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第650話

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 アリスは皆から離れた場所から古代妖精達の歩みを見守っていた。ゆっくりとだが、確実にこちらに向かって歩いてくる古代妖精達にアリスの首元がゾワゾワする。

「やっぱ首ゾワか。気をつけないと」

 流石のアリスも自然そのものには敵わない。いくらライラがアリスは大地の化身だと褒めてくれても、だ。

「どうしたもんかなぁ。アメリアどうにか引きずり下ろせないかなぁ」

 古代妖精の肩に乗ったアメリアに視線を移すと、どこから入手したのか手に錫杖を持っていた。よく目を凝らして見ると、錫杖はかなり大きな物で蛇が錫杖を這うように巻き付いている。

「あれ、何だろう。ただの飾り? そんな訳ないよね」

 いくらアメリアが形から入るタイプだったとしても、誰に見せる訳でもないのにあんな物を持たないだろう。という事は、あの錫杖にこそ何か秘密があるのではないかと思った矢先、徐ろにアメリアは錫杖を空高く掲げた。何かを叫んでいるようだが生憎ここからは聞こえず、アメリアが口を閉じた途端、東の方に大きな雷が真っ直ぐに落ちた。

「大変だ!」

 アリスは皆の元に戻ると今見てきた事を早口で説明する。それを聞いた妖精王が愕然とした顔をした。

「錫杖とは、もしかしてコレか?」

 妖精王が空に手をかざすと、突然その手の中に錫杖が姿を現した。それを見てアリスはコクコクと頷く。

「まさか錫杖まで奪われているとは……お前たち、悲報だ。初代妖精王の魔力の殆どは既に奪われていると考えていい」
「え!? ちょっとどういう事さ!」

 突然の妖精王からの悪い知らせにリアンが眉を釣り上げると、妖精王は静かに錫杖を皆に見せた。

「これは我ら妖精王の魔力の本質だ。この錫杖は妖精王であれば必ず持っている。本来であれば妖精王としての生涯を終えた時に錫杖はソラに回収されるが、お前たちも見た通り、初代はヴァニタスと融合していた。我らがソラに還ったと思っていたのは初代の体、言わば抜け殻だ。初代がそうなる事が分かっていたのかどうかは分からないが、本体を捨ててヴァニタスと融合する事で生を繋ごうとしたのではないだろうか」
「初代がどう思っていようとどうなろうと今更どうでもいいさ。つまりその錫杖は何なんだよ?」

 オズワルドは妖精王が持っている錫杖を見ながら怪訝な顔をして言う。

「この錫杖は我らの本来の力が詰まっているのだ。これ自体が魔力の結晶と言ってもいい」
「つまり、アメリアは初代の魔力の本質を持っているって事だな?」
「そういう事だ。アメリアが命じれば我ら妖精王に出来るほとんどの事が出来るだろう」

 静かに言った妖精王に流石の仲間たちも黙り込む。

「ん? でもさ、それってさ、チャンスでもあるよね?」

 一瞬落ち込みそうになったアリスは、ふとある事に気づいて口を開いた。そんなアリスに全員が首を傾げてくる。

「あの錫杖さ、取り上げちゃえば良くない?」
「確かにその通りですね」
「ほんとじゃん。古代妖精倒すよりはまだ出来そうだよ」
「っすね。問題は、どうやってあそこからアメリアを引きずり下ろすか、なんすけどね」

 結局そこに戻るので、やはり何も解決などしない。そもそもあの錫杖を取り上げただけで丸く収まるだろうか? 

 オリバーがそんな事を考えていると、やっぱり同じように考え込んでいたノアが口を開いた。

「オリバーが言ったみたいにアメリアを引きずり降ろさなきゃ始まらないし、それにね、アリス。アメリアはバラも持ってるんだよ。アメリアがあのバラにどんな願い事をしたかが分からない間は下手にあの錫杖に触れるのは危険だと思うよ?」
「どういう事? 兄さま」
「考えてもみて? もしもアメリアがバラに初代妖精王の力が欲しいって願ってたとしよう」
「うん」
「バラは契約を絶対に破らない。という事は、あの錫杖を取り上げようとした途端にそれを阻止しようとバラが働くはずなんだ」
「うんうん」
「つまりね、下手をしたら錫杖に触った途端に僕たちは八つ裂きにされかねないって事だよ」
「ヒエッ!」

 分かりやすいノアの説明にアリスは青ざめた。言われてみればその通りだ。あの錫杖が妖精王の本質だとするのならば、アメリアの願いによってはあの錫杖こそがとても重要だという事になる。

「ノア様、その理屈では誰もアメリアに手さえ触れる事が出来ませんよ」
「そうだよ。だから困ってる。どうしようかなって」

 それまでは簡単に古代妖精王を転ばせるなりしてアメリアを囚えればいいと思っていたが、アメリアがあの錫杖について願い事をしているのなら話は別だ。アメリアに触れた途端、最悪こちらが殺されてしまうかもしれないのだ。

「ねぇ妖精王、その錫杖って言うのは必ず妖精王は一本ずつ持ってるんだよね?」
「ああ」
「でさ、それって壊そうとするならどうすればいいの?」
「壊す? 錫杖をか? それは難しいな。あれは与えられた本人にしか壊せないのだ。だが一時封印する事は出来るぞ」
「どうやって?」
「同じだけの力をぶつけてやれば良いが、錫杖は大抵悪用されないように複雑な詠唱や印を結ぶ必要がある。だが見る限りアメリアが持っている初代の錫杖はさほど複雑な詠唱を求めないようだ。こちらが同じだけの力を出せたとしても、時間の差で下手をすればこちらが封じられてしまうぞ」
「なるほど。じゃあオズは錫杖は?」
「俺? 俺は何も無い。そもそも妖精王じゃないし」

 何せ生まれ落ちた瞬間から妖精王の名を剥奪されたのだ。錫杖など与えられている訳もないし、むしろそんな物があるだなんて今初めて知ったぐらいだ。

 オズワルドが答えると、何かに気づいたように妖精王がハッとした顔をした。

「そうか! オズは錫杖の力が無くとも魔力を最大限に引き出せる!」
「うん。もうそれしか無いよね。壊す訳じゃないから上手く行けばバラの力も干渉してこない」
「確かにその通りだ! オズ、頼めるか?」
「構わないけど、どうすりゃいいか分からないぞ?」
「何も特別な事はしなくて良い。ただあの錫杖にありったけの力をぶつけるだけだ」
「それなら簡単だ。要はあの錫杖の魔力を抑えればいいんだろ?」
「そういう事だ。出来そうか?」
「多分な。ただ、さっき俺はヴァニタスに少しだけ力を渡してしまったんだ。もう少し時間が欲しい」

 こんな事ならヴァニタスを丸っパゲのままにしておけば良かったのかもしれないが、リーゼロッテがあれほど心配していたヴァニタスをあのまま放って置くことは出来なかった。

「それはもちろんだ。準備が出来たら教えてくれ。我も手を貸す」
「ああ」

 オズワルドが頷くと、妖精王も満足そうに頷いた。

 最初に出会った時、妖精王はオズワルドを殺すつもりで襲いかかってきたが、不思議なものだ。あの時の事はもう随分と昔のことのように思えてならない。

「兄さま、あそこ大丈夫かな?」

 アリスが指さした先には先程雷が落ちた場所がある。アメリアは何故あそこを狙ったのだろうか。

「どうかな。火事にはなってないみたいだけどね」
「そうだけど、なんであんな所狙ったんだろう?」
「そこだよね。あそこらへんは誰も配置してないはずだけど……まさかヴァニタスを狙ったとかじゃないよね?」

 珍しく青ざめたノアに、その場に居た全員が凍りつく。

「俺、ちょっと見てくる」
「いや、待て。我が行こう」

 オズワルドと妖精王がどちらが見に行くかで揉め出したのを見て、ノアは口を開いた。

「皆で行こう。ここで皆がバラバラになるのはリスクが大きすぎる」

 その時だ。突然ノアのスマホが鳴った。見ると相手はカインだ。

『おい、報告な。さっきアメリアが何かしたろ? カメラが一つが壊された。恐らく他のも遅かれ早かれやられると思う。十分気をつけろ』
「カイン! 丁度良いタイミングで! ヴァニタスが今どこに居るかわかる?」
『ヴァニタスか? おいルイス、ヴァニタス今どこ?』
『今はメイリングだな。アンソニー達と合流しているぞ』
『だ、そうだ』
「ありがとう。ついでに悪いんだけど、ヴァニタスにどうにかして伝言頼める? アメリアは初代の錫杖を持ってる。対策よろしくって」
『? 分かった。それじゃあまた何かあったら連絡する』
「うん、よろしく」

 素晴らしいタイミングで連絡をくれたカインに感謝しながらノアは今聞いた事を伝えると、皆は胸を撫で下ろした。

「ですがなぜわざわざカメラを破壊しているのでしょうか? 何か不都合な事でもあるのですか?」
「見られるとヤバい事があるんだろうね。誰に見られると困るのか分からないけど」

 どのみちアメリアが今や世界の敵だと言うことはもう皆が知っている事だ。今更何を見られて困る事があるというのか。

「そんな事よりも! これからどうすんの!?」

 悠長にそんな事をノアが考え込んでいる間にアメリアは先程からあちこちに雷を落として回っている。ここにもいつ落ちてくるかが分からなくてリアンが叫ぶ。

「オズの準備が整うまで我らはどのみち動けん。一度戻るか?」

 妖精王が錫杖を振り上げるアメリアを見ながら言った瞬間、空に大きな穴が開いた。

「に、に、兄さま! 空! 空が割れたよっ!!!」

 それに気づいたアリスが叫ぶと、ノアも空を見上げて息を呑む。

「皆、退避は出来ない。アメリアの兵士が来るよ!」

 ノアがそう叫んだ途端、空の穴から大量の何かが沢山降ってきた。それは人の塊で、何か薄い膜のような物を纏って地上に下りてくる。

「え、絵美里だ! 兄さま、先頭にいるの絵美里だよ!」
「え、生きてたの?」

 最後の最後まで改心する事無く自分の役割を果たそうとしている絵美里に呆れながらノアが言うと、そんなノアの横っ腹をリアンが小突いた。

「言い方! そんな事よりもこっちは圧倒的に戦力が足りないよっ! どうすんの!?」

 リアンが怒鳴る間にもアメリアの兵士達はどんどん下りてくる。

 唖然としながら仲間たちが空を見上げていると、キンキンと高い金切り声が空から聞こえてきた。

「乃亜! 助けに来たわ! 安心してちょうだい! あなたは私と一緒に地球へ帰るのよっ!」
「……だ、そうだよ、変態」

 絵美里の叫び声にリアンが白い目をノアに向けると、ノアはニコッと笑って肩をすくめる。たったそれだけの動作でどれほどノアがイラついているかが分かってしまったリアンは、さっとオリバーの背中に隠れた。

「ここまで来たらもう容赦出来ないね。あれほど改心の余地を与えたのに、本当にどうしようもな奴はどこまで行ってもどうしようもないね」
「兄さま……顔が怖いよぅ」
「ノア様が本気です。絵美里はもうノア様にお任せしましょう」
「駄目だよ! 兄さま絶対に絵美里を殺しちゃうもん! 私が行く!」

 そう言って先頭に躍り出たアリスの肩をノアが後ろから掴んできた。振り向くとノアは笑顔を一切絶やさない。

「アリス、殺さないよ。大丈夫。腐っても幼馴染だからね。でもお仕置きは必要でしょ? 妖精王」
「な、なんだ」
「一つ契約をしてもいいかな?」
「またか! 今度は何だ!?」
「あれが邪魔で仕方ないんだよ。どうにかしてあっちに送り返せない?」

 あれ、と言って絵美里を指さしたノアを見て妖精王が引きつった。

「幼馴染って随分と呆気ない関係なんだな」
「普通の幼馴染はあんな拗れたりしないよ! あれと一緒にしないでよね!」

 何せその幼馴染と結婚したリアンだ。あれははっきり言って異常だ。

「あそこの関係はちょっと異常っす」

 そんな仲間たちを無視して妖精王はノアを睨みつけた。

「お主、我のことを便利屋か何かと勘違いしていないか!? しかも今そんな大きな魔法を使う訳にはいかんだろうが!」
「それもそうだね。仕方ない。絵美里の事はしばらく放置して、先に降ってきた兵士をどうにかするしかないか」

 そう言ってノアが武器を取り出すと、それに続いてアリスもキリも武器を取り出す。

「僕たちも準備しよ、モブ」
「っす」

 古代妖精相手では全く歯が立たなくても、相手が人間であればまだどうにかなる。リアンとオリバーは抱えていたカゴを置いた。

「ねぇアリス、食事ここに置いて――ん?」

 カゴを下ろしたリアンは何気なくオリバーが下ろしたカゴの中を見てある事に気付く。

「どうかしたんすか? リー君」
「いや、何か……やっぱり! ちょっと待って、皆! 問題発生かもしれない!」
「どうしたの? リー君」
「カゴの中のおにぎりが増えてない! さっきまでは一定数増えてたのに!」

 定期的にカゴの中身を古い物と新しい物に分けて入れ替えていたリアンだ。商会のおかげで在庫管理もばっちりである。

 リアンの声にオリバーも中を確認して数を数えて青ざめた。

「ほんとっすね。減るばっかで増えてないっすね」

 これが増えないということは、ザカリー達に何かがあったという事だ。オリバーは急いでドロシーと連絡を取ろうと試みたが、生憎スマホはレプリカとは繋がらない。

「これはあっちでも何か動きがあったかな?」

 リアンとオリバーの言い分を聞いてノアは空を見上げた。空からは今もなお兵士たちが降り注いできていた。
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