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第648話

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「絵、だね」
「ええ、多分ローズですね。それにこれは……」

 まだターコイズのイラストは途中だが、そこにははっきりと大きな石が描かれている。これは間違いなく賢者の石だろう。

「賢者の石だよ! まって、皆は大丈夫なの!? どうして絵で教えてくるの?」

 アミナスが矢継ぎ早に尋ねるが、ターコイズは今もグリグリお絵描き中だ。そんなレインボー隊をじっと見ていたレックスが口を開いた。

「鉛筆も何も無い所に閉じ込められているか隠れている。もしくは、それどころじゃない」
「レインボー隊は思念も送れる。レックスの言う事が正解かもしれない」

 口元に手を当てて考え込むようにノエルが言うと、それにレオとカイも頷く。

「ねぇこれ、あそこだと思う」

 ターコイズの手元をじっと見つめていたアミナスは、ふとある事に気づいた。

 どんどん出来上がっていくイラストはまだ途中だが、少しずつ全貌が見えてきたのだ。

「本当だ! あの変な木の所だ!」
「変な木? どこだ? レックス」
「確か、源の木って言ってた気がする」
「源の木……初めて聞く名だが、皆はそこを知っているのか?」
「うん。前に一回行った事がある。凄く神秘的で幻想的で……変な木があった」

 木の幹にどういう訳かガッツリと文字が書かれていた。ペンキや絵の具ではない、まるで木自体がそういう模様かのように。

 レックスの言葉を聞いてディノは考え込む。

「そもそもこのイラストを描いているのは誰だ?」
「ローズだよ」
「ローズ……ローズ……ああ、毒舌娘妹だな! 彼女は何か不思議な力があるのか?」

 ローズの事をよく知らないディノが問いかけると、レックスはコクリと頷いた。

「ジャスミンとローズはお告げが出来るんだ。それは滅多に外れない」
「もっと簡単に言うと、少しだけ未来が見えるらしいんだ。僕たちは今回そのお告げに結構助けられてる」

 レックスとノエルの言葉を聞いてディノは今も描き続けるターコイズをじっと見守る。

「なるほど。私は今回の事でありとあらゆる結末を考えてみたが、ほとんどの結末が良い物ではなかったのだ。けれど数少ない成功例のそのどれもが君達がこの戦いに参加する事だった。あちらもこちらも君たちはまだ幼く、何か大きな事が出来る訳がないと思い込んでいる。それは油断に繋がる。どうする? 私は君たちが動くことに賛成だ」
「ディノまで……」

 ディノの言葉を聞いてノエルはアリスがよくやる座禅を組んで目を閉じた。こういう時は勘に頼るしか無い。ノエルだって、アリスの息子なのだ!

「分かった。行こう。でもどうやってあの大きな賢者の石をあそこまで運ぶの?」

 パチリと目を開けたノエルが言うと、途端にアミナスが抱きついてくる。それを受け止めたノエルが言うと、アミナスはニカッと笑ってポケットから妖精手帳を取り出した。

「それ! どうして持ってるの!?」
「えへへ! お肉食べようと思ってリュック漁ってたら出てきたんだ! キメッ」
「はあ!? そんな事あるの!?」

 ノアから預かっていた妖精手帳はもうとっくに取り上げられてしまったというのに、何故アミナスが持っているのだ! 

 思わずノエルが目を丸くすると、レオとカイがアミナスの妖精手帳を見て何かに納得したかのように言った。

「これはうちの母さんのですね」
「え? なんでそれをアミナスが持ってるの?」
「恐らくですが、母さんがこっそり入れたのだと思います。母さんは俺たちの事をもう子供だなんて思っていません。だからいざという時の為に自分の妖精手帳をお嬢様のリュックに忍ばせたのだと思います」
「ということは、ミアさんは僕たちが動くだろうと思ってるって事? キリはそれを知らないのかな」
「はい。わざわざお嬢様のリュックに入れたのは、お嬢様のリュックには基本的にお菓子か肉しか入っていませんから父さんはチェックしません。旦那さまもです。だからこれは間違いなく母さんの仕業です。母さんはノエル様がこういう時には必ず動くと言う事を確信していたのだと思います」
「そ、そういうプレッシャーはいいよ、かけなくて」

 真顔でノエルが失敗する訳が無い、みたいな事を言われてもノエルにはプレッシャーになるだけである。

 けれどどうしてミアはあえてアミナスに妖精手帳を渡したのだろうか。その疑問に答えたのかカイだ。

「それに父さんはいつも言っています。ここぞと言う時にはいつも、ピンと来たんだよ! などと言って解決策を示すのはお嬢様です、と。だから母さんはこれはお嬢様に渡したのでは?」
「なるほど?」

 よくは分からないが、そういう事にしておこう。キリはもしかしたらノアとアリスよりもノエルたちの事をよく理解しているのかもれない。何せキリはノエルの名付け親なのだから。そしてそんなキリを最も信頼しているのはミアだ。

「これで石を運ぶ問題は解決したね。で、絵の方はどうなってるの?」
「もうちょっとで完成しそう。でも、どうしてここでは駄目なんだろう?」

 ターコイズを見守りながらレックスが言うと、皆も同時に首を撚る。

「言われてみればそうだよね。どうしてわざわざ源の木の所に移動しないといけないんだろう?」

 レックスが賢者の石から情報を引き出すだけであれば、別に核でも出来るはずだ。それなのに何故わざわざ移動させようとしているのか。

「源の木とやらがある場所に行ってみないと分からないが、そこにはもしかすると特殊な魔法がかかっているのではないだろうか?」
「特殊な魔法ってどういう事?」

 それまで黙って皆の話を聞いていたリーゼロッテがディノを見上げると、ディノは戸惑うような素振りを見せてリーゼロッテの頭を撫でながら言う。

「ノアが使ったような、何か得体の知れない魔法だ。島にかかっていた魔法と同じ性質のものだよ」
「それはそうかもしれない。あの場所はシャルさんが後から付け足した場所だって父さまが言ってた。妖精王もびっくりしてたもんね」
「ええ。妖精王ですら知らなかった場所です。ディノの言う通り、あそこにも何か秘密があるのかもしれませんね」
「そうと決まれば! 賢者の石の所にレッツゴーだよ! それからあの変な場所に行こ!」
「アミナス、お肉はちゃんと持っていった方がいい。君は途中で絶対にお腹が減ってぎゃおぉぉんするから」
「分かった!」

 レックスに言われてアミナスはいそいそとお肉をリュックに詰めている。そんなレックスとアミナスを見てノエルが苦笑いした。

「レックスがどんどんアミナスの事を理解し始めてる」
「心強いですね。ぎゃおぉぉん状態のお嬢様は本当に手がつけられないので」

 カイはそんな事を言いながらアミナスのリュクに肉を詰めるのを手伝ってやっているが、それをディノが不思議そうな顔をして見ている。

「アミナスはどうも燃費が悪すぎる気がする。一度診察をしてみようか」

 アリスもだが、アミナスの生態が不思議すぎるディノにレックスは真顔で頷く。

「そうしてほしい。やっぱりどう考えてもアリスもアミナスもおかしい」
「分かった。アミナス、ちょっとこちらへ」
「いいよ!」

 アミナスが両手を広げてディノの前に立つと、そんなアミナスにディノは手を翳した。

 しばらくして――。

「これは……一体何と言う生命体なのだろう……新種か?」

 今しがた出たアミナスの数値はおよそ人間とは思えない数値だ。飛び抜けているのはその代謝量で、平均の二倍どころか恐らくこれは4~5倍はある。

 ディノは震える手でアミナスの顔をペタペタと触り、さらに慄いた。細胞が生まれ変わるスピードが尋常ではなかったのだ。

「どうしよう、アミナスが新種かどうかを疑われてる」

 そんなディノの反応を見てノエルがポツリと言うと、レオとカイは逆に何かに納得したように頷いた。

「今までは漠然と奥様とお嬢様の事を人間っぽい何かだと思っていましたが、やはりヒトではないようですね」
「ポリーさんがいくら調べてもおかしいと言っていましたが、こういう事だったのですね。謎が解けました」
「ディノが怯えてる。こんなのは初めて。ディノ、アミナスは新種?」
「……かもしれない。進化の過程を全てすっ飛ばしたようだ。一体何がどうなっているんだ」

 本気で理解出来ないとばかりに首を捻ったディノを見てノエルはおかしそうに肩を揺らしたが、そんなノエルを見てレオとカイが白い目を向ける。

「ノエル様、笑っていますがあなたも大なり小なりお嬢様と同じかと思いますが……」
「え?」
「……自覚が無い方が恐ろしいですね」

 レオの言葉にノエルは本気で分からないとでも言いたげに首を傾げるが、ノエルだってアリスの子なのだ。人外でも誰も驚かない。

「これは大発見だ。こんな進化を遂げた生物を私は見たことがない。もしかしたら私と同じような進化をしたのだろうか?」

 生まれた時から言語と魔力を操ったドラゴンの始祖、ディノだ。もしかしたらアリスもアミナスもディノと同じような進化の仕方をしたのかもしれない。

「ディノが喜んでる」
「まぁ、あながち間違ってはないのかも。設定とかでシャルル様が色々弄ったって言ってたもんね」
「ええ。それでよく旦那様にシャルル様は責められています」

 ノアの言ってる事はよく分からなかったが、アリスの生まれ方は少し特殊だったという事だけは理解している。そういう意味では初代妖精王がディノを創った時とよく似ているのかもしれない。

「是非とも詳しい話を聞いてみたいな。全てが終わったらノアは教えてくれるだろうか」

 興味津々でディノが言うと、ノエルはにこやかに頷いた。そんなノエルの横でレオが言う。

「その為にも我々はすべき事をしましょう。ノエル様、賢者の石の場所は覚えていますか?」
「うん。マップ作っておいたから大丈夫。それじゃあ出発しよう」

 ノエルの掛け声と共に皆が動き出した。

 子どもたちの最後の冒険が始まろうとしていた。


 セイの号令は、アメリア派の連中が全員レプリカに移動した事を伝える為だった。

 それを聞いたメイリングの兵士はウズウズした様子で次の号令を待っていた。

「おい、セイ様達が言ってた作戦って本当だと思うか?」

 隣に居たレヴィウスの騎士が突然話しかけてきた。それに戸惑ったようにメイリングの兵士は曖昧に頷く。

「そっか……お前、メイリングの兵士だよな?」
「ああ。お前は……」
「レヴィウスだよ。なんかさ、ずっと敵だと思ってたのにな!」

 そう言ってレヴィウスの騎士が笑いかけると、怪訝な顔をしてメイリングの兵士はまた曖昧に頷く。

「因果なもんだ。今までの戦争が全部仕組まれててさ、俺たちは無駄に戦ってただけだなんてな」
「……全くだ。バカらしい」

 周りの人間が目の前で死んでいくのを見て、その度にメイリングの兵士は怯えた。明日は我が身だと言い聞かせて武器を振るった。

「なぁ、知ってるか? 戦死した奴らって全員あっち側だったんだって」
「……どういう事だ?」
「俺たち騎士や兵士には階級があっただろ?」
「ああ」
「ある一定の階級を持っていた奴らばっか死んでんだよ」
「は?」
「つまり、階級が目印になってたって事だ。メイリングでは何て号令が出ていたか知らないが、俺たちは黄色の腕章の者を狙えって号令が出てたんだ」
「……」

 それを聞いてメイリングの兵士はハッとした。それはメイリングでもそうだったからだ。全く同じ号令が出ていた。むしろそれ以外は捕虜にするから生け捕りにしろと言われていたのだ。

 ハッとした顔をしたメイリングの兵士を見てレヴィウスの騎士は苦笑いを浮かべる。

「その顔だとどうやらそっちでも同じ号令が出てたんだな。結果として俺たちは知らない間に同じ敵を倒してたんだよ。嘘だと思うならそっちのボスに聞いてみな?」
「何故お前はそんな事を知っているんだ?」
「こっちに来てすぐにうちのボスが騎士を全員集めて全部話してくれたんだ。最初は信じられなかったが、間違えて違う階級の者を傷つけた奴らは実際に軒並み牢入りしてる」
「そうか、それで……」

 何人かの同僚がある日こつ然と姿を消した。そいつらは野蛮で、戦争で何人殺せるかを競っていた奴らだった。

「思い当たる節あるだろ?」
「ああ……ああ! おかしいと思ってたんだ、実はずっと! 民間人が誰も死んでない戦争なんてありえるのか? って」

 今思えばおかしな号令ばかりが出ていた。戦地になりそうな場所は予め国民は全員が退避させられて、それを見計らったかのようにそこにレヴィウス軍がなだれ込んでくる。狙うのは黄色い腕章の者達だけ。それがどんな意図かも分からずにそいつらを全員倒せば戦争は終わるとだけ聞かされていた。

 だから兵士は思っていたのだ。あの黄色の腕章をしている者達はあちらの部隊の良い地位に居る人達なのだろう、と。それは、メイリングが正にそうだったから。

 思わず興奮した兵士は騎士の方に身を乗り出した。そんな兵士の様子に騎士も笑う。

「俺たちはずっと仲間だった。何か変な感じだよな!」
「全くだ!」

 ようやく兵士は笑った。そんな兵士を見て騎士も笑う。

 騎士と別れて兵士はすぐさま今しがた聞いた事を同僚に伝えに行った。今でもレヴィウスの事をよく思わない奴らもいる。そう簡単には真実を受け入れる事が出来ない奴もいるだろう。それでも、兵士はそれを伝えて回った。
 

 それからしばらくして二度目の合図があった。男は周りを見渡してさっきの騎士を探したが、既にゲートをくぐってしまったのか、生憎姿を見つける事は出来なかった。

「戻ってきてまた会えたら、今度は名前を聞こう」

 兵士はそんな事を考えながら、開かれたゲートに飛び込んだのだった。
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