スライムは確かメイリングで無償で全て配ったはずです」
「うん。てことは誰かがメイリングで二人を手引してる可能性があるね」

 防災スライムを握りしめてノアが言うと、キリも真顔で頷いた。

 キリが受け取った防災スライムを絞るとあっという間にシワシワになる。それを丁寧に畳んでポシェットに仕舞ってまた作業に戻った。

 次から次へと流れてくる男たちは30人近くは居た。こちらだけでこれだけの数が居るのだ。やはりここはアンソニーの兵士たちの居住区だったのだろう。

「そろそろ大丈夫かな。人魚さん達、多分もう流れ着いて来ないと思うけど、もしまた流れてきたら街の警邏隊に引き渡してくれるかな?」

 ノアが人魚に言うと、人魚は少しだけ残念そうな顔をする。
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