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第697話

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「ニコラ、そんな顔をしなくてもここまで来たら意地でも生き残るよ、僕は」
「そう? ならいいけどー」

 フイとそっぽを向いたニコラにカールが新しい武器を手渡してくる。

「叔父さん、次はこれです。連射が可能なので、あそこらへんのを一気にお願いします」
「はいはーい。そこらへんの騎士たちー! ちょっと避けてねー!」

 ニコラはそう叫んで足を引きずりながら引き金を引いた。それと同時に重なり合ったアメリア兵士たちは次々に消えていく。そんな様子にメイリングの兵士たちは感嘆の声を上げるが、ニコラはそんな兵士たちに言った。

「便利でしょ? でもね、こんな物があったからアメリアみたいなのが生まれたんだよ。よく覚えておいてね。戦争が先じゃない。武器が先なんだって事を」

 もっと言えば金だ。そして欲だ。これらが全て合わさったのが戦争だ。

 ニコラの重い言葉にメイリングの兵士たちは神妙な顔をして頷いた。

 この三人こそがメイリングの王家の者だったという話はもう既にメイリングの国民には知らされていた。それは前ルーデリアの王、ルカ王の提案だった。

 ルカがレプリカでモニターを取り上げられる前に、重大放送と称してメイリングの長きに渡る歴史をかなりかいつまんで放送したのだ。

 その放送を聞いて国民達は色々な事を思った。アンソニー達を見直した者もいれば、恨んでいる者も居るだろう。

 けれど、実際にこうやって第一線で星に残って最初から最後までずっと星を守ろうとしている姿を見てしまうと、この三人に対して複雑な思いが込み上げてくる。

 各国の騎士や兵士たちの間だけで伝えられた事も手伝って、余計に複雑だ。

 そんな中、ふとアンソニーが言った。

「皆、すまないね。本当は僕たちだけで片をつけたかったけれど、そうはいかなくなってしまって」
「……王……」
「はは、また僕を王と呼んでくれるのかい?」

 アンソニーの言葉に一人の兵士が呟いた。その言葉には色んな感情が織り込まれていた。それに気づいたアンソニーが茶化すと、あちこちから兵士たちの声が上がる。何だかそれはとても懐かしくて、辛い思い出だ。

 兵士の一人がアンソニーの元までやってきて涙で頬を濡らしながら叫んだ。

「我々は! メイリングという国を失くしたくないのです! 豊かだった頃のメイリングが見たいのです! そのために自分はここに居ます! 星を守るなんて大それた事は考えていません! 失った仲間たちの為、家族の為、そのためにここに居るのです!」
「うん、それでいいんだよ。皆がそう思えば、それは結果として全員を守る事に繋がる。どこにも繋がりの無い人間なんて居ないからね」

 アンソニーの言葉に兵士はホッとしたように頷き、さらに叫ぶ。

「この戦いが終わったあと、メイリングには王が必要です! それは……あなたでなければならない! 私は! あなたが統治する国を見てみたいのです!」

 兵士の声はどこまでも響いた。自分でもこんなにも大きな声が出せるなんて思ってもいなかったほどだ。不思議とこの一瞬だけ全ての音が消えたような気さえした。

 その声にあちこちから声が上がりだした。正直複雑だ。何百年もの間生きてきたアンソニーという宰相を名乗っていた人間を信用していいのかどうか分からない。

 けれど、ギリギリでもメイリングという国が残ったのは、間違いなくこの三人の手腕だった。国が無くなれば悲惨だ。それは兵士達もよく知っている。

「……ありがとう」

 兵士たちの言葉にアンソニーは少しだけ微笑んでまた戦いだした。これは嬉しい事なのかそれともさっさと追い出された方が良かったのか、それはまだ分からないが、まだ望んでくれている人たちが居る間はせめて王らしく居ようと思った。
 

「おい、妖精王。お前、もうちょっと離れろよ」
「嫌だ! 我はまだ魔力は完全に戻っていないのだぞ! もしお前と離れて何かあったらどうする!」
「妖精王、だったら私と一緒に居ますか?」

 さっきから喧嘩ばかりするオズワルドと妖精王にとうとうシャルルが言うと、シャルが鼻で笑う。

「もう何も起こりませんよ。アメリアも錫杖も賢者の石も消えましたから」
「え?」
「なに!?」
「へぇ、分かんの? お前」
「ええ。AMINASが知らせに来てくれました。これでようやく彼女も生まれて来ることが出来ます」

 AMINASはシャルにとっては妹のような存在だ。実際AMINASもシャルの事を兄と呼ぶ。当初はAMINASは妖精になるのだろうと思っていたけれど、どうやら彼女は人間になりたかったようだ。

 シャルの言葉にシャルルが嬉しそうに頷いた。

「そうですか。ようやくですね。あの時も今回も彼女には随分助けてもらいました。彼女がいなければ前回も今回も、きっと乗り越えられなかった」
「うむ……シャルルの言う通りだ。しかしそうか! とうとうAMINASが姿を持つのか! 今から楽しみだな!」

 妖精王が元気を取り戻して言うと、事情がよく分からないオズワルドだけが首を傾げている。

「そいつなに? 俺会った事ない」
「当然だろう。AMINASに姿は無いからな。我にも見えぬぞ」
「お前にも見えないの? ふぅん。また変な生き物がバセット領に居着くのか」
「オズ! 変な生き物だなんて言わないでやってください。彼女も私達の大事な仲間なのですから」

 苦笑いを浮かべてシャルルが言うと、オズワルドはキョトンとして言う。

「いや、あそこの変な生き物の筆頭はアリスだろ? 次いでノアとかキリだよな?」
「……まぁ……そう……かもしれません」
「すまぬ……それは我にも否定は出来ぬ……」
「ノアとキリはともかく、アリスも私と同じように高性能AIを積んでいたはずなんですけどねぇ」
「ほら、誰も否定しないじゃん。そんな所に自ら進んで行くような奴がまともな奴の訳がない」

 誰も否定しないのでオズワルドが言うと、三人はとうとう黙り込んでしまった。

 オズワルドはそんな三人を見て肩を竦めると、空に大きな魔法陣を描いた。

「ここらへんの一気に処理するぞ。結界張れよ」

 そう言ってオズワルドが腕を振り下ろすと、それを見て慌ててシャルルとシャルが結界を張る。それとほぼ同時に周りに居たアメリア兵達が一瞬で消えた。

「今からそいつに会うのが楽しみだな」

 オズワルドが言うと、三人が眉を釣り上げてオズワルドを怒鳴りつけてくる。

「もっと早く言ってくださいよ!」
「突然すぎて対処が出来なかっただろうが!」
「そうですよ! 私達まで葬る気ですか!?」
「悪い。でも皆無事だったんだからいいだろ? それに、俺だってそろそろ暴れたい」

 オズワルドは言いながら視線を南に向けた。そちらの方から凄まじい魔力が流れてきたからだ。

「ディノが本気を出し始めたようだな」

 オズワルドに釣られて南を見ると、そこには圧倒されそうな程の金の光の束が降り注いでいた。
 

「カイン、観測者どの、俺たちはここで皆を待っているだけでいいのだろうか」

 ルイスがポツリと言うと、問いかけた二人は真顔で頷く。

「俺たちが行った所で何も出来ないだろ? 返って邪魔になるのは目に見えてるんだからここで大人しくしてような。それに集まった情報をまとめるのも立派な仕事だろ?」

 言いながらカインはあちこちの状況をまとめて、それを先ほどからずっと騎士団の隊長達に流している。

「そうよぉ~ルイスちゃん。戦力不足な私達は地道に頭を使いましょ。それにしてもアメリアが居なくなってもこの兵士の数だからね……厄介だわ」
「全くだ。でも錫杖と賢者の石も消えたのは僥幸だよな」

 そう言ってカインはモニターのスイッチを消した。それから全員にアメリア討伐のメッセージを送る。

 そんな中、ずっとモニターを見ていたルイスがポツリと言った。

「案外……アメリアは呆気なかったな」

 あれほどまでの苦戦を強いられたというのに、アメリアの最後は驚くほど呆気なかった。その様はまるで長い夢を見ていたような気分だ。

 けれど最後のアメリアの叫び声が耳にこびり付いてあれは夢では無かったという事を物語る。

 思わずそんな事を呟いたルイスの言葉に、カインが信じられないとでも言いたげにルイスに詰め寄ってきた。

「あのな、ルイス。お前今の発言は皆が今までやってきた事を全部無に返してるって気付こうこうな? 今回の戦争は本当に、ほんっとうに俺たちの運がひたすら良かっただけなんだぞ? まずオズが仲間でなければ成り立たなかったし、子どもたちがレックスと仲良くならなければ駄目だった。もしもアンソニー王の計画で事が進んでたら、恐らくもっと被害者は出ただろうな。そもそもレプリカに全員を保護するなんて事も計画に入ってなかっただろうし、下手したら俺達は最後の最後に事の重大さに気付いて、勝てたかもしれないけどこっちにも何人かの犠牲者が出てた。お前、それでもそんな呑気な事言えんの? お花畑もそこまでいったらアリスちゃん抜いてんだけど?」
「そ……そうだな……すまん。今のは完全に俺の失言だ」

 カインに言われてルイスは頭を殴られたような感覚に陥った。実際カインの言う通りなのだ。今回は本当に、ただひたすら運が良かった。前回の時のようにシナリオがあった訳ではなくて、全て自分たちが決めたからだ。

 もしどれか一つでも間違えていたら既に自分たちはここに居なかったかもしれなかった。そう考えるとゾッとする。

 青ざめたルイスにカインは大きなため息をついて言った。

「あんまお花畑な事言ってたら、すぐにでもライアンにすげ替えるからな? もしくは本気で口縫うぞ」
「!」

 カインのドスの効いた声にルイスは思わず口を閉じて両手で口を覆う。そんなルイスを見て観測者が言った。

「まぁまぁ、カインちゃん。ルイスちゃんだって本気で言った訳じゃないだろうし、ここに来るまでの苦労を無視しようとした訳じゃないわよ。最後のアメリアだけを見ると確かに呆気なかったかもね。もっと派手な殴り合いか何かがあるんじゃないかって期待してた人もいるかも。でも……案外そんなものなのよ。世界が変わる時は、案外呆気なくて一瞬なの。だからそれに気付いかない人もいるわ。それはそれでとても幸せな事だと私は思うけどね」

 今までに幾つもの星の最後を見送ってきた観測者からすれば、全ての物事は本当に一瞬の出来事だ。それぐらい呆気ない。だからルイスの言葉も間違いではないのだ。

「はぁ……ったく。一体いつになったら王の威厳が出てくるんだろうな? ルイスは」
「す、すまん……いつまでもちんちくりんで……」
「全くだ! そりゃリー君にいつまでも王子呼びされるよ」

 呆れたように言うカインの目の前でルイスはしょんぼりと項垂れた。

 けれど、いつかノア達と話した扱いやすい王という意味ではルイスはぴったりだが、このルイスがいざという時は案外大胆な決断を下す事もカインはよく知っている。

 ただルイスはアリスと一緒でそんな事を言おうものならすぐに調子に乗るので黙っておくことにした。

「ほら! 仕事すんぞ。お前はセイさん達に連絡入れてくれ。ルーイ達の方は大分片付いたみたいだから、応援そっちに回すって」
「分かった。そうだ! なぁカイン、思ったんだが、地上のあちこちに拠点となる場所を作ってやらないか?」
「は? 何だよ、急に」
「いやな、今はアリスにしかおにぎりを配給していないが、騎士たちも飲まず食わずで頑張っているんだ。拠点があってそこに調味料やら食材やらおにぎりを置いておいてやったら、少しは休めるだろう?」
「……なるほどな。実際の戦争にも拠点となる場所は必ずあるし、それはいいかもな。だったらその場所に目眩ましの魔法をかけて人形たちは入れないように結界を張って――ルイス! 妖精王にその手配の連絡をしてくれ」
「分かった!」

 ルイスはセイに連絡を入れた後すぐに妖精王に連絡を取った。

 そんな様子を少し離れた場所から見ていた観測者がポツリと言う。

「こういうタイプの王と宰相の関係も良いわね。やっぱりこれから新しい時代の幕開けなのかしらね」

 ルイスとカインの関係は王と宰相という感じではない。あくまでも友情の延長で成り立っていそうで観測者は思わず目を細めた。今までのように王とそれ以外がしっかり線引されていた絶対王政ではなく、互いの意見が食い違っても互いが譲歩して認め合うような政治にこの星はなっていくのかもしれない。

 観測者はそんな二人を見てノートを閉じると、二人の手伝いをする事にした。
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