上 下
474 / 746

第472話 高い志

しおりを挟む
「はっ!? い、今何時だ!?」

 ザカリーは何やら辺りに漂ういい匂いに目を覚ました。ハッとして顔を上げると、そこはいつもの厨房だ。朝日を浴びながらスタンリーが鼻歌交じりに何かをコトコトと煮込んでいる。

「あぁ……ポリッジか……いい匂いだな……」
「あ、起きたんスね。はよっス。ザカリーさん疲れてるみたいなんで、うちの奥さん直伝のポリッジっス。これ、めっちゃ美味いんスよ」

 スタンリーは振り向いてまだ寝ぼけ眼のザカリーを見て笑顔を浮かべた。そんなスタンリーにザカリーは鼻を鳴らして涙を拭うふりをする。

「俺の為にポリッジ……うぅ、俺はなんて良い部下を――それだ!!!」

 ザカリーはある事に気づいて跳ね起きると、一目散にまだ大量にある米を一束取りに走った。

「は!? ちょ、あんま急にテンション上げたら頭の線切れるっスよ!?」

 あまりにも急なザカリーの動きにスタンリーは思わず声をかけたが、ザカリーは既に居ない。

 戻ってきたザカリーは何かひらめいたと言わんばかりの笑顔を浮かべて米を差し出してきた。

「これ、この形状! オーツ麦に似ていないか!?」
「た、確かに……え、これ煮るんスか!?」
「分からん。だがやってみるだけの価値はある! しかしその前にまずは朝食だ!」
「え、マジでお嬢への道開いちゃったんスか? 大丈夫っスか?」

 ザカリーの台詞がまるでアリスなのでふと心配になったスタンリーだったが、ザカリーの目は闘志に燃えていた。
 

「うぅ……もう食えない……」
「頑張れスタンリー! お嬢のこのイラスト! この形に仕上げるには何かが足りないんだ。それは何だ……ミルクを減らすか? いや、それだと焦げる……うぅむ……」
「イラストにすら見えないんすよ……それ何なんスか?」

 メモには何かぐるぐるした渦巻き模様しか描かれていない。どこをどうやればこれが仕上がりのイラストに見えるのだ。これはやはりもう一滴ザカリーに盛るしかないかもしれない。スタンリーはそんな事を考えながらザカリーを見ていると、ザカリーは何度も何度も米をミルクで煮てはため息を落としている。

 しばらく同じことを繰り返していたザカリーだったが、ふと何かに気づいたかのように手を止めた。

「なぁスタンリー。これ、ミルクで煮るんだと思うか?」
「さあ? どうなんっスかね。ただミルクで煮たのも美味いんスけど、だとしたらこのイラストは何なんだ、とは思うっスよね」
「そうなんだよ。これを見る限り、米は固形なんだ。だがミルクで煮た所で固形にはならない……この三角っぽい何かにはならないんだ」

 アリスのイラストには沢山の暗号が書いてあった。それらの大半は器らしき物に入った恐らく米だったが、中には何故か唐突に三角や丸や上に何かが乗った長方形もある。

「ミルクで煮た所で茶色やこんな紫混じりにはならんだろ」
「っスね。てか、この紫やら茶色は後から何か巻いたり混ぜたりしてるっぽいんスけど」
「ああ、俺もそう思う。てことはだ、米は白いがミルクで煮る訳じゃないんじゃないか。ミルクで煮るとこんな風に丸めたり三角にしたりは難しいぞ」
「じゃあ何スか? 水とか?」

 スタンリーが冗談めかして言うとザカリーは真顔で頷いた。

「多分な。お嬢とノア様が涙ぐんで喜んだということは、この米自体が美味いということだ。しかしミルクで煮てしまってはミルク味にしかならない。何よりもお嬢のメモに牛のイラストがどこにも無いのが良い証拠だとは思わないか!?」
「そんな方面から解読したんスか!? パネェ! え、もしかしてマジでお嬢への道開いちゃったんスか!?」
「ははは。まだ正解かどうか分らないんだ。そんなに褒めるなよ」
「いや、褒めてないっスよ。そんじゃあ水で煮てみますか?」
「ああ、やってみよう」

 こうして二人は米を色々な量の水で煮てみることにした。
 

 どれぐらいの間同じ工程を繰り返しただろうか。流石に疲れ果てて机に突っ伏したスタンリーの目先でまだザカリーは米を煮ている。

「……ザカリーさんは凄いっスね」
「なんだ、急に。おだてても何もやらんぞ」
「違うっスよ。何か……なんでそんな一生懸命なのかなって思ったんスよ。イカリングだってハンバーガーだってクレープだって、どう考えても怪しかったじゃないっスか。でも今はルーデリアだけに留まらない評判じゃないっスか。なんでそこまで料理に必死になれるんスか?」

 ずっと不思議だった。ザカリーはいつもアリスが持ってきたおかしな料理やスイーツを必ずアリスが思っていた以上の物に仕上げてみせるけれど、それを仕上げる裏ではザカリーの血の滲むような努力が隠されていた。

 突然のスタンリーの質問にザカリーは少しだけ考えて笑い声を漏らす。

「そりゃお前、皆の喜ぶ顔が見たいからだろ」
「……マジっスか。志までパネェ」

 正直に感動したスタンリーを見て、ザカリーは慌てて訂正した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,701pt お気に入り:1,560

限界集落で暮らす専業主婦のお仕事は『今も』あやかし退治なのです

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:1

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14,061pt お気に入り:1,875

B型の、B型による、B型に困っている人の為の説明書

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:6

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,313pt お気に入り:4,068

【立場逆転短編集】幸せを手に入れたのは、私の方でした。 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,383pt お気に入り:825

追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:3,603

処理中です...