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第682話

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 子どもたちとディノは、皆、無言で地下を移動していた。それぞれのポシェットにはレックスの宝石が入っている。

「良いか、子どもたち。ここから先はとても危険だ。それぞれ役割を決めるとしよう。空と海の、そなた達は子どもたちに結界を」
『もちろんよ』
『分かった』

 空と海はディノにしか聞こえない声で言うと、ディノの頭から子どもたちの元へ移動する。

「彼らはそれぞれ海と大気だ。彼らと居ればたとえ海の中でも呼吸が出来るし溺れたりもしない。ノエル、レオ、カイは空と海と共に合図をしたら古代妖精のバラを引き抜く作業を。アミナス、姫……ではなく、リゼは私と共にノエル達がバラを抜いている間、アメリアの注意を引く。良いか?」
「分かった。空さん、海さん、よろしくね」

 ノエルが手の平の上の海と空に挨拶をすると、二人は大きな目をニィっと細めて頷く。不思議な生き物なのでその笑顔が少し怖い。

「アミナス、お前は遠慮なく私の上からアメリアの側で爆発を起こしてくれ。リゼは彼女に増幅を。だが、間違えてもアメリアには当てるなよ? もしも当たれば錫杖が襲いかかってくる」
「分かった!」
「うん!」

 リーゼロッテは笑顔で頷いてディノを見上げた。ようやくディノが姫ではなくリゼと呼んでくれたのだ。

 リーゼロッテはアミナスと手を繋いで顔を見合わせて頷いたが、ふと疑問に思う。

「でもディノ、ディノは確かまだパスタしか茹でられないんじゃ……」
「……見なければ大丈夫だ……と、思う」

 リーゼロッテの困惑したような質問にディノも曖昧に答えた。そう、見なければ大丈夫なはずだ。真っ直ぐに前だけを見ていれば問題無い。と、思いたい。

「大丈夫だよ! レックスは火を怖がったりしなかったもん! そんなレックスが今はディノの中に居るんだから、ディノも怖くないよ!」
「……そうか……そうだな」

 そうだった。ディノの中にはレックスが居る。そんな事で怖がっていては、レックスに笑われてしまう。ディノは自分を奮い立たせるように頷くと、子どもたちを連れて深海にやってきた。周りの壁は濃紺で描かれていて、そこらかしこに深海魚の絵が描かれている。

「こんな所にも出口があるのですか?」

 不思議そうにレオをが言うと、ディノは笑った。

「いや、流石にここには無いが、一時的な出口を創るのは簡単だ。そうだろう? 星よ」
『やっと気づいてくれた! 星も仲間。星も手助け出来る。そこは深海。暗くて深くて何も見えない。途中までチョウチンアンコウ達が皆を誘導する』
「そうか。海の生物は移動していないのだったな」
『そう。彼らも星の子ども。余所の星に行く術を知らない。けれど、彼らも仲間。それに……もうすぐ戦士たちが戻ってくる。問題ない。星は何も心配してない』
「戦士たち? 誰の事だろう?」

 星の言葉にノエルが首を傾げると、子どもたちは全員が首を傾げたが、こんな所でのんびりお喋りをしている場合ではない。

「星の言葉を信じて私達も行こう。それでは星よ、頼んだぞ」

 ディノの呼びかけに応えるかのように、目の前の壁が音を立てて左右に別れ始めた。それと同時に海と空が子どもたちを守るように魔法をかける。

「さあ、ここから一歩出ればもう深海だ。私達の世界を取り戻しに行くぞ。子どもたち、私の顔に掴まれ」
「か、顔!?」
「難しい事を言いますね、ディノは」

 ディノの言葉に驚きつつ、子どもたちはとりあえずディノの首回りのアメジストを掴むと、ディノは目の前に広がる深海に一歩足を踏み出した。

 その途端、ディノの体はぐんぐん大きくなっていく。

「す、凄い! 兄さま! クジラよりも大きいよ!」
「ク、クジラどころの騒ぎじゃないよ……ああ、だから顔に捕まれって言ったのか……」

 さっきまでは摘むほどしか無かったアメジストがあっという間に抱える大きさになり、やがて体よりも大きくなっていく。

「ディノの本来の大きさというのは、我々が思っていたよりもずっと大きかったようです……」

 今はもう掴んでいたアメジストに乗れるぐらいのサイズになってしまって珍しく驚いたレオが声を漏らすと、隣のアメジストを掴んでいたはずのカイがはるか遠くで頷くのが見えた。

「まだおっきくなるよ! ねぇねぇリゼ、ディノってどこまで大きくなるの!?」
「私も実はディノの本当の大きさを知らないの。でも……思っていたよりもずっと大きかったみたい!」

 思わずはしゃいだリーゼロッテは、よじよじとアメジストを登り、どうにかアミナスの元までたどりつく。

「ふぅ……ここからまだ頭まで登るのですか……」

 レオの言葉にノエルは首を振った。

「レオ、僕たちは見つからないように古代妖精に乗り移らなきゃいけないから、お腹周りに移動しないと」
「……そうでした」

 何とかここまで登ってきたのに、今度はここから下るのか……既に疲れ果てているレオを見てノエルが苦笑いを浮かべた。

「ねぇディノー! 僕たちお腹の方に回りたいんだけど、どこか隠れる所あるかなー?」

 宝石で出来たアメジストは完璧に磨き上げられていてとても滑りが良い。このまま裏側に回ったら、まず間違いなく滑り落ちて終わりだ。

「逆鱗を見つけてくれ。そこに少しだけ空洞がある」

 そんなノエルの質問にディノは答えた。星のように子どもたちの脳内に直接話しかけると、ノエル達は嬉々として逆鱗を目指しだした。

「ああ、久しぶりに羽根が伸ばせる。懐かしいな」

 ディノが言うと、空と海が笑った。

『ディノと泳ぐのは本当に久しぶりだ』
『早くディノとまた空を飛びたいわ』

 古代妖精はそれぞれディノの旧友だ。この星が出来た時からずっと一緒にいる。まだ生物が何も居なかった時は、ここに大地も加わってよく空や海や大地を走り回ったものだ。そんな四人を初代はいつも目を細めて楽しそうに見ていた。

 いつから初代はあんな風になってしまったのだろう。それは聖女に出会った時からだ。優しく聡明な初代は、聖女に傾倒し、溺れた。

 あの時もしも聖女と結ばれていれば彼はあんな風にはならなかったのだろうか?

 その答えはいくら考えてももう出ない。

「準備は出来たか? お前たち!」

 ディノが子どもたちに語りかけると、子どもたちは各々返事を返してくれた。

「さあ、小さな英雄たちの力を見せてやれ!」

 そう言ってディノは最大限にまで大きくなった体を左右に振りながら、海上に向かって泳ぎだした。
 
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