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第672話

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 遠目では何が起こったのか分からなかったが、アーロがユアンの名を何度も叫ぶ声だけが、こんなにも広い砂漠に吹く風に乗って聞こえてきた。

「パパ……?」

 それがハッキリと聞こえたアリスがポツリと言うと、ノアとキリも真顔でアーロ達が居た方向を睨みつけている。

「ねぇ……ユアン達、何かあったの?」

 震える声でリアンが言うと、オリバーは無言で頷く。そんなオリバーの背中をリアンは意味もなく無言で平手で打つと、アリス達の元に駆け出した。

「変態! こいつゴーしよ! もうこれ以上待ってられないよ!」

 ノアの腕にしがみついてリアンが言うと、ノアは珍しく真顔のままリアンをじっと見つめてきた。その顔にいつもの余裕は無い。

「まだだよ、リー君。まだだ」
「でも!」
「リアン様、もうすぐです。もうすぐ始まりますから」
「何が!? 何が始まるのさ! このままじゃ皆、アメリアに魂吸い取られるよ!」

 アメリアが本気を出せば、自分達もあの金の光にあっという間に呑まれてしまう。そうなったら最後、誰も、星すらも守れない。

 思わず泣きそうになったリアンの肩を、それまでぼんやりと突っ立っていたアリスが叩いた。

「風向きが変わったよ。パパは生きてる。オズが動き出す」
「え?」

 厳しい口調のアリスにリアンはハッとしてアーロ達の居る方角を見て息を呑んだ。空に大きな魔法陣が描かれ、その中からあの懐かしい覆面達が降り注いでくる。

 その時だ。脳内にオズワルドの声が響き渡った。

『アリス、お前の出番だぞ! 思う存分暴れるがいい!』 

 それが聞こえた途端、ノアがアリスの肩を叩いた。それに頷いてアリスは物凄い勢いで駆け出して、あっという間に見えなくなってしまった。

 そしてどこからともなくそんなアリスに続くかのようにこちら側の兵士たちが怒声を上げて一斉に飛び出してきたではないか。

「ノア、嫁は?」
「兄さん。ギリギリまで粘ってくれてありがとう。行ったよ」
「そ。それじゃあ僕たちも行く」
「うん。キリ」
「はい。いつでも準備は出来ています」

 キリはノアの言葉に頷いて今回の為に新調した長剣を二本、取り出す。

「お嬢様とアミナスの訓練のおかげで、ようやくこれを扱える程度には俺も成長しました」
「うん。それじゃあ僕たちもゴーしようか。リー君、君は一旦地下に潜って情報をまとめてきてから戻ってきて。ついでに影もこっちに寄越してくれる?」
「分かった」
「オリバーは僕たちと一緒によろしく」
「っす」

 笑顔の無いノアを見るのは久しぶりだ。そんな事を考えながらオリバーは頷き、二人の後を追った。
 
 
 
 腕の中で眠る少年を抱え、アーロはすぐさま子どもたちの所へ戻った。地下には大人は全員出払ってしまったのか、子どもたちとディノしか居ない。

「アーロ! え……その子……」

 突然戻ってきたアーロを見つけてノエルが喜んで駆け寄ったが、アーロの腕の中に居る少年を見て息を呑んだ。

 もしかしてまだ地上に子どもが残っていたのかと勘違いしたノエルが心配そうにアーロの腕の中を覗き込むと、そんなノエルにアーロが静かに言う。

「ユアンだ」
「え?」
「この子はユアンだ」
「……え?」

 アーロが何を言っているのか全く理解出来なくて、思わず顔を上げたノエルの目に飛び込んできたのは、いつも無表情なアーロの泣きそうな顔だった。

「お前たちの祖父は、誰よりも勇敢だ。よく覚えておくといい」
「……何が……あったの?」

 アーロは冗談なんて言わない。この子は本当にユアンなのだ。

 震える声でノエルが問いかけると、アーロはそっと視線を伏せて、ユアンを抱き締める。

「俺を、庇った」
「……そう」

 それ以上は何も言えなくてノエルはそっとユアンに触れた。何だかユアンに抱っこをされたり頭を撫でられたりしたのが既に遠い昔の事のようだ。

「父さまと母さまにお願いしてうちで――」

 引き取ってもらおう、そう言いかけたノエルの言葉を、アーロが遮った。

「いや、ユアンは俺が引き取る。そうすれば今度こそユアンはスチュアート家を抜ける事ができる。俺は、バレンシアの名前を取り戻す」

 そうすれば、ユアンはユアン・バレンシアになる事が出来る。それが彼の望みだったかどうかは分からないが、それがアーロに今出来る最大限のユアンにしてやれる唯一の事だ。

 それを聞いてノエルは頷いた。

「うん、それがいいと思う。アーロ……お祖父ちゃん、大事にしてね」
「当たり前だ。こう見えて俺は子どもが好きだからな」

 思わず滲んだ涙を隠すように仮面を付け直したアーロの元に、気づけば全員が集まってきていた。

「アーロ……そうか、ユアンが犠牲になったか」

 ディノは言いながら気持ちよさそうに眠る少年を覗き込んだ。

 何となく地上でエネルギーの塊のような物が動いていた気がしたが、どうやらそれによってユアンが犠牲になったようだ。

「ああ。守れなかった」

 むしろ、守られてしまった。あまりにも情けなくて視線を伏せたアーロを見てディノは少し考えて口を開く。

「ユアンがそれを望んだのだ。そなたに殺されるのではなく、そなたを守るために生きた。良い魔法だな。これはオズか?」
「ああ」
「そうか。上手く構築されている。咄嗟の状況でここまでの姿を留めたのは流石だな」
「……そうだな。生きている、それだけでいい。姿かたちなど、そんな物は二の次だ。ユアンは……ユアンだ」

 そう言ってアーロはもう一度ユアンを抱きしめて、そのおでこに軽くキスをすると、ユアンをノエルに渡して顔を上げた。この仇は必ず打つ。ユアンが守ったこの命は、この星を守るために正しく使いたい。

「後は任せろ。この子は私の力が戻り次第、すぐにエリザベスの元に届けよう。ノエル、エリザベスに手紙を書いてやってくれ」
「分かった!」
「僕も書いていい?」

 そんな仲間たちを見ていたレックスが言うと、ノエルが涙を拭った。

「もちろん! 皆で書こう! おじいちゃんがどれだけ勇敢だったか、それをあっちの皆にも教えてあげないと!」
「そうですね。小さくなってもお祖父様はお祖父様です」
「カイの言う通りです」
「わ、私も書く!」
「あびだずぼがぐ!(アミナスも書く)」
「アミナスはまず鼻かんでおいで」

 ノエルが滝のような涙を流すアミナスを抱きしめて言うと、アミナスは無言で頷いた。
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