642 / 746
第640話
しおりを挟む
そんなディノの心をまるで理解したかのようにレックスがそっとディノの腕をさすってくれた。
「大丈夫。さっき姫も言ってたし、皆も言ってたよ。全ては必然だったんだって」「ああ、そうだな……」
ディノが小さく微笑んで頷いたのを見てレックスと子どもたちが安心したように笑ってくれた。そんなディノを見てリーゼロッテがさらに続きを話す。
「転生を繰り返すようになって知ったのは、感情という物を生物は持っているということだった。それは理性では抑えられない程強い時があるものなのだって。初めて人の殺意に触れた時、それは喜怒哀楽とは全く別の次元の物なんだって事も理解した。歯止めが利かない程の強い感情は、確かに量子なんて簡単に動かしてしまう。その力があそこまでの悲劇を招いたのだと。何度目かの転生で私はすっかり私の役目を忘れ、より人に近づいていた。それは地下に居た時にずっと思っていた事、地上をもっと見て回りたい。そんな思いだけがずっと残っていたの。だからオズが私を連れ出してくれた時、私は心の底から喜んだ。オズにもしかしたらこのまま殺されてしまうかもしないだなんて、考えもしなかった。あの人は私よりも世界を知らなくて、私は奴隷としての身分でいなければオズに捨てられると思っていて……」
「そんな時に俺達と会ったのか」
初めてリーゼロッテとオズワルドの二人に出会った時の事を思い出したカインが言うと、リーゼロッテは静かに頷いた。
あの時はまだ二人の事を敵だとしか認識していなくて、まさか菓子屋でリーゼロッテに会うだなんて夢にも思っていなかった頃の事だ。
「ええ、そうよ。オズも私もあなた達と付き合ううちに気づいた。誰かが誰かを支配するのは恐ろしくて愚かな事だという事に。それは他の生物でもそう。アリスの言うように全ての生物は平等であるべきで、そこに優劣など存在しない。どうしてこんな簡単な事を自分たちは知らなかったのだろう? ってオズと二人で話した事もあった。私達は、少しずつ自分たちの役割を思い出していたのかもしれない」
そう言ってはにかんだリーゼロッテを見てアリスはニカッと笑う。そんなアリスに何だか泣きそうになってしまった。
「私達は孤独だった。生まれた時に課せられた役割はあまりにも重く、果てがなかった。そしてこれからもそれが続くのかと絶望する事すら無かった。それは、生物としては間違いだったのね」
「それは違うわ、リゼ。あなた達は感情が無かった訳じゃない。ただ抵抗する事が怖かったのよ、リゼもオズもディノも」
「キャロライン……」
「私もそう。随分昔の話になるけれど、父親に意見するのが怖かったの。生まれた時から私はルイスの元に嫁ぐことが決まっていて、嫁ぐその日までずっと王妃教育を受けなければならなかった。周りの同い年の子たちがドレスを翻して庭を駆け回っても、大好きなお菓子を我慢しても、それが当然だったの。だからね、感情なんていらない物はさっさと封印してしまって、ただ流れに身を任せ、自分の役割だけをこなせばいいと思い込み、私は自ら私という人間を殺したのよ」
「自分を……殺していた?」
「ええ。さっきリゼも言った通り、殺意って他者に向かうばかりじゃないわ。喜怒哀楽を超えたその感情は、時として自分に向かうの。親や国やルイスに従順に、考えることなど止めて、ただ教えられた事だけを完璧にこなす人形。それが自分への殺意よ。自我を殺し、周りの人が望む自分になる。立派な殺人だわ」
「……」
「でも、あなた達と同じように私達も特殊な出会いをして、いつだって生命力溢れるアリス達と一緒にいるうちにそれはもう止めようと思ったの。何だかね、バカバカしくなったのよ。何度も何度も自分を殺していたって、肉体が亡くならない限りそれは無駄なの。それから私はようやく息を吹き返した。奇しくも私の場合は本当にしたかった事としなければならない事が合致していた。そして皆の力を借りて今もここに居るわ。その時にようやく気づいたの。私があんなにも怯えていたのは、父ではなく、周りの期待に応えられなくて皆を失望させた時の自分自身だったって事に」
レールから外れ、後ろ指を差されるのが怖かった訳じゃない。何よりも怖かったのは、皆の期待に応えられなかった時に失望するであろう自分自身だ。
「まぁ、自分の敵はいつだって自分だよ。お姫さまのいう事は僕にもよく分かるよ。事なかれ主義で面倒な事には極力首を突っ込まないように生きていきたからね。でもさ、それはびっくりするほどつまんないんだよ。特にコイツといるとね、余計にそう思った。お姫さまじゃないけど今までの自分がバカバカしくなって、ある日思うんだ。もういっか、ってさ」
「リー君!!! 心の友よっ!」
リアンの言葉にアリスがすかさず抱きついてこようとするが、それをリアンは押し留めて言った。
「コイツは見本にしちゃ駄目だけど、あんたはもっと自分を好きになっていいよ。もっと胸を張っていい。誰に言われたって、これが私だってさ」
「……うん」
今まで大人びていたリーゼロッテは、まるで子供のように素直に返事をした。そんなリーゼロッテを見て頷いたリアンは、チラリとディノを見る。
「あんたもだよ。物凄い魔力があって知識があっても、あんただって自我のある生物なんだから。何もそんなに自分の役割とやらに必死にならなくていいんだよ」
「リー君……そうだな。私は……ただの石で出来たドラゴンなんだ」
視線を伏せてそんな事を言ったディノの前にアリスがしゃしゃり出てきた。
「そうだよ! ディノは一皮脱いだらただの石だし、私達だって一皮脱いだら肉と骨だけ! 何も違わないんだからね!」
「いや、今の話をそんなまとめ方すんすか!?」
「ははは、それがアリスだから。そんな訳だから二人共、一旦自分たちの役割とやらは忘れて、今誰の為に何がしたい? それこそが一番生きる為に最も重要な事なんだよ」
一番肝心なのは、自分が本当にしたい事は何かを知ることだ。それが良くない事であれば、どうしてそれがしたいのかをじっくり考えればいいし、それが良い事であれば迷わず始めればいい。
ノアの言葉にディノとリーゼロッテは互いに顔を見合わせて頷く。
「星を、救いたい。私はまだ、オズと居たい」
「私もだ。そしていずれ、学園で教師をしてみたい。今度こそこの知識を正しく、皆に伝えたい」
はっきりと声に出すと不思議な事にそれが昔から自分の願いだったような気がしてきた。
「ふはっ! なんだ、ディノは教師がしたいのか?」
あまりにも可愛いディノの願い事にルイスが吹き出すと、それを真剣な顔で聞いていたカインが言う。
「いや、案外いいんじゃないか? ディノが教師か。俺も受けたいわ」
「僕も受けたいな。カイン、全部終わったらその方向で検討してみたら?」
「おう、そうするわ。ディノなら他の教師とも上手くやれるだろうしな」
「……」
何気なくこの間子どもたちと話した事を言ったディノだが、何だかトントン拍子に話が進みそうでオロオロしている所に、ユアンが言った。
「いいじゃねぇか、教師。お前の知識は一人で抱えるにはデカすぎるし、何より勿体ない。倫理の部分は、何なら全ての人間に見せてやってほしいぐらいだ」
「そんな事を言うなら是非フォルス学園でも教師をして欲しいですね。ディノであれば全ての分野をカバー出来るでしょう? 非常勤としてどうですか?」
「いいね。その時はディノ、是非メイリングにも来てほしい」
「ディノ、就職先いっぱい。人気者だね」
大人たちの話を聞いていたレックスがディノを見て笑うと、ディノは泣きそうな顔をして頷いた。
「では皆さん、そんな未来を掴むために対策を取りましょう。アラン、レプリカの方は進んでいますか?」
「ええ。先程ルーイさんからいつでも出陣出来ると連絡がありました。それからこれはセイさんとルードさんの見解ですが、やはりアメリアはこの後、何かを仕掛けてくるつもりのようです。妖精王二人を敵に回しても実行しようとしている所を見ると、やはり何らかの力を既に手に入れている、もしくはその手筈が整っていると考えて良いでしょう」
「そうだろうな。ノア、何が来るか分からない。レプリカから戻る兵士達の行き先考えんぞ」
「分かった。ノエル、君たちはディノとレックス、それからリゼを守る作戦を立ててくれる?」
「はい!」
ノアから指示をもらって意気揚々と子どもたちの元に向かうノエルを見て、ノアは言う。
「ユアン」
「なんだよ」
珍しくノアに真顔で名前を呼ばれたユアンは思わず身構えた。いつものように冗談めかしてお義父さんなどと呼んでこないあたり、どれだけ真剣かが伝わってくる。
「悪いんだけど子どもたちの事お願い。あの子たちは優秀だけど、表には出したくないんだ」
「……分かった。観測者、あんたも来い」
「あら、私? いいわよ~」
完全に戦力外の観測者は、ユアンの采配に大人しく従った。今まで自分は観測者という傍観者でしか無かったが、今は違う。
観測者はメモとペンを仕舞ってユアンと共に、子どもたちの元へと向かう。
その背後でノアとカインの「これはマズイね」という声が聞こえてきた。
「大丈夫。さっき姫も言ってたし、皆も言ってたよ。全ては必然だったんだって」「ああ、そうだな……」
ディノが小さく微笑んで頷いたのを見てレックスと子どもたちが安心したように笑ってくれた。そんなディノを見てリーゼロッテがさらに続きを話す。
「転生を繰り返すようになって知ったのは、感情という物を生物は持っているということだった。それは理性では抑えられない程強い時があるものなのだって。初めて人の殺意に触れた時、それは喜怒哀楽とは全く別の次元の物なんだって事も理解した。歯止めが利かない程の強い感情は、確かに量子なんて簡単に動かしてしまう。その力があそこまでの悲劇を招いたのだと。何度目かの転生で私はすっかり私の役目を忘れ、より人に近づいていた。それは地下に居た時にずっと思っていた事、地上をもっと見て回りたい。そんな思いだけがずっと残っていたの。だからオズが私を連れ出してくれた時、私は心の底から喜んだ。オズにもしかしたらこのまま殺されてしまうかもしないだなんて、考えもしなかった。あの人は私よりも世界を知らなくて、私は奴隷としての身分でいなければオズに捨てられると思っていて……」
「そんな時に俺達と会ったのか」
初めてリーゼロッテとオズワルドの二人に出会った時の事を思い出したカインが言うと、リーゼロッテは静かに頷いた。
あの時はまだ二人の事を敵だとしか認識していなくて、まさか菓子屋でリーゼロッテに会うだなんて夢にも思っていなかった頃の事だ。
「ええ、そうよ。オズも私もあなた達と付き合ううちに気づいた。誰かが誰かを支配するのは恐ろしくて愚かな事だという事に。それは他の生物でもそう。アリスの言うように全ての生物は平等であるべきで、そこに優劣など存在しない。どうしてこんな簡単な事を自分たちは知らなかったのだろう? ってオズと二人で話した事もあった。私達は、少しずつ自分たちの役割を思い出していたのかもしれない」
そう言ってはにかんだリーゼロッテを見てアリスはニカッと笑う。そんなアリスに何だか泣きそうになってしまった。
「私達は孤独だった。生まれた時に課せられた役割はあまりにも重く、果てがなかった。そしてこれからもそれが続くのかと絶望する事すら無かった。それは、生物としては間違いだったのね」
「それは違うわ、リゼ。あなた達は感情が無かった訳じゃない。ただ抵抗する事が怖かったのよ、リゼもオズもディノも」
「キャロライン……」
「私もそう。随分昔の話になるけれど、父親に意見するのが怖かったの。生まれた時から私はルイスの元に嫁ぐことが決まっていて、嫁ぐその日までずっと王妃教育を受けなければならなかった。周りの同い年の子たちがドレスを翻して庭を駆け回っても、大好きなお菓子を我慢しても、それが当然だったの。だからね、感情なんていらない物はさっさと封印してしまって、ただ流れに身を任せ、自分の役割だけをこなせばいいと思い込み、私は自ら私という人間を殺したのよ」
「自分を……殺していた?」
「ええ。さっきリゼも言った通り、殺意って他者に向かうばかりじゃないわ。喜怒哀楽を超えたその感情は、時として自分に向かうの。親や国やルイスに従順に、考えることなど止めて、ただ教えられた事だけを完璧にこなす人形。それが自分への殺意よ。自我を殺し、周りの人が望む自分になる。立派な殺人だわ」
「……」
「でも、あなた達と同じように私達も特殊な出会いをして、いつだって生命力溢れるアリス達と一緒にいるうちにそれはもう止めようと思ったの。何だかね、バカバカしくなったのよ。何度も何度も自分を殺していたって、肉体が亡くならない限りそれは無駄なの。それから私はようやく息を吹き返した。奇しくも私の場合は本当にしたかった事としなければならない事が合致していた。そして皆の力を借りて今もここに居るわ。その時にようやく気づいたの。私があんなにも怯えていたのは、父ではなく、周りの期待に応えられなくて皆を失望させた時の自分自身だったって事に」
レールから外れ、後ろ指を差されるのが怖かった訳じゃない。何よりも怖かったのは、皆の期待に応えられなかった時に失望するであろう自分自身だ。
「まぁ、自分の敵はいつだって自分だよ。お姫さまのいう事は僕にもよく分かるよ。事なかれ主義で面倒な事には極力首を突っ込まないように生きていきたからね。でもさ、それはびっくりするほどつまんないんだよ。特にコイツといるとね、余計にそう思った。お姫さまじゃないけど今までの自分がバカバカしくなって、ある日思うんだ。もういっか、ってさ」
「リー君!!! 心の友よっ!」
リアンの言葉にアリスがすかさず抱きついてこようとするが、それをリアンは押し留めて言った。
「コイツは見本にしちゃ駄目だけど、あんたはもっと自分を好きになっていいよ。もっと胸を張っていい。誰に言われたって、これが私だってさ」
「……うん」
今まで大人びていたリーゼロッテは、まるで子供のように素直に返事をした。そんなリーゼロッテを見て頷いたリアンは、チラリとディノを見る。
「あんたもだよ。物凄い魔力があって知識があっても、あんただって自我のある生物なんだから。何もそんなに自分の役割とやらに必死にならなくていいんだよ」
「リー君……そうだな。私は……ただの石で出来たドラゴンなんだ」
視線を伏せてそんな事を言ったディノの前にアリスがしゃしゃり出てきた。
「そうだよ! ディノは一皮脱いだらただの石だし、私達だって一皮脱いだら肉と骨だけ! 何も違わないんだからね!」
「いや、今の話をそんなまとめ方すんすか!?」
「ははは、それがアリスだから。そんな訳だから二人共、一旦自分たちの役割とやらは忘れて、今誰の為に何がしたい? それこそが一番生きる為に最も重要な事なんだよ」
一番肝心なのは、自分が本当にしたい事は何かを知ることだ。それが良くない事であれば、どうしてそれがしたいのかをじっくり考えればいいし、それが良い事であれば迷わず始めればいい。
ノアの言葉にディノとリーゼロッテは互いに顔を見合わせて頷く。
「星を、救いたい。私はまだ、オズと居たい」
「私もだ。そしていずれ、学園で教師をしてみたい。今度こそこの知識を正しく、皆に伝えたい」
はっきりと声に出すと不思議な事にそれが昔から自分の願いだったような気がしてきた。
「ふはっ! なんだ、ディノは教師がしたいのか?」
あまりにも可愛いディノの願い事にルイスが吹き出すと、それを真剣な顔で聞いていたカインが言う。
「いや、案外いいんじゃないか? ディノが教師か。俺も受けたいわ」
「僕も受けたいな。カイン、全部終わったらその方向で検討してみたら?」
「おう、そうするわ。ディノなら他の教師とも上手くやれるだろうしな」
「……」
何気なくこの間子どもたちと話した事を言ったディノだが、何だかトントン拍子に話が進みそうでオロオロしている所に、ユアンが言った。
「いいじゃねぇか、教師。お前の知識は一人で抱えるにはデカすぎるし、何より勿体ない。倫理の部分は、何なら全ての人間に見せてやってほしいぐらいだ」
「そんな事を言うなら是非フォルス学園でも教師をして欲しいですね。ディノであれば全ての分野をカバー出来るでしょう? 非常勤としてどうですか?」
「いいね。その時はディノ、是非メイリングにも来てほしい」
「ディノ、就職先いっぱい。人気者だね」
大人たちの話を聞いていたレックスがディノを見て笑うと、ディノは泣きそうな顔をして頷いた。
「では皆さん、そんな未来を掴むために対策を取りましょう。アラン、レプリカの方は進んでいますか?」
「ええ。先程ルーイさんからいつでも出陣出来ると連絡がありました。それからこれはセイさんとルードさんの見解ですが、やはりアメリアはこの後、何かを仕掛けてくるつもりのようです。妖精王二人を敵に回しても実行しようとしている所を見ると、やはり何らかの力を既に手に入れている、もしくはその手筈が整っていると考えて良いでしょう」
「そうだろうな。ノア、何が来るか分からない。レプリカから戻る兵士達の行き先考えんぞ」
「分かった。ノエル、君たちはディノとレックス、それからリゼを守る作戦を立ててくれる?」
「はい!」
ノアから指示をもらって意気揚々と子どもたちの元に向かうノエルを見て、ノアは言う。
「ユアン」
「なんだよ」
珍しくノアに真顔で名前を呼ばれたユアンは思わず身構えた。いつものように冗談めかしてお義父さんなどと呼んでこないあたり、どれだけ真剣かが伝わってくる。
「悪いんだけど子どもたちの事お願い。あの子たちは優秀だけど、表には出したくないんだ」
「……分かった。観測者、あんたも来い」
「あら、私? いいわよ~」
完全に戦力外の観測者は、ユアンの采配に大人しく従った。今まで自分は観測者という傍観者でしか無かったが、今は違う。
観測者はメモとペンを仕舞ってユアンと共に、子どもたちの元へと向かう。
その背後でノアとカインの「これはマズイね」という声が聞こえてきた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
120
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる