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第702話

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『ルイス・レスター・ルーイチーム』

「王! あなたは後ろに居てください!」

 ルーイは叫んでルイスを無理やり後ろに追いやった。

「そうです! ルイス様、あなたは最前線に出ないで! ここは僕たちに任せてください! 行くよ、ヴァイス!」
「ウォウ!」

 ヴァイスに颯爽と飛び乗ったレスターは、列から進み出てアリスに習った剣技を振るった。

 今も定期的にアリスに挑戦するレスターだが、未だにアリスには敵わない。それどころかレスターが編み出した技をさらに昇華させて繰り出してくるのだ。

「レスター! お前も王族なんだぞ!」

 ルイスが叫んでもレスターは引かなかった。それどころかヴァイスに跨ったレスターはほぼ無敵だ。ヴァイスは賢いのでレスターの指示が無くとも人形たちの攻撃を避ける。

「王、レスター様は大丈夫ですよ。アリスから免許皆伝というよく分からないカードを貰っていたので」
「免許皆伝? なんだ、それは」
「何やら師匠から弟子に送る物で、正しく奥義をマスター出来た者にだけ送られる称号のような物だと聞いています」
「何だかよく分からんが、それは凄いのか?」

 ルイスは業火を使いながら人形を燃やしつつルーイに尋ねると、ルーイも剣を振るいながら頷いた。

「どうなのでしょうか。セイさんは確か貰ったと言ってましたね」

 ちなみにルーイも貰った。今はユーゴが挑戦中だ。その他にもその免許皆伝カードが欲しくてアリスの元には連日沢山の騎士が集まると言う。

「そ、それは何か役に立つのか?」
「役に……まぁ、強さの証なので、こういう時にはリーダーに選出されやすいですね」
「なるほど」

 それは果たして嬉しいのか? そう思うが、自分の強さがアリスに認められたというのが騎士たちの誇りに繋がるのだろう。多分。

 そこまで考えてルイスは青ざめた。

「ちょっと待て! それはあれか? 各国の騎士たちは皆、アリスに認められたくて挑んでいるという事か!?」
「今更の質問すぎてビックリしますよ、王。その通りです。レプリカで炙り出したアメリア兵以外は、ほぼ全員がカップリング厨カードを持っています。むしろ入隊するとまず初めにアリスに手合わせに行かせる国もありますからね。レヴィウスって言うんですけど」

 そこまで言ってルーイは苦笑いを浮かべた。セイ曰く「実力を測るには嫁に見てもらうのが一番早い」と真顔で言っていたのを思い出す。

「ですが何の問題もありません。アリスは騎士団や兵士でなければ挑戦は受けませんから」
「そ、それはお前、わざわざそのカード欲しさに騎士団に入る奴もいるのでは? それにレスターは騎士ではないぞ!?」
「え? レスター様はちゃんと騎士団に所属していますよ?」
「はあ!? 誰だ! 認めたのは!」

 何も聞いていない! 何故ルイスが知らないのだ! 思わず声を荒らげたルイスにルーイが笑う。

「アリスです。いわゆる隠密部隊でレスター様が出てくる時は相当に切羽詰まった時だけだからです。王も知らないアリス部隊というやつですね」
「ア、アリス部隊……そんなものがあるのか……」
「ええ。各国の精鋭だけで作られた部隊です。そこにはあなたも驚くような人が居ますよ」

 そう言ってルーイは笑った。通称アリス部隊に所属しているのは各国のありとあらゆる分野での精鋭たちだ。その全容はアリスとノアとキリしか知らないと言われている。つまり、世界は今や本当にバセット三兄妹の手中にあるという事だ。

「そ、そんな……いつかこの星はまるごとアリスに乗っ取られるのではないだろうか……」
「大丈夫ですよ、ルイス様! アリスが乗っ取った世界は多分優しくて過ごしやすい世界になるはずですから!」
「レスター!」

 突然のレスターの声にルイスが顔を上げると、レスターは汗一つかかずにヴァイスの上で爽やかに微笑んでいる。流石、免許皆伝を持っている者のオーラは違う。

「それにほら、もうじき戦いは終わりそうです!」

 そう言ってレスターは剣で東の空を指した。それを見て全員が東の空を見て息を呑む。

「太陽か……ん? あの太陽、何かおかしくないか? それにこの地獄の幕開けみたいな歌は……」
「皆! 目を閉じろ! あの光を直視するな!」

 ルーイは叫んでルイスの目を覆った。それと同時にだんだんと光と妖しい歌が聞こえてくる。

「推し~全てを見守るキャロライン様~推しの愛~それは海~。推しの微笑み~それは太陽~。推しの笑顔~それはそよ風~――よし! 27番が完成したぞ! ドンちゃん!」
「ギュギュ!」

 ドンとアリスは暇すぎて「キャロライン様に捧げるキャロル」の続きを作っていた。この歌はバセット領でも好評で、近所からはこの歌が聞こえると子どもたちがすぐに布団に潜り込んで眠りにつくと専らの評判だ。

 光りすぎて何も見えないし、今自分でもどこを飛んでいるのかすら分からない。誰も連絡をくれないので地上がどうなっているかも分からないが、こんな大音量でこんなにも長時間歌っていても叱られる事が無いのはアリスにとっては最高である。

 そんなアリスの心など知らずに、目を閉じてアリスの歌を聞いていたルイスは震えた。

「所々にキャロの名前が聞こえた気がしたが、気の所為だよな?」
「気の所為ではないかと。はっきりしっかり王妃の名前を叫んでいましたね」
「あれは最近バセット領で問題になっている歌ですね! 確か「キャロライン様に捧げるキャロル」だったかな?」
「問題になっているのですか?」
「うん。子どもたちがあの歌に怯えて悪夢を見る所から始まって、気付いたら口が勝手に口ずさんじゃうらしいよ」
「そ、それは怖い……な」

 しかもその歌は自分の嫁の歌なのだ。それを見ず知らずの人たちが知らぬ間に口ずさんでいるのは怖すぎる。 

「だが見ろ、お前たち。どうやらあの歌のおかげで人形たちは一掃されたみたいだ」
 ルイスは目を擦って辺りを見渡してゴクリと息を呑んだ。そこには人形の一人も残っておらず、ようやくレスターの言っていた意味を理解した。
 


『カイン・ユーゴ・セイチーム』

「次こっちだ! もう少ししたら休憩だからな~」

 カインが声をかけると、あちこちから地響きのような声が上がった。ルイスよりも戦えないカインには一番強い部隊を任された。ありがたい事である。何せこの部隊のリーダーはセイだ。

「皆、僕の時よりも言う事聞く。カイン宰相、この部隊あげようか?」

 セイが言うと、カインは苦笑いして首を振る。

「いや、普段こんな精鋭部隊使う事ないんで遠慮しときます」
「ねぇねぇセイさ~ん、そろそろ交代してよぉ~!」

 ユーゴは最前列から呑気にお喋りしながら歩いてくるセイに声をかけた。それを聞いてセイはすぐさま声を張り上げる。

「駄目。君はサボりすぎ。そんなんじゃいつまで経っても免許皆伝もらえない」
「別に絶対に欲しいって訳じゃないっていうか~何で俺がサボってた事知ってんのぉ~?」
「ユーゴ、本気でサボってたの? それは駄目だろ。皆頑張ってんのに」
「サボってたって言ってもぉ~ちょこ~っと列外れて水汲みに行っただけだよぉ~?」
「ちょこっとじゃない。水汲みに行くのに五分もかかってた。ありえない。二分で済ませるべき」

 セイははっきりと言い切って遅れを取る騎士たちに列の最後尾から発破をかける。

「セイさんは厳しいな、相変わらず。でもこの部隊は志願してきてんだよね? 見た所うちの騎士も何人か居るみたいだし」

 カインの言う通り、ざっと見ただけでも見覚えのある騎士が何人か居る。それにメイリングの腕章をつけた者もいるので、この部隊は本当に各国から集まった部隊のようだった。

「別に厳しくない。騎士として生きると決めたのなら、高みを目指すのは当然の事。僕たちはもう何回も戦争を繰り返してきた。その中で思ったのは、ダラダラ長引かせるとどちらも疲弊するという事。それならば一気に片付けた方がお互いの為にもなる」
「それは確かに。しっかしどんどん湧いてくるな、この人形たちは」
「おまけにねぇ~こっちの動きを模倣しはじめたんだよぉ~」

 堪らずユーゴがセイとカインの元までやってくると、剣を仕舞いながら涙目で言った。たった三分オーバーしただけで死ぬほどこき使われるという事が分かったユーゴは、セイの前ではもう二度と手を抜かないと固く誓う。

「まだ良いって言ってないのに……。それにしてもこちらの動きを模倣しはじめた? だとしたらこっちもまた陣形変えないと」

 セイが言うと、カインが頷いて的確に指示を出し始めた。その声に調教された騎士たちは即座に従う。

「ありがとう、カイン宰相」
「いや、俺はこれぐらいしか出来ないからな」
「そんな事ない。たとえ剣は使えなくても、それを上回る頭脳があれば問題ない。そういう意味ではあなたもアリスの免許皆伝カードに相応しい」
「それ何なの? さっきから」
「アリス部隊のカード。アリスに挑んで認められた者だけが貰えるピカピカしたカード。知らない?」
「し、知らない」

 なにそれ、怖い。カインは心の中でそんな事を呟くと、前に居た何人かの騎士が喧嘩を始めた。

「アリスカードでいちいちマウント取るなよ! めんどくせぇ奴だな!」
「マウントなんてとってないだろうが! 悔しかったらカード貰えるように精進するんだな!」

 突然言い合いを始めた騎士たちを見てセイが無言で動き出した。

「見せて」
「え? セ、セイ隊長!?」
「早く見せて。アリスカード」
「は、いえ……今は持ち合わせてなくて」

 騎士が言うと、セイは冷たい顔で騎士を見下ろして、目にも止まらぬ早業で突然騎士の鳩尾に一発のパンチを当てた。その途端、騎士はその場に崩れ落ちる。

「偽物が横行してる。アリスカードは強さはもちろんだけれど、その人間性も見られてる。こんな風にカードをいちいち振りかざすようなのは絶対に受け取れないカードだ。よく覚えておけ」
「は、はい!」

 セイの静かな言葉に周りに居た騎士はすぐさま返事をしてまた列に戻って行く。それを見送ってセイはまたカイン達の元に戻った。

「ふぅ、一件落着」
「拳で片付けるってぇ~アリスちゃんみたいだねぇ~」
「ほんとだな。まぁ何にしても厄介なカードが出回ってんのは分かった。それは放っておいても大丈夫そうなの?」
「大丈夫。カードはあくまでもオマケ。皆、本心では嫁に認められたいだけだから」
「まぁねぇ~あの人ほら、大体の生物の中で最強だからさぁ~憧れるよねぇ~」
「ユーゴでもそんな事思うんだな」
「思うよぉ~。もっと強かったら好きな子守れたかもって今でも思うもん~」

 今はまだ彼女止まりだが、この戦いが終わったら絶対にプロポーズをして見せる。その為にユーゴはどうしても名声を上げたかった。子どもの頃に目の前で起きたあの事故だって、ユーゴに彼女を守るだけの力があれば彼女は長い間泣いて過ごすことも無かったのだ。

「それはそう。力は時として必要。僕にはそんな人は居ないけど、僕にとっては国がそれに当たる」
「騎士の鏡だな、セイさんは」

 今まで浮いた話が一つも無いというセイは、年齢の割には随分と若く見える。それこそ若い頃は本当によくモテただろうに、その全てを振り切って今に至るというのだから凄い。

 こうやって話ながらでもセイは突然振り向いて剣を振るったりする。流石一国をずっと守ってきた騎士団長だ。

「セイさんの若い頃ってどんなだったんだろう。ちょっと見てみたかったな」
「俺も見てみたかったなぁ~。容姿はノア君と似てるもんねぇ」
「別に普通。ノアほど女顔じゃなかった」
「そうなんだ? じゃあ男らしいノアか! 想像出来ない!」

 そう言って笑ったカインの耳元にヒュッと音を立ててセイの剣が飛んできた。ハッとして振り向くと、そこには今しがたエネルギーに変わった人形が見えた。

「び、びっくりした。せめて声かけて!」
「ごめん。声出すより倒した方が早かった」
「あ、そ」

 この独特な間合いは間違いなくノアとそっくりだ。本当の所、セイやラルフ、オルト達はノアの事をどう思っているのだろうか。いつかは聞いてみたいが、今はまだそれどころではない。

「皆! 拠点が近いぞ! あそこまで頑張れ!」

 カインは目印になる旗を見つけて声を張り上げた。それを聞いて騎士たちの士気が一気に上がる。

 その時だ。突然空が明るくなった。夜明けにしては強烈な光に驚いて振り返ると、地上を照らしながら何かがこちらにじりじりと近寄ってくる。

「嫁だ」
「え!? 見えるの!?」
「見えない。でも分かる。皆! アリスが来たぞ! 目を閉じて耳をふさげ!」

 セイは声を張り上げた。それを聞いて騎士たちは即座にその場にしゃがんで目を閉じて耳を塞ぐ。

「憎き~ルイス様~キャロライン様を独り占め~(独り占め~)木偶の癖に~独り占め~(独り占め~)この恨み! 晴らさでおくべきか!」
「ギュギュギュ~(ギュギュギュ~)ギュギュッギュギュ!」
「何の歌だろ、あれ」
「どう聞いてもルイス王の悪口だよぉ~」
「悪口って言うか、恨み節?」

 カインが目を閉じて首を捻っていると、セイが言った。

「二人共あんまり聞かない方がいいと思う。あの歌、夜魘されるし一晩明けたら朝からずっと頭の中を回るから」
「マジか。もう遅くね?」
「遅いよぉ~。木偶のくせに~独り占め~ってちょっと覚えちゃってるも~ん!」

 ド下手なくせにやたらとキャッチーな歌を作るアリスにユーゴは顔をしかめた。

 大音量を搭載したアリスは、そのまま騎士団の上を歌いながら旋回すると、またフラフラとどこかへ飛んで行く。

「脅威は去った! 皆、見ろ!」

 セイが声を上げると、そこにはもう何も居ない。そんな様子を見てセイは珍しく微笑んで満足げに頷いた。

「流石、嫁」

 と。
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