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第376話 傷ついたドラゴン

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 カインは農夫を急かしながらその後を追っていた。

 もしも警邏隊の経歴が先程見た通りで、この農夫の言い分が正しいのであれば、ノアが言っていたルーデリアのシュタで起こった分断工作がここでも起ころうとしていると思って間違いないだろう。

 しばらく走っていると、ようやく農夫が足を止め、一軒の家を指さした。

「あ、あれがうちです。ドラゴンは納屋に居ます」
「分かった! 案内サンキュ!」

 カインは言いながら疲れ果てている農夫を置いて家を目指してさらに走った。

「こりゃ酷い……納屋は!?」

 農夫の家は既に窓ガラスが割られて家の中もぐちゃぐちゃだ。ここで何が起こったのか、何となく想像はつく。

 カインは家の裏手に回り込んで納屋を見るなり息を呑んだ。納屋は既にボロボロだ。火がかけられたのか、そこには焼け焦げた納屋の柱と燃え残った農具があちこちに散らばっている。

「遅かった……か……」

 カインがその場で膝から崩れ落ちて納屋を呆然と見上げていると、納屋の裏手にあった大木の陰から誰かがひょっこりと顔を出してこちらを伺っている。

「お兄ちゃん、誰?」
「……君は?」

 木の陰からこちらを伺うように顔を出していたのは、まだ幼い少女だ。少女は泣きそうな顔をしながらカインをしばらくじっと見ていたが、突然何かに気付いたかのようにこちらに駆け寄ってきた。

「カイン! カイン宰相だよね!? こっち! こっちに来て! 早く!」
「うわっ! ちょ、待って、君は――これは……すごいね。まるで秘密基地だ」

 カインは少女に手を引っ張られるがままに大木の裏に回ると、根っこの部分を見て目を見開いた。

 大木の根の部分に子供が一人入れるかどうかというぐらいの穴がぽっかり開いていたのだ。少女に促されるまま中を覗いたカインの目に飛び込んできたのは、まだ卵から孵化したばかりだろうと思われる小さなドラゴンの赤ん坊だった。

「無事だったのか! 君が助けたの!?」
「うん! パパが警邏隊に連れて行かれてすぐに家に警邏隊の人達がいっぱい来てね、何か探してたから私、すぐにこの子だって思って、納屋からこの子連れてずっとここに隠れてたの!」
「そっか。偉かったなぁ! で、ママはどこに……?」

 まさかママは犠牲になったのか? と思ったのだが、どうやらそうではないらしく、少女は誇らしげに胸を張って言った。

「ママはね、今おじいちゃんとおばあちゃんちに帰ってるの! もうちょっとで弟か妹が生まれるんだよ!」
「そうなんだ。おめでとう! そしてその子をそこから出してやってくれる?」

 ママの方はおめでただと聞いてカインは思わず笑みを浮かべると、少女の頭をよしよしと撫でる。そこにちょうど農夫が姿を現した。

「オーブリー! こんな所に居たのか! 良かった、無事で!」
「パパ! パパだ! 私ね、ちゃんと赤ちゃんドラゴン守ったよ! ほら!」

 そう言って少女は木の根の穴にゴソゴソと入っていって、中から赤ん坊ドラゴンを抱いて這い出てきた。それを見てカインと農夫は顔を見合わせてホッとしたようにその場に座り込む。

「はぁ……皆無事で良かったよ。で、この子の親はどこに?」
「そうだった! あの話には続きがあるんです! 森からこの子を助けた後、俺は納屋で夜中までこの子の怪我の治療をしていました」
「私も手伝ったよ! 羽根とね、爪に包帯巻いてあげたの!」
「ああ、そうだな。オーブリーも手伝ってくれたんだよな。えっと、それで治療してたら突然窓の外に大きな火柱が上がったんです。それ見てピンときました。この子の親がきっとこの子を探してるに違いないって。だから俺はオーブリーにこの子を頼んで森に戻ろうとしたんです。そうしたら、闇に紛れて誰かがあちこちの家に何かを撒いていたんです。その直後です、ドラゴンが暴れだしたのは。最初は一匹でしたが、次第にその数が増えていき、最終的には8匹程のドラゴンが徒党を組んであちこちの家を破壊してしまいました……それからしばらくして今度は突然ドラゴン達は飛び去ったんです」
「何かを撒いていたっていうのは、警邏隊?」
「わかりません。ですが、昼間に森を燃やしたのは間違いなく警邏隊の連中です。だから俺はキャメル様に直談判に行ったんです。夜が明けて全てをドラゴンのせいにされそうになっていたので、そうじゃないって」

 農夫はそれだけ言って悔しそうに唇を噛んで帽子を握りしめている。

「ありがとう、あんた達親子が勇気を出してくれたおかげで事件の全貌が見えたよ。やっぱりシュタは狙われてるな……あの坑道か……? ところでそいつらが撒いてたものに何か心当たりは?」

 カインの問に農夫はしばらく首を傾げていたが、すぐにハッとしてオーブリーが抱いていたドラゴンの赤ん坊を受け取り、毛布を取った。

「これかな、と。この子、羽根の先が片一方切り取られているんです。火傷よりも止血の方が大変でした。カイン様、この子をどうか然るべき所で治療してやってはもらえないでしょうか?」

 そう言って農夫はおずおずとドラゴンの赤ん坊をカインに差し出した。カインは赤ん坊を受け取って、今も痛々しい火傷と傷跡を見て泣き出しそうに顔を歪める。

「もちろん。尽力を尽くすよ。この子の親は……」

 言いかけたカインの裾をオーブリーが引っ張った。

「あのねー、お願いって言ってたよ! この子のお母さん、パパが夜に森に行ってる時に来たの」
「は!? オ、オーブリー! ど、どういう事だ!? 隠れてなさいって言ったじゃないか!」
「隠れてたもん! 根っこの中でじっとしてたけど、この子のお母さんが来たんだもん!」
「な、何故それを早く言わないんだ!」
「まぁまぁ。それで、オーブリーちゃん、この子のお母さんは君にお願いって言ったんだね?」
「うん! 羽根見て泣いてたよ……ねぇ、治る? この子、飛べるようになる?」
「そうだな……約束は出来ないけど、アリスちゃんに頼んでみようか。彼女は歩けなくなった人の為に脚を作っちゃうような子だから」

 ユーゴの彼女はアリスの義足のおかげで今はもうほとんど健常者と変わらない生活を送っているという。それを思い出したカインが言うと、オーブリーは飛び跳ねて喜び、赤ん坊ドラゴンの手をキュッと握って言った。

「大丈夫だよ! アリスが何とかしてくれる! 元気になったら一緒に遊ぼうね!」

 そう言ってオーブリーが赤ん坊ドラゴンの鼻先に小さくキスをすると、ドラゴンの赤ん坊は小さく「キュ」と鳴いてオーブリーの鼻先を舐めた。

「多分、この街からドラゴン達が飛び去ったのは、オーブリーちゃんのおかげだと思うよ。それから安心して。もう二度とシュタには手出しはさせない。ここはドラゴンが守る街だ。今頃広場で警邏隊の罪が暴かれてるんじゃないかな」

 カインがそう言って口の端を上げて笑うと、農夫はギョッとした顔をして広場の方に視線を移した。
 

 その頃広場では、カインの言う通りシャルとアランが縄で縛り上げた警邏隊を連れて、正に今、声を張り上げていた。

「この者たちは長くこの地を監視していたメイリングの工作員たちなのです」

 よく通るシャルの声に広場がザワついた。
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