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第698話

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 アリスはひとしきり暴れ終わって辺りを見渡した。

「ふぅ~! ここらへんはそろそろ終わりだ!」

 剣を鞘に仕舞ったアリスは大きく伸びをしてポシェットのおにぎりを貪る。そこへノアとキリがやって来た。

「お疲れ様、アリス」
「兄さま!」
「お疲れ様です、お嬢様。それにしてもこの調子でどんどん減らして良いのでしょうか?」

 キリは辺りを見渡して呟いた。そこには先ほどまでうじゃうじゃ居たアメリア兵の姿はもう一人も見当たらない。

「そうなんだよ。AMINASももうエネルギーを保存出来ないし、妖精王の真名書でも無理。ここらへんで一旦策を練り直した方がいいかも」

 ノアの言葉にアリスとキリは納得したように頷いた。その時、突然頭上に大きな影が落ちた。影というよりは、それはもう突然夜がやってきたのかと思うほどだ。

 空を見上げると、そこには案の定ディノが居る。

「ディノだ! おーい! ディノー!」

 アリスが大声を張り上げると、はるか上空から何かが次第に近づいてきて気づけば雲を振りはらってディノの巨体が現れる。

「アリスか! ここらへんはそなたの担当だったか。道理で綺麗に片付いているはずだ」
「へへ! まぁね! でもこの後どうしたらいいんだろう? またエネルギー溢れちゃうよ」

 アリスが言うと、ディノも同じことを考えていたようで言葉を濁した。

「私も同じことを考えて、今は全ての騎士たちに手を出すなと言って回っている所だ。これ以上は危険だ。もうじき大地達の魔力も戻る。そうなると結局星は爆発してしまう」
「やっぱそうだよね……兄さま、何か良い案ないかな!?」
「僕も考えてるんだけど、何も思いつかないんだよ。ていうかそもそもそれは僕たちではどうしようも出来ないだろうし……」

 ノアの言葉にキリも頷く。アリス達がそんな事を考えていたその時、突然ディノが大地を揺るがしそうな程の咆哮を上げた。

「ヴァニタス! そなた、戻ったのか!」
「え!? ヴァニタス!?」

 アリスが空を見上げると、そこには無数の何かがこちらに向かって飛んでくるのが見える。よく見ると、それは大小様々なアオサギの群れだ。

「友よ! 脅威は去った! ソラの温情で皆が手伝ってくれる! 我らがエネルギーを全てここから運び出そう!」

 雛に戻ったヴァニタスが精一杯叫ぶと、そこら中に溢れていたエネルギーが大空に舞い上がり、その全てがアオサギ達に次から次へと吸い込まれていく。

「これは……凄いね」

 ノアが空を見渡すと、そこには空を埋め尽くしそうな程のアオサギの団体がディノを避けてこちらに向かってやってくるのが見える。

「さあ仲間たち! エネルギーの事は我らに任せて、全ての魂を戻してやってくれ!」

 ヴァニタスの言葉をディノが星全てに伝えた。

「よぉ~し! それじゃあ私ももうちょっと頑張るぞ~! ドンちゃ~ん!!!」

 自分の頬をパチンと叩いたアリスは、大きく息を吸い込んで叫んだ。すると、アオサギの群れの中から真っ黒なドラゴンが姿を現す。

「よくぞやって来たドンよ! 地上の仲間を連れて残ったアメリア兵を正しく浄化して回るぞ!」
「ギュギュギューー!」

 ドンはアリスの言葉を聞いて仲間の生物たちに話しかけた。すると、どこからとなくゾロゾロと動物やドラゴンや妖精たち達が集まってくる。

 アリスは下りてきたドンに颯爽と飛び乗ると、仕舞っていた剣を鞘から抜いて叫ぶ。

「行くぞー! 皆ー! 私に続けーーーー!」

 これが最後だ。アリスには確信があった。

 ドンに乗ったアリスはゆっくりと、けれど確実に地上に残ったアメリア兵達をエネルギーに戻していく。

 道中どんどん仲間は増え、種族も関係無しに気づけばまるで地上に線が引かれたようにその列は横に伸びて行った。

「ふはははは! これが正しいローラー作戦だ! 一人たりとも残したりはせぬぞ! いつかまた生まれてくる命を、無駄になどするものか!!!!」

 アリスは地上スレスレに飛ぶドンの背中から剣を振るい続けた。たったの一度も休むことなく、時折ドンから下りて率先してアメリア兵を斬りつける。

 そんなアリスに続くかのように全ての仲間たちがアリスと同じような行動を取った。そんなアリス達の頭上にはディノと、無数のアオサギ達が追ってきていた。
 

「わぁ~原始的。でもこれが確かに最善かもね」

 リアンはアリスのおにぎり係を努めているので、仕方なくその列に混じっていた。

 横一列に並んだ仲間たちの端っこはもう既に見えない。

「ていうか、これまさかこの状態で星一周するつもりっすか!?」

 思わずオリバーが言うと、それを聞いて近くに居たノアが笑った。

「いや、流石のアリスもそれは無理だよ。大丈夫。この状況を妖精王がモニターに映してくれてる。カイン達が地下で見てるだろうから、きっとあちこちで同じことが起こりだすよ」
「妖精王? ようやくまともに使える魔力が戻ったのですか?」

 首を傾げてキリが言うと、ノアは頷く。

「状況をモニターに映すことぐらいは流石に出来るんじゃない? だって、あんなラジコンに積んでるカメラにさえ出来たんだからさ」
「いや……妖精王への敬意はどこ行ったんすか」

 あんまりな言い草をするノアに思わずオリバーが言うと、リアンが肩を竦める。

「変態はずっとこんな調子だったでしょ? 問題はあいつの体力に僕たちがどんだけついていけるのかって事だよ」

 既に疲れ果てている所にこの星行脚である。アリスが何百キロ歩くつもりなのかは知らないが、確実に脱落者が続出するのは間違いない。

「まぁ、リレー形式で頑張ればいいんじゃないかな。さて、そんな訳で僕は離脱するよ」

 ノアが言うと、リアンとオリバーがギョッとした顔をしてノアを凝視してくる。そんなノアの心を代弁したのはキリだ。

「ノア様はこれからもう一人の幼馴染との決着をつけにいくつもりなのです。それが終わってようやくノア様は本当に幸せになる事が出来る……かもしれません」
「そこは言い切って欲しかったな、キリ」
「それは無理です。なぜならあなたの嫁がアレだから」

 そう言ってキリが指さした先には踊り狂うようにアメリア兵をなぎ倒すアリスが居る。時折聞こえてくるアリスのテンションの高い奇声に何故かバセット領の動物たちは歓喜したように応えているが、それ以外の動物や妖精たちはドン引きしている。

「う~ん……アリスは可愛いんだけどな」
「何度でも言いますが、そんな事を言うのはあなただけです。あなたに約束された未来はただ一つ。絶対に恋敵は出てこないという事ぐらいですよ」
「はは! それは何気に一番嬉しいよ。それじゃあちょっと行ってくるね」

 そう言ってノアは列から離れた。

「いや、それはハードル低すぎない?」

 そんなノアを見てリアンがポツリと言うと、オリバーが隣から小突いてくる。

「ノアの心配はそこしか無いんすよ! 何せアリス至上主義な人なんすから」
「そだったね。さて! それじゃあ僕たちももうちょっと頑張ろっか! 皆が戻ってきた時に備えておかないとね!」

 リアンはそう言ってカゴを抱え直しながらクローをはめて長い列に混じると、アリスの直ぐ側まで駆けて行く。

「リアン様はやはりお嬢様の心友ですね。心強いです」
「まぁ、俺たちも人のことは言えないんじゃないっすかね。結局アリスの所に行こうとしてる時点で」

 言いながらオリバーとキリもリアンの後を追ったのだった。



「ああ、妖精王お疲れ様」 

 列から離れたノアは妖精手帳を使ってルーデリアの城門前に居た。そこへ少し遅れて妖精王がやってくる。

「うむ。行くか」
「面倒だけど、仕方ないね」

 そう言って肩を竦めたノアを見て妖精王も苦笑いを浮かべた。

「そなたも難儀な魂だな。毎度毎度アリスとその他の者に振り回されるのだから」

 うっかり口を滑らせてそんな事を口走ってしまった妖精王がハッとすると、それを聞いてノアがニコッと笑った。

「その他の者っていうのは聞き捨てならないけど、毎回アリスに振り回されてるのは悪く無いね。教えてくれてありがとう、妖精王」
「う、うむ。今だに我はお前の喜びポイントが良く分からぬが、そなたの最後の仕事だ。アメリアの処分はあれが最善だったのだろうが、絵美里はどうするつもりだ?」
「分かんない。会ってみない事には何とも言えないけど、出来るならもう僕はあっちに送り返してしまいたいんだよね」
「まぁ、それが妥当だろうな。しかし彼女の体はもう無いのだぞ? それはどうするのだ?」
「そこはもう本人に何とかしてもらうしかなくない? 流石の僕もそこまで面倒見れないよ!」

 妖精王の言葉にノアが呆れたように言うと、妖精王もそう思ったのか深く頷いた。

「ともかくいつまでもあそこに閉じ込めておく訳にはいかないな。準備はいいか、ノア」
「いつでもどうぞ」

 ノアはいつもの調子で答えてポケットの中に隠したナイフを服の上から触った。最悪の場合、もう絵美里も始末してしまうつもりでいたのだが――。
 

「こ、これは一体どうなっているのだ……」

 絵美里を閉じ込めた空間にノアと二人で入った妖精王は、その場所を見て絶句した。

「これが絵美里の深層心理って事?」
「わからん……だが、自らの意志で赤子の姿に戻ったのだとしたら、それは心と体にとてつもない負荷がかかっただろうに……それでも自らこの道を選んだのか……」

 すっかり赤ん坊に戻ってしまっている絵美里を見て妖精王はゴクリと息を呑んだ。こんな罰を自ら課すなど、やはり絵美里の精神は相当破壊されてしまっていたに違いない。

「それにしても凄い数の写真」

 絵美里を閉じ込めた不思議な空間は、ありとあらゆる写真で埋め尽くされていた。そこには乃亜の写真も無数にあってゾッとしたが、よく見ているとその写真が少しずつ減っていく。

 その真ん中で赤ん坊がスヤスヤと眠りについているのが見えた。

 気味の悪い写真の中を妖精王と二人で進むと、赤ん坊は何かを握りしめている。

「これ……槇さんじゃん」

 絵美里が握りしめていたのは槇の写真だった。

「マキサン?」

 ノアの言葉に妖精王が聞き返すと、ノアはコクリと頷いて絵美里の手から取り上げた写真を見せた。そこには大口を開けて笑っている大柄な男と恥ずかしそうな怒ったような顔の少女が映し出されている。

 ノアはその写真を見て微笑んだ。その笑顔はどこか切なく、懐かしそうだ。

「この人がね、僕の事をずーっと面倒見てくれてたんだよ。今回の戦争でも手を貸してくれてる。僕が唯一もう一度会いたいって思ってるあちら側の人だよ」

 そう言ってノアは赤ん坊の絵美里の手に槇の写真を戻してやった。ふと見るともう片方の手には乃亜の写真が握られていたので、そちらは取り上げて床に放り投げた。

 その時だ。突然どこからか聞き覚えのある声が途切れ途切れに聞こえだした。

『大体お前らはよぉ、いっつも人の忠告無視して好き勝手しやがって、挙げ句の果てにこんな最後だ……お前らのせいで俺は婚期も逃して子どもも持てなかったんだぞ! 聞いてんのか!? 絵美里! 乃亜! ……いや、これはすまん、八つ当たりだ。結婚出来なかったのは俺自身のせいなんだが、だからこそ余計に! お前らを自分の子どもみたいに思ってたんだよぉ……この親不孝者どもが! 何か文句あんなら今すぐ戻ってきやがれよ! 今すぐに!』

 その声に反応したかのように目を覚ました絵美里がふやふやと泣き始めた。そしてノアもまた槇の言葉を聞いて泣きそうになっている自分に気づく。

 ノアは絵美里を抱き上げると、妖精王に向き直った。

「妖精王、お願いしてもいいかな?」

 声を震わせて言うノアを見て、妖精王は何かを察したように頷いた。

「そなたの今回の功績は計り知れない。我が星の管理者に戻る前に、今回に限り契約無しでそなたの願いを叶えよう」
「はは、ありがとう。絵美里を槇さんの所へ送ってやってほしいんだ。それから……僕に槇さんへの謝罪とお礼を伝えさせて」

 ノアが言うと、妖精王はそれ以上何も言わずに錫杖を取り出して魔法陣を描いた。

「少しだけ時間をやる。直接会って話して来い。我がまた呼びかけるまでな」
「うん、ありがとう」

 ノアが頭を下げると妖精王は頷いて錫杖の先にくっついていた魔法陣をノアの足元に置いた。その途端にノアの体がふわりを浮いたような感覚がする。

 部屋の中にあれほどあった写真は、もう一枚も残ってはいなかった。
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