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第632話
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「無茶だ! 避けろ!」
妖精王が叫ぶが、オズワルドは避けようとはしなかった。真正面から初代妖精王の力を受け止める気だ。
「駄目だ。ここで止めなければ、星への衝撃は計り知れない。地下にはリゼが居る。俺は! リゼが生きていれば、それでいい!」
いつだって感情の薄いオズワルドがそう叫んだ途端、突然辺りが光る。
ハッとして顔を上げると、何故かここに居るはずのないリーゼロッテがオズワルドのすぐ目の前に浮いていた。
「リ……ゼ?」
唖然とするオズワルドを無視してリーゼロッテの声がはっきりと聞こえてくる。
『私が受け止める。また私と共に長い眠りにつきましょう、ヴァニタス』
リーゼロッテはそう言ってそのまま正面からヴァニタスに両手を広げて突っ込んでいく。
『だ、誰だ!? 止めろ! 止めろぉぉぉぉぉ!』
突然突っ込んできたリーゼロッテにヴァニタスは何かを思い出したかのように動きを止め、それに初代妖精王は必死になって抗おうとするが、全身からどんどん力が抜けていく。それと同時に中途半端な魔法陣が初代妖精王の手から離れた。
「リゼ! 駄目だ! 止めろ!」
突然現れたリーゼロッテに一瞬躊躇ったオズワルドは、初代妖精王に突っ込んでいくリーゼロッテを止めようとするが、ヴァニタスは懐かしい星の姫に呼応するかのように弱々しくその羽を一枚、また一枚と落としていった。
それを見てオズワルドと妖精王が叫ぶ。
「リゼ! 止めろ! ヴァニタスを開放してやらなければ! また同じ過ちを繰り返すつもりか!!!」
「リゼ! 早くそいつから離れろ! 俺の事はいいから、早く!」
止めようとするが、リーゼロッテの魔法なのか何なのか、体がその場に縫い留められたかのように動かない。
そこにまたリーゼロッテの声が聞こえてきた。
『嫌よ、オズ。私だってオズを守りたい……だからね、オズ……また私を見つけて……どんなに時が経ってもきっと、きっと私あなたを思い出すから』
「嫌だ! リゼ!!! 逝くな! お前は俺のだ!!!」
そう叫んだ瞬間、ようやくオズワルドの体が動いたけれど、どうやら一歩遅かったようだ。
リーゼロッテが初代妖精王の描いた真っ黒な魔法陣に包まれたかと思うと、魔法陣は途端に散り散りになって辺りに霧散した。
後に残ったのは黒い霧に包まれてぐったりと動かなくなったリーゼロッテだけだ。
『ぐっ……う……くそ……くそっっっっ!!!! 我はかの偉大な妖精王だと言うのに小娘風情が! 許さん、許さんぞ! このポンコツなサギも殺してやる! この世界から消してくれるわ!』
初代妖精王の魔法陣はたった一人の少女の命と引き換えに霧散してしまった。失敗してしまった魔法陣に初代妖精王は悪態をついて言う事を聞かなかったヴァニタスを口汚く罵る。
「黙れ! 生物の命を私利私欲で奪うお前など、もう妖精王を名乗る資格もない!」
それを聞いてとうとう妖精王の中で何かが壊れた。
簡単にリーゼロッテの命を奪った初代妖精王に妖精王は怒鳴った。私利私欲で妖精王のルールを侵した。それは絶対にやってはいけない事だ。何よりも仲間を傷つけられた事に妖精王は激怒した。
目の端に呆然としながらリーゼロッテを受け止めるオズワルドが見えるが、オズワルドの腕の中のリーゼロッテは動かない。
「……リゼ……リーゼ……ロッテ」
初代妖精王の声も妖精王の声もオズワルドには届かなかった。黒い力の中から落ちてきたリーゼロッテの小さな体をオズワルドは受け止めると、冷たくなろうとする体を温めるように強く抱きしめる。
「起きろ、リゼ。俺はここに……居るから」
呆然としながら呟いた言葉は、初代妖精王の力のように辺りに霧散して消えてしまった。
オズワルドは震える指先で動かなくなったリーゼロッテの冷たくなった頬をそっと人差し指で撫でた。
生き物の死などこれまでに嫌というほど見てきたけれど、この生き物の死だけは見たくなかった。この感情が正の感情なのか負の感情なのかは分からないけれど、生まれて初めての感情に荒れ狂っていたオズワルドの心が一瞬静まり返った。
「リゼ……約束する。必ずお前を取り戻す。でも、それはあいつを消してからだ」
そう呟いた途端、オズワルドの中で止まっていた感情が一気に吹き出した。それと同時にオズワルドの全身から力が溢れ出す。
「オ、オズ……お前、その力は……」
妖精王はオズワルドから溢れ出す魔力を見てゴクリと息を呑んだ。あれはオズワルドの最大出力だ。それをこの短時間で引き出すなど、ありえない。それほどまでにリーゼロッテの死はオズワルドに影響を与えたという事だ。
「俺に守りたい物はもういない……ならば恐れる物も、もう何も無い」
静かに言ったオズワルドの視線の先にはヴァニタスが居る。オズワルドはリーゼロッテの遺体を妖精王に預け、ヴァニタスの姿を捉えた次の瞬間にはヴァニタスの羽根を乱暴に掴んでいた。
『お、お前! 手を、手を離せ! この死に損ないが! 名を奪われた者が我に楯突こうなど――』
最後は言葉にはならなかった。自分の手足ではない仮初の体は元妖精王の魔力になど敵うはずもない。
「うるさい。死に損ないはお前だろ? 今すぐソラに還してやるよ。俺の魂が穢れているのなら、お前の魂などとうの昔に朽ち果てた屍だ。いつまでも死臭をリゼの周りに巻き散らかすな」
オズワルドの淡々とした声はどこまでも澄んで響く。それは何の感情もない、恐ろしいほど冷たい声だった。
「オズ、オズワルド! 落ち着け! それはヴァニタスだ。そいつが居なくなればもしかしたらお前は――」
そこまで言って妖精王は口を噤んだ。
今回の事でソラと契約するに当たって一つソラからの条件があった。もしもヴァニタスに何かがあった場合、その原因となった者を処罰するという物だった。
それが誰になるのか妖精王にも分からない。普通に考えれば処罰させるべきは全ての元凶となった初代妖精王だが、ソラが考えることは誰にも分からない。ヴァニタスと融合する事を許したオズワルドが処罰されるのか、それとも今までこの事態を見逃していた妖精王自身が処罰されるのか、それは誰にも分からないのだ。
「俺がなんだ? 言ったろ? 俺にはもう怖いものは何もない。俺は、この命を全てリゼに捧げる。この星の為に使う。お前はまだこの星に必要だ。黙って見てろ」
「そんな事させるか! この星を守るのは我だ! 何故ならこの星の管理者は我なのだから!」
妖精王が叫ぶが、オズワルドは避けようとはしなかった。真正面から初代妖精王の力を受け止める気だ。
「駄目だ。ここで止めなければ、星への衝撃は計り知れない。地下にはリゼが居る。俺は! リゼが生きていれば、それでいい!」
いつだって感情の薄いオズワルドがそう叫んだ途端、突然辺りが光る。
ハッとして顔を上げると、何故かここに居るはずのないリーゼロッテがオズワルドのすぐ目の前に浮いていた。
「リ……ゼ?」
唖然とするオズワルドを無視してリーゼロッテの声がはっきりと聞こえてくる。
『私が受け止める。また私と共に長い眠りにつきましょう、ヴァニタス』
リーゼロッテはそう言ってそのまま正面からヴァニタスに両手を広げて突っ込んでいく。
『だ、誰だ!? 止めろ! 止めろぉぉぉぉぉ!』
突然突っ込んできたリーゼロッテにヴァニタスは何かを思い出したかのように動きを止め、それに初代妖精王は必死になって抗おうとするが、全身からどんどん力が抜けていく。それと同時に中途半端な魔法陣が初代妖精王の手から離れた。
「リゼ! 駄目だ! 止めろ!」
突然現れたリーゼロッテに一瞬躊躇ったオズワルドは、初代妖精王に突っ込んでいくリーゼロッテを止めようとするが、ヴァニタスは懐かしい星の姫に呼応するかのように弱々しくその羽を一枚、また一枚と落としていった。
それを見てオズワルドと妖精王が叫ぶ。
「リゼ! 止めろ! ヴァニタスを開放してやらなければ! また同じ過ちを繰り返すつもりか!!!」
「リゼ! 早くそいつから離れろ! 俺の事はいいから、早く!」
止めようとするが、リーゼロッテの魔法なのか何なのか、体がその場に縫い留められたかのように動かない。
そこにまたリーゼロッテの声が聞こえてきた。
『嫌よ、オズ。私だってオズを守りたい……だからね、オズ……また私を見つけて……どんなに時が経ってもきっと、きっと私あなたを思い出すから』
「嫌だ! リゼ!!! 逝くな! お前は俺のだ!!!」
そう叫んだ瞬間、ようやくオズワルドの体が動いたけれど、どうやら一歩遅かったようだ。
リーゼロッテが初代妖精王の描いた真っ黒な魔法陣に包まれたかと思うと、魔法陣は途端に散り散りになって辺りに霧散した。
後に残ったのは黒い霧に包まれてぐったりと動かなくなったリーゼロッテだけだ。
『ぐっ……う……くそ……くそっっっっ!!!! 我はかの偉大な妖精王だと言うのに小娘風情が! 許さん、許さんぞ! このポンコツなサギも殺してやる! この世界から消してくれるわ!』
初代妖精王の魔法陣はたった一人の少女の命と引き換えに霧散してしまった。失敗してしまった魔法陣に初代妖精王は悪態をついて言う事を聞かなかったヴァニタスを口汚く罵る。
「黙れ! 生物の命を私利私欲で奪うお前など、もう妖精王を名乗る資格もない!」
それを聞いてとうとう妖精王の中で何かが壊れた。
簡単にリーゼロッテの命を奪った初代妖精王に妖精王は怒鳴った。私利私欲で妖精王のルールを侵した。それは絶対にやってはいけない事だ。何よりも仲間を傷つけられた事に妖精王は激怒した。
目の端に呆然としながらリーゼロッテを受け止めるオズワルドが見えるが、オズワルドの腕の中のリーゼロッテは動かない。
「……リゼ……リーゼ……ロッテ」
初代妖精王の声も妖精王の声もオズワルドには届かなかった。黒い力の中から落ちてきたリーゼロッテの小さな体をオズワルドは受け止めると、冷たくなろうとする体を温めるように強く抱きしめる。
「起きろ、リゼ。俺はここに……居るから」
呆然としながら呟いた言葉は、初代妖精王の力のように辺りに霧散して消えてしまった。
オズワルドは震える指先で動かなくなったリーゼロッテの冷たくなった頬をそっと人差し指で撫でた。
生き物の死などこれまでに嫌というほど見てきたけれど、この生き物の死だけは見たくなかった。この感情が正の感情なのか負の感情なのかは分からないけれど、生まれて初めての感情に荒れ狂っていたオズワルドの心が一瞬静まり返った。
「リゼ……約束する。必ずお前を取り戻す。でも、それはあいつを消してからだ」
そう呟いた途端、オズワルドの中で止まっていた感情が一気に吹き出した。それと同時にオズワルドの全身から力が溢れ出す。
「オ、オズ……お前、その力は……」
妖精王はオズワルドから溢れ出す魔力を見てゴクリと息を呑んだ。あれはオズワルドの最大出力だ。それをこの短時間で引き出すなど、ありえない。それほどまでにリーゼロッテの死はオズワルドに影響を与えたという事だ。
「俺に守りたい物はもういない……ならば恐れる物も、もう何も無い」
静かに言ったオズワルドの視線の先にはヴァニタスが居る。オズワルドはリーゼロッテの遺体を妖精王に預け、ヴァニタスの姿を捉えた次の瞬間にはヴァニタスの羽根を乱暴に掴んでいた。
『お、お前! 手を、手を離せ! この死に損ないが! 名を奪われた者が我に楯突こうなど――』
最後は言葉にはならなかった。自分の手足ではない仮初の体は元妖精王の魔力になど敵うはずもない。
「うるさい。死に損ないはお前だろ? 今すぐソラに還してやるよ。俺の魂が穢れているのなら、お前の魂などとうの昔に朽ち果てた屍だ。いつまでも死臭をリゼの周りに巻き散らかすな」
オズワルドの淡々とした声はどこまでも澄んで響く。それは何の感情もない、恐ろしいほど冷たい声だった。
「オズ、オズワルド! 落ち着け! それはヴァニタスだ。そいつが居なくなればもしかしたらお前は――」
そこまで言って妖精王は口を噤んだ。
今回の事でソラと契約するに当たって一つソラからの条件があった。もしもヴァニタスに何かがあった場合、その原因となった者を処罰するという物だった。
それが誰になるのか妖精王にも分からない。普通に考えれば処罰させるべきは全ての元凶となった初代妖精王だが、ソラが考えることは誰にも分からない。ヴァニタスと融合する事を許したオズワルドが処罰されるのか、それとも今までこの事態を見逃していた妖精王自身が処罰されるのか、それは誰にも分からないのだ。
「俺がなんだ? 言ったろ? 俺にはもう怖いものは何もない。俺は、この命を全てリゼに捧げる。この星の為に使う。お前はまだこの星に必要だ。黙って見てろ」
「そんな事させるか! この星を守るのは我だ! 何故ならこの星の管理者は我なのだから!」
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