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第581話 脅威の回復力

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 見る見る間に影キリの縫合が終わり、気づけばキリは針と糸を持ったまま、またパタリと倒れてしまった。

「キリ!」

 アリスがそんなキリを慌てて支えると、目を閉じたままキリが腫れ上がったアリスの手を掴む。

「バカですね。こうなると分かっているのに、なぜ他の誰かにやらせないのですか」
「だ、だって、兄さまとキリだったんだもん。だから……」

 他の誰かならアリスはきっと譲っていただろうけれど、ノアとキリなら話は別だ。 以前ノアが倒れた時、アリスは何も出来なかった。ただ遠くから動かなくなったノアを見ていただけだ。あの時思ったのだ。大切な人を失うということがどういう事かを。そしてそれと同時に激しく嫌悪した。何も出来なかった自分自身を。

 目を潤ませたアリスに気づいたのか、キリは目を閉じたまま笑った。

「本当にバカですよ、あなたは。ですが……ありがとうございます」
「……ぶん」

 キリはアリスの手を握りしめたまま、また眠りについてしまった。

「アリス」

 ノアはキリの手を掴みながらゴシゴシと涙をこするアリスに手招きする。

「兄さま……」

 涙を拭ってノアに近寄ると、ノアはアリスを思い切り抱きしめてくる。そんなノアに最初は戸惑ったけれど、いつものノアの匂いにアリスは安心したように目を閉じた。

「ありがとう、僕とキリを助けてくれて」
「ぶん!」

 その一言でアリスはもう胸が一杯で、また泣いてしまいそうになる。

 そんなバセット三兄妹を見ていたリアンは、その場によろよろと崩れ落ちた。

「はぁ……もうほんと、どうなることかと思った……」
「全くっす。妖精王の粉も効かないし……」
「そうだったの?」

 オリバーの言葉にノアはまだアリスを抱きしめながらキョトンとすると、シャルルが頷く。

「そうなんですよ。どうやら影に何かあった場合は今アリスさんがしたように、縫うのが正解のようです。押さえても何をしても流れ出る生命エネルギーは止める事が出来ませんでしたから」
「なるほど」

 それだけ言ってノアは何かを考え込みながらアリスに残ったおにぎりを渡してやると、アリスはそれを当然かのように貪り始めた。泣くと極端に体力を消耗するアリスだ。しかも今のアリスは蕁麻疹にもやられている。これは極端に免疫力が下がった証拠だ。

「シャルル、悪いんだけどもう少しおにぎり取り寄せてくれる?」
「え? ええ。いくつぐらいでしょう?」

 シャルルが言うと、ノアはアリスをじっと見て言った。

「そうだな、7つかな」
「わ、分かりました」

 言われた通りシャルルはおにぎりを適当に7個召喚してノアに渡すと、ノアはそれを受け取って5つをアリスに。そして残りの2つをキリのポシェットに入れた。

「こんな時によくそんな食べられるね」

 呆れたようにリアンが言うと、ノアはそっとアリスを指差す。

「見て、リー君。アリスはね、ストレスが貯まると免疫力が極端に落ちてこうやって蕁麻疹が出るんだ」
「うん?」
「そういう時はストレスを取っ払ってやったら……ほら、治ってきた」

 ノアの言う通り、おにぎりを貪るアリスの腫れ上がっていた手は、いつの間にか白魚のようなモチモチお肌に戻っている。

 そんなアリスを見てリアンが白い目を向けた。

「……もうそいつ、絶対に人間じゃないよね?」
「ちょっと俺、もう怖いんすけど」
「蕁麻疹って、おにぎりで治る病気でしたか?」
「普通の人は違うよ? でもアリスだから。大抵の事は何か食べれば治るんだよ。そう、昔から。ねぇ? キリ」

 ノアがそう言ってキリに視線を移すと、それまで固く目を閉じていたキリが起き上がって頷いた。

「ええ、お嬢様は基本的に弱れば弱るほど食べ物を所望します。お嬢様の食欲が無くなった時、それが最後の瞬間になるだろうと俺は思っています」
「僕もそう思ってる。だから元気にご飯食べてくれているうちは大丈夫。で、キリも食べなね。多分体は思ってるよりもダメージ受けてるみたいだから」

 両手におにぎりを持って無心で食べているアリスの頭を撫でながら言うと、キリは頷いてポシェットに入っていたおにぎりを頬張りだした。


 ようやくアリスとキリの食事が終わると、アリス達は洞穴のさらに奥の妖精王の加護がある場所まで行き、作戦会議を始めた。

「それにしても影アリスが僕たちにあそこまでの怪我を負わせるなんてね」
「本当です。これはオズに何かあったと思うべきでしょうね」
「うん、だろうね。アリス、よく聞いて。今回の事は確かに影アリスの仕業かもしれない。でもそれは多分影アリスの意志じゃない。だから間違えても影アリスを倒しに行こうだなんて考えないでね」
「……」
「アリス、返事は?」
「でも!」
「でも、じゃないよ。僕たちを見たでしょ? 影に何かがあると本体にも影響が出る。アリスと影アリスが正面から戦ったら、正直言ってどちらが勝つか分からない。ただ一つ言えるのは、どちらが勝ってもアリスが大怪我を負う羽目になるって事なんだよ」
「……うぅ……」
「そうですよ、お嬢様。あなたに何かあったら今回の戦争は確実に負けます。影アリスの事は一旦忘れてください。そんな事よりも今優先すべきなのは、妖精王が戻るまで俺たちは人形の数を少しでも減らす事です。違いますか?」
「……違わない」
「よろしい。ただ、お嬢様が影を倒しに行くと言って無防備に飛び出してくれたおかげで俺たちは助かったので、そこは感謝しています」
「! うん!」

 珍しいキリのデレにアリスが思わずパッと顔を輝かせると、次の瞬間キリはいつものように真顔になる。

「ですが! くれぐれも調子に乗らないように! 調子に乗ったあなたは瀕死になるよりも質が悪いので!」
「ぐぅ……」

 しっかりと釘を刺してくるキリにアリスが思わず顔を歪めると、ノアは相変わらずニコニコしながら言う。

「まぁまぁ、キリ。どちらにしても困った事になったね。影アリスまでおかしくなってるのはかなり痛いな」
「それはほんとそう。どうすんの? 影とコイツは互角なんでしょ?」
「多分ね。何せ影だから、戦っても恐らく相討ちだよ。むしろ僕たちよく生きてたよね。ねぇ影達、一体何があったの?」

 ノアは言いながら影ノアと影キリを見ると、二人は顔を見合わせてジャスチャーをし始めた。

「何すか? 紙とペンが欲しいんすか?」

 コクリ。

 影ノアは頷いて手を差し出してくる。そこにオリバーが紙とペンを渡してやると、影ノアはスラスラとペンを走らせた。
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