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第502話 壊れた女3

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「失礼な事言わないでちょうだい! 乃亜が自ら望んでここに来る訳ないじゃない! 乃亜の人生は順風満帆だったの! 会社も地位も顔も財産も全てが揃ってた! それなのにどうしてあの世界を捨てる必要があったって言うのよ!?」
「でも、ノアちゃんはそれを選んだ。あなたにはノアちゃんは救えなかった。あなたはそれを悟ってしまったから、わざわざノアちゃんの家で自死したのでしょう? ノアちゃんの家であなた、何を見つけたの?」

 静かな観測者の声に絵美里はまた虚ろな目をする。

「アリスよ……乃亜の家にはアリスしか居なかった。乃亜の日記にもアリスしか出てこなかった……あの人は誰かに人生を奪われた日からずっとアリスだけを追いかけてた……私の事なんてただの一言も……出てこなかった」
「……そうなの。辛かったわね。でも、それでノアちゃんやアリスを恨むのは違う。本当はそれも分かってた。でも諦めきれなくてノアちゃんが残したメモを試したのね? そうしてどっちつかずな思念で居た為に中途半端な時期に全てを思い出してしまった」
「知らないわよそんな事! 何で転生者の私がこんな仕打ちを受けばければいけないの!? 転生者は世界を救うのよ! そうよ、物語はそうでなくちゃいけないのに!」
「残念だけれど、あなたは転生者であっても伝授者ではないの。もしかしたらあなたは転生者という存在はさほど多くないと思ってるのかもしれないけれど、案外そうでもないのよ。あなた達みたいに記憶を残したまま他の星に転生をする人達はそう多くは無いけれど、その中の一部の人達だけが伝授者としてその星に受け入れられていくの。そうでない人達はそこの星の人達と何も変わらない、あなたの言う所のモブでしかないのよ。あなたは選ばれなかった。ノアちゃんにも世界にもね。それだけの話よ」
「ジャスミンぐらい厳しい……」

 語り口調は優しいが、観測者の言葉はノエルもひきつる程の辛辣さだ。アミナスなんて両手を口で抑えて震えながら縦揺れしている。

「どうして……どうして!? ここは乃亜の作った世界なのに! どうして私はヒロインじゃないの!? 私は……私は転生者なのぉぉぉぉぉ!!!!」

 混乱する絵美里は観測者の下で体をひねってどうにか抜け出そうとした。もう我慢ならない。どうして自分だけこんな目に合うのだ。どうして乃亜は自分を選ばないのだ。どうして――どうして――言い出せばきりがない。

 喉が枯れるほど叫んだ絵美里をじっと見下ろしていた観測者が、ようやく叫び終えた絵美里を見てふと口を開いた。

「だってしょうがないじゃない。それがソラの選別だったんだから。いえ、区別というべきかしら。魔が差しそうな人間にソラは加護なんて与えない。その為に皆に平等に試練が訪れるの。あなたはその試練に負けた。それだけのことよ」
「……そ、そんな試練があるんですか?」

 観測者の言うソラはノエルからしたら神様の神様のような人だ。つまりとても凄い人なのだという認識なのだが、そのソラが全ての生物に何かしらの関与をしているのか。

 ノエルの質問にそれまで厳しい顔をしていた観測者が首だけで振り返って笑顔を浮かべる。

「そうよ~! あんた達の試練は間違いなくあの両親を持った事に違いないわね~」
「……生まれた時から試練続きですね、ノエル様。ご愁傷さまです」

 同情するような眼差しをノエルに向けたレオに、カイも頷く。そんな二人に観測者もキョトンとして言った。

「え? あんた達もよ? あんた達も出自が既に試練じゃないの」

 呆れた笑い混じりに観測者が言うと、双子は揃って観測者を睨みつけてくる。

「は? 今何と言いました? うちの両親は素晴らしく真っ当な人間ですが?」
「そうです。うちほど絵に描いたような幸せ家族は他にありません。訂正してください」

 双子のはっきりとした否定を聞いて観測者は苦笑いを浮かべた。

「あ、この子達は試練を試練って受け取らないタイプなのね。うんうん、気づかずに乗り越えちゃってるパターンだわね」

 そんな観測者の言葉など双子には全く届かなかったようで、双子は腕組をして何やら話し合い、頷き合っている。

「どう考えても我々への試練はお嬢様のお目付け役を預かった事です。それ以外はむしろ大当たりの人生と言えます」
「そうです。あの美男美女の両親の元に生まれ、神の奇跡と言っても過言ではない天使アニーの兄として生きる事が出来るのです。こんなにも大当たりの人生はありません」
「……こわ……。まぁいいわ。そういう訳だからこれからも精進なさいな。乗り越えた人達にはソラからのプレゼントが用意されてるわ」

 そう言ってまだ観測者の下でもがく絵美里を見て悩ましげにため息を落とす。

「あんたはこの先どんな人生を送るのかしらね。それだけが私は心配よ」

 今まで色んな人達の人生を見送ってきたが、絵美里の人生はその中でもかなり上位に位置づける不幸さだ。そのほとんどが自分で招いた結果とは言え、もう少しどうにかならなかったものか。

 ただ一つ言えるのは、絵美里のこの強い執着と執念はなかなか振り払う事は出来ないだろう。それこそノアが居る限りは。

『待たせたな! こちらの準備は整ったぞ!』

 そこへ牢の準備をしに行っていたルークとライアンが息を切らせて戻ってきた。
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