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第687話

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「兄さま、カイン様なんだったの?」 

 アリスがとうとう剣を放り出して素手でアメリア兵を倒しながら尋ねると、ノアはガンソードで沢山のアメリア兵を一気に撃ち抜きながら言った。

「ん? ああ、いつものカインの不安症だよ。ところでアリス、キリ、僕たちの子は皆してまた言いつけを破って今度はディノと何かしようとしてるみたいだよ」
「え!?」
「まぁ、あのメンツではそうでしょうね」
「はは、もう本当に、一体誰に似たんだろうね?」

 そう言ってノアがちらりとアリスを見ると、アリスはそれを全力で否定してきた。

「わ、私じゃないよ! だって、私はいっつも兄さまの言う事聞いてるもん!」
「……どの口が言うのですか」
「右に同じ。というわけで僕はもう腹をくくったよ。何よりもディノと居たほうがルイスやカイン達と居るより安心だしね」
「それはそうですね。いざとなったらディノの事です。子どもたちをレプリカに移してくれるはずです」
「一体何をしようとしてるのかは知らないけど、ここはもう子どもたちの活躍に期待するしか無いよね。だって、こっちはこの有様なんだし」

 そう言って辺りを見渡すと、完全にノア達はアメリア兵に囲まれていた。

「全くです。まさかこんなに無尽蔵に敵が湧いてくるとは思ってもいませんでした。お嬢様、こいつらをどうにか出来ますか?」
「うん……と言いたい所だけど、私もそろそろお腹が――」

 何せ燃費の悪いアリスは少し動くとお腹が減る。アリスが言いながらお腹を抑えたその時、どこからともなくリアンの叫び声が聞こえてきた。

「アリスー! 受け取れー!!!」
「はっ!? お肉の匂いがするっ!」

 アリスは急いで声がした方を振り返ると、そこにはカゴの中身をこちらに投げて寄越してくるリアンが目に入った。

 アリスはリアンが投げてきた物をしっかり受け取ると、それを見て顔を輝かせる。

「こ、これは肉巻きおにぎり! ザカリーさん! スタンリーさん! ありがとぉぉぉぉ~~!!! むしゃあ!」

 アリスは思わず叫び声を上げて肉巻きおにぎりにかぶりついた。するとどうだろう。霞始めていた視力が戻り、魔法が解けかかって人間に戻っていたリアンが良ゴリラに見えだしたではないか!

 それに続いて疲れ切っていた筋肉が再生を始め、全身に力が漲ってくるのを感じる。

「……目に見えてアリスのオーラが戻ってきてる……これは一体どういう現象だろう……キリにも見える?」
「……見えますね。とうとうお嬢様は自分の体力指数を可視化する事に成功したのでしょうか……」

 アリスの周りから立ち上る得体の知れない何かに思わずノアとキリがアリスから離れると、アリスは迫りくる敵を蹴倒しながら既に4つ目のおにぎりを貪っている。

「ちょっともう、流石に怖くなってきたな」
「今更です、ノア様。俺はお嬢様が幼い時から怖いです」
「怖いのにアリスにあの態度なの? それも凄いね」
「仕方ありません。恐怖心を克服しなくてはお嬢様は止められないので」
「なるほど。それじゃあ今は克服したんだ」

 ノアが言うと、キリはゆっくりと首を振った。

「いいえ。克服したと思ったら次の恐怖が襲ってくるので、お嬢様は一生俺の恐怖対象だと思います」
「……あんなに可愛いのにな」
「ちなみに言うと、あなたのそういう所も俺は怖いですよ」
「え」

 それは心外だとばかりにキリを見ると、キリが突然剣を構えてアリスに向かって走り出した。

「?」

 そんなキリに釣られたようにアリスを見ると、おにぎりを貪るアリスに一体どこから現れたのかアメリア兵が今まさに束になって襲いかかろうとしていた。

「お嬢様!」
「アリス!」

 ノアとキリは走り出してアリスを庇おうとしたが、目の前でアリスが一瞬のうちに大量のアメリア兵に飲み込まれてしまった。そんな光景を目の当たりにしたノアとキリが息を飲んだその時だ。

 突然アリスに襲いかかった兵士が真横に吹っ飛んだ。ハッとして目を瞠ると、どこからともなく甲冑をつけたトラが二頭、兵士の山に突っ込んでくる。

 二頭のトラは容赦なく兵士をその鋭い爪と牙でズタズタに引き裂いていく。

「シベリア! ベンガル!」
「ノア様、パパベアも来ています!」

 キリが叫んだのと同時にまた兵士たちが真横に吹っ飛んで消えて行った。

 ノアとキリは顔を見合わせてアリスの上から動物たちと共に兵士を退かせると、一番したからアリスが這い出てきてニカッと笑う。

「匂いがしたから来てくれたんだって分かったよ! ありがとう、皆!」

 アリスはそう言って心強い動物たちにハグすると、空を見上げて目を丸くする。

「……皆」

 釣られてノアも空を見上げ、珍しく胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。

「皆……来てくれたんだね!!!」

 アリスが見上げるとそこにはアメリアが開いた穴からまっすぐに長い虹のような物が地上に向かって伸びていた。その上を甲冑をつけた動物たちが物凄いスピードで駆け下りてくる。動物たちだけじゃない。妖精たちもだ。

 そんな中、ノアは足元に駆け寄ってきた小さな妖精を見つけてある物を渡してこっそりと耳打ちしていた。それを聞いて妖精は目を輝かせて飛び去って行ったのだが、感動していたアリスはノアのそんな動きには気づかない。

「ありがとね……皆……ほんとにありがと……」

 アリスは思わず涙を袖で拭って声を張り上げる。虹の坂は四方八方に伸びていて、動物たちはそれぞれレインボードラゴンの後に続いて降りてくる。

 アリスは叫んだ。力いっぱい、全世界に届くように。

「皆でこの星を守れ! この星に住む私達の力で!」

 その声にあちこちから声が上がった。それはやがて歓声になり、地上を伝って大きな波になる。

 
 そこから反撃が始まったのだが、アメリアの金の光には絶対に触れないようにと伝えはしたものの、やはり何人かが犠牲になったと聞く。

 絶望的な状況の中でシャルルは考えていた。何か解決の糸口はないのか、と。

「何とかあの光をどうにかする方法を考えないといけませんね」

 メイリングで戦っていたシャルルが腕を組んで考えていると、そこへ虹色の坂を下ってきた小さな妖精がやってきた。

「どうかしましたか?」

 シャルルの問いかけに妖精は自分の周りに薄い膜を張って見せると、おもむろに停滞していたアメリアの金の光に突っ込んでいく。

「あぶな――これは……」

 小さな妖精が作ったのは結界というほど頑丈な物ではなかったが、金の光はその膜に当たると膜を滑るように通過していった。もちろん小さな妖精は無傷だ。

「なるほど、空気の膜ですか。考えましたね。光は所詮光。屈折率が変われば光はねじ曲がる」

 シャルルはそれを見て立ち上がると、空に大きな魔法陣を描いた。続けて詠唱すると見えない膜のような物がアメリアを、古代妖精を覆い尽くす。

「なんちゃって妖精! あんた、何やったの!?」

 突然アメリアの攻撃が止まった事に驚いたリアンが言うと、続いてオリバーもやってきた。

「なんか突然光がアメリアの周りで乱反射しだしたんすけど!」
「上手くいったようです。結局、アメリアに直接手を出さなければ良いのですよね?」

 そう言ってシャルルは薄ら微笑むと、そんなシャルルを見てリアンとオリバーが顔を見合わせて息を呑む。

「全生物に魔法をかけるのは厳しいですが、対象が一つであればさほど難しい事はありません。どちらかオズに強化をしてもらえるよう頼んでもらえますか?」
「分かった!」

 リアンはシャルルに言われた通りすぐさまオズワルドにメッセージを送り、迫りくるアメリア兵をクローで端から切りつけていく。

 アメリアの光攻撃が無くなった事で、状況は一変した。今まで動くに動けなかった騎士や動物たちが一斉に動き出したのだ。


「あの魔法はシャルルかな?」
「だろうな。流石だな。しかしよく思いついたな」

 アメリアの光攻撃が無くなっただけでこちらは大分動きやすくなった。エリスはアンソニーと背中合わせに戦いながら剣を振るった。

「それにしても、昨日の敵は今日の友だなんてよく言ったよな」
「なんだい? それは」
「昔アリスが狼と戦って牙を折った事があってな。それからその狼と随分仲良くなった事があったんだ。その時にアリスが言ってたんだが、今ふと思い出したんだよ」
「なるほど、今の僕たちにピッタリな言葉という訳だね?」
「そういう事。まさかあんたとこうして背中合わせで戦う日が来るとはね」

 そう言ってエリスは苦笑いを浮かべてアーロを見ると、アーロも一体一体確実に仕留めているが、当時はアーロだって敵だったのだ。

 エリスの言葉にアンソニーは納得したように頷く。

「僕も感慨深いよ。あの時の僕たちの計画では、まさかここまでの規模になるとは思ってもいなかったし、君まで仲間になるだなんて思ってもいなかった」
「奥さんがこっちに戻ってくるとも思ってなかっただろ?」
「ははは。そうだね。僕は向こうに行って、八重を助けて死ぬつもりだったんだよ。だからまさかこんな未来が来るなんて思ってもいなかった」

 最初の計画から随分変わってしまったが、今はもうこの未来こそが最適だったと思える。何百年も考え抜いた作戦の結果がここに繋がったのだとしたら、自分たちは最善の未来を掴もうとしているのではないだろうか。

「お喋りはそこらへんにしてもらえませんか? そろそろ二人共本気を出してください」

 いつまでも呑気に喋っているアンソニーとエリスにシャルが顔をしかめて言うと、二人は苦笑いを浮かべて離れた。

「これでも喰らえ!」

 エリスはそう言って自身の剣に炎を纏わせて、襲いかかってくるアメリア兵を燃やし尽くしていく。そんなエリスの戦いっぷりを見てアーロが言う。

「便利だな。よし、では俺も真似してみようか」
「いや、君の魔法は水だろう? それを剣に纏わせた所でどうなるんだい?」
「……そうだった」

 最もなアンソニーの言葉にアーロはがっくりと項垂れると、突然アーロの剣が炎に包まれた。ハッとして振り返ると、シャルが嫌味気に笑っている。

「どうぞ? 思う存分燃やしてください」
「ありがとう」

 アーロはシャルに魔法をかけてもらった剣を振りかぶり、敵に触れた。すると、途端にアメリア兵の服に燃え移り、焼け焦げていく。

「これはいいな! しかしシャル、少し持ち手が熱いのだが」
「……どうぞ」

 嫌味でアーロの剣に炎を纏わせたが、アーロは単純にそれを好意と受け取っているようだ。いっちょ前にさらに使いやすいよう要求してくるアーロにシャルは呆れながら炎の量を調節してやった。

「ところで君はシャルルの親戚かい?」
「今更ですか?」
「ずっと気になっていたんだけど、いつも皆にうまい具合にはぐらかされてね。シャルルの親戚にしては何故かノアと仲が良すぎる気がするし、当時君のような人がシャルルの側に居たら必ず僕たちは気づいたと思うんだ」
「そうですね……一言で言うなら私はノアが創ったシャルルのそっくりさんです」

 シャルが攻撃魔法を駆使しながら言うと、アンソニーは深く頷いて納得したようにその場を去った。そして今はもう何事も無かったかのように敵を薙ぎ払っている。

「……よく分からない人なんですよねぇ……流石お爺ちゃんです」

 本当にシャルが言った意味を理解したのかそうでないのか判別すらつかないが、とりあえずは納得してくれたので良しとしておくことにした。
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