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第522話 兵士たちの士気

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「セイ様! 報告します! 西門に大群が押し寄せて来ているとの情報が入りました!」
「分かった、すぐに対処する。南門から半分西に回して」

 セイの言葉に南門の伝令が苦い顔をする。

「ですがセイ様、南もギリギリです! 圧倒的に人数が足りません!」
「知ってる。でも一旦西にやって。それから東を放棄して南に回す」
「ひ、東を放棄……ですか?」
「そう、東を放棄。人形を広場に集めて北の高台から一気に叩く。速駆の用意を」
「は、はいっ!」
 伝令はすぐさま馬を走らせた。
「ふぅ」

 伝令が皆去ったのを見てセイは剣を支えにして少しだけ休んだ。

 セイは今、レヴィウスでたった一人で全ての兵士の指揮を取っていた。他の国にはそれなりに優秀な策士達がそれぞれに指揮を取っていると聞いたので、今のこの現状は異常だ。普段は戦鬼と呼ばれるセイの顔にも流石に疲れの色が滲み出した。

 これは最後まで持つだろうか? セイがそんな事を考えていたその時、聞き覚えのある声が後から聞こえてきた。

「あれ? 兄さんこんな所でサボり?」
「ノア。と、キリ」
「お疲れ様です。あなた一人ですか?」
「そう。めぼしい人たちは皆よそに回された。オルト兄さんは鬼だと思う」

 こんな異常な采配をしたのはオルトだ。もしかしたらまだセイを恨んでいるのか? と思うほどの仕打ちにセイは珍しく弱音を吐いた。そんなセイを見てノアはニコッと笑って言う。

「身内だからこそじゃない? それだけ兄さんを買ってるって事だよ。で、今どうなってるの?」
「こんな感じ。圧倒的に数が足りない。東門を放棄して一旦人形を中に入れて、北から奇襲かけようとしてる」
「いいんじゃない? 僕たちもチラッと見て回ってきたけど、確かに他所よりここは人形が多いよ。アーロがもうすぐこっちに来るらしいから、それまでどうにか持ちこたえないと」

 それだけ言ってノアはセイから少し離れた場所から城下町を見下ろすと、人形達があちこちの門から雪崩のように城下町に入り込んできている。

「アーロだけ来た所で現状が改善するでしょうか?」

 その様子をノアの隣で眺めていたキリが正直に言うと、ノアは首を横に振った。

「無理だろうね。それこそアリスでも投入しない限りは」

 これはもうレヴィウスは落ちたな。ノアは城下を見下ろしてため息を付いた。恐らくオルトは一旦レヴィウスを捨てる気でいる。何度も戦争をこなしてきたレヴィウスだからこその判断なのかもしれないが、それを全て正義感の強いセイに任せるのは人選ミスではないだろうか。

 そんな事をノアが考えていると、まるで考えを読んだかのようにセイがこちらを向いて言った。

「捨てるにしても、できる限り綺麗な状態で捨てたい。でないと帰って来た人たちへの保証で今度こそ国が潰れる」
「それは言えてる。それじゃあ美しく捨てる方法を探そっか」
「難しい事を言う。今すぐここに嫁に来てほしい」

 アリスならあるいは捨てるという選択肢をしなくても済むかもしれない。セイの言葉にノアは笑い、キリは呆れた。

「セイ様、お言葉ですが、お嬢様をここに投入したら、人形が建物を破壊して回るよりも酷いことになりますよ」
「それは困る。兵士達にここをいずれ捨てる事は伝えられない。かと言って現状、守り抜く道筋も見えない。最悪なのは守りきれず惨敗して士気が下がる事。そうなったら他で使えなくなる」
「何にしてもこんな所で悩んでいても仕方ない。兵士達の士気が上がるように僕たちが派手に立ち回ってくるよ」
「うん、お願い。僕は南門に向かう」

 そう言ってセイは西門の方に向かったノアとキリを見送って、士気が下がりかけているであろう南門に向かった。

 南門は兵士たちが閑散としていた。半分の兵士を西に連れて行かれてやる気が無くなった所に人形たちが襲いかかってきていたのだ。

 セイは颯爽と兵士たちの間を走り抜けて南門の最前まで躍り出ると、剣を思い切り振るった。セイの剣を受けた人形たちはあっという間に引き裂かれ、その場にバサリと倒れた。倒れた人形からは白い煙のような物が立ち上り、空に向かって溶けていく。

 いつも通り淡々と無表情で戦うセイを見た南門の騎士たちは下がりかけていた士気を取り戻して叫ぶ。

「セイ様が来てくれたぞ! 皆、後に続け!」
「うおぉぉぉ!」
「良かった。ノア達は大丈夫かな」

 兵士の数は少ないが、自分が来たことで少しだけ士気を取り戻した兵士たちは今まで以上の動きを見せた。皆のここを守りたいという思いがセイにも伝わってくる。 こんな感情を受け取ってしまうと、オルトの作戦に逆らってでも勝ちたいと思ってしまう。捨てる為の戦争など、セイはしたくはなかった。


 一方、ノアとキリが向かった西門は正にカオスだった。増員された兵士をゆうに凌ぐ程の人形に兵士たちは圧倒されてしまっている。

「こりゃ難しいかもなぁ」
「ノア様、思っていても口にしてはいけません」

 呑気なノアを肘で小突いたキリは、双剣を構えて人形たちの間を縫うように走った。
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